第九十七話 兄<<||(超えられない次元の壁)||<<脇役
俺が編集した動画について、さやちゃんは色々とアドバイスをくれた。
それは動画の撮影方法であったり、編集アプリのオススメであったり、インプレッションを稼ぐためにあえて質問をしてコメントを誘導する、などなど……とても勉強になることばかりで助かった。
「――ありがとう。おかげで、もっとクオリティの高い動画が作れそうだ」
「お兄さまのお力になれたのなら、さやは嬉しいです。えへへ」
しばらくオシャベリしたおかげなのか。
俺にも少しずつ慣れてきたのだろう。表情が柔らかくなって、あどけない笑顔も増えてきた。
転生前は子供とは縁のない社会人生活を送っていたので……なんだか新鮮だった。
やっぱり子供は笑顔が一番似合う。健やかに育ってくれ。
「そういえば、なぜさやのご近所さんのお手伝いをしているのですか?」
真田家のご近所さん。それはつまり、氷室家の娘さん――氷室日向という少女を意味する。
ちなみに、さやちゃんは氷室さんが嫌いらしい。だから、俺が協力している理由が気になっているのかもしれない。
「うーん、少し複雑な事情なんだが……」
「……兄から寝取ろうとしていますか? えっと、あまりオススメはできません。この方は兄を好きになるくらいセンスがない人なので、やめた方がいいと思います」
「違う。そういうわけじゃない」
というか、小学生が『寝取る』とか言わないでほしい。普通にびっくりする。
ネット社会が身近にあるせいだろうか。変な言葉もたくさん覚えているのだろう。
(真田が最上さんに執着しているから、氷室さんのヒロイン力を強化して真田の目を彼女に向けさせたい……と説明しても、たぶん伝わらないか)
複雑な事情を小学生の女児に教えても、きっと理解は難しいだろう。
それは情報整理という意味ではなく、青春の情動がいかに繊細で脆いのか、その年齢を経験しないと分からないということだ。
この子も、もう少し成長したらわかるだろう。
どうしようもないくらいに人を好きになるという感覚は、言葉にできないのだから。
「簡単に言うと、氷室さんの恋を応援している――ということだな」
「兄と付き合ってほしい、ということでしょうか」
「結果的にはそうなるだろうな……あ、さやちゃんは嫌だったりするのか?」
「いいえ。兄の恋愛事情には一切興味がありません。誰と付き合おうが、まったくもってどうでもいいです」
「そ、そっか」
嫌いとかそんな次元じゃない。
無関心という言葉ですら生ぬるい。
さやちゃんは、兄である真田才賀を心から忌避していた。
普段は何をされているのだろうか……こんなに嫌がるということは、俺が想像している以上に苦労しているのかもしれない。
「……はぁ。そろそろ帰らないと、門限が迫っています」
「まだ16時半だが」
「17時までに帰らないと兄が警察さんに連絡して迷惑をかけそうなので、仕方ありません」
名残惜しそうに。
あるいは、寂しそうにしょんぼりとするさやちゃん。
そんな彼女を元気づけてあげたくて、ついこんな提案をしてしまった。
「じゃあ、明日もここで待ち合わせしないか? 動画について、またアドバイスがほしいんだが」
「――ぜひっ」
真田にバレたら大変なことになるリスクこそあるが。
ただ、年上として……落ち込んでいる子供を見ると、放っておけなかった。
他人の家庭事情について口出しはできないが、こうやって少しだけ安息の時間を用意してあげることくらいなら、俺でもできることだ。
「えへへ。明日もお兄さまに会えるなんて、すごく幸せなことです。おかげで、今夜は兄のハラスメントに耐えられそうですっ」
「が、がんばれっ」
真田よ。お前の愛は、妹から『ハラスメント』と表現されているが、それでいいのだろうか。
もうちょっと、さやちゃんのことを考えてあげればいいのに。
かわいがることだけが愛情ではない。
受け入れてあげることも時に必要だと言うことを、あいつもいつか学んでほしいものだが。
(まぁ、あの男には無理か)
存在しているだけですべてが肯定されてきた主人公に、思いやりを持てだなんて……それは無理な話である――。
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