第29話 誘拐⑦
ドンバは無言で右手で右目を押さえながら、左目で私を睨みつける。その視線は鋭すぎて、私を射抜きそうだ。
もっと声を出してキレ散らかすと思っていたので、少し意外だ。
ドンバが右手を離すと、血が糸のように伸びて切れた。血だらけの手で剣を拾う。そして両手で持ち私に向けて構えた。
今までは片手でやってくれていたがさすがにもう殺す気かなのか両手持ちに変わっている。
ドンバのこめかみには血管が浮き出ていて、目から垂れる血の量がさっきよりも多い。完全にキレている。こいつは完全にキレると無言になるタイプ。
「ふぅー……ふぅー……ふぅー……」
ドンバの呼吸は異常で呼吸音はここまで聞こえる。さっきまでとは明らかに空気が違う、ドンバも私も。
ドンバは少し体を前のめりにした。
……きた、呼び動作。
ドンバは消える。
トン トン――
「ここ!」
私はリズムをとり、タイミング合わせて叫ぶとそれとほぼ同時にギャァィィンと剣と剣が強い力でぶつかり合う音が響く。
我ながらナイスタイミング。片目見えていないのにできたのちょっと誰かに褒めてほしいわ。
ドンバは一瞬顔をしかめる。まさか受け止められるなんて思ってもいなかったのだろう。
私はドンバの攻撃を受け止めたあとすぐに大体5メートルほど離れた。
ドンバがこちらを見る。
そしてあの構え。
トン トン――
「ここ!」
ギャァィィン!
トン トン――
「ここ!」
ギャァィィン!
もう何発剣を受け止めたかわからない。十数発?いや、数十発かも。さすがに手が痛い。この短時間でマメがめくれて、指と手のひらはしびれ始めた。相手は今両手で剣を持っていて、私は片手だ。いつ私の手から剣が零れ落ちてもおかしくない。
あの中学生時代のリズムゲームマシンはお金をかけてやっていたが、今は命をかけている。緊張感がまるで違う。脇に汗が滲んで気持ち悪い。
うそ?!
私は動揺した。いつも瞬間移動みたいなので攻撃してくるドンバが走って突っ込んできたのだ。
後ろにステップを踏み、逆スキップのような形で、距離をとる。しかし相手は全力疾走。逃げ切れるわけがない。
ステップを踏みながら相手の剣を捌く。こいつはあのチート移動をしていなくてもシンプル剣がうまくて強い。剣筋が速すぎて何とかギリギリ自分に当たらないようするのがやっとだ。
キィィン、キィィンという剣同士がぶつかる音と自分の息遣いだけが聞こえる。それ以外は全く聞こえなくて狂いそう。
相手の移動速度が上がる。それに伴い私のスキップの速度も上がるので今にも足がもつれそうだ。いや、先に腕と手が限界を迎えるかも……。最悪同時にってのも考えられるな。
でもドンバも疲れてきたのか、私の目が慣れてきたのか、理由は定かでないが、ドンバの剣筋がはっきり見えるようになってきた。
ドンバは今の私の現状を知ってか、たまたまなのか、自ら攻撃の手を止め、私から距離をとった。
きっとドンバにとっての最善だったのだろうが、私にとっても最も望んでいたことだ。つまりWIN・WINってこと。
このチャンスを逃すほど私は馬鹿じゃない。
剣を深く握り直し、深呼吸をする。
あー空気うめえ。さっきまで本当の物理的な意味で息をする間もなかったので、身体に染みわたる。きっと今、山とかの空気が綺麗なところに行ったらイッてた。ラリるの方ね。
ドンバも切り替えをしたようだ。
私とドンバが同時に剣を構えた。
今から第二ラウンドってとこかな。
ドンバはあの移動の呼び動作をした……いや違う。いつもの予備動作じゃない。
考えているうちに、ドンバは消え、私の体からは鮮血がまき散って血を吐いた。
「ゴフッ」
斬撃は私の右胸を直撃した。傷はかなり深く、ありえないほど痛い。痛すぎて声も出ないというのはまさにこれ。
ゴポゴポ……。
違う!痛みで声が出ないんじゃなくて、物理的に出せない状況なんだ。……考えたくないけど……きっと斬撃が私の肺まで届いて、損傷した。
この呼吸しようとするたびなる音が証拠。
以前ゼロからわかる回復魔法入門編という本で見たことがある。
肺に穴があいたり、傷がついたとき、対処しないと数分から数十分以内で命を落とすと。つまり私の命はあと数分~数十分。……早いとこドンバと決着をつけないと。
とりあえず止血だけはしないと……。
ああ、いやだ……。
私の体は止血を拒んでいる。
指にろうそくよりも小さな火を魔法で出す。
動機が止まらない。と同時に血の出る量が増えた。
まずい!早くやらないと!……で、でも、怖すぎる!
剣の柄を口にはさんで食いしばると、火を胸の傷の奥に当てた。「えい!」という声とともに。
直後経験したことのない痛みが全身を駆け巡る。
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
多分この時の私は全身鳥肌を立てて、髪は逆立ち、唾液を大量に垂らしていたと思う。
そして、肺から出るはずだった血が出る場所を失い、上がってきた。
「ゴフッ」
剣を咥えているので、閉じない口の端っこから血が垂れてくる。
なんとか止血できた気がする。痛すぎた。もし戦闘中じゃなかったら100回は気を失っている。
さっきまで熱かった体は完全に冷え切ってしまった。
ドンバの方を見ると、にやにやしながらこちらを見ていた。
止血中攻撃をしてこなかったのは私が止血して苦しんでいるところを見たかったからだろう。本当に腐っているやつだ。
私はあきらめず、ドンバに剣を向けた。ドンバは眉を上げ、少し驚きの表情を見せた。まさかまだ戦う意思があるなんてすごいよ!と顔に書いてある気がする。そして、次で終わらせてあげる、とも書いてある気がする。
つまり、次来る攻撃はチート移動攻撃。呼び動作は私の肺を切った時のものと同じと推測するしかない。
もし推測が違ったら私は終わるかもしれない。
ドンバが呼び動作をとる。
はい、ビンゴ。推測通りの呼び動作をドンバはしてくれた。
この呼び動作からの攻撃リズムはさっきの一撃で理解している。
さあこい!
ト トン ト ト ――
「ごご!」
ギャァィィン!
しゃあ!きた!
直後既視感。
運は私に向いていた。
ドンバの腕は上に上がってしまっていたのだ。つまり、腹ががら空き。
私はその腹めがけて剣を横一振り。ドンバは私の剣が腹に触れる直前「ちょ、ま!」と声を出していたけど、ここまで振っちゃったら剣を寸止めすることなんて不可能だってことくらい剣士のあんたなら知ってるだろ。
今まで外骨格があるやつや、甲殻があるやつとばかり戦っていたので、人間の腹は豆腐のように思えた。切っているときは剣から私の手へと何かいろいろなものを一等両断する感触が伝わった。
そして剣がドンバの体を抜けた頃、ドンバの腹から上、下、は別々になる。
上半身が私の上に落ちると、(試練の攻略達成)と脳内に響いた。
それは意外と重くて、私を押し倒した。それを最後の力を振り絞るかのように退かすと、立ち上がり、女の子たちがいる部屋へと足を運んだ。
なんと重い足だろうか。歩くたびに今まで受けた傷がズキズキ、ジンジンと痛む。呼吸はしずらく、血がまだ溜まっている感じがする。止血したとはいえ、死んでしまいそうだ。とにかく急がないと。
フラフラな体で壁に手をつきながら歩くこと数十秒。その数十秒はとてつもなく長く、しんどかった。
あ……。きた。目の前に扉がある。
私はそれを掴み、ひねると、扉が開いた。そして、悲鳴。
女の子の悲鳴が私の耳を突く。黙ってくれ、と本気で思いキレそうだ。
まあ、いきなり血だらけの死にかけが扉から入ってきたら怖すぎるか……。私だって立場が逆なら叫ぶかもな。
しかし、ある女の子は叫ばなかった。
目の前から太陽のようなものが走ってくる。そしてその太陽は倒れそうな私の体を支えた。お日様のいい匂いと、女の子特有の柔らかい体を私に押し付けるようにして。




