第九十八話 主人公の妹は大変なのです
そんなこんなで。
さやちゃんの門限が迫っているみたいなので、席を立った。
「……えっと、すみません。帰宅の前に、お手洗いに行ってもいいですか?」
「分かった。じゃあ、その間にお会計を済ませておくよ」
ちょうど良いタイミングである。
さやちゃんからは既に料金(百円)を受け取っているので、支払いについては問題ない。
まぁ、厳密に言うとさやちゃんの注文したパンケーキとミルクティーのセットは六百円なので足りないが、その分は今日の相談料ということで、俺が出すので問題はない。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
「ほっほっほ。そういえば、前髪ちゃんは今日はいないのかのう」
「数学で赤点を取ったらしくて、今日は補講です」
「あえ? 釣りに行っているのかね?」
「違います。補講です」
耳が若干遠いのも慣れている。
メニューだけはちゃんと聞きとってくれるのだが、雑談になるとたまに怪しい。
まぁ、おじいちゃんを思い出すので、こういうのは嫌いじゃない。
「補講かい。それはそれは。学生らしくて良いねぇ」
「俺もそう思います」
さっさと会計を済ませようと思っていた。
しかし、店主のおじいさんが気さくに話しかけてきたので、しばらく雑談に興じてしまった。
元営業の癖である。
薄い日常会話を苦もなく延々と続けることができてしまう。
おじいさんも長生きしているせいか、時間の感覚がゆるくて、あと何度か同じ話題を繰り返すので、雑談が長引いてしまった。
そのせいだろう。
ようやく会話が終わって、支払いを済ませた後……後ろを振り向いたら、もうさやちゃんが到着していた。
「あ。すまない、待たせたか?」
「……足りてませんでしたね」
「ん? 何がだ?」
「料金です。そうですか……喫茶店は、百円だと足りないのですね」
おっと。
支払いの金額も見ていたらしい。
「まぁ、ちょっとだけだから気にしないでくれ」
「五百円も足りませんでした……さやの一ヵ月分のお小遣いです」
そう言って、さやちゃんは唇をギュッと結んだ。
俺に支払わせたことを気負っているのだろうか。別に、迷惑とかじゃないので、落ち込まなくていいのに。
「――ひぐっ」
あ。泣いてる。
……なんで!?
「どうした……!?」
そこまでのことじゃないと思うのだが。
別に俺は迷惑と思っていない。さやちゃんには色々とアドバイスをもらったので、これくらい大したことないのに……と、思わず慰めようとしたが、どうやらその必要はなさそうで。
「優しいです。お兄さまは、さやにとっても優しいです……っ。兄なら、これみよがしにさやに『俺が奢ってやったぞ!!』って自慢して代価を求めてきます。さやは本当に、心の底から嫌なのですが、そういう時は頭を撫でさせてあげています。あの時間が苦痛で仕方ありません。でも、お兄さまはむしろさやに気を遣わせないように、何も言いませんでした……こんなに優しくされたのは、初めてです」
落ち込んで泣いていたわけじゃない。
嬉しいのと、それから感動で泣いていたらしい。
「こんなに大切に扱われたことは、初めてです……ぐすっ」
「え、えっと……さやちゃん。そこまで俺は、優しいことをしたわけじゃないと思うんだが」
「――お兄さまは謙虚ですね。決めました……さやは一生、ついていきます。血は繋がっていなくても、心だけは妹のつもりです」
まるで、武将に忠誠を誓う臣下みたいな雰囲気で、さやちゃんが俺の妹になることを宣言していた。
真田のせいで、さやちゃんが感動する基準が低すぎる。謙遜とかじゃなくて、本当に俺は大したことなんてしてないのに。
というか、カウンターの前でこんなやり取りをしていては、おじいさんに勘違いされそうだった。
このお店、居心地がいいのだが……今日で最後にした方がいいだろうか。店主のおじいさんにロリコンだと勘違いされると、ちょっと嫌なのだが。
と、心配になっておじいさんの様子を見てみると。
「ほっほっほ。またおいで」
たぶん、何も聞こえてなかった。おじいさんはいつも通り朗らかに笑って手を振っている。
耳が遠いせいだろうか。今の会話は聞こえなくて良かった内容なので、まぁいいか。
「さやちゃん。そろそろ、門限に間に合わなくなるかもしれないから……行こうか」
「はい。さやのことをたくさん考えてくれて、ありがとうございます」
これくらいの思いやりは、普通だと思うけどなぁ。
うーん……真田のせいで、さやちゃんの情操教育が少しズレているような気がしてならなかった。
主人公の妹は、俺が思っている以上に大変なのかもしれない――。
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