第七十幕 激戦
「やれやれ。中々の難敵だな……」
「此方のセリフだ。ルミエル・セイブ・アステリアのワンマンチームかと思いきや、中々に強い奴も居る……!」
「私なんかまだまだ。ルミエル先輩とイェラ先輩の足元にも及ばないさ」
周りに漂う泡魔法。それによって攻撃が阻まれ、向こうからは一方的に仕掛けられる陣形が作り出されている。
柔な攻撃では弾かれてしまい、だからと言って攻撃に集中すると全方位を取り囲む泡によって狙われる。
たかが泡ではなく触れると爆発する仕様の物。水魔法と炎魔法の合わせ技。科学分野にも長けているのか、油脂と水酸化ナトリウム……要するに石鹸の泡を魔法で再現している。その上の強度と破壊力。
「しかし、このままではジワジワ嬲られるのはそちら。ほんの一、二年の差だが、成長期でのその差は大きなものとなろう」
(再現された物とは言え、水の中では私の魔法も自由に使えないな……ティーナ程の出力があれば何処だろうと気にせず使えるのだが……)
「そして、ルミエル・セイブ・アステリア側が気掛かり。君はさっさと倒してしまおう」
(泡が動いた……この瞬間……!)
「……!」
仕掛けようとする事で泡との間に生じた微かな隙間。そこを突き、一筋の魔力相手へ放つ。
その魔力は体へ結び付き、刹那に弾けてサルガッソとなり絡み付いた。
「……! 植物魔法……!」
「そう。うちの後輩には私以上の使い手が居るから霞んでしまうけど、実は珍し目のこの魔法を使えるんだ……とは言え、魔力の内容量も踏まえて後輩みたいに森一つを生み出す事は出来ないから様々な力をバランス良く使ってるけど、水の中と言う今回の舞台。サルガッソはお似合いだろう?」
「くっ……だが、私の泡魔法は既に君へ迫っている……! 僅差で私が勝つ……!」
「そうなんですよね。やれる事と言えば、絶え間無く降り注ぐ爆発を残った魔力で耐え忍ぶくらい。我慢比べですかね」
「ぐっ……締まる……!」
サルガッソが強く引き締め、自身は魔力でガード。そこに泡魔法が迫り、連鎖するような爆発が──
「「……!」」
起こる直前、何処からか伸び迫った細い魔力が強固な泡を貫き止め、相手の脳天にぶつかって意識を奪った。
泡は消え去り、肩の荷が降りる。
「結局全部持って行きましたね。ルミエル先輩」
「ふふ、貴女もよく頑張ったじゃない。来年からの高等部部長は貴女よ。頑張って♪」
「それで後輩はリタル一人……やれやれですよ」
敵を片付けたルミエル・セイブ・アステリアがそのまま来、此方の始末も付けた。
残る相手は一人だけ。今現在イェラ・ミールが戦っている者である。
*****
「成る程。手強いな」
「お主こそな」
木刀を握り締め、海水を蹴って直進。対する青髪青目褐色の女性はレプリカの槍を振るって迎え撃ち、木刀と槍が衝突して周りの水を揺らす。
即座に褐色女性は身を翻して背面突きのように槍を穿ち、それを木刀で受け止める。二人は弾かれ、やや距離を置いた。
「“ネプティナス海洋専門高等学院”、大将の“ポイセル・ネプトール”。噂に違わぬ腕力と槍捌きだ」
「お主もだ。“魔専アステリア女学院”副部長、イェラ・ミール。私と此処までやれる人間は久しく見ていないぞ」
「君も人間だろう。まるで他種族かのような口振りだ」
「フッ……実はな、私の数千年前のご先祖様は“神”という文献が家にあってな。もしかしたら私は神の血筋の可能性が存在するのだ!」
「……大丈夫か? 周りにも水はあるが、海底の方はより冷たい水がある。少し熱を冷ました方が……」
「腫れ物を見るような目をするな! 一応だが、伝承では神や魔王が英雄の時代に居た証明があるだろ!? 特に神々は今で言う人間の国を拠点にしていたらしいから、何処かで神の血が混ざった可能性は0ではない! 宗教的なアレじゃなく、ちゃんと歴史の教科書に記載されている事実だぞ!」
己を神の血筋と告げるポイセル・ネプトール相手へ困惑と心配の表情を浮かべる。
確かにこの世界ではちゃんとした事実証明の元、神や魔王が居たと言う記録はあるが、長寿の魔族やエルフ、ヴァンパイア族でも若干ツラい程の昔話。寿命ではなく記憶の方が。
眉唾であり、本人もそれ自体は理解していた。
「それなら……ルミ以外には言ってないが私の祖先はかつての英雄パーティーの者と深い関わりがあるらしいぞ。しかし文献にあるだけで証明はほぼ無い。強いて言えば家宝の剣が実際に使っていた物らしいが、それすら眉唾物。しかし君よりは信憑性が高いかもしれないだろ?」
「そうなのか……!? いや、しかしその身体能力に納得がいくかもしれない。と言うか、私よりは信憑性が高いってどう言うことだ!?」
「そのまんまの意味だ。と言うか、自ら鍛え上げた身体能力を血筋のお陰という事にされる方が納得いかん。寧ろ私は幼少期、割と病弱であまり外に出られなかったと言うのに」
「そうであったか……それはすまない」
「構わぬ。虚言を申す者同士の仲だ」
「そうか……いや、だから虚言ではないと言うに!」
槍を突かれ、木刀で防御。滑らせるようにいなし、弾いて距離を置く。瞬時に詰め寄り、海底都市の物陰へと互いに身を隠して死角から攻め打った。
「地形を巧みに利用してくるか」
「その思考はお互いに同じようだ」
壁を貫き、崩落。互いに物陰から姿を現し、槍と木刀が鬩ぎ合い、柱越しに打ち込んで倒壊させた。
「景観を損なわせるなんてあんまりだな。神が聞いて呆れる」
「どの口が言う。英雄が聞いて呆れる」
「フッ……」
「フフ……」
軽口を交わし、海底都市を破壊しながら直進。強度も本物を再現している物だが、この腕力からなる一撃には耐えられないらしい。
建物も崩れ落ち、瓦礫が海底へ着いて土埃を舞い上げた。
「やるが……少しピンチだな……」
「その様だな。既にルミが君の仲間達を倒し終えてしまったらしい」
「手伝う? イェラ」
崩れ落ちた建物。その粉塵の中から現れる二人。そしてそちらを見やるルミエル・セイブ・アステリア……と、レヴィア・フローラ・レイカ。
ポイセル・ネプトールの状況はより悪くなっていく。
*****
相手を倒してイェラの元に来たけれど、丁度建物が崩れた辺りだった。
イェラと此処までやり合えるなんて流石ね。ポイセルさん。
見た目は活発な女の子だけれど何処か神聖な気配も漂っているし、本当に強い人だもの。だから手伝うかどうかを訊ねた。
さて、その返答はどうかしら。
「折角面白くなってきたところなんだ。もう暫くは相手をさせてくれ」
「ふふ、イェラをこんなに喜ばせるなんて。少し妬けちゃう。分かったわ。私達は見物人。やられるか、ピンチになったら助けに入るわ」
「過保護だな」
「やれやれ。イェラ・ミールを打ち倒したらルミエル・セイブ・アステリアとレヴィア・フローラ・レイカとやり合わなければならぬのか。骨が折れる」
本人が望むなら余計な手出しはしない。でもポイセルさんには酷な話ね。イェラだけでも人間の国のトップ10には確実に入る実力者。ポイセルさん自身もそうだろうけれど、私がNo.1だから仮にイェラに勝てても戦わざるを得ない。
要するにボスラッシュみたいなもの。そんなポイセルさんは言葉を続ける。
「イェラ・ミールよ。お主は私と一対一で戦いたいようだが、この場で主を倒しても無意味と言う他に無い。消耗した状態でルミエル・セイブ・アステリアを倒せる程甘くないのは知っているからだ」
「そうか。既に倒せる前提で話せるのには腹が立つが、その口上には何かしらの意味合いがあるのだろう。続きを言ってみろ。話は聞いてやる」
「単刀直入に述べよう。お主ら三人を纏めて打ち倒す。──“レプリカ・トライデント”!」
「トライデント……神話に出てくる武器か」
「そのレプリカだがな。威力は十分。私の力の質からして伝承通り一振りで津波や嵐を起こす事は叶わぬが、まだ多少の疲労以外余裕のある私ならお主ら三人を打ち倒せよう……!」
ポイセルさんが繰り出した物は神話のネプチューンが扱う武器、トライデント。
レプリカとは言うけれど、有する力は神話に出てくるそれを再現したもの。と言うより大会のルール的に本物のトライデントがあったとしても凶器認定されて使えないものね。
魔力でも別の力でも、武器類は自分で再現しなきゃならないわ。
「参る……!」
「来るが良い……!」
ポイセルさんはトライデントを構え、力を込める。全身のバネを利用し、弾くように穿った。
「……!」
「あら、本当にスゴい破壊力」
正面へ突き出された刺突。それは周りの海水を聖人が如く割り、イェラの木刀を粉砕して除けた。
やるじゃない。イェラは魔力が多い訳じゃない。本人の努力と技量で少なさをカバーしているだけ。
だから魔力強化された木刀も熟練者の強度には劣るけれど、それでも少ない魔力を上手く練って通常より強固にしている。それをへし折るなんてとてつもない威力ね。
「一挙一動がリタイアに繋がる! この力を前に──」
「くっ、木刀が折れてしまったな。仕方無い。徒手空拳で挑むか」
「ほら、もう無理しないで。一緒に戦うわよ。相手もそれを望んでいるんだし」
「だが、もう少しは一人で相手をさせてくれと言った手前、こうも早く引き下がるのはだな」
「メインウェポンが無くなっちゃったんだもの。仕方無いじゃない。貴女は素手でも十分な力だけれど、ポイセルさん相手じゃ多分勝てないわ」
「あの……私が説明や口上を話しているんだが……」
「諦めた方が良いですよ。私もかなり苦労しているんです」
「レヴィア・フローラ・レイカ……そうか。間近で見ているからこそ二人の世界に立ち入る気が起きないのか」
「そんなところですね」
あら、つい話し込んでしまったわ。
今の間に仕掛けられなくて良かった。元々顔見知りと言うのも大きなアドバンテージね。ちょっとした会話くらいならする余裕も作ってくれる。
親しくない人だと問答無用で仕掛けてきて大変だもの。相手がポイセルさんで良かった。
「此処からは選手交代ね。と言ってもイェラもレヴィアさんも参加するけど、主体は私になるわ。よろしくて?」
「構わぬ。元より全員倒さねばならぬ相手。既に代表入りが決まっていたとしても、優勝を飾って華やかに世界へ挑みたい心境だ」
「そう♪ それは私も同じ意見よ。さて、やりましょう。海の神様?」
「ああ。やってやろう。魔王よ……!」
魔力を散らし、完全なる警戒態勢を整える。
それにしても魔王魔王って。間違っていないのはそうかもしれないけれど、もっと可愛い小悪魔とかそんな感じにして欲しいわ。
一先ず相手は残り僅か。強敵が強い武器を持って、“日の下”の諺風に言うと“鬼に金棒”状態だけど、此方も万全に近い状態。少し凍傷があるくらいかしら。
そんな私達と“ネプティナス海洋専門高等学院”の織り成す人間の国大会最終決戦は後半へと差し掛かる。




