表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お年頃

厚い布団から顔を出して、花は天井をじっと見つめていました。

オレンジ色の豆電球が、暗い部屋の真ん中あたりを、うっすらと照らしています。


花はもやもやとしていました。

友だちの耕助が、6年生に上がってから急にぶっきら棒になったのです。今までは「花ちゃん」と呼んでくれて、一緒に手をつないで帰っていたのに。最近では「お前」や「なぁ」と呼ばれ、手をつなごうとすると逃げられてしまいます。仲の良かった友だちの急な態度の変化に、花は戸惑っていました。

お母さんに飛びついて相談もしてみたけれど、お母さんは眉をハの字にして笑いながら、

「お年頃だからね、困ったわねぇ」

と言うばかりでした。


お年頃だからなんなのだろう。そもそもお年頃とは何なのでしょう。

花はどんなに考えてみても分からなかったし、お母さんに聞いても「難しいわねぇ」とにごされてしまうのでした。


友だちの東子なら分かるでしょうか。子どもっぽい花とは正反対に大人っぽい東子は、休みの日にはお母さんに薄くお化粧をしてもらい、はしゃぐ同級生を見やっては、落ち着いた様子で「子どもっぽいわね」と呟くようなおませさんです。

確か、以前家に遊びに来た東子が、薄くお化粧をして、おしゃれな服を着て玄関をくぐって来たのを見て、お母さんが

「あらあら、おしゃれに気を遣うお年頃なのねぇ」

と、やけに嬉しそうに東子の周りをまわりながら、しげしげと見つめていたことがありました。

 

東子もお年頃なのです。


おしゃれな服やお化粧よりも、お人形やごっこ遊びに夢中な花は、6年生にもなって子どもっぽいとは言われたことはあれど、お年頃だねなどとは言われたことはありませんでした。

お年頃がどういうものなのか、具体的には分からないけれど、周りの友だちがどんどん「お年頃」になっていく中、自分がおきざりにされているという気持ちだけは、はっきりと花には分かりました。


「早くお年頃にならなきゃ」

ぐるぐると頭の中で考えながら、まるで自分に言い聞かせるように、決意がぽつりと口をつきました。花は布団をたぐりよせると、頭まですっぽりとかぶり、眠るためにゆっくりと目を閉じました。


どれくらい経ったでしょうか。


寒さを感じて、花は布団の中で目を覚ましました。足元がなんだか寒いのです。

どうやら布団の下の方に隙間があき、布団の中に冷たい空気が入ってきてしまっているようでした。

寝起きの気だるい体にムチを打って、花は足をめいいっぱい伸ばして、あいているであろう足元の布団を、内側から押さえつけようと動かしました。


あれ?


あれれ?


布団が、ない。


どんなに足を伸ばしても、あるはずの布団に全く当たらず、花の足はバタバタと空をきります。そんなに大きく布団があいてしまっているのかと、花は布団をめくり上げ、足元をのぞきこみ、驚きました。

足元にはトンネルのような穴がぽっかりとあいており、そこから冷たい空気がゆっくりと上って来ていたのです。穴は遠くまで続いているようで、中は暗いばかりで何も見えません。


花は驚きました。少しだけ怖くなって、それからすぐにワクワクとしてきました。普段から物語や絵本を好んで読み、楽しい冒険を空想していた花にとって、突然現れた穴は、とても素敵な物語の入り口のように見えたのです。

花は好奇心に胸をはずませながら、不思議な穴の中をはうように進んで行きました。


穴の中は真っ暗闇でした。

ぐにゃぐにゃと右へ左へと曲がりながら、どこまでもどこまでも続いています。地面は布団の中のように柔らかく、手や膝が痛くなることはありませんでした。何度目かの大きなカーブを曲がると、突然目の前が明るくなって、花は思わず自分の目を両手でふさぎました。

「わっ」

たっぷりと時間をかけて目を光に慣れさせてから、ゆっくりと周りを見やりました。だんだん目が慣れてくると、それ程明るい光ではなく、ぼんやりとした豆電球の明かりであることが分かってきました。


そこは誰かの部屋のようでした。

六畳ほどの部屋いっぱいにベッドが置かれており、真っ白なシーツに包まれたふわふわの布団が、大きく膨らんだ状態で敷かれています。

壁一面に棚が掛かっていて、人形やお菓子の瓶、本や絵が所狭しと並べられていました。部屋の真ん中に垂れ下がったむき出しの豆電球が、ぼんやりとその様子を照らし出しています。


「やあ、驚いた」

花がきょろきょろと部屋の様子を伺っていると、どこからか大きな低い声が聞こえて来ました。

目の前の膨らんでいた布団がさらに大きく膨らむと、布団の隙間からずいっと黒い鼻先が飛び出して来て、花は飛び上がって驚きました。

「わあっ」

「わあっ」

花の大きな声に驚いた黒い鼻先は、花に負けないくらい大きな声を出して、すぐに布団の中に引っ込んでしまいました。ベッドが大きく軋み、その振動で揺れた豆電球が、薄暗い部屋をあちこち照らし出します。


壁に並べられた瓶やキャンディー、ビー玉が、色々な角度から光を受けてキラキラと光ります。その幻想的なきらめきに、花は一瞬で目を奪われました。先ほどまでの驚きと恐怖が嘘のように、そのきらめきは、少しずつ花の乱れた心を落ち着かせていったのです。


「ごめんなさい、あの、大きな声を出してしまって・・・」

まだドンドンと大きく脈打つ胸を押さえながら、花は小さな声で謝りました。

「その、急に大きなお鼻を見たものだから。突然部屋に来たのに、ごめんなさいね」


胸の前で指をもじもじとさせながら、花は言葉を重ねて謝りました。謝りながら、急に人の部屋に押しかけて、大声を出して驚かせてしまったことに、花の胸はどんどんと申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。さらに言葉を重ねようとした時、目の前の布団がゆっくりと膨れ上がりました。


「私も、ごめんなさいね」

ちょっとびっくりしちゃった、と顔をのぞかせたのは、茶色い大きなクマでした。

クマは、照れたように笑いながら、乱れた布団をきれいに敷き直すと、花に手招きをしました。


「いらっしゃい。お客さんは大歓迎よ」

花はもじもじと少し考えていましたが、クマの誘いを受けることにしました。

優しそうなクマに安心したのと、なにより見たこともない広いベッドが、とても気持ちよさそうだったからです。


花はベッドによじ登ると、クマの用意した大きな枕に背中を預けて座り込みました。


なんて気持ちがいいのでしょう。

小さく体を揺らしてふわふわの感触を楽しんでいると、伸び上がって壁の棚を物色していたクマが、声をかけてきました。

「あなたもなにか、心配事でもあるのかしら?」

「え?」

「いえね、ここにはそういう子がよく迷い込んでしまうものだから。ほら、そこにいる子みたいにね」

相変わらず棚をごそごそと物色したまま、クマは変なことを言ってきました。


そこにいる子みたいに?

花は、枕に沈み込んでいた体を起こして周りをぐるりと見渡しました。すると、クマの向こう側に同じように伸び上がってこちらを見ている子と目が合いました。


2人とも、同時に声を上げて驚きました。

花の目の前には、大きく口を開けた耕助がいたのです。

気まずそうに黙り込んだ2人に、クマは、棚から探し出したホットミルクが並々と入ったカップを渡し、「さあ、召し上がれ」と微笑みました。温かいホットミルクからは甘い湯気が立ち上り、ゆらゆらと揺れています。


「2人はお友だちなのかしら?」

2人の間に腰を下ろしたクマが、布団を膝までたくし上げながら声をかけてきました。

花はすぐに「そうよ」と返したかったのですが、ぐっとこらえて耕助の反応をうかがいました。すると耕助は、息を止めたような変な顔をして、プイっとそっぽを向いてしまったのです。

花はショックを受けました。悲しくなって、その後すぐに怒りがわいてきました。花はホットミルクをぷうぷうと吹いて冷ましながら、口を尖らせて答えました。

「耕助ちゃんはお年頃だから、もうお友だちじゃないんだって」


花の言葉に、クマは目を丸くしました。その隣でそっぽを向いていた耕助は、驚いた顔で花の方を見ると、大きな声で非難の声を上げました。

「違うよ!」

「違うくないよ!耕助ちゃんは、私のことが嫌いになったのよ!」

花は涙目になりながら、クマに訴えました。

「私は耕助ちゃんと遊びたいのに、お前は女子と遊べよって追い払うのよ、ひどいでしょう!」

たっぷりとした毛におおわれたクマの腕をグイグイと揺すりながら、花は一生懸命に訴えました。しかし、花の必死の様子に反して、クマの顔は段々と緩んだ笑顔になっていくのです。

花が訝しげにクマの顔を覗き込むと、

「あらあら、お年頃なのね」

クマはお母さんと同じ反応をするではないですか!

花はぽかんとした後、再びふつふつと怒りがわいてきて、今度はクマに対して怒り出しました。


「お年頃って何なのよ!私は真剣に悩んでるのに!」

とうとうぼろぼろと泣き出した花の背中を、クマがゆっくりとさすりながら謝りました。

「ごめんなさいね、なんだか可愛くて」

どこが可愛いというのでしょうか。花は真剣に悩んでいるのに。大好きな友だちから意地悪をされているのに。

今まで我慢してきたものを全て吐き出すように、花は泣きました。

嫌だったこと、これからも仲良くしたいこと、お年頃なんかにならないで欲しいこと。


ひとしきり吐き出すと、なんだかすっきりとした花は、すっかりと冷めてしまったホットミルクを一口飲みほしました。

甘くて、ほっとする。

落ちついた花の様子と、おろおろと花を見守る耕助の顔を交互に見やってから、クマはゆっくりと話し出しました。


「いい?お年頃って言うのはね、大人になるために必要な事なのよ。お年頃になるのが早い子もいれば遅い子もいるわ。ひとりひとり違うのよ。耕助くんのようにお年頃になった男の子は、なんだか無性に女の子と一緒にいるのが恥ずかしくなっちゃうのよ。中には恥ずかしさの裏返しで意地悪をしてしまったり、きつい態度をとってしまうこともあるわ」

クマの話を聞きながら、花はチラリと横目で耕助を見ました。耕助はうつむいて、どこか恥ずかしそうに頭をかいています。

「女の子と仲良くしてると、からかわれたりすることもあるものね」

クマに話を振られ、耕助は飲みかけのホットミルクを一気に飲み干すと、腰まで入った布団に顔をうずめて丸くなってしまいました。


「だからね、悪気はないのよ」

花に向き直ると、クマはなだめるように言いました。花は、耕助に嫌われたのではないこと、耕助が意地悪をしようと思ってしていたのではないことが分かりほっとしました。しかし、それと同時にまだ胸にもやもやとしたものがつかえていることが気になりました。

「でも…」

「でもね」

花の声に被せるように、クマは言います。

「悪気がないとはいえ、それにあぐらをかいて、相手に嫌な思いをさせ続けるのはいけないことよ。自分が恥ずかしいのと同じように、嫌な気持ちにさせているかもしれない相手の気持ちも考えなきゃね」

布団に顔をうずめた耕助が、ぐぅっとノドを鳴らして体を震わせました。


「もちろん、耕助くんが恥ずかしいと思っていることも考えてあげなきゃね。お互いがお互いを思いやらないと駄目よ」

「お互いが、お互いを、思いやる」

花はクマの言葉を繰り返しました。花が一緒に遊びたいのと同じように、耕助は周りからからかわれるのが恥ずかしいのです。


「ごめんね。花、ちゃん」

いつの間にか布団から起き上がった耕助が、言葉を詰まらせながら、花に声をかけました。ずっと体に力を入れていたのか、顔が真っ赤になっています。

「俺、恥ずかしくてひどいこと言っちゃったけど、嫌いになったわけじゃないんだ、本当だよ」


嫌いになったのではないことと、久しぶりに目を見て名前を呼んでもらえたことに、なんだか花は胸がいっぱいになりました。耕助の気持ちがわかって、胸のつかえも取れて、花はまた違う涙が出てしまいました。


「いいの、私もごめんなさい」

それから、2人は大きなクマのお腹に両側から抱きつきながら、久しぶりのおしゃべりに夢中になりました。

一緒にしたいこと、したくないこと、二人だけの時にはしてもいいこと、他の友だちには内緒にすること。

花と耕助はおしゃべりに夢中になりました。


「…花ちゃんの家の前から、二本先の電柱までなら、いいよ」

耕助が急に黙り込んだ後、突然こんなことを言いました。

ぽかんとした花に向かって、耕助は小さく「手」とだけ答えます。

「あそこは友だちが誰も通らないから・・・」

小さな声で言う耕助の手を、クマのお腹の上に乗り上がった花が、ぐいっと掴みました。

そのまま耕助の小指に自分の小指を絡めると、今日一番の笑顔で、大きな声で言いました。


「約束ね!」



目が覚めると、いつもの自分の部屋でした。

なんだか、とてもいい夢を見た気がする。

いつもよりも弾んだ気持ちで支度を整え、花は玄関のドアを開けました。

「・・・おはよう」

耕助が、家の前に立っていました。驚いていると、耕助がゆっくりと進み出て、花の手を取りました。

「2本先の、電柱までだから」


花はびっくりして、肩の力が抜けて、嬉しさで胸がいっぱいになりました。


「うん、二本先の、電柱までね!」

照れたように笑い合いながら、2人は歩幅を合わせて歩き出しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ