夜の集会
河川敷の段ボールの箱の中には、子猫はいなかった。
その段ボールは、茂みの中で静かに余生を過ごす老人のように寂しそうにポツンと置かれていた。
「ごめんね。ぼくが、君の子猫を連れて行ったんだ。」
「お前は、人間以外なら、良くしゃべるな。」
突然、背後から声がした。
ビックリして、振り返ると、同じクラスで僕のカバンを盗んだ美少女が立っていた。
僕は、むっとしてそいつを睨んだ。
美少女だからって容赦しない。
僕とは、過去も未来も縁のない人間に損得なんて必要ない。
「睨むなよ。まあいい。」
その少女の胸に、あの黒い子猫が抱かれていた。
「こいつが、ここに来たいって言ったんだ。そうすれば、お前に会えるって。」
彼女は、その黒い子猫に向かって、
「ほんとに居たよ。」と声を掛けた。 AA
その子猫は、嬉しそうに、「ミャア。」と泣いた。(・;・)~
「その子猫、僕のだよ。返して。」
「やだね。もし、返してほしかったら、夜の8時に猫又寺に来るんだな。」
「君も、保健の先生と同じことを言うんだね。」僕は、やっと声を絞り出した。
「返してほしければ、8時に来な。一人で、お外に行けないなんていうなよ。高校生なら、散歩してくるとかいえば、外に出れるだろう。」
僕は、じっと彼女を睨んだ。そして、行くとも行かないとも言わずに踵を返して、家に帰ることにした。
後からは、子猫のミャ、ミャ鳴く声が聞こえて来た。
それから、彼女は、僕の背中に叫んだ。
「猫耳持って来いよ。」
何故それを知っている?用務員のおじさんにしか見られていないはずなのに。
僕は、彼女の言葉を無視して、歩きだした。ただひたすら河川敷をまっすぐに。
突然、前から歩いてきた中学生に声を掛けられた。
「お兄ちゃん、どこ行くの?家は、あっちだよ。」
それは、妹だった。
気が付いたら、100mほど自宅を行き過ぎてた。
「お前の姿が見えたから、迎えに来たんだよ。」
「うそ。でも、ありがとう。」
僕は、回れ右をして妹と一緒に家に帰った。
「ただいま。」やっぱり、家には、誰も居なかった。
僕は、制服を脱ぐと、お風呂掃除を始めた。
それから、台所で、晩御飯の準備を始めた。お米を洗って、炊飯器をセットした。
妹は、リビングのテーブルで、宿題を始めた。
「自分の部屋でやりなよ。お兄ちゃん、これから晩御飯作るから。」
「今日は何?」
「カレー。」
「えっ、今日も?」
うちは、みんな帰ってくる時間がバラバラで、時折外で食べて帰ってくるから、残っても翌日食べれるものになりがちだ。まあ、残っても翌日弁当に詰めて持って行けばいいだけなのでこった料理を作ってもいいが、今日は、8時に家を出かけるので簡単なものにした。
でも、親が帰ってこなかったらどうしよう。一人で、こいつを家に置いておくわけにはいないしな。
夜に猫又寺に連れて行くなんて、さらにできない。
僕の心配をよそに、両親は、7時過ぎに帰ってきた。
「ぇっ、今日もカレー?」と母親が言った。『お前まで言うな。』と思わず声に出そうになった。
育ててもらってる以上、文句は言えない。そこを、ぎゅうっとこらえて、
「お母さん、ちょっと散歩行ってくる。」そう言って、玄関に向かった。
「9時になったら、家のカギ閉めるから遅くなったら野宿しな。」
「それと、猫飼っていい?」
「なに、猫をもらいに行くのか?」
「だったら、かつお節持って行きな!」
「何それ?」
「昔からの決まり。もらったお家の人に渡すんだよ。」
「じゃ、かつお節もらっていくよ。」
そう言って、僕は、家にあるかつお節のパックを数袋を上着のポケットに詰め込んだ。
そして、猫耳を手にもって出かけた。
玄関を出て、左に曲がって、数百メートルあるいから、街灯の有る三叉路を右に曲がった。
そこから、急に道が暗くなる。そのまま、まっすぐ行けば猫又寺だった。
特に、猫がいるわけではないけど見んなそう呼んでいる。昔、猫好きの和尚さんがいっぱい猫を飼っていた時代が有ったとかなかったとか、そんな逸話があるお寺だった。
辺りは、真っ暗だった。『こんなところで、集会?』
『また、彼女に騙されたのかも?』と思ったら、あの黒い子猫が、足元にすり寄ってきた。
僕は、その子猫を抱き上げて、そのまま家に帰ろうとした。
「よく来たな。」あの少女の声が背後から響いた。