表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢双物語  作者: Akrid
無印編
2/14

第二話:入国

「だから、このバッジが偽造ではないことを証明してください!」


怒気を含んだ声が、東門の前に響き渡った。


門の前では、黒いジャージ姿の男――ロバート・シュウトが、門番と激しく言い争っていた。

腰には抜き身の剣。普通なら、そんな武器を持って入国など許されない。


だが、彼にはそれを許される理由があった。

胸元には、新入生バッジ。ペドラー帝国軍事任務学校に入学を許された証だ。


「俺はこの国の軍事任務学校の新入生だ。ほら、これがバッジだ。見えないのか?」


「見えますよ!ですが、それが本物かどうか――それを証明できたら通してあげますって言ってるんです!」


門番は苛立ち気味に言い返す。無理もなかった。

今日は入学案内の封筒を忘れてきたという、シュウト側の不手際だ。


「話が通じないな……責任者を出せ」


「話が通じないのはあんたの方だよ!」


睨み合いが続く。周囲には小さな人だかり。

剣を帯びた男が一人で騒ぎを起こしていれば、目立つのは当然だった。


そのときだった。


「おい、これは一体なんの騒ぎだ?」


落ち着いた、しかし空気を裂くような鋭い声がした。


振り返った人々の目が、次々と見開かれていく。


白銀の鎧に身を包み、腰に佩く剣はどの騎士のものよりも清廉で、重々しい威圧感を纏っていた。

風も、光も、その男を中心に動いているように感じられる。


その姿には、威厳と静謐があった。まるで神の化身のような存在感。


――リトダ・バーミヤン。


ペドラー帝国聖騎士団団長。帝国最強の聖騎士にして、国民の誰もがその名を知る男が、今そこに現れた。


「バーミヤン様!ちょうどいいところに!」


門番――テンドンが、まるで神にすがるような声を上げた。


バーミヤンは騒ぎの中心に視線を落とし、眉一つ動かさぬまま問いかける。


「テンドン。何があったのか話してみろ」


テンドンは一息に説明した。

剣を持った黒ジャージの男、提示された新入生バッジ、だが封筒がない――そのため身分の証明ができず、揉めているのだと。


静かに話を聞いていたバーミヤンが、ふう、と深く息を吐いた。

そして一歩、シュウトの方へ近づき、冷ややかに言い放つ。


「すまないが君。どこの蛮族か知らないが、ここは君のようなやわな人間が来るところではない。帰りたまえ」


シュウトの表情が動く。ゆっくりと、口の端が吊り上がった。


「貴様こそ、どこのへっぽこ騎士か知らんが、俺に指図できるほどの地位を持っているのか?」


「持ってるとも」


「いいや、持ってないね」


ピキンッと、空気が割れるような音がした気がした。


互いに一歩も引かず、睨み合う。額と額がぶつかるほど接近し、声を荒げるでもなく、ただ静かに火花を散らしていた。


門番・テンドンの背筋に、冷たい汗が伝う。

まるで――鷹と虎が、牙と爪を交えんとしているのを、ただ見ているしかない小動物の気分だった。


(ダメだ……これ、巻き込まれたら死ぬ)


「俺は貴様と口喧嘩している場合じゃないんだ」


「同感だ。さっさと片をつけようか」


次の瞬間、バーミヤンの右手が動いた。

聖剣が鞘から抜かれ、その刃が陽の光を受けて煌めく。音もなく、静かに、しかし確かに戦の気配が満ちていく。


テンドンは青ざめながら、心の中で叫んだ。


(やめてくれ……!この場所で神と悪魔の決闘はやめてくれぇぇ……!)


「二人とも、やめなさい。こんな公共の場でみっともないですよ。」


その静かな声は、まるで喧騒に冷水を浴びせるように、場を凍らせた。

白髪の老人が杖をつきながら、ゆっくりと歩み寄る。だがその姿に弱さはない。


バーミヤンが振り向き、瞳を見開いた。


「あなたは……レナード校長!?」


その名を聞いても、シュウトは顔をしかめたまま呟く。


「ん? 誰だ?」


「知らないのか、貴様!?」


まるでこの世の理を知らない子どもに怒る教師のような顔で、バーミヤンが吠える。


レナード・リヒター――ペドラー帝国五大将の一人。

帝国の歴史に名を刻む伝説の兵士であり、いまだ現役の最高戦力。だがその正体は、シュウトが入学を許された軍事任務学校の校長でもあった。


「お前が入学する学校の校長だぞ!なぜ知らない!?」


「いや、名前は知っていたが……まさか校長とは思わなかった」


「えぇ……(困惑)」


レナードは、ふっ、と吹き出すように笑った。


「ははは、生意気な若造じゃないか。でも、気に入ったぞ。そいつは、わしが直々に入学させてやる予定なんだ」


「なんだと!?」


バーミヤンの声が裏返る。


「ロバート・シュウト。そいつの義両親は死んでしまってな。わしが立派な兵士に育ててやるんだ」


「なんだと!?」


「あなたか。俺に手紙を送ったのは」


「そうじゃ。わしが、お前さんに送った」


レナードはいたずらっ子のように笑いながら、門番に視線を移した。


「さあ、門番君。そこを通してくれ」


「待ってください、レナード様!そいつは……」


「なにか問題があるかね?」


レナードの目がわずかに細まり、声が低くなる。

門番は背筋を伸ばしたまま、顔面を蒼白にして答えた。


「いえ……何もありません……」


二人が門を越えようとした、そのときだった。


「待ってください、レナード校長」


鋭く冷たい声が、レナードの背を打つ。

振り返ると、バーミヤンの目がまっすぐにシュウトを射抜いていた。


「そこの蛮族と、手合わせを願いたい」


「手合わせがしたいだと?」


レナードの眼差しが変わる。今度は、確かに興味を持った者の目だった。


バーミヤンは一呼吸おいて、口を開く。


「私は、そこの蛮族と手合わせしてみたいのです。それに、そいつの実力を測るにはいい機会でしょう」


「……わかった。君とシュウトの手合わせを許可しよう。確かに、シュウトの実力を測るいい機会だ」


「ありがとうございます、レナード校長」


言いながら、バーミヤンはシュウトに向き直った。

その顔に浮かんだ笑みは、相手の骨の一つでも折ってやろうという意志がにじんでいた。


「貴様の負け顔、拝んでやるからついてこい」


「負け顔を拝むのは俺だ」


互いに火花を散らしながら、言葉を交わす。だがそれ以上の挑発はせず、静かに歩き出す。


後を追うシュウト。その後ろをレナードが満足げに歩いていく。


やがてたどり着いたのは、城壁内に設けられた手合わせ専用の訓練施設――

外見は学校の少し広めの体育館といったところだが、中は全く別の世界だった。


分厚い魔力結界で囲まれた競技場。木の床は使い込まれて艶を失っているが、その分だけ多くの剣がここで交差したことを物語っていた。


木剣を手に、二人の戦士が向かい合う。


バーミヤンが一歩前に出て、静かに言う。


「貴様がどれほどの実力の持ち主か、見せてもらう。ルールは簡単だ――どちらかが一発入れたら勝ち」


「わかった。さあ、来い」


シュウトは余裕の笑みを浮かべ、挑発するように手のひらで合図を送った。

しかし、バーミヤンは微動だにしない。構えたまま、一歩も前へ出てこなかった。


その沈黙に、シュウトの眉がわずかに動いた。


(……来ない?)


少しの不信感と、じれったさが胸をかすめる。


「ふんっ!」


踏み込みと同時に、シュウトの木剣がうなるように振り抜かれた。

狙いはバーミヤンの胴。真っ向からの打ち込み――しかし、次の瞬間。


「――いない!?」


風を切る音だけが残り、標的の姿は消えていた。


刹那、気配を感じて振り返る。そこには――バーミヤン。完全に背後を取られていた。


ガンッ!!


反射で振り返りざまの受けを打つ。木剣が激しくぶつかり合い、鈍い音が訓練場に響いた。


間一髪。だがシュウトは冷や汗を流す暇もなく、目を走らせる。バーミヤンの姿は……また、消えていた。


「どこへ消えた、へっぽこ騎士!」

シュウトは吐き捨てるように叫ぶ。「まさか、真正面からの斬り合いが怖いのか?」


空間のどこからか、声だけが返ってくる。


「怖い?ああ、そうさ。俺は斬り合いが苦手だから、後ろから攻撃するんだよ」


「へっぽこ騎士じゃなく、腰抜け騎士だったとはな」


挑発に、バーミヤンはまったく動じなかった。むしろ――微笑んでいた。


「何度でも言うがいい。我が朧流派に勝つことはできん」


声が、まるで霧のように四方から漂ってくる。

気配も足音も残さずに移動するその剣技――それが、朧流。姿を消し、影をまとい、風のように敵を刻む技法。


だがシュウトの目は、わずかに光を宿していた。


(なるほど。見えない)


 シュウトの呼吸が荒くなっていた。汗が額をつたう。背後から放たれる鋭い一撃、それを受け止めるだけで精一杯だ。既に何度も斬撃を受け、木刀を握る手も痺れていた。


 バーミヤンが静かに笑った。そしてとうとうその姿を見せた。


「さて、そろそろ飽きてきた。我が奥義を見せてやろう」


「奥義だと?」


 言い終えるより早く、シュウトの視界が揺れた。目の前に立っていたはずの男が、二人に増える。どちらも輪郭が滲んでいる。動悸が早まった。


「……なんだこれは……」


「『朧』。我が流派の奥義だ。さぁ、どれが本物かな?」


 次の瞬間には、分身がさらに増えていた。シュウトの周囲を囲むように、幻のバーミヤンたちがゆっくりと動き出す。そのうちの一体が、殺気を孕んで踏み込んだ。


 シュウトの眼が鋭くなる。


 木剣を逆手に持ち替えると、ためらいもなく――放った。


 ブンッ!


 木剣が空気を裂き、真っ直ぐに飛ぶ。


「!?」


 それは幻ではなかった。本物のバーミヤンが反応するよりも速く、剣は彼の腹を打ち抜いた。


「ぐ……バァッ!?」


 バーミヤンが崩れるように倒れる。


 場に静寂が落ちた。


 レナード校長が唇の端をわずかに動かす。


「……全力を出していない、か?」


 倒れたバーミヤンが呻きながら起き上がる。怒気を押し殺しきれず、シュウトを睨みつけた。


「貴様……武器を投げるとはどういうつもりだ!」


 シュウトは少し肩をすくめると、鼻で笑った。


「敗者が何か言ってるな」


「ふざけるな!もし偽物に当たってたらどうする気だった!」


「そん時は、そん時だ」


 バーミヤンが歯噛みする。怒りの感情が爆ぜる寸前――


「二人とも、やめなさい」


 レナード校長の声が響いた。場の空気がぴたりと凍りつく。その視線がシュウトに向けられる。


「シュウト。なぜ、本物のバーミヤンだとわかったのかね?」


 静まり返る空間に、レナード校長の穏やかな問いが落ちる。


 だが、返ってきた言葉はあまりにあっさりしていた。


「……勘。それだけだ」


 その瞬間、レナードの眉がわずかに跳ね上がる。隣のバーミヤンは、思わず一歩引きかけた。


「……勘、だと?」


 場に沈黙が降りる。木剣の音も、風のざわめきも、今は遠い。


 レナード校長はしばらく沈黙したまま、シュウトをじっと見つめていた。そして、ぽつりと呟いた。


「……バーミヤンの奥義を、勘で見破った……というのか」


 その呟きには、驚きと、ほんの少しの喜びが滲んでいた。


 沈黙を破ったのは、再び校長だった。


「まぁ、よい。手合わせ……お疲れ様」


 微笑を浮かべながら、柔らかい声で言う。


「バーミヤン。少し、ここに残ってくれないか」


「……レナード校長。なぜですか?」


 まだ不満の色が残る顔で、バーミヤンが尋ねる。


「君と話しておきたいことがあるんだ」


「……承知しました」


 短く答えるバーミヤンの表情から、感情が読み取れない。だが、彼の胸中はきっと嵐のようだろう。


「シュウト、君は先に外で待っていてくれ」


「……わかった」


 短く返すと、シュウトは無言で木剣を置き、手合わせ場を後にした。


 扉が静かに閉じられ、場には再び静寂が戻る。


 その場に残されたのは、レナード校長と、敗北を喫した聖騎士バーミヤンの二人――。


「バーミヤン。なぜ全力で戦わなかった?」


 手合わせ場に残された静寂の中で、レナード校長が静かに問いかけた。声には、わずかに叱責の響きが混じっている。


 バーミヤンは黙って俯いていたが、やがて唇を動かした。


「……あいつが、自分は強いと誤認するように仕向けたかったからです」


 その声には冷えた憎しみが滲んでいた。


「なぜそんなことをする必要がある?」


 レナードの声に戸惑いの色が混じる。だが、バーミヤンは顔を上げると、感情のこもった言葉をぶつけた。


「あいつは……うざいんですよ。自分より強い相手に出会って、さっさと死ねばいいんです」


 静寂が落ちる。


 レナードは深く、長く息を吐いた。そして、厳しい眼差しをバーミヤンに向ける。


「まったく……君という剣士は、それでも聖騎士団の団長なのか」


 バーミヤンは唇を噛み、何も答えなかった。


 レナードはそれ以上何も言わず、背を向け、静かに歩き出す。


 外へと出た校長の目が周囲を捉える――だが、そこにいるはずの人物の姿は見当たらない。


「……シュウトはどこへ行った?」


 訝しげに周囲を見渡すその時だった。門の向こうから、両腕いっぱいに荷物を抱えた少年が現れる。


「悪い。近くのジュース専門店で買い出しをしてたんだ」


 袋の中には色とりどりの瓶。いずれも高級品ばかりだ。


 レナード校長は眉をひそめながら、ため息混じりに言った。


「勝手な行動は控えてもらいたい」


「すまん」


 短く謝るシュウトだったが、手にしたジュースはなかなか手放そうとはしなかった。


 ――こうして、シュウトとレナード校長はペドラー帝国軍事任務学校へと足を進めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ