保健の先生
しばらくして、白衣を着た保健の先生がやってきた。
僕たちよりは、10歳ぐらい年上かもしれない、まだ、若い女性だった。
「起きた?」
「良かったわ。今日は、用事があって、もうすぐ帰らなければいけなかったのよね。」
「立てる?」
そう言うと、僕の靴をベッドの横に置いて、無理やり手を掴んで上体を起こすと、ベッドの窓際の方に座らせた。
「靴は、自分で履けるでしょ?」
「どこか、痛いとこある?」
「無いわね。」
「体温だけは計っておきましょう。」
そう言うと、体温計を渡された。
わきに挟んでしばらくすると、デジタル音が流れた。
体温計を取り出し、彼女に渡した。
「36.5℃、問題なしね。」
「あの、僕、3階から落ちたんですけど?」
「勇気あるわね。でも、今度からしちゃだめよ。」
「危ないから。」と、言ってウインクした。
「病院に、行かなくてもいいんですか?」
「特に、痛いところが無ければ大丈夫よ。」
「病院に行っても、一晩ベッドに寝かされるだけだよ。」
「自分で靴は、履けるわよね。」再び、そう僕に言った。
仕方なく、僕は靴を履いた。
「立ってみて。」
ふらつく頭で、何とか立ちあがった。
「頭が、ふらつくんですけど?」
「吐き気は、ないわよね?だったら大丈夫よ。」
「さあ、カバンを持って帰りましょう。お疲れさまでした。」
そう言うとカーテンを勢い良く空けて、僕のカバンを胸に押しつけ、保健室の扉に所に僕を押していった。
僕を廊下に出すと、
「本日の業務は、終了です。後、今晩の集会には参加してね。午後8時、貴方の家の近くの猫又寺。」と言った。
しかたなく、僕は、とぼとぼと学校の校舎から、外に出た。
家に帰る前に、僕が落ちた場所を見に行った。
校舎と校舎の間の中庭に、さつきが植わっていた。
そして、僕が落ちた辺りの茂みが人型に潰れていた。
「ごめんね。君のおかげで助かったよ。」と声を掛けた。
「やっぱり、現場に戻ってきたか?」急に、後ろから声がした。
それは、用務員のおじさんだった。
「わしが、大事にしていた、サツキを折ったのはお前だな。」
「そうですけど、これには、理由が?」
「友達とふざけて、プロレスごっこでもして倒れ込んだんだろう。」
「いえ、3階からこの上に落ちたんです。」
「なに、3階からプロレスごっこをして、ここに落ちて来たのか?」
「良く生きてたな。」
「プロレスはして無いけど、僕もよく生きてたと思います。」
「一つ聞いていいか?」と言って、用務員のおじさんは、不思議そうな目を僕の頭に向けた。
「どうぞ。」
「その頭の上の飾りは、最近のはやりか?」
「何のことでしょう?」といって、僕は、頭に手を回した。
僕の知らない何かが、僕の手に触れた。
もふもふの肌触り、それを頭から取って目の前に持ってきた。
それは、黒い毛の猫耳だった。
さっきから、頭に違和感が有ったのはこいつの所為か?
「猫耳?」不思議そうに、首をかしげる僕を見て、
その用務員のおじさんは、徐々に僕から距離を取った。
それから、「もうすぐ、校門を閉めるから早く帰れよ。」といって、そそくさと向こうに消えていった。
仕方なく、僕は、その猫耳をカバンに入れて、朝、子猫を拾った河川敷に向かった。
もしかしたら、そこに子猫が戻っていそうな気がした。