第八話:初任務
土曜の朝、まだ陽が低く、街はゆっくりと目を覚まし始めていた。
シュウトの声が通りに響く。
「黒いフードを被った不審者を見かけなかったか?」
中年の男が新聞をたたみながら、あっさりと首を横に振る。
「いや、見てないな」
「ありがとう。助かった」
深々と一礼して、シュウトは歩き出した。まだ人通りはまばら。だが、そのぶん声もよく通る。
一方その頃。
カフェのテラス席にて、リョウコはクリーム山盛りのパフェと格闘していた。
「見つかるのかな〜? 犯人」
スプーン片手に頬杖をつく。髪飾りが揺れ、青いドレスが風をはらむ。
対面ではソラが紅茶のカップを口元に運び、静かに微笑んだ。
「大丈夫。調査班が頑張ってる」
「探すのは捜索班、だろ」
ナオキの声が割って入る。
「そだっけ? じゃあナオキきゅん、頑張ってね♪」
くるりと首を傾げて微笑むリョウコに、ナオキは肩をすくめて黙った。
「……私たち捕縛班は、まだ待機だけどね」
ソラがぼんやりと呟いた瞬間、ナオキがすっと立ち上がった。
「……ちょっと歩いてくる」
「私、服屋に行こうかな」
ソラが立ち上がると、リョウコがすかさず手を挙げる。
「行く行く! 一緒に行こ!」
「もちろん」
満面の笑みでリョウコがソラの横に駆け寄ると、午後の光が二人の背中を優しく包んだ。
その頃――
調査班のメンバーは広場のベンチに集まっていた。陽射しはじりじりと照り、空気はやや重い。
「全然、情報が集まらないな……」
シュウトが額の汗を拭いながらつぶやく。
「まったく、どうなってんのよ!」
苛立ちを隠さず声を上げたのはエイ。
その隣、ジトが浅い呼吸で俯いていた。
「……はぁ……仕方ない……目撃情報が……そもそも、ないからな……」
「また息が苦しそうっす! 大丈夫っすか!?」
リバーンの声がやたらと響く。心配そうな顔だ。
「大丈夫……だ……」
ジトは息を整えながら、弱々しく答える。
そのとき、にぎやかな声が近づいてきた。
「シュウトー!」
顔を上げると、ケニが手を振りながら駆けてきた。
「よう、今の進捗どう?」
「……からっきしだ。情報ゼロ」
シュウトが肩をすくめると、ケニはそのままエイたちのほうへ視線を向けた。
「で、こっちの3人は?」
「友達だ」
「よし、じゃあ今日から俺の友達!」
笑顔のまま手を差し出すケニに、エイが半眼で睨む。
「……それ、初耳なんだけど」
「でも言った方がいいでしょ? 世界がちょっとだけ平和になるじゃん」
その屈託のなさに、エイの眉がほんの少し緩む。
「おいケニー! お前また勝手にどこ行ってんだよ……って、あれ、シュウト?」
ゴトウが追いかけてくる。彼の後ろにはエイニンもいた。
「君たちは……同じクラスメイト?」
エイニンが尋ねると、ゴトウが即答する。
「ああ、そう。俺の友達!」
「ならば“友の友は自分の友”! よろしく!」
エイニンが満面の笑みで手を差し出すと、シュウトも笑ってそれに応じた。
「よろしく」
「ねぇ、その“友の友は”って……流行ってるの?」
エイが小首をかしげる。
「さあ。ケニが言ってただけだし」
「えっへん」
胸を張るケニの後ろで、ふと少女が振り返る。
紫の髪。穏やかな目。
「私はソユノ・マイ。そこにいる“最弱の一星”の親友よ」
そう言ってゴトウを指差す。
「そうか、ゴトウの友達か」
シュウトは素直に頷いた。
その後、ゴトウとリバーンがすぐに打ち解け、八人の輪は自然とにぎやかさを増していく。
だが時計の針が昼を指す頃、シュウトが立ち上がった。
「……もう少し情報、探してくる」
「私も」
エイがそれに続き、リバーンが大きな声で応える。
「頑張るっす!」
「そっか。頑張れよー」
ケニが手を振る。それぞれが、再び任務へと散っていった。
──その頃。
リョウコは人気のない路地裏を歩いていた。紙袋を片手に、首をひねる。
「ソラちゃん、どこ行ったのかな〜……」
すこしだけ不安そうに呟く。日差しが傾き、路地に影が伸びていた。
その先に――人影。
「ん……? 人……?」
黒いフード。赤い髪がちらりと覗く。
見られている。リョウコが一歩足を止めた瞬間、男の口元がゆっくりと歪んだ。
にやり、と。
(え……なに……)
次の瞬間、地面を蹴った音すらなかった。
影が一気に迫る。
「わっ!」
咄嗟に身を引く。紙袋が宙に舞い、リョウコの背中が地面に叩きつけられた。
「いっ……!」
目の前に、刀。
男は何も言わない。ただ構え、振り上げ、振り下ろす。
「ま、まって……!」
声が喉に詰まる。視界が狭まる。
逃げ場はない。光が刃に反射し、銀の軌跡が空を裂く。
リョウコは目を見開いたまま、動けなかった――。