第七十五幕 登山
──“温泉”。
「ここがロッジのお風呂……!」
「良さげなお風呂ですわね!」
「厳密に言えば近くから湧き出てる天然の露天風呂だな。火山が近い影響で温泉地帯が豊富なんだ」
「元々近国の“日の下”が温泉で有名だもの。太陽の神様を信仰していたり、日や炎や熱関連のものは多いわ」
肝試しから戻った私達は、近場の露天風呂に来ていた。
その風貌は湧き出ている温泉を大小様々な石で囲んでおり、外から見えないように天然の植物が壁となっていた。
私達の方から景色を眺める事は可能で、月や星達に見下ろされる森の様はまさに絶景だった。
暗いのに森の緑さがよく分かり、心なしか空気も美味しい。硫黄の匂いもあまり気にならず、とても落ち着ける光景。
夜でも暑いから外のお風呂は丁度良いね。冬でも外のお風呂は気持ちいいけど!
脱衣場から直結な温泉。まだ結構人も居るね。私達は体を洗ってお風呂に浸かり、人混みやちょっとした登山。肝試しの時に必要以上に歩いちゃった疲れを癒す。
学院のお風呂も良いけど、天然のお風呂も最高だよ~。
「気持ちいい~。空気も美味しい~」
うーんと伸びをし、囲いの石に凭れる。
濡れた石が空気に晒されてほんのり冷たく。この感覚がまた気持ちいい……温度差でちょっとビクッてなるけどね~。
「ぷは~。こりゃいいや。星空の下、自然を眺めながら入る風呂はサイコーだ~」
「同感~」
「もう、二人ともおじ様っぽいですわ」
「けど確かに気持ちいいわね」
天然の露天風呂。入るのは初めてだけど、普通のお風呂とはまた違った良さがある。
それは口で説明するのは少し難しいかな。自分で体験してこそかも。
「取り敢えず、ゆっくり体を休めっか~。明日はいよいよ本番登山。荷物の方もしっかりしなきゃな」
「そうだね。登山が終わったら帰って……明後日は海だね」
「山も良いですけど、海も素晴らしいですわ。私の別荘があるので宿泊費も掛かりませんの!」
「海は潮風で本がダメになっちゃうのがネックかな。あと泳ぐとなると殿方の前で体のラインがハッキリ出る水着を着なきゃならないのが憂鬱。ルーチェさんの別荘でずっと読書していたい」
「ウラノさんは相変わらずですわね、一度入ってしまえば周りの目線なんて気になりません事よ」
明日の登山は山の本番だけど、明後日の海も楽しみ~。
そう言えば海もあんまり行った事無いもんね。最後に行ったのは私が5~6歳の時、パパにママや使用人さん達と一緒に……。
【フフ、気持ちいいわね。ティーナ。潮風に乗って磯の香りが漂ってくるわ】
【イソ……ってなぁにぃ?】
【硫化ジメ……って、これじゃ分からないわよね。お魚さん達や海草さん達とか……海をお家にしている小っちゃなお友達から出てる匂いね】
【うみのともだちのにおい~!】
【ええ、そうよ♪】
確かあの時既に体が弱っていたママは白いワンピースに白い帽子を被って、海には入ってなかったかも。
あれから少し後に──ううん。何でもないよね。
「どしたー? ティーナ」
「ちょっと海に思いを馳せていてね~」
「オイオイ、ティーナは海派か~? それならアタシとは対立関係にあるな!」
「ええっ!? それは困るよボルカちゃぁぁぁん! 海も山も好きだから~!」
「ハハ、ジョーダンだよ。ジョーダン。ほら、他の人達が「何事だ!?」って表情で見てるぜ」
「え!?」
「全然意に介してないわよ。私の年齢ならちょっと騒がしいのが当たり前って思われてるのと……他の人達もお風呂での話が盛り上がっているからね」
「ビブリーは相変わらず冷静だな~」
どうやら他の人達から奇異の目で見られる事はないみたい。良かったぁ~。
確かに今のお風呂は賑やかだもんね。それにお外だから露天風呂内ではそんなに声が響かない。たまに山びこになるくらい。
フフ、とても気持ちいいから口も回るなぁ。
「あ、そうだ。三人とも、ちょっと待っててくれ!」
「「「………?」」」
するとボルカちゃんは何かを思い出し、ササッと行って何かを持ってきた。“何”しか思ってないけどホントになんだろう?
持ってきた袋のような物を私達に見せた。
「ジャーン! 温泉卵ー! “日の下”の文化の一つでな。低温にしても高温にしても適温で半熟卵を作って食べるってのがあるんだ!」
「温泉で卵を茹でるの!?」
「ああ、そうだぜ! これがまた美味いんだ」
「これから夕飯も待ってるんだけと……」
「まあまあ! 気にすんなビブリー! 卵一つ二つじゃ夕飯食えなくなるくらい満腹にはならないぜ!」
夕飯はこれからなんだけど、目の前にある温泉卵とやらもとても美味しそうで我慢は出来ない。
良いか悪いかはともかく、出来上がったそれを頬張った。
「ん~! 美味ひい~!」
「だろだろー?」
噛んだ瞬間に柔らかい白身と黄身が同時に流し込まれ、口の中で溶けて甘味も広がる。
茹で卵はたまに食べるけど、それとは比にならないくらい美味しい! あ、普通の茹で卵も好きだよ! って、誰に言い訳してるんだろ。変なの~。
「とろけて美味ですわ~」
「……まあ、美味しいのは否定しないけど」
「だろ~? アタシも食うぜ!」
ちょっとした温泉のレジャー? も楽しみ、“浴衣”と呼ばれるパジャマに着替えて四人部屋へ。
私服は備え付けの洗浄用魔道具で洗い、既に部屋には豪勢な料理が並んでいた。
「色鮮やか~」
「近隣にあるヒノモトの食材とか、“シャラン・ウェーテル共和国”の物を使ってるんだ。だから普段は見ないような食事もあるだろ?」
「ホントだ! お魚やエビさんに衣を付けて油で揚げた物とか……生のお魚? とか、味噌を満遍なく使った茶色のスープとか。あんまり見ない料理だね!」
「何れもヒノモトの料理だな。さ、食おうぜ!」
食前の挨拶をし、みんなでご飯を食べる。
因みに夜はキャンプ風の物じゃなくした。理由は肝試しで少し疲れちゃったのと、楽しいんだけど汚れちゃうからお風呂の後では少し大変という事から。
せっかくの場所だからね。此処で食べたい気持ちもあったから丁度良い。あ、でも夜の焚き火を見れないのは少し残念かな。お風呂入っちゃったもんね。
ともあれ、夕飯を食べ終え歯磨きなども終える。寝る前に少しお話をし、就寝。翌日、登山の時が来た!
*****
──“早朝”。
「朝から少し暑いな~」
「そうだね~。でも山だから涼しさもあって過ごしやすいかも」
「適温ですわね!」
「そうね。そんなに湿気も無くて過ごしやすい」
朝方、朝食を食べながら私達はお話しする。
ご飯は静かに食べるのがマナーとも言うけど、そのマナーを守ってる人は少ない。何より迷惑にならない範疇で楽しそうに食事をするのが一番のマナーだから定義が変わりつつあるかも。
そんな朝食のメニューは白米にお魚に野菜を漬けた物。そして昨日も出てきた味噌を使ったスープ。
全体的に塩分が多いんだね。確か登山は汗を掻くから塩分を消費するって言うし、一日のエネルギーを付けるには理に適っているのかも。
それに見た目よりボリュームがあって満足感もスゴい。
食事が終わり、私達は動きやすい服装に着替えて登山の準備を整えた。
「よし、完了!」
「暑いのに長袖なんだね~」
「山には色んな虫とか木の枝とか石ころとか色々危険な物があるからな。極力肌は見せないんだ。一応医務室に回復魔法や魔術の使い手さんが居るから軽傷ならすぐ完治出来るけど、辿り着くまでで悪化しないとも言い切れない。だからこんな感じになってる」
服装は、今の季節には少々暑めの物。薄着の長袖にハーフパンツ。だけど膝下からは黒い……靴下? ストッキング? よく分からないけど、素肌を見せないように覆っている。
場所が山だから地上よりはマシだと思うけど、結構大変。
でもちゃんとした理由がある上での長袖。しょうがないよね。身の安全が大事だもん!
「っしゃあ。レッツゴー!」
「「おー!」」
「朝から元気ね」
そう、今はまだ朝と呼べる時間帯。なのでそこまで暑くはない。でも水分やエネルギーを確保出来る軽食はしっかりと詰め、いざ登山開始。
こういう時魔法使いの利点として杖をそのまま支えに使えたりする。私は杖を使う魔法じゃないから出来ないし、ボルカちゃんも今回は魔法の杖を持ってきてなくて本魔法のウラノちゃんも関係無し。ルーチェちゃんも杖を使う素振りは見せないね。
そんな事を考えながら四人纏まって山道を行く。
「空気が気持ちいい……」
「植物が多いからな~。でも蜂とかには気を付けろよ~」
「うん!」
周りを覆う木々。その隙間からは木漏れ日が差し込み、私達の先の先へ、道標のように連なっている。
草木はある程度減らされているけど、整備された道と言う訳ではないから少し疲れる。登り方にもコツがあるらしく、真っ直ぐを意識して足を下ろせば良いんだって。理由は斜面と平坦な道の違いとかなんとか。
「あ、川がある!」
「お、冷たいな!」
「気持ち良いですわ~」
「少し休憩にしましょう……」
「「いや、早いよ!」」
少し進んだ先にあった川。そこでしゃがみ、手を入れたら冷たくて気持ちいい水の感触が。
そしてウラノちゃんは既に疲弊しており、私とボルカちゃんは思わずツッコミを入れた。
「崖があんな~。此処行こうぜー!」
「あっちに安全な道があるんだけど……」
「大丈夫だって! ティーナの植物魔法ならアタシ達も運べるさ! これもある意味魔法の特訓だ!」
「もう、しょうがないなぁ」
ママに魔力を込め、崖の上の木を操作。枝と蔦を伸ばして絡め、リフトのようにして四人を運んだ。
確かに真っ直ぐ登る分安全な道よりは疲れないかもね。このくらいなら魔力の消費も少ないし、近道と楽が出来る。
「お昼だ~!」
「昼は保存食! と言いたいところだけど、ある物で料理を作れない事もないぜ?」
「じゃあ料理をしよう!」
「っし。それじゃある意味の試練だ。ティーナ! 川から魚を捕って来ーい!」
「……! 魚を……」
「ああ、そうだぜ。此処は乱獲とかしなけりゃ自由に捕って良いんだ(生きている魚。流石に今まで食べていた肉や魚が元々生き物だった事は理解しているだろうし、目の前で捌いて取り乱すかどうか……)」
「う、うん。分かった。持ってきてみる!」
大きな試練だね。私はママに魔力を込め、植物を操作。近くの川に入れ、逃げるお魚さん達を捕まえた。
ごめんね。ありがとう。エゴだとしても、私達の栄養になってくれて。
「はい。ボルカちゃん!」
「流石、早いな。んじゃまずは皮と鱗を剥がして、腹にナイフで切れ込みを。んでほじくるように内臓の処理。不法投棄はダメだけど、この場所なら食事を終えるまでには鳥達や野生動物が食っちまうからな。食えない箇所はゴミ袋に入れて……取り敢えず今は魚を捌くか」
切れ込みを入れ、内臓を取り出す。ちょっとグロテスク。
頭を落として骨と身を切り離し、手際よく三枚に卸した。その後に小骨の処理。と言うかスゴい滑らか……。
身にナイフを刺し、スッと断つ。そのままナイフを立たせるようにして身同士を離し、お刺身の完成。
一方では炎魔術で焚き火をし、ママの植物魔法からなる汚れていない枝に刺し、軽く塩を降ってパチパチと炙る。
瞬く間にお昼ご飯が完成しちゃった。
「これでよし!」
「スゴーイ!」
「ボルカさんって器用ですわね」
「本で読むのと実際にやるのとじゃ結構大変ね」
一通り喜び、食前の挨拶と同時に召し上がる。
「美味しい!」
「やっぱ自分で作ったのは格別だな~」
「美味ですわ!」
「流石ね。ボルカさんの料理の腕前。絶妙な塩加減」
噛んだ瞬間に溢れるお魚の油。ウラノちゃんの言うように塩加減も程好く、登山によって生じた疲れが取れていく感覚になる。
数分で食べ終わり、靴を脱いで冷たい川に足を入れたりしてみて遊びながら休憩。乾かして準備を整え、ラストスパート。
「低い山だけど、それでも疲れるね~。学校の山にはこんなに長く登らないし。お陰で慣れてもいるけど」
「それでも疲れましてよ~」
「はぁ……はぁ……息が……」
「山登りはメチャクチャ体力使うからな~。スタミナ付けるには一番だ。ま、変な癖が付いたりすると日常生活に支障を来すから程々が良いけどな」
山登りを始めてから、お昼を差し引いても数時間。流石にみんなにも疲労の色が見えていた。
でも心なしか麓より木々が減った感覚。そして数分後、目の前には拓けた場所が現れた。
「ここって……!」
「ああ。登頂完了だ!」
「やったー!」
辿り着いた先、山の頂き。より涼しく、より澄んだ空気。標高はそんなに高くないから雲より上には来ていないけど、それでも高所に居る実感は強かった。
そこから見える景色はとても美しく、地平線の彼方まで見える。二つの景色が重なり、まるで空と地面の境界線に居るかの様。
下方にはロッジが見え、私達はあそこから此処まで来たんだなと言う達成感に包まれた。
「良いだろ。山の景色!」
「うん! スゴく綺麗!」
「美しいですわね」
「そうね。悪くない」
山頂から眺める景色には飽きず、ボーッとしているだけで時間が過ぎていく。
でもそろそろ夕方。早めに降りなきゃならないよね。
「名残惜しいけど帰るか。明日は海だぜ!」
「うん。とても楽しかった! ボルカちゃん!」
「そりゃ良かった!」
そう、部活も何もかもが無い真の意味で休みの日はギチギチに予定を詰めた。なので早めに戻り、疲れを取って明日に備えなきゃならない。初日が登山の理由が元気だからだもんね!
「忘れ物はないか?」
「ないよー!」
「見ての通りですわ!」
「同じく」
最後に確認をし、景色を一瞥して私達は下山する。
一泊二日の登山。それはとても良い思い出となり、終止符が打たれるのだった。……って表現は違うかな?




