第八十八幕 勝ち残り
「やるではないか。“新月日影学園”の者よ」
「ハッハッハ! そうだろう! 俺は魔族の国でも三本の指に入る実力者と自負している! 代々そのレベルの実力の家系育ちだ!」
「陰鬱な見た目とは裏腹に随分と明るい者だな」
氷雪吹き荒れる平原。辺りは白く染まっていた。
ルミなら白銀の世界とか詩的に形容するのだろうなと思える光景。
そんな私の前に居るのは妙に明るい青年。魔族の国でも代々強い家系出身らしいが、実力者ではある。
その根拠は次に仕掛けてくるから分かるな。
「“影の槍”!」
「……」
足元から影が伝い、私は木刀で防ぐ。
この者は珍しい影魔法の使い手。強さを自負しているだけあって確かに手強い。
無数の影は白い地を駆けるように伸び、一度空へと上り、周囲を囲んで降り注いだ。
「影魔術。不思議なものだ。何故私の木刀で防げるのか」
「ハッハァ! 教えてやろう! 影は操るがそれは魔力だからだ! 質量のある影は魔力なれば触れる事が出来る! 寧ろ魔力で防がねば一方的に傷を負うだけだーッ!」
「嬉々として力の素性を話すとは。アホなのか?」
「親切と言ってくれ!」
恐ろしく素直な阿呆。良い奴なのはそうなのだろうが、此方の調子が狂うな。
しかしまあ、それなら聞き出した情報を有効活用しながら仕掛けるだけだ。
「はっ!」
「ハァ!」
木刀を振り下ろし、影で守護。弾力があるような無いような不思議な感覚だ。
しかし手応えはない。これが影魔術の在り方なのだろうな。
「“影の拘束”!」
「複雑な呪文だな」
無数の影が伸び、私の体へ絡み付く。
一度巻き付かれたら脱出は困難だろう。特に魔力量が乏しい私はな。
なので完全に巻き付かれるよりも前に抜け出し、影の隙間を塗って奴との距離を詰め寄る。
「ハッ!」
「痛ェ!」
横から薙ぎ払うように木刀を振るってその体を吹き飛ばす。
即座に吹き飛ぶ相手へ追い付き、上から突き刺すように白銀の地面へと叩き付けた。
「……ッ!」
「魔族の強度は理解している。この程度では堪えなかろう」
雪の大地は割れ、そのまま沈むように拉げる。
その直後に影が伸び、またもや全方位を囲まれてしまったな。奴自身は距離を置いて起き上がったか。
変幻自在の魔術はルミを彷彿とさせるが、彼女よりはまだ対処がしやすい。
ルミの魔術は体外から放出されてもその性質を変化させて縦横無尽に立ち回る。質量のある影だけが相手なら幾分やり易いというもの。
「流石はルミエル・セイブ・アステリアと肩を並べる存在。初見なら翻弄されるこの魔術を前にしても冷静に対処するか!」
「常に冷静である事をルミは教示していたからな。“魔専アステリア女学院”の者達は最初は戸惑いこそあるが、おそらく上手く対処するだろう」
「ハハ! やるじゃないか!」
高らかに笑いながら影を絶え間無く放出し続ける。
一つ一つは然して大きくないからな。魔力の消費もそんなに多くは無いのだろう。
そして魔力を体外に放出していない私にも消耗は無い。
「ハッ!」
「ハハァ!」
影をいなし、逸らし、躱し、飄々と立ち回る奴との距離を詰める。
この明るさ、人間性……ではなく魔族性は悪い奴じゃないと思うが、私は苦手だな。
しかし今日の私は絶好調。体が軽く、思った通りの動きが出来る。
「……!」
「って、速……!」
全ての影をすり抜け、おそらく目にも止まらぬ速度で眼前へ。
奴からしたら消えているようにでも見えているかもな。私は速度には少々自信があるんだ。身体能力という分野ならば魔力強化したルミにも負けるつもりはない。
「ハハ、スゴいや! 俺の魔術が全然追い付かない! だったら……!」
「全方位……逃げ場無しの魔術か」
白かった筈の地面は真っ黒になり、足元からは魔力の気配が。
この全てが影魔術。次の瞬間には全てが巻き上がる事だろう。その間隔は0.01秒も無い。奴との距離は数メートル。
それなら──
(──私の方が速い!)
「……!」
一歩踏み込み、木刀を的確に打ち付ける。
それにより、彼奴の意識は遠退いた。
「これが人類最速を謳われる……イェラ・ミールか……! 素晴らしい!」
「……意識がなくなる直前まで底無しの明るさ……称賛。大した奴だ。魔族の国の主力よ」
倒れ伏せ、動きはなくなる。私の勝利はほぼ確定。
……そうだ。転移の前に一つだけ訂正を加えておこう。あまり聞こえないとは思うが、観客達も聞いている筈だからな。
「私とルミは、実は初等部の低学年以降追いかけっこや競争をしていないんだ。今現在でどちらが人類最速かは分からぬよ。それに、まだまだ私達は高等部。成長の余地しかない」
念の為の訂正を加えた辺りで魔族の者は消え去った。
ギリギリまで意識を保っていたという事。魔族の国でも三本の指に入る実力者……強ち間違っていないかもしれないな。
遠方では魔力による大規模な衝撃波が轟いたし、ルミによって敵の戦力は一気に瓦解した事だろう。
その後レヴィアも成果を挙げ、私達は難なく初戦を勝率一位で突破した。
*****
《結果発表ォォォ!!! 第一試合!! “魔専アステリア女学院”vs“新月日影学園”vs“スルトル”vs“エルフォシア”!! 総合勝率、一位“魔専アステリア女学院”!! 二位“新月日影学園”ンンンッッッ!!! 惜しくも三位はルトーさんの一人討伐で“スルトル”! 残念ながら“エルフォシア”は誰一人倒す事が出来ず敗れてしまいましたァァァ━━━━ッッ!!!》
「「「ぃよっしゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」」」
「「「クッソオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!」」」
『『『ゴロギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンッッッッ!!!!!』』』
『『『キュルオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンンッッッッ!!!!!』』』
「……スゴかった……」
試合が終わり、自国の勝敗で一喜一憂するお客さん達の中、私から出た第一声がそれだった。
この轟音の中で聞こえていたのか、ボルカちゃん達もその言葉に返してくれる。
「ああ、とんでもないな……第一試合の規模じゃねえって」
「そうね。おそらく相手がルミエル先輩達だったから圧倒的な差になったけど、何れも本来ならもっと上に行けるチームだったわ」
「激しい戦いでしたわ……あれ程の力でもルミエル先輩達には余裕が残っているんですもの……」
感想は、みんながみんな驚きの色が隠せないと言った感じ。
そりゃそうだよね。あんな試合を見せられたんじゃ開いた口が塞がらないよ……。
「改めて、全員が全員選ばれし国の代表って訳だ。アタシ達じゃまだまだ足元にも及びそうにないな」
「そうだね……。範囲や威力に驚くばかりでどう反応すれば良いか分からなかったよ……」
「貴女も範囲や威力では負けず劣らずな気がするけどね」
「そんな私なんてまだまだで……」
「うーん、確かにあの魔法を完全に制御出来なくてはそうなのかもしれませんわね」
世界のレベルの高さを思い知る。
魔法で山の解体とかはあるらしいけど、それを目の当たりにしたら現実味が無いや。
そんな相手に余裕を持って勝利する私達の先輩って本当にスゴい……。
《それでは! 第一試合も折り返し地点に差し掛かって参りましたァーッ! トイレ休憩や水分補給などは自由に適度に行ってくださいね! 元より暑い日! 皆様の熱気で更に暑くなっておりますので、熱中症や日射病には気を付けてください! さて、参りましょう! 第一試合Eブロック──》
司会者さんが暑さによる対策や注意喚起を促す。今の季節からして暑さによる被害はあるし、みんなが白熱しているからついつい水分補給を忘れちゃいそうになったり大変だもんね。
小まめな喚起。それによって何人かは水や飲み物を含む。
「ここからどんな感じになってくんだろう」
「ま、ルミエル先輩達以上の余裕ムードはそうそう見えないと思うし、接戦になるかもな」
「そうであっても各国のリーダー格は余裕を持って勝利するかもね」
「代表同士でもレベル差はありそうですものね……」
続けて始まる試合。
ウラノちゃんの考え通り、ヴァンパイアの人とか龍種の人とか魔族のトップとか、彼ら彼女らはルミエル先輩に負けず劣らず余裕を持って勝利を収めていく。
みんな勝つ為に頑張っているのは分かるけど、最終的に戦うのは結局トップのチームなんだね。当たり前だけど。
だからこそ二位決定戦とか三位決定戦とか、惜しくも負けちゃった人達への救済措置はあるんだね。
ダイバースの代表戦、第一試合は順調に終わり、第二試合、第三試合と二日目、三日目で小刻みなスケジュールと共に行われていく。ジャイアントキリングとか思わぬ波乱とか見所は沢山あったよ!
そしていよいよやって来たのはダイバース代表戦の最終日。見事に勝ち残ったルミエル先輩達や同じく勝率上位の三チームが出揃った。
開始時間はより万全を喫する為、人間・魔族・幻獣・魔物の四種族で最も適した時間帯。選手達が入場する。
《さあ! さあさあさあさあ!! さあさあ!!! ついに終わりが始まる“多様の戦術による対抗戦”!! 決勝戦!!! 此処に集うは選ばれし者達の中でも更に選りすぐりの圧倒的な実力者!!! ご来場頂きます! 大会連覇なるか!? 人間の国代表、最強のダイバースチーム!! ルミエル・セイブ・アステリア率いる“魔専アステリア女学院”ンンンンッッッッ!!!!!》
「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」」」
司会者さんの言葉と共にルミエル先輩達が入場する。
他の人達は一段と大きな歓声を上げ、会場に雷が落ちても気付かない程の音量が揺らしていた。
《惜しくも二位だった去年の雪辱を晴らすか!? 魔族の国代表、まさしく破壊者!! いやはや創造者!? シルヴァ・フィーニス率いる“魔神破創生聖学院”ンンンンッッッッ!!!》
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッ!!!!!!!!」」」
“魔神破創生聖学院”……と言うチーム発表に対し、魔族の皆さんが大きな雄叫びを上げる。女性も当然居るけど、雄叫びと形容するしかなかった。
《昨年は三位に終わってしまったが本来の実力はその程度じゃない!! 魔物の国代表、古来よりどの勢力にも付かず、我が道を行く孤高の王! ヴァンパイア族のブラド・ナイト率いる“神魔物エマテュポヌス”!!!》
『『『ギャオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォッッッッッッッ!!!!!!!!!』』』
魔物の国の紹介があり、猛々しい声が轟く。
ヴァンパイアさんが全魔物の代表って感じでも受け入れてくれるんだね。個人的なイメージだけど、我が強くて自分が一番! って気がしていた。偏見だったね。
《なんという屈辱、総合勝率最下位だった去年は悪夢だったのか!? いやいや!! それも全て今日の為!! 名誉挽回、汚名返上!! いえいえ!! 名誉は挽回しなければなりませんが、返上する汚名など端から持ち合わせておりません!! 高潔なる幻獣の国代表、ラゴン=ドラル率いる“神獣ドラニカルズ”!!!》
『『『キュオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォンンンンンンンンンンッッッッッ!!!!』』』
最後に行われた幻獣の国のチーム発表。幻獣の皆様が声を上げ、これにて決勝戦に参戦する全チームが出揃った。
全員がスゴく強そう……各国のリーダーチームが順当に勝ち上がったみたいだね。
《それでは! “多様の戦術による対抗戦”!! 決勝戦!! スタァトォォォォォォッッッッッ!!!!!!》
『『『───────────!!!!!!!!!!!!!!』』』
「「「───────────!!!!!!!!!!!!!!」」」
──そして、試合が始まる。あまりの声に一周回って何も聞こえなくなる……って、私の耳大丈夫だよね!?
「ハハ、なんかもう慣れたな」
「……! う、うん。そうだね」
どうやら大丈夫みたい。はぁ、良かったぁ~。
開始されたダイバースの代表戦、決勝。どんな試合が行われるのか、とても楽しみ!




