第34話 合否
「せーの!」
……え?噓でしょ?
私が広げた白い紙には大きく目立つように三文字が記されていた。
不合格
不合格だった。
納得いかない。そう思いながら採点結果を見る。
絶対にこれは何かの間違いだ。そう願っていたが現実はそう甘くない。
一次試験は筆記試験――20/100
二次試験は魔物処理試験――50/100
三次試験は実技試験――100/100
私は今夢を見ているのではないかと、本気で頬を引っ張った。
引っ張る力が強すぎたのか、涙が出るほど痛い。
これは現実だった。
筆記試験は100点の自信があったにもかかわらず実際は20点。
思ったより点数が低いことはよくある。でもこれは低すぎじゃないか?思っていたより80点低い。
魔物処理試験においてはなんとなく予想はついていた。逆によく50点もあるな、と思うほどだ。
実技試験は、何があった?
100点。圧倒的な数字が私を一瞬有頂天にしたが、受験に落ちたという現実が引き戻した。
正直どうせ受かる、って心の中では思っていたから不意打ちをくらった気分だ。
昨日に関しては学校生活何しよう、とか考えていたくらいだ。
私には何もやることがない。
受験には落ちて、行き場所を失い、ここは見知らぬ土地だから知り合いなんていない。まず私には友達と言える人がいただろうか。
考えれば考えるほど気持ちが落ちていく。
虚無感に襲われ、このままだと受験鬱になると思ったのでとりあえず外に出た。
外の空気を吸ったら気が変わるかな、と思っていたがそんなことはなかった。
残暑と人の多さで息が詰まる。
前世ではこんな時どうしていたのかと考えた。
……そういえば甘いものを爆食いしていた。
甘いものを食べている間の一瞬だけは、甘くておいしい、それだけで脳内が満たされるので嫌なことを忘れられる。
私が今立っているここは、ちょうど市場のような場所なのであたりを見渡した。
するとある黄色い看板が目に付いた。
ケーキ屋
店が見えるところまで行くと、中には客が全くいなかった。どうやって経営維持をしているのか不思議だ。
中に入ると果実、バター、クリームの匂いが鼻を刺激した。匂いが強くて一瞬倒れそうになる。ガラスケースのような所に入っていたケーキを見ると赤や青、緑といった見たことのない色のケーキが並んでいた。
値段は……高い。
なるほど、と思った。ここの店では単価が異常に高いから人が少なくても経営が維持できているのだ。
値段が高いということは質がいいということだ、と考えて、値段のことは気にしないことにした。
この青いケーキは何味なのだろう。ブルーベリーとかかな。
「……ルキちゃん?」
ケーキの味を想像していたら後ろから声をかけられた。
「……ラビーちゃん」
振り返って見た顔はあの時助けた赤いドレスの女の子だった。
「ルキちゃんじゃん!」
「ちょ、ここお店の中……!」
私と目があったラビーちゃん再び私の名を呼び抱き着いた。お店の人の、こんなのとこでじゃれるな、と言いたげな視線が痛かったので遠慮がちに抵抗した。
抵抗の甲斐もなくラビーちゃんは深く抱き着く。
そして生きていてくれて良かった、と泣き出してしまった。
お店の人の視線が強くなり耐えられなかったのでラビーちゃんの手を取り外に出た。
外に出ると、ラビーちゃんの泣くという行動に拍車がかかり泣き声が大きくなった。
私はラビーちゃんの頭を手繰り寄せてない胸に沈みこませた。私の気分が落ち込んだり、辛いことがあった時にフレアさんがよくやってくれた行動だ。
そうすると自然に泣き声が落ち着いてくる。私の胸の部分はラビーちゃんの涙で濡れた。
ヒック……ヒック、と泣き止んだ時、胸から顔を退かして、顔を見た。
「そんなに泣いているとかわいいお顔が台無しだよ」
私はまつ毛に残る涙の雫を親指でふき取りながら言った。その言葉にラビーちゃんはうん、と頷く。
しかし、太陽の下で顔を見ると、本当にかわいい顔をしているな。赤茶色の髪が反射する太陽光の光が眩しい。
私はお店の中では静かにね、と念を押し、ラビーちゃんの手を取って再びケーキ屋さんに入った。ここのケーキ屋は優しくて、また来やがったか、という視線は感じなかった。
私は気になっていた青いケーキの目の前に立った。
「これ食べたことある?」
私は横に立って私と手をつないでいるラビーちゃんに尋ねた。
ラビーちゃんは首を縦に振った。
彼女の回答に半信半疑になりつつも食べてみたいという欲にかられた。
「すみませーん!これくださーい!」
買ってしまった。食べたことない不気味な色をしているケーキ。情報はラビーちゃんの首振りだけ。
できるだけ買いたてで食べたかったのでラビーちゃんの手を離す。
私もう帰るね、と言おうとした時ラビーちゃんに小指を掴まれた。
「もうかえっちゃうの?」
そんな顔してこっちを見ないで、と思った。かわいすぎて手を出してしまいそうになる。
口を開けばいらんことを口走ってしまいそうだったので私は黙って髪色と同じ色の瞳を見ていた。
先に目をそらしたのはラビーちゃんだ。
「ラビー、ルキちゃんの家に行ってみたいな……なーんて」
ラビーちゃんは下に視線を落としたまま口をもごもごと動かした。わたしの目に映るかわいい耳は赤い髪による反射光のせいなのか、赤くなっていた。そこに触れたい、という欲望を押さえて「いいよ、おいで」と返事をした。
家に連れ込むと椅子のない机にラビーちゃんを座らせた。
私は棚から紅茶を探し出す。レモン味かストレート、どちらがいいかな。
私はラビーちゃんに直接聞こうと振り返る。
「レモンか」
ここまで口に出してやめた。ラビーちゃんは私のベットに顔を埋めてにおいを嗅いでいた。
なんとなく今は声をかけない方がいいような気がしたので見ていないふりをして、黙った。
とりあえずレモンでいいか。
「ゴホンッ」とわざとらしく咳払いをして振り返るとラビーちゃんはおとなしく座っていた。まるでずっとおとなしくしていましたよ、というように。
私は用意した紅茶とケーキを大きくはない机に置くと机に余裕がなくなった。そしてラビーちゃんの横に座る。
「よかったら食べて」
私はケーキを切り、ラビーちゃんに取り分けて言った。
「ありがとう」
ラビーちゃんは私にお礼を言うとケーキを口にする。私もそれを見てケーキを一口食べた。
「うまっ!」
思わずつぶやくとラビーちゃんの視線はケーキのイチゴから私に移った。
その後私がケーキを食べる様子をラビーちゃんはずっと見てくる。正直食べにくい。
さすがに気になって私は尋ねた。
「顔に何かついてる?」
「ううん」
私と目があったラビーちゃんはすぐに目をそらし首を横に振った。そして、「つい……」と言葉を続けた。
「つい可愛くて見ちゃってた」
私が黙っていると、「ごめん。きもかったよね」と言われた。そうじゃない。ただラビーちゃんにかわいいといわれてドキッとしてしまっただけ。きもいなんて全く思っていない。
「きもくないよ。ただいきなりかわいいって言われてちょっとびっくりしちゃっただけ」
そう言うとラビーちゃんは、少しいやらしいような、色っぽいような笑顔を見せた。
「じゃあもっとびっくりさせてあげる」
ラビーちゃんの顔が私の耳に近づく。
「かわいいね」
そしてそうささやいた。
私は気が付いた。私は耳が弱いのだ。ラビーちゃんの暖かい息が耳に直撃して変な声が漏れた。
「ひぃぇ」
「あ、え、……ルキちゃん耳弱いんだ」
ラビーちゃんも私がこんな声を出すなんて思っていなかったのか一瞬動揺していた。そしてその直後にはもう一度耳元でささやいた。
私は耐えられなくなってラビーちゃんの顔を手で押し戻した。
「や、やめぇ」
この時の私の声はかなり情けなかった。




