第九話:殺人鬼
風も音もない路地裏。まるで世界から切り離されたような空間を、ナオキは黙って歩いていた。
その前に、突然、ひとつの影。
黒いフードの男が、背を向けたまま静かに歩いている。足音はほとんど聞こえない。
ナオキは足を止め、その背中をじっと見つめた。何も喋らず、ただ、呼吸すら浅くして。
(……誰だ?)
男はナオキの存在に気づいていないようだった。彼は慎重に距離を保ちつつ、男の後を追い始めた。何の目的かもわからないまま、ただ直感で――“こいつは、見逃せない”と感じた。
(身長も……体格も……自分と変わらない)
その時だった。男がふいに立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
だがそこには誰もいない。
ナオキはすでに物陰に身を隠していた。冷たい壁に背中を預けながら、呼吸を整える。
男は少しの間、辺りを見回し、それから何事もなかったようにまた歩き出した。
数秒後。ナオキが再び物陰から姿を現す。音も気配も立てず、地をなぞるような足取りで追いかけた。
男はそのまま、迷いなく角を曲がっていく。
ナオキが角の先をそっと覗いた瞬間、息が止まった。
「リョウコ……!」
地面に座り込んだ彼女。その前で、男が刀を振り上げていた。
瞬間、ナオキの火縄銃が構えられる。無言のまま引き金を四度引いた。
炸裂する火薬、走る衝撃。弾は全て、男の身体に命中した。
「ッ!?」
男の動きが一瞬止まる。その隙にナオキはリョウコのもとへ駆け寄り、迷いなく抱き上げる。
「リョウコ!」
反応はない。ナオキは無言で彼女を抱いたまま、素早く物陰へと退避。静かに地面に下ろす。
その背後から、荒れた声が響いた。
「ゲホッ……ゲホッ……痛ぇじゃねぇか……」
爆煙の向こう、男が姿を現す。ゆっくりと、まるで怒りを噛み殺すように歩いてきた。
ナオキは銃を見下ろす。
(あと一発……)
腰へ銃を戻し、代わりにナイフを引き抜く。冷たく光る刃に、息を一つ吐いた。
「お前程度……ナイフ一本で充分だ」
「言うじゃねぇか」
そして、斬撃が走る。
――キンッ!
ナイフと刀が激突し、火花が散る。
「くっ……!」
瞬間、刀の刃が腹をかすめた。
血が溢れ出す。ナオキは膝をつき、痛みに歯を食いしばる。
「俺の刀は“星武器”だからなぁ」
笑みを浮かべる男。ナオキの顔が引きつる。
(なるほど、浅く斬られただけでこのダメージ……)
星武器――それは、星の力を宿す武器。能力を持ち、ただの刃ではない。
ナオキは迷いなく、最後の一発を空へと撃ち放った。
一度は消えた火花が、再び空中で燃え上がる。
爆音。そして、炎が爆ぜて消えた。
「……どこ撃ってんだ?」
男が鼻で笑いながら近づいてくる。
ナオキは応じない。ただ、腹を押さえて膝をつく。
「終わりだな」
刃が振り上げられる。
――「夢双斬!!」
斬撃が飛び込んできた。紫の光が壁を切り裂く。
ナオキの視線が、その方向を捉える。
「……シュウト」
剣を構えるシュウトが立っていた。
「大丈夫か、ナオキ」
その声に、ナオキはわずかに頷く。
「シュウト!」
リョウコの声も背後から響く。
「リョウコ、ナオキを連れて応援を呼んでこい」
「うん!」
リョウコがナオキを背負う。
「させねぇよぅ」
男が踏み込む――が、斬撃がその足を止めた。
リョウコとナオキは闇の中に消えていく。
「ちっ、桃髪と青髪が逃げやがったぁ」
男の目がシュウトに向き直る。
「テメェだけでもやるとしますかぁ」
その言葉と共に、戦いが再開された。
斬撃と刃が交錯する。火花と衝撃の応酬。
「……お前、何歳だぁ?」
「十五だ」
「名を何という?」
「ロバート・シュウト」
「いい名だなぁ」
男が笑う。
「俺の名は――ザーゲン・クライエツ!」
赤髪、真紅の瞳、ギザギザの歯。まるで人ではない風格がある。歳は……自分と同じだ。
「そうか――死ね」
紫の斬撃が放たれる。ザーゲンは軽くかわす。
「遅いぃ」
そして、シュウトの懐へ飛び込んできた。
「クッ!」
刃を受け止める。だが、力負けしていた。
後退。そして、逃走。
ザーゲンが追いかける。
「どうしたぁ? 怖くなったかぁ?」
その声がすぐ背後に迫る。
やがて、行き止まり。袋小路。
ザーゲンがニヤリと笑って歩み寄る。
「逃げ場はない」
だが、待っていたのはシュウトだった。
跳躍。刀が壁に突き刺さる。
「抜けねぇ!」
「夢双斬!!」
直撃。ザーゲンの体が壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。
「……終わったか」
鞘に剣を収めたその時、リョウコたちが駆けつけた。
「シュウトー! 大丈夫ー?」
「……ああ、大丈夫だ」
「ナオキきゅんは……お腹の傷が深くて……救急隊に……」
「……そうか」
説明を終えた後、ゴトウがあたりを見回す。
「なぁ、ザーゲンって男……どこいった?」
「……何言ってるんだ?」
辺りに、ザーゲンの姿はなかった。
「……っ!?」
ソラの声が乾いた。
「見張ってなかったの……?」
言葉を失うシュウト。
ゴトウが苦笑いする。
「これは……見張ってなかったっぽいな」
「すまん」