第九幕 初めての寮
「やった! 勝ったよボルカちゃん!」
「ハハ、そうだな。流石だよ。ティーナ」
目を開け、ボルカちゃんの手を取ってはしゃぐ。ボルカちゃんも一緒になって喜んでくれていた。
一通りピョンピョン跳ね、最後にハイタッチ。そこへ一人の女性がやって来た。
「お見事ね。まんまとしてやられたわ」
「あ、こんにちは!」
「ども~」
「ふふ、はいこんにちは」
私達の挨拶に笑顔で返してくれる女性。
わぁ……既に顔は見たけど、改めてこの人が部長さんかぁ。スゴく綺麗で上品な感じだね……。
艶のある黒髪に静謐な黒い瞳。透き通るような白い肌。どこか不思議な、神秘的な雰囲気が漂っている。憧れちゃうなぁ。こんな綺麗な人……。
そこへ捕まっていた他の部員さん達が口を開いた。
「部長~」
「なに部長まで捕まっちゃってるんですか~!」
「逃げようと思えば逃げられただろう? ルミ」
「今回のゲームは“かくれんぼ”よ。本来のルールからして見つかったら終わりだもの。仕方無いじゃない。この子のお人形さんに見つかっちゃったの。才能溢れる優秀な子達ね♪」
戯れ程度のちょっとした文句へ、穏やかに流すよう返す大人の対応。
私は頭を優しく撫でられ、ちょっと恥ずかしい。けどこんな人に褒められちゃうなんて照れちゃうな~♪
部長さんは私とママにティナを見て言葉を続ける。
「ふふ、可愛い子ね。けれど貴女、よく私を見つけられたわね。あのお人形さんに映像伝達の魔道具でも使っていたのかしら?」
「ううん。違います。えーと、私もボルカちゃんに聞くまで分からなかったんですけど、どうやら私とティ……お人形さんは魔力を通じて視覚とか聴覚みたいな五感を繋げる事が出来るみたいで……」
「視覚共有。音まで。へえ、そうなの! ダイバースでかなり有用ね!」
部長さんに聞かれ、事情を説明する。
あの時ボルカちゃんと話した事は私の魔力をティナに伝えたらどうなるか。
私は四時間目の時にあった事をそのまま伝え、もしかしたら感覚を共有出来るかもって結論になり、試してみた。そしたら出来ちゃった。
そう、ティナは私。私だからこそ感覚を共有する事が出来たみたい。
その後で私とボルカちゃん。ティナの二手に分かれて部長さんを探したって事。
目は閉じてるからボルカちゃんに手を引いて貰って進んでたけど、上手くいって良かったぁ。ボルカちゃん様々だね!
部長さんはそんな私を見て不敵な笑みを浮かべていた。……なんだろう?
「ねえ、君達。今回のゲームはどうだった?」
「え? 楽しかったです! 初めてでしたけど、上手くいって良かったです!」
「うん。楽しめました。アタシ達、結構やれる事も分かりましたし」
「そう。それは良かった。そんな君達に提案なんだけど、どうかしら。この部に入ってみない? 筋が良くてすぐにでもレギュラーになれるかもしれないわ」
告げられた言葉はこの活動への勧誘。
レギュラー。つまり試合的な物に出られるって事だよね。あくまで可能性の話だけど、それは良いかも。
……けど、
「うーん……すみません。もう少し考えたいです。他にも色々な部活動がありますし、今日は初日なので寮の整理もしなくちゃなりませんから」
「アタシもー。ティーナの手伝いをする約束ですし、部活をするかどうかすら決めてませんので」
「そう。残念だわ。けど入る可能性はあるのね」
「はい。色々見てみて、その時決めます!」
ボルカちゃんは分からないけど、私には入る可能性もある。どうなるかは一通り見てから考えよっと。
この場は終了となり、最後に部長さんが自己紹介をした。
「あ、そうそう。名乗り遅れたわ。私の名前はルミエル。“ルミエル・セイブ・アステリア”。以後お見知り置きを」
「あ、私は“ティーナ・ロスト・ルミナス”です」
「アタシは“ボルカ・フレム”でーす」
部長さんの名前。ルミエル・セイブ・アステリアさん。
副部長さんが呼んでいた“ルミ”はちょっとした愛称のようなものだったみたい。
あれ? 流れで私達も自己紹介したけど……“アステリア”って……。
「もしかして、この学院と深い繋がりが……?」
「ふふ、そうね。一族にはそう伝わっているわ。と言っても何百年も前のご先祖様。詳しくは知らないの。それこそ絵物語でしかね。家にはより詳しい伝承的な物を纏めた書物はあるけれど、家を継がなければ読めないから私が知ってる知識は昔話やお伽噺程度の事よ」
「そうなのですか……」
そう言う書物類がある時点で信憑性は高いけど、詳しくは知らないのがルミエルさんの見解。
家を継ぐってどう言った家系なんだろう。
「失礼ですけど、家業は何をしているのですか?」
「そうね。実家のという意味なら交易関係から農業、林業や採掘等の産業の振興。果てに酒造まで手広くやってるけれど、それらは信頼の置ける下部組織がやる事にして、本業は学院経営ね」
「学院って……!」
「そ、何を隠そうこの学院の理事長の娘よ! ……って、アステリアって部分から分かるわよね」
なんと部長さんはこの学院の理事長、そのご令嬢だった!
家業を継ぐって事は、後々この学院の理事長になるって事だよね? あと数年したら理事長室に部長さんが居る事になるんだぁ……すごーい……。
その頃は私、何してるんだろ。高等部は卒業してるとして、大学かな?
何にしてもそんな人が部長を務めるクラブ活動。ボルカちゃんもこの学院はダイバースがかなり強いって言ってたもんね。
「とにかく、また機会があれば会いたいわ。あわよくば入ってくれる事を祈ってます」
「あ、はい! その時はお手柔らかに……」
「緊張しちゃって。本当に可愛い」
可愛いって言われた! 嬉しい!
あれ? けどこれって小動物とかに対する“可愛い”なんじゃ……それでも嬉しいけど。
取り敢えず、これで自己紹介とか色々終わりかな?
「それでは、私達は帰ります。さよならです」
「ではまた」
「ええ、ごきげんよう」
頭を下げ、私とボルカちゃんはここを去る。
部長さんは優しい笑顔で手を振り、他の部員さん達も見送ってくれた。
「──それにしてもルミ。珍しいじゃないか。君があそこまで部に勧誘するなんて。ボルカ・フレムはこの学院でも名の通った神童だが、それ程までにあの子に光る物があったのか?」
「ふふ、別に他意なんか無いわ。ただ可愛かった。そして面白そうってだけよ。……それにオッドアイのあの子、彼女は色々あるみたいね。それが知的好奇心を刺激する……って感じかしら」
「……光る物ではなく、ルミがあの子に興味があると言うだけか。全く……新しいおもちゃを見つけた子供のような表情だ」
「あら、あの子だけじゃなくて“あの子達”に光る物はちゃんと見えたわよ。それに、十七、八歳はまだまだ子供でしょう。大人振ってみてもそこは変わらないわ」
「子供……か。その発育の良い体を見て何人が君を子供と思うか」
「見た目や肉体だけじゃなく、この場合の子供と言うのは精神面よ。興味のある物事に距離を置かず、好奇心のみで近付く。まさに私も子供だわ」
「君の場合は精神面も大人に思えるがな」
「その見解も人それぞれ……ふふ、互いに意見がある。永遠に終わらない議論になってしまうわね」
「そうだな。取り敢えず興味深い。それで終わる話か」
「そうね♪」
何やら遠くで笑い合う二人。とても仲が良さそう。
私達はその内容を知らないまま、クラブやサークルの見学を一旦置いて寮の方へと行くのだった。
*****
──“魔専アステリア女学院、女子寮”。
活動見学を終え、女子寮の方へとやって来た私達。
その外観はお嬢様学校らしく大変荘厳な物だった。
周りには広大な庭園や清涼感ある噴水があり、奥に聳えるのが私が数年間お世話になる女子寮。
建物は明るいレンガからなる豪奢で華美な造りが施されており、その規模は学院の外にある普通の建物とは一線を画している。
「わあ……たかーい!」
「五階建ての寮だからな。それに一階辺りの高さも中々ある。総合的にはちょっとしたお城並みだ」
広さは流石に私のお家の方があるけど、その分高さがスゴい。ボルカちゃん曰くちょっとしたお城並み。私もいつかお城に住んでみたいなぁ。
私は新天地に胸を踊らせながら建物の中へと入った。
「ここが私達の寮かぁ……なんか新鮮……」
「ハハ、アタシは基本的に初等部からずっと居るから慣れちゃったけど、初めてのティーナからすればそうかもな」
ボルカちゃんの笑い声を横に周りを見渡す。
まずロビーには真っ赤な絨毯が敷かれており、それはそのまま左右へと伸びて階段の方へ繋がっていた。
周りに並んだ彫刻や絵画が全体に華や彩りを添え、さながらロビーが一つの芸術作品の様。ソファーとかテーブルを置いてる休憩スペースもあるね。
学院から戻った生徒達もチラホラ居て周りは賑わいを見せている……訳じゃない。全員が上品な素振りで静かに歓談しているのだ。
まるでお茶会。そんな感想を頭に浮かべながら私はロビーを抜けて渡り廊下を行き、ボルカちゃんと一緒に自分の寮部屋へと向かった。
「私の部屋は三階なんだね。少し遠いかも」
「中等部からの新入生だからなぁ。そこからとなると余ってる部屋も少なくなってきて必然的にそうなるんだ」
「へえそうなんだ!」
同級生の子達より少し遠い部屋。理由は立場から。
この学院は外部からの入学も出来る仕様。けれど倍率が高く、そもそも初等部からの子が多いから部屋数が少なくなっちゃってるんだね。
あくまで中等部からの特例扱いって感じか~。
疑問を解消し、私は部屋に入った。部屋にあるのはまだ空けられていない私物や備え付けのベッドやテーブルに椅子。何も置かれていない棚。この部屋にはまだ何もない。だからこそアレンジは私の自由!
「それじゃ、早速荷物を開けよっか。触っちゃダメなやつとかあるか?」
「特にないよー。ボルカちゃんなら壊れそうな物を任せても丁寧に扱ってくれそうだし!」
「そう思われてるのは嬉しいな。アタシって割と雑多に思われるからさ。それじゃ、テキトーに開けてくよ」
「うん。私の方も整えとく」
包装された私物を開ける。
テーブルとかが備え付けなのは分かってたから、本当にちょっとした物くらいしか無いんじゃないかな。
「えーと、この箱は衣類か。で、本の山」
「服は衣装棚の中で、本は本棚を使おっと。あと他には……」
私物は基本的に少なめ。前述したように学院側で生活必需品は準備してくれてるから。
なので服とか本とか、アクセサリーとか自分の趣味に合った物が大半。衣服やアクセサリーも休日以外に使う機会はほとんど無いかもね。
一応金銭も持ってきてるよ。定期的に仕送りもあるから多分困らないと思う。
なので荷物整理はサクッと終わった。
「こんなところかな。化粧品とかはあまり持ってきてないんだな。アタシも殆ど使わないけど」
「まあね~。別に肌が荒れたりもしてないから、あまり必要無いって思ってるの。見せたい人もいないし」
「ハハ、確かにな~。女学院じゃ良さそうな人との出会いとかも無いし、自然と大雑把になっちゃうよなぁ~」
歓談しながら部屋の後片付けを行う。
思ったよりも早く済んだね。一時間も掛からなかったんじゃないかな。
最後にこれを置いて完成だね!
「よいしょっと……ちょっと重い……」
「なんだそれ?」
「ドールハウス! マ……私のお人形さん達のお家かな!」
「成る程な。人形魔法使いならではの在り方だ」
ママとティナの事はナイショのまま。だからドールハウスもあくまでおもちゃって事にする。
他の人からはママとティナが普通のお人形さんって思われなきゃいけないからね。
テーブルに置けるスペースがあったから面積の半分を使って設置完了!
「終わった~! ボルカちゃんのお陰で早く済んだよ!」
「そりゃ良かった! アタシはこれからもう少し中等部関連の所を見てくるけど、ティーナはどうする?」
「うーん、少し疲れちゃったから自室で休むよ。初めての学校だったから色々大変なの」
「そっか。確かに慣れてるアタシはともかく、入学したてのティーナは疲れちゃったか。じゃ、次はディナーの時にでも呼びに来るよ。ゆっくり休んだらいい」
「ありがと。じゃあね」
「おう、またな」
部活動見学からの荷物整理。昼間の授業も相まって少し疲れちゃった。
なので一度お部屋で休憩。夕飯時にはボルカちゃんが来てくれるらしいし、もう少しのんびりしちゃおっと。
私の学院入学怒濤の初日。やっと半分が終わったくらいかな?