第八十六幕 最強である為に
『ハッ!』
「この長さで連撃。やるじゃない」
連続した炎剣の刺突が繰り出され、それらが炎の弾丸のように着弾。同時に爆炎を巻き上げる。
炎と爆発は厳密に言えば違うのだけれど、あまりの威力で破壊にそのまま繋がっているわね。
『……』
「あら、集中して話さなくなったわね」
踏み込んで迫り、炎剣が空気を焦がす。此処は雪山だったのだけれど、せっかくの雪が溶けてしまったわ。
突き、斬り払い、振り上げる。斬り返して振り抜き、更に炎を込めて打ち出した。
魔法か魔術からなる炎の剣。縦横無尽の変幻自在。通常の物と違ってどの方向に避けても追ってくるのが大変ね。
けれど攻撃方法自体は単純。そろそろ私からも仕掛けましょうか。
「火には火ね。“ファイア”」
『……!』
片手から火炎を放出し、雪山の雪を溶かしながら突き抜ける。
直撃は上手く避けたいみたいだけれど、少し火傷しているかしら。炎には強い種類の魔物の子でも痛いものは痛いでしょう。
『これが最強の火か。初級……いや、基礎魔法レベルでこれ程の威力。厄介だね』
「ふふ、驚いてくれると嬉しいわね。私の努力が報われた気分になれる。そして自分の実力に自信が付くわ」
褒められるのは嬉しいものよ。たまに皮肉混じりの称賛もあるけれど、大抵は驚いてくれるわ。
それによって戦意喪失する人達も居るけれど、代表戦の参加者でそうなるような存在は居ない。各種分野のトップクラスの集いだもの。全員が勝つ為に来ているのよ。
『その自信と余裕を消し去るのが目標と言っただろう』
「“自信”は私が言ったから今追加したわね。そして目標を定めるのは良いけど、その目標通りにならない事も多々あるわ。私はどちらかと言えばいつかは必ず報われる派だけれど、その内容が私に勝利する事なら一時的に寝返らなきゃ」
『そうか。やる事は変わらない』
「フフ、それはそうね」
炎剣を振るい、周囲を熱で覆う。
その熱は徐々に形を作り、私の周りは炎のリングで囲まれた。
剣だけで仕掛けるかと思いきや、別の策も練っていたのね。
『はあ!』
「そう言えば最初、飛んできたのは槍だったわね」
火炎リングは槍と化し、高速で迫り来る。
魔力の防壁で自身を囲んで守り、足元から熱を感じた。
成る程ね。直線的な炎剣も周りを囲む槍も。全部が全部陽動と言う訳。
『“火柱”!』
「炎の柱。避けようがないわね」
一定の範囲を覆う火柱。既に雪山はその形を消し去っており、更に蒸発して焼失した。
複数の陽動による本命の一撃。直撃してたらタダでは済まなかったかもしれないわ。危ない危ない。
『魔力で覆って守ったか』
「そうね。そして──」
次の瞬間、背後から炎剣が差し迫る。
身を翻してそれを避け、彼に向き直った。
「最後の最後にも更なる追撃。抜かりないわね」
『その抜かりない筈の全てを避けられたのなら堪ったものじゃない。表情や動作には出していなかった筈なんだけどね』
「そうね。立派なポーカーフェイス。そして抑揚の無い感情を込めない言葉遣い。一人称すら“自分”と客観視する徹底振り。“テレパシー”とかを使える訳じゃない私には言動の読めなさが難解だわ」
元々、人間とは感情や感性が違う魔物さん。そんな彼がより徹底して感情を殺し、淡々と策略を積み立てて嗾ける。それだけでかなりの難易度となっていたわ。
最終的には殆ど魔力感知と反射神経だけで躱してたもの。オートガード系の魔法とか欲しいものね。理論を組み立てて開発でもしようかしら。
進路希望、一先ずは大学進学にしているけれど、最終的な役職は魔法開発というのも良さそうね。そうすれば後世に便利な魔法が残って子孫達が楽しく過ごせるわ。残念ながらまだお相手は見つかってないけれどね。
『仕方無い。また上手く陽動して当てるとしよう』
「フフ、頑張って頂戴。……けれど、もうそれも無理そうよ?」
『その様だ』
瞬間、無数の矢が降り注ぎ、私達は魔力や火にてそれを守護する。
嗅ぎ付けられたわね。と言うより、此処まで来てなかった方が不思議なくらい。確実な隙を狙っていたようね。
互いにそれなりの技を放った直後。隙としては適切。この矢からして相手はエルフォシアの人達かしら。既に雪山ではなくなっているけれど、身を隠すのは得意な人達よね。
狙いを思えば両方とも標的。このまま隠れ蓑も何もない場所で佇むのは愚作ね。
『はっ!』
そして纏めて吹き飛ばそうと言う考えの彼は周囲に熱を放出し、残った雪も消し去った。
もはやただの山ね。けれど誰もやられてはいないでしょう。その証拠に今一度矢が降り注ぐ。
当然、凶器は禁止されているから魔力からなる弓と矢。と言ってもこの威力だと普通の矢と変わらないどころか威力が増してるわね。矢の飛んできた方向からして、数は三人くらい。まだ全員は集まっていない。それなら此処で倒してしまいましょうか。彼の熱によって文字通り炙り出されたもの。
「悪いけれど、あなた達は纏めて倒させて頂くわ」
『数が増え、その気になったか』
「そうかもしれないわね。他の子達の様子も気になるもの♪」
この場に居るプレイヤーは私を含めて五人。数で言えば三人居るエルフォシアの方々が有利だけれど、個々で言えば私か彼が強い。
乱戦にはなっているから、順を追って倒して行きましょうか。
『ハァ!』
「フフ……」
「くっ……!」
「「やあ!」」
炎剣が振るわれ、私は剣の軌跡を躱す。エルフの一人が魔力からなるレイピアでいなし、二人が矢を射る。
レイピアは魔力だから鉄のように熱では熔けず、弓矢も魔力だから一回引くだけで分裂して降り注ぐ。
特有のしなやかな身体。様々な魔法や魔術も使えるし、彼女達も強敵ね。
『こう何度も防がれては此方としても困るな。自分は仕留める為に仕掛けていると言うのに』
「一挙一動でこの破壊を生み出すだけで凄まじいと言うのに、そう謙遜されては私達が困る」
「フフ、クールなイメージのエルフだけれど、ちゃんとお話も好きそうで何よりだわ♪」
「試合中だけ。こう見えて結構お喋りなのよ」
数言交わし、炎剣を薙ぎ、レイピアで振り払い、私は魔力で守る。
結構距離も近いわね。それなら一気に吹き飛ばしてみようかしら。
「“衝撃”」
「『「…………!?」』」
防御に使った魔力をそのまま衝撃波に変化させ、周りの子達を吹き飛ばした。
岩肌は抉れて消え去り、山が欠ける。山その物を消し飛ばしても良かったけれど、それによって生じる土砂崩れや土煙で視界が悪くなったら隙になってしまうものね。相手に逃走の猶予も与えてしまう。
明確に判断出来る範囲に留め、動く影を注視する。
『変幻自在の魔力。それがルミエル・セイブ・アステリアの強み。守護で役目を終えた筈の魔力を別の性質に変化させるとはな』
「そうね。これを応用すれば更に進化するかも。敵も味方も見定めた上での攻守のオート発動。かつての英雄よりも前……そうね。創世記時代の唯一はそれを可能にしたらしいわ。証明は不明瞭な文献しかないけれど。前例があるなら私にやれない道理も無いわね」
『今現在の時点で更なる成長を遂げようという訳か。面白い』
「何が面白い。魔物の巨人よ。これ以上ルミエル・セイブ・アステリアを成長させればまた私達幻獣の国が最下位になってしまう」
成長の余地はまだまだある。その上で彼は止めず、彼女は止めようとする。
障害も味方もどんなに多くても損はない。この場ではね。成長に繋がるのは一つの切っ掛け。私が思い立った時点でその切っ掛けは終えている。
「その為にも、今の時点でやれる事を確かめましょうか♪」
『「───!」』
成長するには自分を知る必要がある。自己分析に限界値。でもそれは幾つかのテストを受けて数日経たなければ分からない顛末。
そうね。そのうち自身の能力を即座に分かるようにする為、ステータスの数値化も視野に入れていきましょうか。
それによっての優劣を決めるのは問題だから存在の尊厳を守れるような在り方の実用化。便利な魔法を開発したり自分の能力をすぐに分かりやすくしたり、卒業した後もやる事は色々あるわね。
──その様な思考をしつつ、今現在やれる範囲で私は自身の力を徐々に解放していく。
「“ファイア”」
「『……!』」
火の初級魔法……いえ、私の場合は魔術ね。
それによって周囲を焼き払い、岩が溶けて溶岩となる。流石に初級魔術じゃ鉄を溶かす事も叶わないレベルでしかないわね。目の前にあるのは鉄鉱石じゃないけれど。
彼と彼女達はそれをちゃんと躱した。
「“ウォーター”」
『「……!」』
なので続行。大波を引き起こし、岩山からみんなを押し出すように流す。溶岩もすぐにカチコチだわ。
範囲の水魔術はちょっとした洪水並み。細くすればレーザーっぽくなるけれど、彼と彼女を倒しちゃったら測れないわね。取り敢えず今は初級魔術の最大出力の研究。
続行ね。
「“ウィンド”」
「単純な魔術でこの威力か……!」
「ルミエル・セイブ・アステリアにとっての小手調べで我々のそれなりの魔法相当……!」
「下位層の者達なれば全力を以てしてもこうはならぬぞ……!」
初級の風魔術で竜巻を起こし、先程の水魔術で固まった溶岩を巻き上げる。
まだ土魔術は使っていないけれど、近くに山があればそれっぽくなる。知ってた事よ。
『このまま好き勝手させるか……!』
「はあ!」
「丁度良いわ。守護力を試しましょう。“ランド”」
彼の炎剣が迫り、彼女の魔法が炸裂。私は土魔術で壁を造って防ぎ、無傷で乗り切った。
「これくらいね。初級の魔導が分かれば後は簡単に力の想像が付く。これを基準としてあなた達と戦おうかしら」
『全く堪えていないか……!』
「これでも自国の代表という自覚はあるのだがな……!」
「とても強いわよ。普通の生き物なら最初の炎魔術でリタイアだもの。小手調べですら倒れてしまう世界……あなた達は上澄みね」
『随分と上から自分達を見ている』
「それが事実。私が自分の才能を謙遜したら今まで倒してきた方達の気持ちがどうなるかしら。全然大した事無い人にやられちゃったと自責の念に駆られる様は見たくないわ。今まで戦った全ての存在に敬意を払っているからこそ、私の実力は“最強”であると知らしめなくてはならないの」
そう、実際、最初の頃は強さとかあまり気にしていなかった。楽しければそれで良いと。
でもそれは寧ろ相手を馬鹿にしている事になる。他人への敬意を疎かにしては心を持つ生き物として致命的に欠けている愚者でしかない。
だから私は敬意を払い、圧倒的に上の立場から対戦相手を打ち負かす。
これが数千年前に行われていたと言う戦争とかじゃなくて良かったわ。あくまでスポーツの形だからこそ意味が付いてくる。
「さて、続けましょうか。私とあなた達のゲームをね♪」
『そうだな。先程も言ったように、自分がその座について景色を見てみる為にも頑張るとしよう』
「上から見られるのはあまり好みじゃない。温厚を謳われる私達だが、それなりのプライドも持っているからね」
私の言葉で更にみんなに気合いが入る。
受け取り手によっては見下されていると思われそうな言動だったけれど、この子達は良いわね。却って闘志に火が付いたみたい。さっきの私の炎魔術よりも熱い火が。
私達の織り成す戦闘。やっぱり第一試合からこの様な子達が相手だととても楽しいし嬉しいわ♪




