第12話 血浴び
フレアさんの声で支部マスターやギルドの他の冒険者が外へと向かった。
私もそれに続いた。
荒くれの男たちはいかなかった。
外に出るとそこには血だらけのフレアさん、体長5メートルはある赤い熊のような魔物がぐちゃぐちゃになった死体。それとフレアさんに絡んでいた男の一人もいた。
しかし男はフレアさんに抱えられていた。
男の下半身はなかった。
こんな酷い姿になっている人間を見たことがない。
さっき食べた食事がこみ上げてくるのをグッとこらえた。
フレアさんは少し悲しそうな、後悔してるような顔で熊を支部マスターに任せていいかと尋ねていた。
私はなんとなく色々想像できた。
「あ、あのフレアさん。血出てますけどポーション入ります?ギルドに売っているのですぐ買ってきます。」
「あー大丈夫。これ熊の返り血とこの男の人の血だから。」
「そう…ですか。」
どうやら予想は当たってそうだ。
フレアさんは男の上半身を丁寧に抱き直すとギルドに入っていった。
私もそれについていく。
私は今フレアさんから離れたくなかった。
フレアさんが荒くれ男たちの前で足を止める。
「ごめんなさい。この人助けられませんでした。」
そういうと優しく抱いていた男を荒くれたちの前に寝かせた。
男たちはフレアさんの顔と死体を見て、次々と涙を流し始めた。
「すまねえ……。」
リーダー的な男がかすれた声で言った。
「…………」
フレアさんはそれに何も返さず無言で俯いていた。
リーダー的な男は続けた。
「ありがとう….。」
その言葉を聞いたフレアさんは少し微笑んだ気がした。
男たちの方を見ると男たちも歯を見せてニコっと笑っていた。
ーーー
フレアはルキを見送った後、支部マスターと雑談していた。
「あのお嬢さんはフレアさんのお子さんですか?」
「そんなわけないですよ!」
「でも目元とか似ていませんか?」
「あの子は私の弟の娘ですよ。」
「姪ですね。」
「はい!それです!」
「お名前何と言いましたっけ?」
「フレアです!忘れたんですか?」
「いえ、お姪御さんの方です。」
「あーはは、そっちでしたか!2択だったんですけどね!外しちゃいました!……あの子はルキって言います。」
「ルキ様ですか。女性にしては凛々しい子ですね。」
「そうなのよ!イケメンでしょ?!将来有望よ!」
「ですね。」
ギルドの入り口から弱々しく扉が開く音がした。
ギルドにいた皆があの荒くれ男たちが戻ってきたのかと思い視線を扉に向けた。
フレアはあの荒くれが1級の魔物の首を持ってイキリ立って暴れるのだろうと思っていたが、実際は違った。
扉の先から出てきたのはボロボロになり死にかけている荒くれ男たちだった。
血だらけ、腕がない、足がない、メンタルが酷く傷ついている者などそれはひどいものだった。
失敗したのだとギルド中の皆がわかった。
「3級ごときじゃ無理だったのよ」
「ざまぁみろだ。」
「依頼奪ってこれって….ねえ?」
などコソコソと話す者もいた。
フレアは違った。
荒くれ男たちの前に駆け寄ると、
「だいじょうぶ?」
と声をかける。
「…….」
返事はない。
「マスター!ポーション4つ売って!」
「は、はい!」
ん?4つ?
フレアは荒くれの人数に引っかかった。
5人じゃなかったか?もう1人は?
「これポーションです!」
「ありがとうございます!こっから代金抜いてください!」
フレアはお金が入った布袋を支部マスターに投げ渡した。
「おい!あんたたち、これ飲んで!」
荒くれ男たちはフレアのポーションを断った。
「俺たちは…..飲めねえ。飲んじゃいけねんだ。」
「何言ってるの?!意地張ってる場合じゃないって!」
「……まだ仲間が一人、戦ってるんだよ! あいつが足止めするから逃げろって……俺たちだけ回復なんて、できるかよ!」
やっぱり元は5人だった。
フレアは小さくため息をつくと、支部マスターのところにいった。
「マスター。あの男たちが本当に死にそうになったらこのポーション無理やりでも飲ませてやってください。」
そう言って3つのポーションを支部マスターに手渡した。
「承知しました。」
そして次は近くの女性冒険者のところに行った。
「もし私の小さな連れが帰ってきた時ボロボロだったらこれ飲ませてあげてください。」
1個のポーションを女性冒険者に手渡した。
「あ、はい、わかりました…。」
フレアはよろしくお願いしますと言ったあと走ってギルドを飛び出した。
少し走ると洞窟が見えてきた。
1級の魔物が出るのはここだ。速度を落とさずそのまま中に飛び込んだ。
内部には、6級〜4級ほどの魔物たちがうじゃうじゃとひしめいていた。
フレアは走りながら詠唱する。
「熱よ、伊吹よ、大気よ、今こそ眠りに就き大地を縛れ、絶零結界(アブソリュート•ゼロワールド)!!!」
フレアの詠唱と共に瞬きする間もなく大量の魔物と空気は完全に凍りついた。
大気中の分子運動が停止したと言えるくらいに。
フレアはその氷塊を蹴散らしながら走り続ける。
奥に進むと血痕がちらほらと見え始めた。
さらに奥からは、戦闘の音と魔物の咆哮が聞こえる。
フレアは安堵した。
まだ生きている。助かるかもしれない。
そう思ったから。
進むと洞窟は徐々に広がり、明るくなっていった。
明かりの正体はあの男たちがつけた松明かロウソクだろう。
そして男が、赤い熊の魔物から逃げているのが見えた
あの魔物は赤牙熊。一級の中では下位種だが、血を飲んで、浴びているので少々強化されている。
3級冒険者5人では太刀打ちできなかっただろう。
風魔法を使い加速する。
男がこちらに気づき、必死に走ってくる。
赤牙熊も男を追いかけて走り出す。
数秒後
男とフレアの距離はあと大岩一個分、男と赤牙熊の距離は人1人分まで縮まった。
フレアは赤牙熊の足を凍らせ、動きを止める。
確かに足は止まった。
しかし赤牙熊の腕と爪は人1人分より長かった。
“ザシュッ”
腕が横に振り払われ、
フレアの目の前が血で染まる。そして血を全身で被った。
フレアの動きが止まる。
男の上半身がフレアの足元に”ドチャ”っと鈍い音を立てて落ちた。
下半身には赤牙熊が食らいついていた。
下半身を喰い血を摂取した赤牙熊の体はボコボコと肥大し、さらに強化された。
ここまで大きくなった個体は一級の魔物の上位種に匹敵する。
フレアは冷静だった。
すぐに詠唱を始める。
「我が四肢よ、戦の咆哮にて制御を砕き、我に破壊を授けたまえ、狂戦変化。」
詠唱後、腕と脚に魔力がこめられる。
そして飛翔。
脚でしっかり溜めを作り、赤牙熊の顔面を蹴り飛ばす。
赤牙熊は顔ごと体が吹き飛び、壁に叩きつけられ、めり込む。
フレアはすかさず連撃、連打。
赤牙熊の顔は潰れ腹は裂け手足は砕かれぐちゃぐちゃになっていく。
赤牙熊が動かないことを確認したフレアは赤牙熊の足を引きずりながら男の元に戻る。
そして男を脇に抱えるとまた引きずりながら歩き始めた。
ーーーー
ギルドの前に着くと足が止まった。
あの男たちに会わせる顔がない。私が無理にでも最初から行っておけばこうならなかった。もっと早くギルドを出ていればこの男は助かった。
自責の念が胸を締め付けた。
でも報告はしないとならない。
嫌だな….。
そういう気持ちになり体が動かない。
せめてと思い、
ギルドの扉を蹴り開けて、手伝いを求めた。
中から支部マスターとその他の冒険者が出てきた。
そこにはルキもいた。
ルキの服はボロボロで討伐に少々苦戦した跡は残っているが元気そうだ。
心底安心した。
ルキが話しかけてきた。
「あ、あのフレアさん。血出てますけどポーション入ります?ギルドに売っているのですぐ買ってきます。」
会わせる顔がないと、動けないような情けない自分をルキに見せるわけにはいかない。
ルキには私みたいな弱虫にならないでほしい。
この子の心は強い。
育てるのは私だ。強いまま成長させなければならない。弱い奴が育てれば弱くなってしまう。この子の前では少しでも強がらないと。
「あー大丈夫。これ熊の返り血とこの男の人の血だから。」
強そうに聞こえるように言った。
フレアはその後残りの荒くれ男たちのもとに行き遺体を渡した。
本当は泣きながら、自分を責めながら渡してやりたかったがルキが見ている。
「すまねえ……。」
フレアは何も言えない。
こっちこそすまないと思う。
「ありがとう….。」
フレアはこのたった一言で少し気が楽になった。この荒くれ男たちはきっと私のことを責めないそう思った。少しだけ自分を許せた。
フレアは思った。
この”ありがとう”はあたしに対してだけでなく死んでいった男に対しても言っている
きっと死んでいった男は仲間を助けて良かったと少しくらいは思えたのではないだろうか。
そしてフレアは少し微笑むことにした。
仲間を助けたくて命を使ったのに、そのせいで仲間が辛そうだったらモヤモヤしながらあの世に行くだろうから、せめてあたしだけでも笑っていようと思った。あんたのおかげでこの男たちの前で笑えているぞ!という思いを込めて。
荒くれ男たちはフレアが微笑んだのを見て意図を完全に理解した。
直後、男たちは歯を見せびらかすようにニコっとした。
お前のおかげで今も笑えている、ありがとう!という思いを込めて。
ルキはなんで人が死んだのに笑ってるんだという不思議そうな顔をしていた。




