第七十二幕 休日の予定
「なあ、ティーナ。今度の長期休暇さ、泊まり込みで何処か行かねー? ビブリーやルーチェも誘ってさ!」
「と、泊まり込み!?」
キラリとルビーのネックレスを輝かせ、机に凭れるボルカちゃんが私に訊ねて来た。
学院生活も三ヶ月と数週間が経過しており、テストもダイバースの中等部大会も終わってもうすっかり慣れた頃合い。授業が終わった放課後に発せられた唐突な言葉に私は思わず二度見する。
ボルカちゃんは頷いて返した。
「そ。そろそろ休みだろ? それで長期休暇の“アステリア学院”は外泊が許可されていてな。実家に帰る人とか泊まり込みで出かける人も居るんだ」
「そうなんだ」
“魔専アステリア女学院”。ここでは今の時期になると前から言ってたように長期休暇となり、生徒達も家に帰ったり旅行に行ったり色々あるみたい。
そんな感じで長いお休みも近くなってきたし、どこかにお出掛けしようかなって相談だね。
「泊まり込みかぁ~。例えばどんな所?」
「そうだなー。近隣諸国への観光とか、季節が季節だから海とか山とかの避暑地とかかな」
「なるほど~。だけどそれならルーチェちゃんやウラノちゃんとも相談しなきゃね」
「それもそーだな。もう明後日には休みだし、終業式終わった後にでもみんなと話すか」
遊びに行く事には賛成。それはそれとしてルーチェちゃんとウラノちゃんの意見も聞かなきゃね。
今日も部活動はあるけど明日は休みだし、話し合いはじっくり出来るね。休暇中も数週間は休みになる日もある。出掛けるならその頃合いだ。
「んじゃ、部活に向かうか~。それとなく誘って明日に詳しく話し合おう」
「うん!」
凭れてズレた机を直し、荷物を持って部活動へ。
詳しい話し合いは明日だね!
*****
──“翌日の放課後”。
「てな訳で、昨日にも話したみたいにどっか出掛けようって訳だ。何か良い案ある?」
「あのね。私は別に行くとは言ってないんだけど」
「そんな事言って来てくれてるんだし、行ってくれるんだろ?」
「……まあ、別に問題は無いけど、前提で話を進めるのをやめて頂戴って事」
「確かにそりゃそうだ。今度から気を付けるぜ」
「全く……」
次の日の放課後、終業式を終え、荷物を片付けた私達はお菓子や飲み物を持ってボルカちゃんの寮部屋に集まっていた。
明日はいよいよ休み。まあしばらくは部活動もあるけど、何にせよ楽しみ!
スナック菓子を摘まみ、自分の椅子に座ってボルカちゃんは更に続ける。
「今んところの候補で言や、海とか山。アタシ達が行ける範囲の隣街とか隣国とかだ」
「それなら街の図書館にしましょう。学生の本分は勉強よ」
「折角の休みですのにそれは退屈ですわ。ここはパーッと海がよろしくてよ! 山は疲れますの」
「アタシ的には山派なんだけどな~。ほら、今の時期と言ったら山で肝試しだろ?」
「肝試し……少し怖いかも。私は普通に旅行をしたいかな……」
ウラノちゃんは勉強。ルーチェちゃんは海。ボルカちゃんは山。私は街を観光……と、見事に全員意見がバラバラだった。
強いて言えば近いのは私とウラノちゃんだけど、それもそれで根本的な部分は違うもんね。結局一回では決まらない。その為の話し合いだね。
「んじゃ、それぞれのアピールタイムだ。揺らぐかもしれないからな」
アピールタイムとやら。みんなで自分の行きたい所の利点を挙げるんだね。
最初に名乗り出たのはルーチェちゃん。
「それでは私から。海はなんと言ってもその美しさにありますわ。燦々と照り付ける太陽。光輝く青い海。私の家が所有するリゾート地でなら宿泊場所にも困らず、目一杯楽しめます事よ!」
「リゾート地……確かに魅力的かも……!」
ボルカちゃんの番。
「次は言い出しっぺのアタシだな。山の良い所は澄んだ空気に体全体で体感出来る自然。景色と言う点でも山の動植物達で飽きない。しかも高所にあるから涼しい! 何より達成感が得られる!」
「おお……確かに山も良いなぁ~……」
そしてウラノちゃん。
「アピールも何も、勉強が大事なのは周知の事実でしょうに。特に勉強してない人からは将来的に良い所に就けると言う点だけが挙げられがちだけど、実際の一番大きな利点は新たな知識によって自分の成長に繋がると言う事。会話の幅が広がったり、ふとした事での応用力が上がったりと人生を豊かにする秘訣がそこにあると言っても過言じゃないわ」
「確かに……何を始めるにもまずは知識が必要だよね……」
「と言うかティーナ。肯定だけして何のアピールもしないのか? このままだと街への旅行は選択肢から外れちまうぞ?」
「あ、そうだよね……」
みんなの意見には一理ある。だからついつい納得しちゃってたけれど、肝心の私自身の意見が出てなかった。
うーん……でも、
「正直に言うと、みんなと一緒に行けるならどこでも良いんだ~。だってボルカちゃん達が居てくれると楽しいんだもん!」
「……ティーナ……」
「そ、そう言われると照れますわね」
「……まあ、うん。そうね」
みんなと一緒ならどこでも楽しめる気がする。流石に危ない組織が居そうな危険地帯とかはNGだけど!
だから私がしているのは肯定だけってなっちゃうのかも。街への観光も、海でも山でも図書館でも成り立つもんね!
「……っしゃあ。そんじゃこうするか。鬼日程になるのを覚悟して、海と山で一泊二日を二回。そして最終日に観光兼図書館! 計五日から六日分のライフを消費する事で成り立つぜ!」
「そう来ましたか。ふふ、構いませんわ。受けて立ちます!」
「スゴい気迫……ボルカちゃんとルーチェちゃん……」
「いえ……別に図書館はそんなに気合い入れて行く所ではないのだけど……」
決まった答え。全部に行く。
果たして休みとはと言う疑問にもぶつかりそうだけど、優柔不断な私が招いちゃった事柄。ここは私も参戦するよ! あと普通に楽しそうだもんね!
一時的に立ち上がったボルカちゃんは今一度席に着き、今度はチョコレートを摘まんで悪戯っぽく笑う。
「これでも何日かは余裕が生まれるしな! 残った日は課題を終わらせたり都合によって遊びに行ったりしておこう!」
「ですわね!」
「……まあ、いいけど」
「うん。賛成だよ!」
これにより、私達の長期休暇の日程は決まった。
海に山に観光に。ふふ、楽しみだな~。
一先ずこれで話し合いは終わりだけど、折角みんなで集まったからと時間の分だけ課題の方も片付けておく。
“魔専アステリア女学院”。長期休暇。私達四人は遊び尽くす事にした。
*****
──“当日”。
燦々と輝く太陽。いつもみんなを暖かく見下ろしてくれているけど、今の時期はその暖かさが仇となる。
石畳の道に反射して上下からの挟み撃ち。蒸し焼きになってしまうのではないかと思う程の暑さ。私達は“魔専アステリア女学院”から外に出てその温度を実感していた。
「やっぱ夏は暑ぃなぁ~。早く目的地に行こーぜ!」
「暑いね~。それに私服のみんなを見るのは新鮮な体験かも~」
「ま、基本的には制服かジャージだしな。たまの休日に遊んだりする時くらいだ」
立ってるだけで汗が出てくる気温の中、目的地まで向かう絨毯を待つ。
時間節約の為にも転移の魔道具を利用したかったんだけど、今の時期が時期。他校も長期休暇なので待ち時間だけで二、三時間は掛かる。だから仕方無くこちらに乗ろうって話になった。
ここも普段よりは長い待ち時間なんだけどね。
「にしてもスゲェ人混み。同じ考えの人も多いんだな~」
そんな風に話すボルカちゃんは白いノースリーブのシャツに紺色のショートパンツ。活発な印象を受ける服装だった。
「斯く言う私達も同じ考えですものね」
ルーチェちゃんの服装は薄着のワンピースに麦わら帽子を被り、手提げバッグのスタイル。けど後で動きやすい服装に着替えるみたい。
「これだから夏は嫌い……暑いし人は多いし……」
既に疲れている様子のウラノちゃんは短いTシャツにハーフパンツと言う男の子みたいな格好。
眼鏡を外して汗を拭き、また掛ける。こうして見ると夏場の眼鏡って大変だね。
「それにしてもみんな軽装だなぁ。そんなんじゃ大変だぞ? ちゃんと登山セット持ってきたのか?」
「ボルカちゃんもかなり軽装な気がするけど……その大荷物が?」
「ああ、そうだぜ!」
最初に行くのは登山。理由はまだ体力が残っている初日のうちに一番疲れそうなそれを実行する為。
既にロッジの予約は取ってある。流石のボルカちゃん。混み合う事は想定済みで準備も完了しているんだー!
「ま、宿泊施設に必要な物は色々揃ってるし、最悪近場の転移の魔道具で戻る事も出来るんだ。特に山とか人が近付きにくかったり、遭難の危険性がある場所には置いてある。忘れ物があっても大抵何とかなるんだ」
「そうっぽいね。それに、ボルカちゃんが作ってくれた旅のしおりのお陰で最低限の荷物は準備出来たし、登山準備はばっちり! 最近は鍛える機会が多いから体力の方もね!」
「そりゃ何よりだ!」
ボルカちゃんにはこう言う一面もあって結構器用。登山準備は捗るね。初心者の私は大助かり。
なるべく荷物を少なく出来たのも彼女のお陰だよ。
「お、来たな。それじゃ行くとするか!」
「うん!」
「はいですわ!」
「……そうね」
話していると連結型自動魔法の絨毯がやって来た。
他のお客さん達も日陰のベンチから立ち上がって乗り込み、私達四人も四人分の席を確保。
もう既に長期休暇は始まっていたけど、部活動とかで本格的な休みは今日から数週間。初めての体験がまた訪れるワクワク感と共に足を踏み入れた。
四人初めての泊まり込み。寮はまた別だもんね。それがついに始まった。




