第九話 モブヒロインは押せばいける
夏休みに入ってから、まだ一週間。
早朝の軽い運動程度で、体重に変化が出ることはない。
実際、最上さんの体重にも大きな減少はないと言っていた。
しかし、その状態でも彼女はジャージの上を脱いだ。
どんなに暑くても、片時も脱がなかったのは……彼女の心理状態の現れにも見える。
自分を曝け出すのは、怖い。だから、あえて厚着をして、自分を少しでも守ろうとしている。
しかし、彼女は長袖を脱いで半袖になった。
それが意味することとは、つまり……少しずつ、変わっているということだ。
「これは、いいことなのかなぁ」
「ああ。素晴らしいことだ。最上さん、生まれてきてくれてありがとう」
「うぅ…す、すごい感謝されててびっくりだよ」
と、言いながらも、最上さんに嫌がっているそぶりはない。
こういう話題は苦手なら、もっと芳しくない表情を浮かべているだろう。
最上さんは意外と下ネタにも寛容に見える。
……いや、ここは俺の判断ではなく、ちゃんと本人に聞いたほうがいいか。
「あのさ、今更なんだけど最上さんは下ネタは苦手か? もしそうなら、ちゃんと意識する」
「下ネタ……今のって、そうなの?」
ただ、最上さんにとってはその認識すらなかったようだ。
「苦手では、ないかも? 少なくとも、佐藤君に言われても不快な感じはしないよ」
「そうなのか?」
「うん。だって、本だともっと過激なシーンも多いし」
なるほど。そういうことか。
最上さんは本好きである。特に恋愛小説が好きらしい……まぁ、そういう描写も見慣れてはいるのか。
「それなら良かった。さっきは動揺してつい本音が漏れちゃったんだ。もし嫌なら、ちゃんとそういうことは言わないようにしようと思ってて」
「――本音は、言って」
……あれ?
いつもはあまり主張しない子なのだが、今は違った。
俺の言葉に対して、首を横に振っている。
「下ネタとか、身体的なこととか……言いにくいことがあっても、佐藤君には言ってほしい。もし本当に嫌な時は、わたしもちゃんと言う。だから――佐藤君の気持ちを、教えてね」
そうか。
最上さんは、やっぱり生半可な覚悟ではない。
彼女は本気で、変わろうとしている。
だから、俺に遠慮されたくないと思って当然だ。
「……ああ、分かった。何でも言うよ、任せてくれ」
改めて、気を引き締めた。
正直、最上さんのことが大好きすぎて、ついつい発言を緩めそうになることがある。
だが、そんなことは不要なのだと、最上さんは意思を示している。
だったら、俺もその覚悟に応えなければならないだろう。
遠慮は――不要だ。
「一つ、言いたいことがある。いいか?」
「うん! なんでも言って」
「じゃあ、改めて……君は太っていると常々言うが、俺には全くそう見えない。むしろこれくらいが好きだから、あまり自分を否定しないでほしい」
ずっと気になっていたのだ。
これからは、自分のスタイルを否定しないでほしい。
何が、太っているからジャージを脱ぎたくないだ……!
ただ巨乳だっただけなのに、心配しすぎて損をした。
だから、その点について俺はちょっとだけ怒っている。
「俺が大好きな最上さんの体を否定しないでくれ」
「す、好き、なの?」
「ああ。大好きだ。だから――謝れ」
「え? 謝る?」
「うん。『太っているわけじゃなくて、巨乳だと隠しててごめんなさい』って」
「な、なんで?」
「びっくりしたからだ。ただでさえ魅力的なのに、そんな秘密兵器を隠し持っていたなんて……謝れよ。巨乳でごめんなさいって、言うんだ!」
「ひぅっ。ご、ごめんなさい!!」
またしても、俺の剣幕に負けたのだろう。
彼女はビクンと体を震わせて、謝罪の言葉を口にした。
その震えと同時に、胸もぽよんと揺れる。
メカクレ属性も最強なのに、まさか隠れ巨乳属性まで付与されているとは。
これなら……次の段階に進めるかもしれない。
彼女のスタイルにかんしてはまったく問題がない。
だから、次は……髪型である――。
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