86 秘めた想い
ハルたちが家に着いたのは、午後三時を過ぎた頃だった。
「すみません、いつも送ってもらっちゃって……」
「いえ、僕はただ頼まれただけですから」
研究員は、軽く頭を下げた。
それから車に乗り、帰っていく。
「ありがとうございましたーっ!」
去っていく車に、ハルはお礼を言いながら手を振る。
やがて見えなくなると、家に振り返った。
そして、顔認証で鍵を開け、中に入っていく。
「神の遣い様ーっ、遅くなってすみませーん!」
「遅いぞ、お主らーっ!」
廊下を歩いていると、勢いよく何かが飛んできた。
それに驚き、ハルは思わず叩きつけてしまう。
「うわぁっ!」
「ぎゃふんっ!」
「ハルさん、なんてことを!」
「へ?」
慌てるユミを見て、ハルは恐る恐る下に目を向けた。
「かっ、神の遣い様?!」
そこに倒れていたのは、神の遣いだった。
しかし、青年の姿ではない。
ハルが再度、この世界で出会った時の、少年の姿だったのだ。
「だっ、大丈夫ですか?!」
「大丈夫なわけあるか!」
「あっ、よかった、元気そうですね」
苦笑するハルに、神の遣いは口をとがらせた。
「まさか、いきなり殴られるとは思わなかったぞ」
「すみません……だって、急に飛んでくるから」
「それより、俺たちがいない間、誰か来なかったか?」
「いや、来ていないが……」
すると、神の遣いの腹が盛大に鳴った。
「あら?」
「まるで、ハルみたいな腹の鳴り方だな」
「れっ、レンさん、それは言わないで!」
ハルが慌てていると、神の遣いが服を引っ張った。
「娘よ、我は腹が減ったぞ」
「じゃぁ、なにか作りましょうか」
そして、ハルたちはリビングへ向かった。
神の遣いを椅子に座らせ、ハルは冷蔵庫を開いた。
だが、一瞬固まり、悲鳴を上げた。
「いやーっ!」
「お嬢、どうしたんだ?」
「冷蔵庫の食材が、ほとんど無くなっているんです!」
「まだ、二日分はありましたよね」
全員の視線が、神の遣いに集まる。
しかし、当の本人は鼻を鳴らし、ドヤ顔であった。
「その中の食べ物は、すべて食べてしまったぞ!」
「いばって言う事じゃありません!」
「しかたない……まだ早いし、買い出しに行ってくるよ」
「じゃぁ、俺も一緒に……」
「待て、レン」
一緒に行こうとするレンだったが、イグに肩を掴まれる。
そして、ユミを指さした。
「お嬢と一緒に行くのは、ユミでいいだろう」
「えっ、私ですか?」
「ユミ、お嬢とはまだ、あまり話せていないだろ?」
イグの言葉に、ユミは小さく頷いた。
「なら、一緒に行くついでに、いろいろ話してこい」
「はい!」
喜んだユミは、ハルと手をつないだ。
「じゃぁ、ハルさん早く行きましょう!」
「まっ、待ってユミちゃん。財布持たないとーっ!」
慌ただしく出ていった二人を見送り、イグは振り向いた。
「さて、俺たちは部屋の片づけでもするか」
「そうだな」
「我は手伝わんぞ」
「いや、一番散らかした奴が、なにを言っているんだ」
イグが文句を言うのも、無理はない。
なぜなら、テーブルの上は、食べ終わったゴミで散らかっていたのである。
もちろん、テレビの前の机も同様だった。
しかし、神の遣いは、椅子から動こうとしない。
「留守番していたのだから、食べるぐらいよかろう」
「食べたのなら、ちゃんと片づけるのが常識だろ」
「神の遣い、あなたは好き勝手にしすぎだ」
「なに?」
レンとイグに注意され、神の遣いは眉間にしわを寄せる。
「我に意見するのか」
「ここの家主は、お嬢だ」
「ハルが困ることを、しないでいただきたい」
「ふむ……」
神の遣いは少し考え、椅子から飛び降りた。
そして、お菓子の紙くずを手に取る。
「しかたない、我も片づけるとするか」
「なんだ、案外聞きわけがいいな」
「勘違いするなよ」
片づけをしつつ、神の遣いは二人を指さした。
「別に、お主らの言う事を聞いたわけではないからな!」
「はいはい、さっさと片づけるぞー」
「おい、ちゃんと聞いているのか!」
「あっ、それはこちらに入れてくれ」
「むむむ……」
二人の扱いに、神の遣いは不機嫌な顔になる。
やがて片づけが終わり、部屋はキレイになった。
「ふぅーっ、なんとか、お嬢たちが帰ってくる前に片づいたな」
「その『お嬢たち』のことで、気になることがあるんだが」
「なんだ、藪から棒に」
「お主たちは、娘のことを好いているのか?」
「あぁ、そうだが」
「なぜ、そんなことを聞くんだ?」
「犬のアニマはそうみたいだが……」
神の遣いはイグに近づき、ゆっくり見上げる。
そして、いたずらな笑みを浮かべた。
「鷲のアニマのお主は、少し違うみたいだな」
「……なにが言いたい」
「先ほど、犬のアニマが一緒に行こうとした時、お主は止めたな」
「あぁ……」
「そして、小鳥のアニマを行かせた」
「確かにそうだが……」
「それは小鳥のアニマが、娘を好いているのを知っていたからだろ?」
図星をつかれ、イグは黙りこむ。
さらに、神の遣いは続けた。
「お主は、よく小鳥のアニマを気にかけているみたいだな」
「そうなのか、イグ」
「……」
「言わなくてもわかるぞ。なぜならお主は……」
「それ以上、なにも言うな」
「ただいまーっ!」
怒ったイグは、神の遣いに掴みかかろうとした。
だが、ハルたちの声が聞こえ、イグの手が止まった。




