第八十三幕 資料館・中庭
──次の日、朝の日差しと共に私は目覚めた。
久し振りのお家のベッド。ゆっくりと眠る事が出来た。寮の設備も良いけど、やっぱり我が家が一番落ち着くね~。
私の部屋で身支度をし、扉を開けるとウラノちゃん、エメちゃんとバッティングした。
「あ、おはよー。二人とも」
「おはよう。奇遇ね」
「おはようございまーす」
早朝と言えば早朝だけど、多分一般的な時間。
私にしては一時間くらい早起きかな。この時間に二人は起きるんだね。ウラノちゃんは何となく分かってたけど、エメちゃんも早起きみたい。
「気持ち良かったです。ティーナさん家のベッド。旅行先ではあまり眠れない事があったりするんですけど、今回は朝まで熟睡出来ました」
「良い素材使ってるわね」
「えへへ……使用人さん達の手入れがスゴく上手なんだよ~」
みんなゆっくり眠れたみたいで何より。
すると、エントランスの方から声が掛かる。
「君達も起きたか。おはよう」
「あ、レモンさ……レモンさん!? 何ですかその格好!?」
「む? サラシを巻いて木刀の素振りをしていたのだ。寝間着では汗でベタベタになってしまうからな。休みであっても鍛練を怠ってはならぬものだ」
「サラシ……?」
声の主はレモンさんだけど、上半身にほぼ何も身に付けていない状態で立っていたので少々驚く。
一応胸元にサラシっていう布を巻いてるけど、それってほぼ着けてないのと同じなんじゃ……。
「本来なれば何も身に付けなくともいいのだが、胸元が少々痛くなるからな。サラシを巻く事で揺れを抑えているんだ。これでまだ成長の余地があると来た。動きにくくなっていく一方だな」
「そんな理由で……と言うか無くてもいいんだ……更に言えば他の人達に見られる可能性もあるんじゃ……」
「見られても減るものでは無かろう」
「そう言う問題じゃないよ……」
羞恥心が無いと言うか何というか……ホントに女の子だよね……。
それとも私が変なのかな。
「取り敢えず服着ましょうよ……!」
「むぅ。そうか」
あ、良かった。私が変な訳じゃないみたい。エメちゃんとも感性が同じ感じなんだね。
一先ず今起きているのは私達四人だけ。もちろん使用人さん達は除外としての話。
このまま廊下で話しているのもあれだし、リビングの方に集まった。
「しかし、朝から暑いものだ。素振りをする度に汗を掻いて仕方ない。今しがた使いの者達に頼み、風呂を借りたところだ」
「あ、だから石鹸の匂いがするんだ」
「そうだな。汗を掻きっぱなしで布の上に立つのは問題よ」
「けどお風呂を含めて今の時間って……何時頃に起きたの……?」
「二時間くらい前だな。今の季節は日が昇っており、寒くもないから素振りがしやすいんだ」
「それって本当に太陽が昇り始めた頃合いだね……」
どうやらレモンさんはかなりの早朝から朝の鍛練を詰んでいたみたい。
これが彼女の強さの秘密かぁ……。多分だけど、毎朝地道に特訓してるんだね。努力を惜しまない存在。中等部の一年生で名門“神妖百鬼学園”で大将になれた理由が分かった気がする。
「よくやるわね」
「鍛えておかなければ気が済まなくてな。これでも君達の所に居る“騎士”イェラ・ミールや“アテナロア学園”の“闘王”バロン・ノヴェルには及ばない。此れ即ちまだ私にも成長の余地があるという事だ。今度は強さの方のな」
「でも中等部の一年生と高等部の三年生だから体躯に差が出るのは仕方無いんじゃないかな……」
「それもそうだな。しかし、目標は定めて置いた方が良い。明確な指数は具体性が生じ、より鮮明に未来が見えてくるのだからな。何れは越えてやるつもりよ」
「スゴい気合い……」
レモンさんの目標はイェラ先輩やバロンさんみたい。そしてそのうち越えるとの事。
私も何かハッキリとした目標を考えた方が良い方向に転がるのかな? 頑張ろう。
「ふわぁ……おはよー。ティーナ達ぃ~……」
「もう全員起きているのですわね……」
「あ、ボルカちゃんにルーチェちゃん。おはよー」
「おはよう。二人とも」
「おはようございます。お二方」
「お早う。良き朝だな」
一、二時間くらい話していたらボルカちゃん達も起きてきた。ルーチェちゃんはいつもより少し遅いね。寮だと私と同じくらいに起きてるけど、やっぱりお休みの日はのんびりしたいんだね。
みんなが揃った所で朝ごはんを食べ、お出かけの準備をする。今日でエメちゃん、レモンさんとはお別れ……って程大袈裟でもないけど、帰っちゃうからある意味最後の日。
明日からはルミエル先輩達の勇姿を見届けるし、まだまだ見所は沢山あるね!
そして私達は途中まで馬車に乗り、近場で降ろして貰う。
改めて、今日が始まった。
*****
「ここが英雄の過ごした家……」
「何というか、案外普通だな。もっと豪勢な屋敷や城かと思ったら普通の家だ」
やって来て最初に寄ったのは、高台の所にあるお家。レンガからなる造りで、普通の。……そう、お城とかに住んでいる訳でもなく、普通の家で生活していたみたい。
ウラノちゃんが説明する。
「旅が終わった後、英雄達はパーティ全員で此処で暮らしていたのよ。全員と言っても人数は精々五人くらい。元々は英雄が祖母と二人暮らししていたんだけれど、パーティメンバーと暮らすに当たって改装したらしいわ」
「そうなんだ……」
「両親じゃなくて祖母だけか。ま、その時代は何があったのか想像に難しくないけどな」
何があったのか。それは深く考えないでおく。ボルカちゃんが言うように時代が時代だもんね。
けど五人くらいでこの広さ。結構ギリギリだったのかも。意外と華やかじゃないんだね。
「フッ、しかし流石は英雄だ。おそらく旅の終わりの時点では既に世界中に名を馳せていた筈。それなのに贅沢はせず、質素に過ごすのを選んだ。その精神力に感銘を受けたぞ」
レモンさんは英雄さん達をより尊敬していた。
本人の性格が性格だもんね。でも確かに持て囃されている筈なのにこう言う生活を心掛けたのはスゴい。私なら何か欲しい物を要求したりしちゃうかも。
「一応これは当時の形そのまま残してあるんだっけ」
「そうね。数千年前だから本来の物は殆ど朽ち果ててしまって再現された物を置いてるけど、家具の配置とかはそのまま。パーティションポールが張られて立ち入り禁止だけどね」
この家は、今では資料館の役割を担っている。当時使われていたであろう家具や道具は、形が残っている物は展示ケースに飾ってあり、その家具類を再現した物を配置している状態。
大きな物から本のような小さな物まで。かつて世界を平和にした英雄関連の物は色々。でも自分が使っていた物をこんな風に飾られるのは気恥ずかしさがあるかも。あくまで私の主観だけど。
「英雄の愛読書本?『“勇■・■■譚”……文字が掠れて一部は解読不能です』……だって」
「千年以上前の紙だもの。寧ろ此処まで形が残っている保存状態の方が見事よ。保存の魔法や魔術があるとは言えね」
何千年も前の文書。それが解読出来た時点でかなりの快挙。英雄が好んで読んだ本。その内容はみんなが気になるね。
そこのコーナーも後にし、かつては本当に暮らしていたこの場所を見て回る。
プライベートが全部資料になっちゃうなんて有名人も大変だね。
その後、様々な資料等を見て周り、有意義な時間を過ごす事が出来た。
「いや~、アタシは資料館とかよりは普通に遊び回りたい派だけど、悪くないな。なんつーか、色んな気が漂っていてパワーを貰うみたいな感じだ」
「そんな開運スポットじゃないんだから。でも確かに良い体験だったね。数千年の歴史を感じ取れたよ」
別にそう言うスポットという訳ではないけど、特別な感覚はあった。もしかしたら力を貰うってのも間違ってないのかもしれない。
そんな資料館を抜け、私達はお昼を食べながら話し合う。
「それで、この後はどうする~? 後の事は後で考えるってなってたけど、どこか行く?」
「そうだな~。アタシが思い付いたのは、改めてティーナん家に行って、昨日は見れなかった庭を見ようかと思うんだ」
「あ、確かに昨日は暗かったからお庭の紹介は出来なかったね」
ボルカちゃんの提案は、私のお家に行ってお庭を見るというもの。
でも他の人の家のお庭なんてそんなに見たいかな? それについて話す。
「他のみんなはどうだろう。私の家のお庭にそんな興味を持つかな?」
「私は構いませんわ。純粋に気になりますの!」
「ティーナさんの家なら人混みも無い筈だものね」
「私も良いですよ。遠目と暗がりでしたけど、自然が豊かで結構好きな庭でした!」
「そうだな。私も構わぬぞ。如何様な生活を経て今のティーナ殿となったのか気になる所存」
結果だけ言えば、みんな興味を持ってくれたみたい。
私的にもオススメではあるけど、特に変わった様子はない場所。みんなを楽しませられるかな?
とにかく、目的地は決まった。なので私達はそちらへ赴くのだった。……あれ? ただ普通に帰宅するだけだこれ。
*****
──“お屋敷・庭”。
「ここがお庭だよ! ガーデンとかちょっとした広場くらいしかないけどね」
「へえ。此処が~」
案内したのは中庭のガーデン。
植え込みや木のトンネル。動物とかを象ったトピアリー。後は白いテーブルと椅子とか、普通の感じだね。
それでもボルカちゃん達は興味深そうに見てくれていた。
「広々としていて良い所じゃないか。花壇とかもあるし、花の世話とかもしてんだな」
「うん。昔はママがしてて、今は使用人さん達がお手入れしてくれているよ」
「そっか。リーナさんが」
昔は。今はお人形の中に入っているから出来ないだけ。いつかは戻ってこれる筈。
それを話した私の目はどんな感じだろうか。遠い目をしちゃったかも。
「と、取り敢えず色々見て行こ!」
「そうだな。結構楽しいぜ!」
ガーデンを抜け、広場の方へ。
そこにあるのは物置小屋とか、前述したようなテーブルに椅子。昔は此処でよく遊んだな~。
「そう言えばここ数年は来てなかったな……好きな場所だったのになんでだろ……」
「そうなのか。数年って事は学校とか無関係っぽいな」
「うん。確か行かなくなったのは……」
「……ティーナ?」
思い出そうとすると頭に靄が掛かったようにボヤける。
近くに居るボルカちゃんの声すら遠くなり、徐々に視界が暗く……。
「……ま、人間誰しもそう言う事あるよな。現に今は来てるんだし、よく分からない理由の事は一先ず置いといてもいっか」
「……! うん。そうだね。ボルカちゃん」
暗くなった視界に一筋の灯火が照らされ、そのまま広がるように明るくなった。
またこの感覚。ボルカちゃんと話しているとたちまちモヤモヤが消え去り、心が軽やかになる。
「取り敢えず、冒険しようぜ冒険!」
「あ、待ってよー!」
「全く……いったい何歳なんだか」
「数ヶ月前まで初等部ですわ」
ボルカちゃんに手を引かれて久し振りにガーデンや庭全体を見て回る。
自分の家なのに久し振りっていうのも変な感覚。ガーデンを抜け、別の庭へ。昔遊んでいた遊具や今の季節にピッタリなプール。ちゃんと綺麗にされてるよ。
林の方に入っていくとママとよく遊んだ湖のあるお花畑があった。
「奥の方にこんな場所があったんだな。綺麗な湖だ」
「うん。ここでもよく遊んだんだ。ほら、こうやってお花を編んで……花冠!」
「スゴい手際の良さ。慣れてるわね」
「ティーナさんの植物魔法のルーツは此処でしたか」
「落ち着く良い場所ではないか」
「ティーナさんの家は自然豊かでとても素晴らしいです!」
近くのお花から冠を作って見せる。
覚えてるものなんだね。懐かしいなぁ。
「場所が場所だから今の季節でも涼しいな。少しのんびりしていこーぜ!」
「うん。懐かしい場所だからね~」
風を髪に感じ、靡くのを抑える。
気持ちいい……。ここもまたしばらく来ていなかった場所。なんでかは考えない。多分また少し苦しくなるから。
「良い休日だったなー……ってもまだ休みはあるけど、そろそろ部活も再開するし遊び回れるのは今日までだな~」
「ふふ、そうだね。良い休みだったよ~」
また部活が始まるし、先輩達の試合も始まる。実質的なお休みは今日まで……なのかな? 部活自体は午前中で終わる日もあるから総合的には休みが多いけどね~。
のんびりと過ごし、日が暮れた頃合い、私達はエメちゃんとレモンさんを見送りに行く。
──“転移魔道具前”。
「昨日と今日は楽しかった。また誘ってくれ」
「本当に楽しかったです!」
「うん。じゃあね。エメちゃんにレモンさん!」
「また遊ぼうぜー!」
「私も楽しかったですわ!」
「悪くなかったわ」
日も暮れ、お別れの時間。と言っても連絡は取れるし、転移の魔道具で会おうと思えばいつでも会えるんだけどね~。便利な世の中だよ。
一通り言葉を交わし、帰る直前、レモンさんが私の方を見て口を開いた。
「そうだ。ティーナ殿。一つ助言を告げたい。君の人形魔法だが、おそらく今使役している二つ以外にも使える物があると思う。前の試合で私達に使った物がな。君自身がまだ自覚していないから教えておくぞ」
「え?」
「そうなのか?」
レモンさん曰く、私はもう一つのお人形さんを使えるとの事。でもママとティナは本来お人形じゃないし、同じように誰かを……なんだろう。
とにかく、別の魔法が使えるって事なのかな。
「けどなんでそれを……一応試合じゃ敵なんだけど……」
「フッ、強敵は強い程良い。自分で言うのもなんだが、武人気質でな。私がそれを望んでいるんだ」
「そうですか……」
アドバイスを貰い、二人は自分達の街へ帰る。
もう一つの人形魔法……。よく分からないけど、いつかは理解する日が来るのかな。
私達のギチギチに詰めたお休みの日程。それは無事終わりを迎えるのだった。




