第三話:仲間
朝の光が差し込む中、シュウトは真新しい制服に袖を通し、校門の前に立っていた。
身なりは整っているものの、表情にはどこか気だるさが残っている。
「……ずいぶんと大きな学校だな」
目の前に広がるのは、堂々たる石造りの校舎。高くそびえる時計塔、訓練用の広場、図書塔、研究棟――まるで一つの都市のようだ。
その荘厳さに、シュウトも思わず息を呑む。
――その時だった。
「わあああ!遅刻遅刻ぅぅぅ!」
耳に刺さるような叫び声が校門前に響いた。
振り返ると、制服の少女が砂煙を巻き上げながら突進してくる。やけに軽快なステップ——いや、もはや暴走している。
「え!? 前に人が!どいてどいてぇぇぇ!!」
しかし止まる気配は皆無だった。
目の前で一直線に迫ってくるその姿に、シュウトは身を引くこともなく、ただ立っていた。
ドンッ!!
重い衝撃と共に、二人の身体がぶつかる。
地面に転がったまま、シュウトは眉ひとつ動かさずに呟いた。
「痛いな……なぜ減速しなかった?」
彼の静かな言葉に、少女は慌てて身体を起こしながら、息を切らせて答える。
「ご、ごめんなさい!ブーツ型試作品アイテムの減速機能が、うまく作動しなくて!」
「試作品アイテム……?」
「そう!製造者って人が試作段階で作ったアイテムのこと!……って、そんなことどうでもよくない!?」
早口でまくし立てる彼女に、シュウトは相変わらず冷めた目で頷いた。
「なるほど」
と、ふと彼の視線が胸元に落ちる。
「……ていうかさ、さっきからおっぱい、じーっと見てない?」
少女が眉をひそめる。
「ああ、すまん。つい……随分と……ボインだなって」
その言葉に一拍置いて、少女は誇らしげに胸を張った。
「ふふん!そうでしょそうでしょ!」
自信満々な笑みを浮かべる彼女だったが、すぐに表情を一変させた。
「あ!こんなところで時間食ってる場合じゃなかった!じゃあね!」
再び爆発的なスピードで走り去っていく。地面に足音が残るような勢いだった。
「……なんだったんだ、あいつは」
呆然としながら、シュウトは制服の袖を払った。
入学式。壇上での校長の話が延々と続く中、教室の一角――
椅子にもたれかかり、シュウトは堂々と眠っていた。
ステージ上からその姿を見つけたレナード校長は、重いため息をついた。
(シュウトは後で説教だな……)
入学式が終わる頃、誰よりもリラックスした顔であくびを噛み殺すシュウトの姿が、校内でいち早く印象に刻まれた。
こうして、彼は正式にペドラー帝国軍事任務学校の生徒となった。
シュウトは手に持った紙をもう一度確認し、軽く息を吐いた。
「俺は一年F組か……ここだな。」
目の前に立つ巨大な扉を見つめ、足を踏み出す。
扉の冷たい金属を押し開けると、教室の中が広がった。
黒板の前に掲示された席表が目に入る。
シュウトは紙に記された番号と照らし合わせながら、自分の席を探して足を進める。
席に着こうとした瞬間、あの声が響いた。
「あ!君は校門の時の人!」
シュウトは思わず顔を上げる。
目の前に立っているのは、あの朝ぶつかった――あの少女だ。名前は……なんだっけ?
「お前は……誰だっけ?」
少女は驚いたように目を見開き、声を上げた。
「酷い!朝の――ほら、おっぱいがデカかった女の子!」
シュウトは一瞬固まったが、すぐに呆れ顔をした。
「……ああ、思い出した。てか、それを自分で言うのか?」
少女はくるりと振り返り、肩をすくめるように笑った。
「だって、あれは印象的だったんだもん!あと、ちゃんと覚えててよー」
シュウトは苦笑しながら、席に腰掛けた。その時、隣から声が飛んできた。
「リョウコ。誰だ、そいつは」
シュウトは横を見ると、今度は別の少年が立っている。
鋭い目をしているその少年――彼の名前はカイト・ナオキ。
「あ!ナオキきゅん!この人はね、朝校門でぶつかった人なの!それでね、私のおっぱいがデカいって褒めてくれたんだ!」
ナオキはその言葉を聞いた瞬間、冷たい目をシュウトに向けた。
「けしからんやつだ」
その視線にシュウトは少しだけ不快感を覚えたが、すぐに反応した。
「けしからんやつとはなんだ。けしからんやつとは」
ナオキの顔が少し赤くなり、シュウトの言葉に対してイラッとしたように答えた。
「実際そうだろう?俺の女の胸をじろじろ見るなど、紳士がやることではない」
リョウコは大きく肩をすくめ、冗談のように言った。
「誰があんたの女だ!」
その言葉が発せられると同時に、リョウコはナオキの頭に軽くビシッと手を叩いた。
「別に頭を叩かなくてもいいだろう……」
ナオキが頭を掻きながら呟くと、シュウトも一緒に苦笑した。
「そうそう、流石に頭を叩くのはないわー」
そのやりとりを見ていると、突然もう一人の少年が近づいてきた。
「こんにちは!俺の名前はササイチ・ゴトウっていうんだ。よろしく!」
ゴトウ――“最弱の一星”と呼ばれる少年。
シュウトは彼をじっと見て、少し首をかしげた。
ゴトウはとてもフレンドリーで、明るい笑顔を見せている。
「君の名前はなんて言うんだい?」
シュウトは少し照れながらも答える。
「俺の名前はロバート・シュウト。ジュースが好きだ。よろしく。」
ゴトウはにっこりと笑って、軽く頷いた。
「うん、よろしく!」
その後、シュウトは少しだけゴトウに視線を移した。
ふと疑問が浮かんだ。
「それより、星ってなんだ?」
ゴトウの表情が少し変わり、真面目な顔で答える。
「星っていうのは能力のことなんだ。この世界では、人口の約4割が能力者なんだ」
シュウトはしばらく黙ってその話を聞き、少し考え込んだ。
「なるほど」
その時、リョウコの方からまた声が聞こえた。
シュウトは不意に振り返る。
「ねぇ!リョウコちゃん!今日、みんなで私の店に行かない?入学祝いの歓迎会を開くの!」
明るく弾けるような声に、リョウコ周辺の空気が一瞬和らぐ。
「……また増えた」
シュウトは面倒くさそうに溜息を吐いた。
視線の先には、青色のロングヘアーを揺らしながら笑う少女――リン・ソラ。
この学校に首席で入ったらしいが、その表情にエリート然とした威圧感はない。
「あ!あなたも来る?ジュースがたくさんあるわよ!」
その言葉に、シュウトの表情が一変した。
「……!ジュース?行く」
「即答かい!」
ゴトウが椅子からずり落ちそうになりながら叫ぶ。
リョウコが笑いをこらえきれず肩を揺らし、ナオキはあきれ顔で天を仰いだ。
だが、そんな空気を断ち切るように――
バン、と音を立てて教室の扉が開いた。
入ってきたのは、一人の男。
鋭い眼差しに無精髭、どこか気怠げな雰囲気をまとっている。
「お前たち、席につけ」
その短い言葉に、クラス全体が一気に静まる。
彼の名はカゲ・ミツシデ。彼らの担任教師だった。
「さて、全員席に着いたな」
黒板に寄りかかるようにして、ミツシデがだるそうに言葉を吐いた。
「今日からお前たちは、友でもあり――ライバルでもある」
誰かが小さく「んだよそれ」とぼやいたが、ミツシデは気に留めず続ける。
「この学校では、どれだけ任務をこなしたかによって成績が決まる。
一緒に協力し、そして蹴落とし合う――そうして決まる」
教室の空気が、少しだけ張りつめる。
どこかで椅子が軋む音がした。
ミツシデはちらりと一同を見渡し、めんどくさそうに鼻で笑った。
「ま、死なない程度に頑張れよ」
「話は以上!明日は自己紹介と――初任務をしてもらう。
先生は帰って寝る!それじゃ」
バタン。
ミツシデが扉を乱暴に閉めて出ていくと、教室には妙な静けさが残った。
シュウトはため息をひとつ吐き、鞄を手に取った。
「なんなんだ、あの担任は……」
ぼそりと漏らした言葉に、すぐさま声が返ってくる。
「ねえ、シュウト」
振り返ると、ソラが立っていた。制服のリボンを少し緩めて、柔らかな笑みを浮かべている。
「……俺の名前、誰から聞いた?」
「名前? ああ、ゴトウからだよ」
そう言ってソラはにっこり笑う。その無邪気さに、少しだけ心が緩んだ。
「それよりシュウトも歓迎会、来るんだよね?」
「……うん? ああ、そうだな」
「じゃあさ、校門で待ってるから来てね!」
軽やかに言い残して、ソラはくるりと背を向けた。
その背中が扉の向こうへと消えるまで、なぜか目が離せなかった。
荷物をまとめ直し、シュウトも教室を出る。
放課後の校内は静かで、風が窓越しにカーテンを揺らしていた。