第九十九話 メインヒロインがエロ売りです、か
――夕暮れ。
空が茜色に染まると、彼女との時間が訪れたのだなと感じるようになった。
ここから約一時間くらいか。
それが、俺と彼女が共有する唯一の時間帯である。
「……十五分遅刻だけど」
「正確な時間は決まっていないはずだが」
「私は三十分待ってたから」
「もう少しゆっくり来てくれ」
来て早々、氷室さんが不満の言葉をぶつけてくる。
昨日、明らかに嫌われたので、その名残があるのかもしれない。態度は刺々しい。
ただ、一晩明けて思考も整理されたのか。
今日は表情がムスッとしているが、不機嫌そうではないので良かった。
「西日が眩しいの。サトキンはサングラスをしているから気にならないと思うけど」
「ああ。まったく気にならない。なぜならこのサングラスは十万円だからな、遮光性能が素晴らしい」
「何それ。自慢?」
「それ以外に値段を言う意味はない」
もちろん冗談である。俺は物を自慢してマウントを取る趣味はない。
まぁ、自分で購入した物ではなく、尾瀬さんにもらったものだ。そもそも自慢にならないか。
彼女が愛用していただけあって、すごく視界はクリアだ。西日のせいでずっと目を細めている氷室さんが可哀想なくらいである。
「あっそ。そういえば昨日の動画はどうだった?」
雑談はそこそこに、早速本題に入った。
俺に対して興味もないのだろう。場を和ませるための冗談も軽く流された。
「一億再生くらいされてる?」
「さっき見たら、六百くらいだったな」
「……はぁ。サトキンの計画が無謀だとしか思えないなぁ」
一億再生はおろか、四桁にもいかないことに氷室さんはため息をついていた。
彼女はSNSに疎いのでこの数字が低いと思っているのだろう。初心者の素人動画でこれだけの数字を取れていることに俺は驚いたのだが。
アドバイザー兼、師として仰ぐさやちゃんからも、やはりこの段階の数字にしてはすごいとお墨付きをもらっている。
その上で、あの子から色々と助言をもらっていたので、今後はもう少し伸ばせると俺は期待していた。
そのためにも、彼女にはやってほしいことがある。
「もう少し、数字を稼ぎたいと俺も思っている」
「稼げるのかどうか私は疑問だけどね」
「そう悲観せず、やれることをやっていこう。そのために――氷室さんに、少しお願いがあるんだが」
「何? まぁ、できることならなんでもやるよ?」
なんだかんだ、前向きではあるのか。
真田に振り向いてもらうためなら、彼女は努力を惜しまないのだろう。
それならきっと、俺の提案にも頷いてくれるはず。
「……ちょっとエッチにしていいか?」
「ダメ」
即答かよ。
さっきはなんでもやると言ったのに、舌の根も乾かないうちに意見が反転した。
「なんでもやると言っただろう」
「エロ売りなんて絶対ヤダ。私は自分を安売りしないの」
「……高すぎて真田に買ってもらえない可能性があるとしたら?」
「うぐっ」
痛いところを突かれたのか。
氷室さんは言葉に詰まっていた。瞳も揺れている……動揺しているなぁ。
「真田はエッチな女の子が好きだぞ」
「で、でもっ。でも……うぅっ。分かってるけどぉ」
「覚悟を決めろ。氷室さん――ローアングルにしたいんだが」
「変態!」
いや、俺を責められても困る。
というか、誤解されている気がするのだが……俺は普通に大人の女性が好きだぞ。
最上さんが例外なだけで、精神年齢が同じくらいのアラサーがタイプだ。女子高生なんて子供すぎてまったく興味がない。だというのに最上さんだけはすごく魅力的に思えてしまうから、彼女がすごい――というのはさておき。
「じゃあ、地道にやるか? 氷室さんならエロ売りしなくても伸びると思うが……時間はかかるらしいぞ。アカウントは地道に育てるものだと、有識者が言っていてな」
ちなみに、有識者とはさやちゃんのことである。
彼女はもちろんエロ売りなんてしていないが、だからこそアカウントが伸びるのは時間がかかったらしい。
二年くらいかけて今のフォロワー数になったみたいだ。何事もそうだが、劇的に伸びることはやはり稀とのこと。
だから、エロ売りがしたい。
これができたら、氷室さんは間違いなく爆伸びするのだから――。
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