負傷時にメアリー
こことある集落…………であった場所。火を放たれ、家畜は殺され女は連れていかれた。抵抗する者は殺され家財も奪われる。盗賊に襲われた後の集落跡地。
「負傷者の気配…………」
私は長くない足で標的を探す。ここが地獄じゃないならば、人は救われてなければいけない。苦しんではいけない。だから、私が救うんだ。私は崩れた家屋を進み、倒れている男性を見つけた。
「負傷ですか? ご安心ください。負傷時にメアリー。私はメアリー・リヴィエール。貴方を助けに来ました」
「天使……様?」
「はい。私は天使です」
そう、私が救うんだ。この地獄を。未だに消えない炎に私は構わず男性の治療に専念する。私の治癒魔法は、どんな怪我でも癒す。どんな病気も治す。
「これは……酷い……でも、私がここに巡り合った意味は必ずあるはず」
「天使様…………なぜここに?」
「さあ? 私はただ負傷した時に現れる天使だと思ってください。これもまた巡り合わせでしょう」
「……天使様。一つ聞いて良いか?」
「はい。なんでしょう?」
「俺を助けてくれたのはなぜだ? アンタに返せる見返りなんてないぞ?」
そう言う彼。確かに彼は何もかも失ったのだろう。住む村も財産ももしかしたら家族や友人も…………
「私はただ負傷者を癒すだけです。見返りは求めてません」
「そうか……天使様は優しいんだな」
彼は少し笑った。その笑顔に私は救われた気がした。この地獄で、まだ笑える人がいたことに安堵したのだ。
「では、貴方を治療しますね」
「あぁ……頼むよ」
私は彼の体に触れると治癒魔法を発動する。私の魔力が光となり彼を包み込む。私の治療を終えた彼は…………
「天使様。ありがとう……これで、俺も」
彼は涙を流していた。私はその涙の理由を知らない。よくわからない。救ってあげたのにどうして彼は泣いているのだろうか。よくわからない。今日もよくわからなかった。でも、私は負傷時に現れて治療するただのメアリーだから…………次の負傷者を探さないと。
「それでは私はこれで」
「天使様。アンタに神のご加護を」
この集落はもう終わりだろう。彼がどれだけ希望を持とうとも…………生存者が一人ではどうしよもない。私は次の負傷者を探さないといけない。
私はゆっくりと歩いていく。感覚強化スキルのおかげで近くに大勢の人の気配を感知出来た。あの集落の近くだというのに多すぎる。何故こんなに人がいてあの集落は襲われたのでしょうか。ここの人たちは助けなかったのでしょうか。
「負傷者の気配……」
私は再び歩く。ただ、私の意識は集落の方向ではなく……その近くに集中していた。何か言い争うような声が聞こえました。誰かが襲われているのでしょうか? 助けなければ……助けるのが私の役目なのだから。そう考えていると突然腕を捕まれた。振り向くとそこには数人の男の姿が。
「……何用でしょうか?」
「良い身なりしてんな姉ちゃん」
「俺たち金に困っててさ~ちょっと恵んでくれねえかな?」
男たちは下品な笑みを浮かべ私を値踏みするように見ている。この人たちは何を言っているのだろうか? 恵む? 私に何を求めてるの?
「すみませんが、私は急いでいますので」
「まあそう言わずによ~俺たちも困ってんだ。少しくらい良いじゃねえか?」
「そうだぜ姉ちゃん。金さえ出せば痛い思いしねえからよ~」
男たちは私を囲むように立ちふさがる。そして私の体に触れてきたのです。その瞬間に私は悟りました。この人たちはあの集落を襲った盗賊だ!?
「お金なんてありません。離して!」
「そう言うなよ~俺たちも金がなくて困ってんだ」
「そうそう、だから姉ちゃんが恵んでくれねえかな?」
そう言って男たちは私を押さえつけた。さて、どうしましょうか。
「やめて! 離してください!!」
「へへへ、こんな上玉久しぶりだぜ~」
「おい。早くしろっての」
「わかってるよ。今楽にしてやるよ」
男たちの一人がナイフを取り出した。その刃が私に向かって振り下ろされたはずでした。私は防御結界を張り、ナイフは刃先から砕け落ちてしまう。
「な、なんだ!?」
「おい! 何しやがった!」
「防御結界ですよ。私のは特別なので武器や攻撃魔法をかき消せます」
「何だと!?」
私は男たちに向かって手をかざした。そして、癒しの魔法を発動させます。私の両手から放たれた光が盗賊たちを包み込みました。
「な、なんだこれは?」
「体が軽いぞ!」
「おい! どうなってやがるんだ!?」
「治療ですが? …………右の人から突き指、右足のねん挫それから貴方は右足を虫歯ですね」
「え? は?」
私の治療で盗賊たちはたちまち元気になっていきました。呆然とする盗賊たちを他所に私は更に魔法を使います。
「はい。これで全員です」
「お、おお!!」
「マジか!?」
盗賊たち全員が怪我を治し元通りになったのです。さて、後は……
「な、何なんだお前は!」
「私ですか? 私はメアリー・リヴィエール。ただのヒーラーです」
「いや…………普通自分を襲った人間を治療するか?」
「…………?」
私にはわからない。治療すべき人間とそうでない人間の差が…………だから、彼らを治療したのに。なぜ彼らは喜びもしなければ、先ほどの男性のように泣きもしないのでしょうか。
「では、私はこれで。もうここには負傷者がいませんね?」
そう言って去ろうとした瞬間でした。盗賊が私を引き留めます。
「待て! 負傷者ならいる!!!」
私は満面の笑みで振り返る。ああ、まだここに負傷者がいたのですね。
「それはどこですか!?」
「あ、いや……」
盗賊は気まずそうに眼をそらしました。何でしょう? まだ負傷者がいるのに隠し事でしょうか? それともまさか……私は再び笑顔を作り盗賊に質問します。
「負傷者がいるのですか?」
「あ、はい……」
「案内してください」
私は笑顔で手招きをします。それを見た盗賊たちは観念したように私を別の集落へ連れて行きました。どうやらここはこの盗賊のアジトのようですね。ああ、ここにも負傷者がいるのですね。でしたら私は…………救わなければこの先にいる負傷者を…………
「ここです……」
私は盗賊たちに連れられて建物に入りました。そこは私が見た集落以上にひどい有様でした。そこかしこで人のうめき声が聞こえます。牢屋に入れられた女性の姿。
「ああ、これは酷い」
「だろ? 売り払うつもりだったんだが怪我をしてな」
「売る?」
「そうだよ必死で抵抗するからついな。顔がダメになって売れそうにねえんだ」
彼女の顔を治療したら…………彼女は救われるのでしょうか。盗賊は悪党です。しかし、傷を癒せば救われないことはない。だから私は彼らを治療することに躊躇しなかった。だけど彼女は違う。彼女は…………綺麗な顔に戻ったら…………幸せになれるのだろうか。
「早く治療しないと……」
私は盗賊たちに案内され鉄格子の向こうの牢屋に入りました。そこには一人の女性が横たわっています。彼女はひどい傷を負っています。顔も殴られ腫れあがり、あちこちを骨折しているのか両足は変な方向に曲がっていました。彼女が私を睨み付けます。彼女の目には恐怖と憎悪の感情が見えました。
「誰……」
「初めまして、私はメアリー・リヴィエールです」
私の言葉を聞いても彼女の表情は変わりません。ただこちらを警戒しているだけです。当然でしょうね。彼女にとって私は他人でそしてこれから地獄へ誘う悪魔のようなものだから。
「治療しますね」
「い、いい! もう放っておいて!!」
彼女は激しく拒絶しました。このまま放置すれば彼女はあのひおい傷のついた顔で生きていくのでしょう。でも……治療さえすれば…………
「私は天使です。貴女を救って差し上げます」
「な、何を言ってるの……」
彼女は理解していないようです。でも大丈夫です。私が治療すればきっと……救われますから! 私は彼女の手に触れると治癒魔法を発動させました。私の魔力が光となり彼女を包み込みます。彼女も最初は抵抗したのですが現れていた無数の傷は綺麗に無くなり、折れ曲がっていた足も元通りになりました。そして、大きな傷のあった顔も一瞬で綺麗な顔に戻りました。
「痛みは?」
「…………」
彼女はゆっくりと体を起こします。私はただ彼女の目を見ていました。すると……
「痛くない……痛く……ない?」
「良かった。それでは私はこれで…………」
私は部屋から出ようとすると、男たちはまだ私がいるのに牢屋の扉を閉めてしまいました。あらあら。
「悪いな嬢ちゃん。自ら売り物を二人も用意してくれてよ」
「? されはつまりどういうことでしょうか??」
「つまりな~嬢ちゃんは今から商品になるってことだよ!」
「……そうですか」
盗賊たちが私を売り物として扱おうとしている事はわかりました。さて…………脱走しましょうか。それとも…………このまま奴隷市場まで運んでいただくのも悪い手段じゃありませんね。だってそこには負傷者がたくさんいそうでしょう?