第七十六幕 水着選び
──“次の日”。
翌日、見慣れた街並みの待ち合わせ場所に私達は来ていた。
今日はルーチェちゃんご所望の海に行く日。相変わらず暑いけれど、今日の場所を考えるとこの暑さが寧ろ助かるかもね。
「お、ルーチェも来たみたいだ」
「確か今は自宅に居るんだっけ」
「短期間で移動するのに大変ね」
待っているとルーチェちゃん家の迎えの馬車がやって来た。
最近は馬を必要としない魔力のみで動く絨毯とはまた別の自動移動車……自動馬車? お馬さんが要らないなら自動車かな。それが研究されているとか。
英雄の時代から、それよりも前から数千年は魔法や魔術などと言った魔力主体の世界だったけど、混血が増える事で魔力を持たない人や少ない人も多くなり、科学技術の方にも着手して魔力を必要としない乗り物も開発されてるんだって。
魔法も科学も技術の進歩が目まぐるしいね。
そんな事を考えながら大きな馬車に乗り込む。もしも今言ったのが開発されたとしても、何らかの形で馬車は後世に残りそうだね。
「お、馬車の中なのに涼しいな」
「当然、冷風を与える魔道具は完備しておりますわ!」
「揺れもそんなに無いから酔わずに済みそう」
「無論、揺れ対策もしておりまして事よ!」
「広くて過ごしやすいね~」
「高級車ですもの! 今はまだ朝食直後ですので要らないと思いますけど、必要とあらばお食事やお飲み物もお召し上がり出来ましてよ!」
「スゴいハイテンション……」
「皆様とお出掛けするの楽しみなんですもの!」
今日はいつにも増してテンションが高いルーチェちゃん。理由は私達が居るから。
ふふ、でも私も楽しい。海も楽しみだし、みんなと一緒に居るのが好き!
「それで皆様、水着は持ってきましたの? 私服で入れば色々と透けてしまいますわよ?」
「学校で使ってんのを持ってきたぜ?」
「私も……」
「小さい頃の水着を取り出してみたけど、全然合わなかった」
「皆様……お色気も何もありません事ね。ティーナさんに至っては買ってすらいないと……何年くらい前の物ですの?」
「六、七年前かな?」
「入る訳ありませんわ……規則が決まっている校内ではないのですからもう少し攻めても良くてよ」
私は水着を持っておらず、ボルカちゃんとウラノちゃんは学校で使っている物をそのまま持ってきたみたい。
一通りツッコミを入れたルーチェちゃんは呆れ、御者さんに話し掛ける。
「運転手さん。海に行く前にお店へ寄ってくださる? 私が全額持ちますので、この子達に水着を買いたいんですの」
「かしこまりました。ルーチェお嬢様」
「え!? いや、いいよ! 自分で買うから!」
「そうだぜ? 別に必要とも思ってないしな」
「そうよ」
「いいえ。ダメですわ。やはり私のお友達には良いお召し物を身に付けて欲しいんですの。学院のも素敵ですけれど、皆様にはもっと良い思いをして頂かなければ!」
私達に良い思いを。それがルーチェちゃんの行動理念。
友達思いなのは分かるけど、少し強引な気もする……。でも友達ってこんな感じなのかな。少し前まで一人も居なかったから付き合い方が未だに難しいかも……。
なんやかんやあり、ショップへとやって来た。
「此処は品揃えがよく、肌触りやフィット感の良い物も多く取り扱ってますわ! 必要とあらばサイズをより詳細に計り、微細な調整の後、完璧な仕上がりとする事も可能ですの!」
「いや、そこまではしなくて良いよ……けどこれ、金貨とか普通に勘定に入っているけどホントに良いの? これくらいなら私も出せるよ……」
「構いませんわ! 前にもお申しした通り、お金でお友達を作るのではなく、お友達だからこそ私が払いたいんですの!」
よく分からない理論はそのまま、なし崩しに私達は水着を見て回る。
大きいのから小さいの。私服みたいな物から誰に見せるつもりなのか分からない程に薄い物。い、色々あるね……。
「恥ずかしいからあまり肌は見せたくないなぁ……」
「ティーナさんならどれも似合いましてよ?」
「そう言われても……」
小さい頃は気にならなかったけど、改めて見るとこの下着とあまり変わらない物を着て大衆の面前に出るなんて羞恥的過ぎる……。
するとそこにボルカちゃんが水着を持ってやって来た。
「オーイ! ティーナ! これなんか似合うんじゃないかー!?」
その手に持たれていたのは……え?
「紐じゃん!?」
「オイオイ。これも立派な水着らしいぜ?」
「いやいやいや! その辺に落ちてた布切れって言われても信じちゃうよ!?」
細く長い布。あろう事かそれを水着と言っていた。
そんなの変! 絶対! おかしいもん!
「なあなあ、試着とかしてみたらどうだ?」
「何を“試”しに“着”てみるの!? それって本当に“着る”って定義に当てはまる!?」
「ちぇ~。乗り気じゃないか~。アタシとか似合うんじゃね?」
「いや、ボルカちゃんならどんな水着も似合うとは思うけど普通は着ないよ……と言うか私が着て欲しくない」
友達が羞恥を面前に晒す事は私自身が耐えられない。この水着を作った人には悪いと思うけど、絶対違う。
「んじゃ、この辺にしとくか~。アタシのカラーに合わせて赤とかオレンジにしよっかな」
「ボルカちゃんの色……確かに髪とか目とか暖色だもんね」
そう言って彼女が選んだ物は暖色の水着。胸元はピッチリ覆う感じで、肌はあまり見せないね。下部はショートパンツみたいな物。体のラインがハッキリ出てるけど、ボルカちゃんの体型ならスゴく似合いそう。
全体的に邪魔にならず、動きやすさ重視な感じだね。
「私はこれで良いかな」
「そんなんで良いのか? もっと際どい奴で悩殺しようぜ!」
「そんな事しないよ……それにまだまだ未発達な私の体じゃ誘惑なんて……ってなに言わせるの!?」
「ハハ、やっぱりティーナの反応は良いな~」
「もう……」
私が選んだのはフリルの水着。オフショル水着とはまた違うかな。少し子供っぽさもあるけど、私の年齢的には全然許容範囲。
でも際どいビキニとか、将来的にも絶対着ないって断言出来る。
「じゃあ私はこれで」
「学院のとあまり変わりませんわね。少し可愛らしくなっていますけど」
「肌とかあまり見せたくないからね。日焼けしてヒリヒリしたら不愉快だし」
「あら、殿方へのではなく日焼けによる感覚の話でしたか」
ウラノちゃんとルーチェちゃんもやって来る。
ウラノちゃんが選んだのは本当に殆ど肌を見せていないタイプの物で、ワンピースみたいにも見えるね。色合いもシンプルな白。なんと言うか彼女らしい。
そしてルーチェちゃんは、なんと肌を大きく見せるタイプのビキニだった。
布面積は少なく、胸元を強調した物。まだ着ていないけど、着なくても分かるくらいには大胆。
確かに彼女は私達の中で一番発育が良いと思うけど……大丈夫かな。
「貴女方も選びました事ね。なんと言うか性格が出ていて……攻めた方はあまりおりませんか」
「何で少し残念そうなの……」
「まあいいですわ! ではお会計は既に済ませたので早速海へと向かいましょう♪」
「手際いいね……」
既に支払いも終わったらしく、私達は再びルーチェちゃんの馬車へ。
結構サクサク進んだから十数分で買い物は完了。海は多分アステリア学院から見えていた所だとして、もうすぐ着くね。
馬車に乗り込み数十分後、私達はビーチへとやって来た。
*****
「海だー!」
「海ですわー!」
着いた海岸ではまだ朝と言える時間帯にも関わらず混み合っており、賑わいを見せていた。
泳ぐ人やサーフィンをする人。ビーチタオルを敷いて肌を焼く人とか様々。
それはあくまで車内からの光景。早速私達は試着室で着替え、海岸に立った。
「うわ~大っきい~!」
「地上の半分以上が海だもの。広さは当たり前よ」
「そうじゃないだろー。けど、良い雰囲気だ!」
「ふふん。私に殿方も釘付けの筈ですわ!」
青い空。白い雲。光輝く太陽。海のイメージを煮詰めたかのような場所の体現が此処にあり、熱された砂浜の温度にも慣れてくる。
久し振りの海。潮風が気持ちいい。磯の匂いはあんまりしないかな。
すると、私達の近くに何組かのグループが近付いてきた。
「ふふ、来ましたわね」
「え? 何が?」
「当然、ナンパの方々ですわ!」
「ナ、ナンパ!?」
ルーチェちゃん曰く、彼らはナンパ師との事。
あれ……でも普通に女の子も居るような……一人の男性が口を開く。
「君達、もしかして“魔専アステリア女学院”の子達かい?」
「え? はい。そうですけど……」
「スゴーイ! 試合見ました! 感動しましたー!」
「あ、ありがとうございます……」
「ティーナ・ロスト・ルミナスちゃんだっけ。初々しくて可愛い~。本物見るとますますお人形さんみたいね! お姉さん達と遊ばない?」
「え、遠慮しておきます!」
「ボルカ・フレム! 本物だ!」
「初等部の頃から各種大会で好成績を収めた天才じゃないか!」
「スゲェ!」
「その火力、とんでもねえっス!」
「いやいや、照れますよ~」
「ウラノ・ビブロスさん」
「本魔法の使い手!」
「中等部一年生の頭脳担当!」
「会えて光栄です!」
「そ、ありがと」
「ルーチェ・ゴルド・シルヴィア!」
「金髪縦ロールの聖魔法を使う子!」
「財閥の娘としても有名だね」
「ふふ、そうですわ! って、髪型は何より先に来るんですの!?」
どうやらダイバースの大会を見て私達を知った人達みたい。ホントにスゴい影響力だね。結果的には代表決定の一回戦で敗退だったのに。
そんなこんなでファンサービス? 的な事をして分かれ、改めて海岸に行く。
「思わぬ人達だったね~」
「ナンパじゃなくて残念ですわ」
「アタシ達の体格的に、まだそれをされる程でも無いだろ~」
「そうね。ルーチェさんの発育もあくまで12~13にしてはって感じだし」
何故か落ち込むルーチェちゃんを他所に、浅瀬に足を入れてみる。
「ひゃっ……冷たい……こんなに冷たいんだ……」
「そりゃあな~。けど、確かにこの気温にしては冷えてるな。寧ろ心地好いぜ」
「うん、確かに気持ちいい~」
パシャパシャと水を巻き上げ、体にそれが掛かって濡れる。
ふふ、涼しいね。そう言えば私って泳げるのかな? 泳いだ事が無いから分からないかも。
何はともあれ、ついにみんなと来た海。今日と明日も思いっきり楽しんじゃうよ~!




