生贄マーメイド
「おい、あれが生贄の人魚だってよ」
「美人な人魚だ、ありゃあ大層高値で売れただろうな」
大柄な人間の男たちが私のほうを見ながら話している。
私は今日、人間への生贄として陸に上がった。
これから私を買ったという、お金持ちの家に連れて行かれるのだ。
――すまないメルよ。だが海に生きる者と陸に生きる者、双方が共に暮らすためなのだ。どうかこらえておくれ。
海の王であるお父さまはそう言った。
人間は、海に生きる者を際限なく狩っていこうとする。
人間が生きていくために、多少の漁は仕方ない。でもこのところはあまりに酷く、魚や貝がどんどん減っていってしまったのだ。
だからお父さまは、人間たちとある約束を交わしたらしい。
"人魚を生贄に捧げる代わりに、人間たちは漁を控えること"
なぜ私が生贄に選ばれたのかといえば、お父さまの矛が私を選んだから。
お父さまの矛は代々伝わる大切なもので、お父さまが持てば不思議な力を発揮する。大事なことを決めてくれるだけでなく、海に嵐を起こすことだってできてしまう。
お父さまの馬鹿。
あの矛で嵐を起こして、人間たちなんかやっつけてくれれば良かったのに。
どうして私が生贄になんかならないといけないの。
――メルよ、この矛の力はとても強いのだ。ひとたび振るうだけで、陸の命をいくつ奪うかわからない。
お父さまは諭すようにそう言った。
知らないわ、そんなこと。人間たちだって海の命を奪うのだから、やっつけたって構わないのに。
見知らぬ人間の命と私の命、どっちが大切だというの。
でも、私が泣きながらそう訴えても、お父さまの決定は覆らなかった。お父さまは私を見捨てたのだ。
――この矛は、物事を必ず良い方向に導いてくれるのだよ。
お父さまはいつもそう言っていたっけ。生贄として陸に上げられ、お金で買われ。そんな私のこの先が良い方向にいくなんて、とてもじゃないけど思えない。
「よし、着いたぞ。公爵さまのお屋敷だ」
大きな樽に入れられて、着いた先は大きなお屋敷。海の神殿ほどではないけれど、陸の建物にしてはけっこう立派だ。
私を買った公爵さまというのは、どんな人間なんだろう。私はあまり人間を見たことがないけれど、どれもみんな同じような顔をしていた。
日に焼けた肌をしていて、大柄でガサツで、私のことをじろじろ見てくる。
私を屋敷の中へと運ぶ男たちも、まさしくその風貌だ。私をちらちら見ながら、こそこそ何かを話している。
「しかし良いよなぁ。公爵さまほどになると、不老不死まで金で買えるんだから」
「不老不死?」
「ああ。なんでも人魚の肉を食うと、不老不死になるって話があるんだとよ。公爵さまのご子息はほら、ずっと病気で寝たきりだから」
「なるほど、ご子息に食わせるためね。こんな美人な人魚を食っちまうのはもったいないが……良いなぁ、俺も一口もらいてえや」
人魚の肉を食う? ご子息に食わせる?
私のこの先を示す言葉を聞いて、急に怖くてたまらなくなった。
ああ、私はその公爵さまのご子息とやらに、ぱくりと食べられてしまうのだろう。
人魚を食べたら不老不死になるなんて、そんなこと誰が言い始めたのだろう。そんな話、私は聞いたことがない。人間たちは、何か勘違いしているのだ。
「――テイルさま、お待たせいたしました。お待ちかねの人魚です」
屋敷に入ると、さらに奥の部屋まで連れていかれた。きっとここが、そのご子息の部屋なのだろう。
扉が開き、樽ごと中へと入れられる。
私を食べる人間はどんな顔をしているのだろう。
少しだけ顔を出してのぞいてみると、その人間は部屋の奥のベッドに横になっていた。
真珠のように白い肌、海藻のように柔らかい髪、そして珊瑚のように細い指。その泡のように儚い姿は、今まで見てきた人間とはまるで違う。
「ああ、ありがとう。きっと疲れているだろう、早くその水槽に入れてあげて」
その人間はさざ波のようにか細く言うと、部屋にあった大きなガラス張りの水槽を指差した。
水がなみなみと張られていて、砂や貝殻なんかが敷かれている。
「君……遠いところから来てくれて、どうもありがとう。海に比べたらとても狭いところで申し訳ないけれど……他に何か必要なものはあるだろうか」
こちらに話しかけてくるけれど、私を食べようとしている人間と、口なんか聞きたくない。
顔も見たくなかったけれど、私はぽちゃりと水槽に入れられて、不可抗力でその人間の目に晒された。
「君は……とてもきれいだね。ありがとう、ここまで来てくれて」
何よ、私のことを食べるくせに。褒められたって、ちっとも嬉しくなんかない。
私はぷいっと横を向いた。
陸に上がってこの屋敷に連れられてきて、幾日経ったことだろう。
私はいまだに食べられてはいなかった。
「ねえ君、何か不自由はしていない? 欲しいものは無いだろうか? 君は何が好きなんだろう」
テイルという名のこの人間は、いつも私に向かって色々と話しかけてくる。
「僕は生まれてからずっと身体が弱くて、ここから動いたことがほとんど無いんだ。君みたいに自由に海を泳ぐことができたら、きっと楽しいんだろうな」
「寝ついてる僕のために、父上が君を連れてきてくれたんだ。僕は今まで人魚を見たことがなかったから、こうして君と出会えてとても幸せだよ」
「君の鱗が朝日に照らされ輝くところは、なんてきれいなんだろう」
「君と広い海を泳ぐことができたら、どんなに良いだろう。せめてもう少し暖かくなったら、一緒に海まで行けるのに。でもきっと、僕の身体は春までもたない」
この人間は、私を食べて不老不死になろうとしているのではないのだろうか。
いつもどこか、自分の命を諦めているようだった。
「君の名前は、なんて言うんだろうな……――」
ある時ぼそりと、テイルは呟くようにそう言った。
そしてその後激しく咳き込み、口から赤い血を流す。
その血がなんだかとても痛そうに見えて、私は思わず声をかけた。
「――……メル。私の名前は、メルっていうの」
陸に上がって初めて喋った私に、テイルはひどく驚いたようだった。
ぽかんと口を開けて、流れた血も拭わずにこちらを見る。
「テイル、血が出てるわ。痛くはないの?」
「――……メル! 初めて聞いたよ、君の声を! それに僕の名前を覚えてくれていたんだね!」
テイルは嬉しそうに大きな声を出し、それを聞きつけて屋敷の人間が何事かとやってきた。
「テイルさま、どうなさったのですか! なんと、血がっ……!」
「いや、いいんだ。それよりも今日はとても嬉しいことがあって……――なんだかとっても気分が良いよ。久しぶりに食欲も出てきたみたいだ」
「……! なんと喜ばしいっ……! コックに言って、すぐ何か作らせましょう」
屋敷の人間がバタバタと出て行き、まもなく部屋に食事が運ばれた。
テイルは言葉通りいつもよりたくさん食事を摂り、その間も嬉しそうに私に話しかけてくる。
その日から、私たちは少しずつ言葉を交わすようになった。
「ねえメル、また海の中の話を聞かせて」
「また? 本当にテイルは海の話が好きね」
「だって素敵じゃないか! 海中の神殿に、それを守護する魚たち。不思議な力を持つ矛に、海に輝く星の石。それに海藻のダンスに人魚の歌声なんて……どれも本には書いていないことばかりだ」
「本? 本ってなあに?」
「そうか、海の中に本は無いよね。見て、これが本で、文字というものが書いてあるんだ」
私が海の話をすると、テイルは代わりに陸のことをたくさん教えてくれた。
「――……ねえ。テイルは私のこと、いつ食べるの?」
「僕がメルを食べる? なんでそんなことを! 食べたりなんかするわけないじゃないか」
「でも、人魚を食べたら不老不死になれるって……だからあなたも、私を食べて元気になりたいんでしょう?」
そう言うと、テイルはおかしそうに笑い声をあげた。
「まさか! たしかに父上はそのつもりだったみたいだけど……人魚を食べたら不老不死になるなんて、そんなの迷信だろう? それにもし不老不死になれたとしても、僕はメルを食べたりしない。君とこうしている時間が、僕はとっても幸せなんだから」
テイルはベッドから立ち上がり、水槽のガラス越しに私に触れた。
「僕が死んだらメルをまた海へ返してくれるように、父上にはよく頼んであるんだ。メルは誰にも食べさせないよ。僕のわがままに付き合わせてしまって申し訳ないけれど……でももう少しだけ、ここで一緒に過ごして欲しい」
人間なんてみんな酷いやつばかりだと思っていたけれど、テイルはどこか違って見える。
ガラス越しに見えるテイルの指に、手を伸ばしてそっと触れた。
私とテイルが話をするようになってから、テイルは目に見えて元気になった。
鱗のように瞳に輝きが出てきたし、こけていた頬はクラゲのように少しずつ膨らんできた。それに何より、ベッドから起き上がれるようになってきたのだ。
「もしかしたら、一緒に海まで行けるかもしれないよ」
ある朝テイルはそう言って、外へ散歩に出かけていった。少しずつ体力をつけるつもりらしい。
その間に、テイルの部屋に人間が何人かやってきた。バタバタと動きながら、部屋の掃除をし始める。
「でも本当喜ばしいわ、テイルさまの具合が良くなってきて」
「まあなあ……でも病が治ったわけじゃねえ。人魚なんて飼ってないで、とっとと食っちまえばいいものを。あんな大金を払ったのに、食わずに見てるだけなんて」
「そうねえ……ご主人さまも、いつまで飼わせるおつもりなのかしら」
「公爵さまはテイルさまには甘いからねえ」
テイル以外の人間の前で私は喋ったことがない。だから人間たちは私が言葉を解しているとも知らず、好き勝手なことを言っている。
「そういえば今日だったか? あのでっかい漁船が漁に立つのは」
「そういえばそうね。でも心配だわ……漁師たちはこの人魚と引き換えに、大々的な漁はしないって約束をしたんでしょう? 海の王との約束を破るなんて……」
「嵐でも起こされるって? まさか、そんなの迷信さ。人間を脅すために適当なことを言ったに違いないよ。だって、やれるもんならとっくにやってるだろう。生贄なんて差し出さずにさ」
「そうかしら……」
お父さまとの約束を破る? なんてことを!
お父さまが嵐を起こさず穏便に取り決めをしたのは、陸に生きる者の命を守るためなのに。
でもどうしよう。人間が約束を違えて海を荒らせば、お父さまはきっとお怒りになる。もしお父さまが矛をふるったなら、漁船どころかこの街だってただでは済まない。そうなってしまったら、テイルだって……――。
「さて、後はこの水槽の掃除だな」
考えているうちに、人間が私のほうへやってきて水槽に手を伸ばしてくる。
嫌だわ、なんだかとっても触られたくない。
それに早く漁を止めて、お父さまのお怒りに触れないようにしなければ。
私は水槽から顔を出すと、水中に伸びる手に思いっきり噛みついた。
「……いてっ! 何するんだよ!」
人間は噛み跡を抑えながら、私のほうを睨んでくる。
「くそっ! 生贄は生贄らしく大人しくしていればいいものを……――そうだ、人魚は涙の代わりに宝石を流すらしい。どうせ俺たちは不老不死の恩恵に預かれないんだから、少し痛めつけて泣かせてやろう」
「やめなさいよ! テイルさまはその人魚を大切になさっているんだから……何かしたらただじゃ済まされないわよ!」
「人魚は口をきけないんだから、何したってわからねえさ。構うもんか」
人間は拳を握りながら、再びこちらにやってくる。
人魚の涙が宝石だなんて、そんなことを誰が言ったのだろう。
こんな人間の前で、涙なんて流してたまるものか。
けれども抑えようもな涙はうるんできて、、私はぎゅっと目をつむった。そうして涙の雫が水に流れたその時――水槽の中の水が波立つ気配を感じた。
最初は小さなさざ波だったそれは、やがて大きく揺れて水槽から溢れでる勢いになる。
「なんだ、急に……?!」
人間たちは慌てだしたけれど、私はその理由がよくわかった。
この水槽の水は海から運ばれてきている。海の水には、お父さまの力が込められているのだ。
水から、お父さまのとてつもない怒りが伝わってくる。人間が約束を破ったことに対しても、私に手を上げようとしたことに対しても。
とうとう水は水槽から溢れ出し、ばしゃばしゃと人間たちを水浸しにする。
溢れる水と呼応するように、窓の外はだんだんと暗くなり、雷の音も聞こえ始めた。
どうしよう、お父さまが矛をふるってしまったら……――。
そうして私が焦っていると、突然窓が勢いよく開いた。
そして外から、何十羽もの海鳥たちが現れる。
「メルさま、ご無事でございますか!」
海鳥たちは口々にさえずり、人間たちをそのくちばしでつつきながら飛び回る。
「お父上が大層ご心配なさっています。メルさまが陸に上がられてからというもの、心ここに在らずだったんですから」
「全くとんでもない人間たちだ。王さまとの約束を違えるなんて」
「王はお怒りです。メルさまが傷ついていることを水を通して感じとり、矛を折る勢いでございました。矛を信じて、生贄になど差し出すべきではなかったと」
「もう大丈夫ですよメルさま。早く海へと帰りましょう」
「もうまもなく、ここにも嵐がきてしまう」
お父さま――私のことを、ずっと見守っていてくれたのね。馬鹿だなんて、見捨てたなんて思ってごめんなさい。
「さあメルさま、こちらへどうぞ」
海鳥たちは勢いのままに、水槽の厚いガラスをつつき割った。
そしてまるで空飛ぶいかだを形作るように、何羽もの海鳥たちが私の前に連なって飛ぶ。
この背に乗れば、海へ帰れる。でも――……。
「――……メル、メルは無事?! 一体何があったの?!」
部屋の扉が開き、大きな声を上げながら入ってきたのはテイルだった。テイルは息を切らせながらかけよってきて、そっと私の手を握る。
「――……メル……海へ帰るの? 寂しいけれど……でも、僕はとても幸せだったよ。今まで一緒にいてくれて、本当にありがとう」
「テイル……――私もね、あなたといる時間はとても幸せで楽しかったわ」
私はテイルの手をぎゅっと握りしめ、そのまま海鳥たちの背に一緒に飛び乗った。
「メルさま、なぜその人間を載せるのですか?! 重量超過です!」
「いいからお願い、このまま海へ! お父さまを止めなければ……!」
海鳥たちは仕方なしに、私たちを乗せて窓から海へと飛び立った。
「――聞いてテイル。人間たちが約束を破ってしまったから、お父さまはとてもお怒りよ。怒りを鎮めなければ、陸が嵐に飲まれてしまう。だからテイル……私に協力して欲しいの」
「海に大きな漁船がでていたから、おかしいと思ったんだ! 決められた量を超えて、海を荒らしてしまったんだね……ごめんよメル。僕が父上に言って、漁を止めるよう命じてもらうよ……!」
テイルは申し訳なさそうにそう言ったが、私はその提案に首を振った。
「今漁を止めたところで、この先も約束が守られるとは限らないもの。でも……私に考えがあるの」
空飛ぶ海鳥たちのいかだは、あっという間に海の上へと到着した。
空には黒い雲がとぐろを巻いていて、荒波が漁船をひっくり返そうとしている。
「ああ海の王よ、お助けください……!」
「どうかお許しを……!」
船上では人間たちが膝をつき、許しを乞うている。
私は海の中へ向かって、お父さまへ呼びかけた。
「……――お父さま! 私よ、メルよ!」
「メル――?!」
海の底から、懐かしいお父さまの声が響く。
みなを従える、威厳にあふれた重厚な声。
「メル……すまなかった、私が間違っていたよ。矛になど従わず、お前を守ってやるべきだった。人間たちは約束を破った。陸に生きる者のことなど気にせずに、こうして早く嵐を起こすべきだったのだ」
お父さまの声とともに波はさらに強くなり、大粒の雨が降ってきた。
「……いいえ、お父さま。私は陸に上がってから、色々なことを知りました。お父さまが私を大切に思っていてくれていたことも、陸に生きる者たちの命の尊さも……――」
私は改めて、テイルの手を強く握りしめる。
そして思い切り息を吸い込むと、お父さまに負けないくらいに威厳をこめて、海の底にも陸の果てに届くようにと、大きな大きな声を出した。
「……――聞け、皆のもの! 我々は生贄を捧げたにもかかわらず、人間たちは約束を違えた! このまま嵐を起こし、全てを飲み込むことは容易いが――いま一度許しを得たいというのなら、次は我らが陸より生贄を貰い受ける!」
私は横にいたテイルの首に腕を回して、顔が見えるように船上へ向けた。
こめんねテイル、少しだけ我慢をお願いね。
「あれは、公爵家の……?!」
「なぜテイルさまがここに?!」
「大変だ! テイルさまに何かあったら……」
良かった、テイルのことを知っている人間が乗っていて。
「――人間たちよ! 公爵家が令息テイルの命惜しくば、二度と約束を違えるな! 我らの許しに次はない! だが――もしもこの先約束を守り続けたのならば、我ら海より陸の者へと、友好の証を贈ろうぞ!」
船上の漁師たちは、こちらを見上げておののいている。
お父さまは、何も言わない。ずいぶん勝手なことを言ってしまったけれど……――。
しかし少しの静寂の後に、雨は止み水面が凪いでいく。雲間からは明かりが差し始めた。
「ああ良かった……! お父さまがお怒りを鎮めてくださったんだわ……!」
安堵から一気に力が抜けて、テイルに回していた腕をとく。
「…….すごいよメル、とってもかっこよかった!」
「ごめんなさい、テイル。首、痛くはなかった?」
「全然痛くなんかないさ。ありがとうメル、僕らのために……――」
そう言いかけたところで、テイルはごほごほと咳き込んだ。
「……ねえテイル……人魚を食べても不老不死にはならないけれと、人魚は病にかからないし、傷がついてもすぐに癒えるの」
テイルの口元をつたう、赤い血をそっと拭う。
「あなたはもう、海への生贄。だけど人間のままじゃ、海で暮らしていけないわ。だからねテイル――私はあなたを人魚に変えて、一緒に海へと連れていく」
「えっ……?!」
テイルはいつかと同じように、ぽかんと口を開けて驚いている。
「僕を人魚に……?! そんなこと、一体どうやって……」
「いつか話したでしょう? 私のお父さまが待っている矛には、不思議な力が宿っているの。物事を必ず良い方向に導いてくれる、不思議な力がね」
私たちを乗せている海鳥たちが、ざわざわとさえずり始める。
「メルさま! あの矛を使えるのは海の王だけのはず……」
「王がお許しになるとは……」
「大丈夫よ。自分で言うのもなんだけど……お父さまは、私に甘いの」
きれいに空が晴れた時、海の底から金色に輝く三又の矛が飛び出してきた。
「ほらね?」
私は矛を手にすると、力をこめてテイルにふるった。
するとテイルは不思議な光に包まれたかと思うと、あっというまに美しいヒレを持つ人魚になった。
「テイル……陽の光に輝いている、あなたの鱗もとってもきれいよ。今度は、私のわがままに付き合ってくれる?」
私はほほえむテイルの手をとって、一緒に海へと飛び込んだ。
テイルはとても初めてとは思えないくらいに、上手に海を泳いでいく。
珊瑚礁のきらめきも、海亀の甲羅の艶めきも、冷たい海の澄んだ青も。久しぶりに見る海の景色は、前よりいっそう美しく見える。全部全部、テイルに見せてあげたかったものばかり。
「――……メル、ありがとう。僕は幸せでいっぱいだよ。こうして、君と一緒に海を泳ぐことができるなんて。それにね、なんだかとっても身体が軽くて、身体のどこも苦しくないんだ」
真珠のように白かったテイルの頬が、桜貝のように色づいている。
「良かった……!」
テイルの身体から、病が消え去ったのだろう。手を取り合った時、自然とまぶたが熱くなった。きらりきらりと、暖かいものが頬を伝う。
「メル! メルの瞳から宝石が……!」
「人魚はね、どうしようもなく嬉しい時に、輝く星の涙を流すの」
頬を伝う輝く星の石は、後から後から流れてくる。大きな粒も、小さな粒も、石は光を反射しながら、星のようにきらきらと海の中を漂っていく。
「こんなにきれいな宝石を見たのは初めてだ……――」
「――私、あなたといるとどうしようもなく嬉しいの。この涙で海を埋め尽くせるくらいに、とってもとっても幸せ。あなたと一緒にいることで生まれるこの星の石は、海と陸との友好の証にぴったりでしょう?」
私がそう言うと、テイルは私を引き寄せ抱きしめた。
そっと唇と唇が触れる時、テイルの瞳からも輝く石が流れ落ちる。それはとても美しく、きらきらと光りあたりをきらめかせる。
私たちは海に流れる星たちの中で、どうしようもない幸せに溺れ続けた。