第六十八幕 学院の理事長
「どうだ? ティーナ」
「えーと……よく見えるけど……これで良いの?」
「ああ。その場の臨場感が大事だからな。アタシは映像で見るから、ティーナは見れない部分を教えてくれ」
「うーん……出来るかな……」
あれから一時間後、遂に代表決定戦の決勝が始まった。
“魔専アステリア女学院”のレギュラーメンバーはルミエル先輩にイェラ先輩。そしてレヴィア先輩という、他のチームからしたら少ない三人構成。
相手は人間の国でも随一の強豪、三人で挑むのは普通に考えたら無謀もいいところ。
因みに残っているチームは二つだけだけど、そこから個々の実力や成績を加味して準々決勝まで残ったチームから十五チームを決めるらしい。
──と、私はティナの感覚共有越しでその現場を見ていた。
どうしてこうなったかと言うと、あれは理事長室に着いてからの出来事。
───
──
─
「チワーッス! 理事長居ますか~?」
「な、なんですか君達は!?」
「あ、お付きの人」
「す、すみません」
理事長室に入るや否や、出迎え……られてはいないけど、秘書とかそう言った役割の女性が居た。
因みに理事長室の内装は流石の名門だけあってとても豪華絢爛なもの。
アンティークな事務机に貴賓室みたいな応接セット。綺麗な絵画が壁に飾られており、他にも高そうな調度品とか、あまり詳しくない私ですら一目でわかるほどの高級家具がこれでもかと揃えられている。
机の向こう側にある大きな窓からは校庭の様子がよく見えており、学院内を一望出来る仕様だった。
そこへやって来た私達を前に、お付きの人は口を尖らせて話す。
「理事長に用があるみたいだけど、理事長はこれから行く場所があるの。悪いけどまた後日、しかとアポを取ってから来てくれたまえ」
「すんません。けど用事っても大した事じゃなくて、この子の人形を会場に連れてって欲しいんス」
「え!?」
「この子の人形を……? よく見たら片方はオッドアイね……」
ボルカちゃんの提案。それはティナを会場に連れて行く事。
そう言うことなんだ。私だけが行くってのはティナのみを観戦させて感覚共有で……って、結局よく分からない方法だよ!? ボルカちゃんが見たいって言ってるのに!
付添人さんは呆れたように物申す。
「はあ……そんな玩具を何故理事長が持って行かなきゃならないのよ……」
「おもちゃ……」
おもちゃ。そうだよね。傍から見たらおもちゃ。そう言う設定にしてあるんだから仕方無い。
だけど妙に引っ掛かる。ダメダメ。また意識が持ってかれる……!
「そんな事を許可出来る訳が無いわ。帰ってください」
「そこをなんとか!」
「駄目ったら駄目!」
「ボ、ボルカちゃん。ここは引き下がろうよ……!」
段々白熱してきた……しかも10:0で悪いのは絶対こっち!
一先ずこれ以上悪化しないようにさっさと帰った方が良いよね絶対!
するとそこに、物陰に隠れてよく見えないけど人の気配と声が届いた。
「まあ待て。君の仕事熱心な態度は感心に値するけど、わざわざその事を伝える為に私に会いに来たんだ。相応の理由があるのだろう。まずはそれを聞いてからだ」
「理事長。しかしアナタは数々の商談があり、その合間を縫って漸く取れた数時間のお休みではありませんか」
「休みであっても可愛い我が校の生徒の話を聞くのが上に立つ者の在り方だ。それに、休みの少なさは君も相当だろう」
「私は良いのです。それより──」
「まあまあ、落ち着け。では君達。如何様な理由で私に用事があるんだい? そのお人形……いや、君の友達を連れていって欲しいようだが」
秘書さんにはなんか悪いけど、理事長は話を聞いてくれるみたい。
ホントに良いのかな……。
ボルカちゃんは構わず話す。その度胸が相変わらずスゴいよ……。
「実はかくかくしかじかで、先輩の活躍を特等席で眺めたいんです!」
「ほう、娘達の活躍を。それは嬉しいな」
事を説明し、娘の事となってカーテン? 越しでも分かるように声が弾む理事長先生。結構親バカなのかも……。
理事長は更に綴った。
「それなら後輩の君達が来れば良いんじゃないかな? 二人分の席くらいは確保出来るぞ」
「いえ、他の人達が苦労して取った席を譲って貰う訳にはいきませんよ。人一人分も取らない感覚共有可能的なものを連れて行く事で……そッスね。ちょっと豪華な映像を見たいってワガママです」
「ハッハ……君は面白いね。ちょっと欲深さがありつつ、他の人達は配慮する。良いだろう。学院でも天才を謳われるボルカ・フレムさんと期待の新星ティーナ・ロスト・ルミナスさんの頼みだ。聞き入れるとしよう」
「そんな理事長……!」
「なに。ちょっと人形を私の席に置かせて貰うだけ。問題無いさ」
「やった……!」
「ホントに成立しちゃった……」
なんて器の大きな人だろうか。結構な無茶振りだった気もするけど、快諾してくれた。
それに私達の名前をちゃんと分かってる。思えばルミエル先輩もそうだったし、院生全員の名前を覚えてるのかも……。
理事長にティナを渡し、私達は部屋の外に出る。
「ありがとうございました!」
「あ、ありがとうございます!」
私達はお礼を言い、シルエットだけだけど手を振ってくれるのが分かった。
ホントに良い人なんだね。ルミエル先輩のパパだから悪い人ではないと思ってたけど。
私達はその場から去り、寮部屋でゆっくりと試合観戦する事にした。
「……大きくなったな。ティーナちゃん。全くアイツめ。リーナさんの事も娘の事もあんなに愛していると言うのに、私に預けるとは。学院の六年間で彼女の心を解き放てるか分からないんだぞ。私と言えどもな」
「……お知り合いでしたか」
「まあな。……友人……と、その奥さんの娘だから、本当に生まれた時と……リーナさんのお葬式の時に一目見たくらいの仲だ。向こうは覚えてもいないだろう。あれから五年。時の流れと子供の成長は早いものだ」
「ご友人……ティーナ・ロスト・ルミナスの父君様ですか」
「そうだな。さて、私達も早く試合会場へ向かうとしよう。ルミエルの活躍を収める映像記録の魔道具は持ったな?」
「はい、バッチリと」
「よし来た。では参ろう!」
去った後、話し声のようなものが聞こえたけどドア越しだと何も聞き取れない。なのですぐに部屋へ向かうのだった。
─
──
───
そんな感じで、私とボルカちゃんはルミエル先輩の試合観戦を始める。
お菓子や飲み物も準備し、完璧な布陣とさせた。
試合前なのにワクワクするね。感覚共有しているから身近に感じられてより臨場感が増していく。ボルカちゃんの言う通りだ!
「楽しみですわね。ルミエル先輩の試合!」
「私は自室で本を読みながらゆっくり見たかったんだけど……」
「まあまあ、良いじゃないですかぁ~」
「楽しみー!」
そして、打ち上げに誘う予定だったルーチェちゃんにウラノちゃん、リタル先輩とメリア先輩もボルカちゃんの部屋に呼んだ。
今日はみんなの都合が合ったから全員で観戦出来るよ!
視覚、聴覚の一部はティナとの共有を切ってるからみんなと会話する事も可能な状態!
そしてついに高等部ダイバース大会、代表決定戦の決勝が始まろうとしていた。
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《さあさあさあさあさあさあ!!! やって参りましたァーッ!!! “多様の戦術によるゥゥゥ対抗戦”ゥーッッ!!! 人間の国部門、代表を決める試合の、決勝戦だァァァ!!!!!》
「「「どわああああああああああああああっっっっっっっっっっ!!!」」」
「「「ごわああああああああああああああっっっっっっっっっっ!!!」」」
「「「どぅわあああああああああああああっっっっっっっっっっ!!!」」」
「……ひっ……」
相変わらずスゴい歓声。しかもそれにより拍車が掛かってる……。映像越しじゃないからより激しく聞こえる……。
やっぱり中等部の試合とは比にならないね。卒業したらすぐにダイバースのプロチームに行ったりもするだろうし、スカウト的な方面でもかなり人気みたい。
司会者さんは音声伝達の魔道具を持って時折音割れしながら更に大きく話す。
「そしてェ━━ッ!!! 今回の選手は此方だァ━━ッ!!! 先ずは代表決定戦、なんと中等部から六年連続出場、及び代表選出!!! 及び無敗のチャンピオン!!! “魔専アステリア女学院”出身ンンンンンンッッッッ!!! ルミエル・セイブ・アステリアァァァァァ━━━━ッッッッ!!! そしてその頼れる仲間達ィィィィ!!! イェラ・ミールゥゥゥ!!! &!!! レヴィア・フローラ・レイカァァァ!!! 」
「「「ひゃああああああああああああああっっっっっっっっっっっ!!!」」」
「「「あっはああああああああああああああっっっっっっっっっっ!!!」」」
「「「うぇへひひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっっっっっっ!!!」」」
紹介だけでこのハイテンション……もはや言語の形を成していない……。
最強を謳われるルミエル先輩最後の大会だもんね。多分例年以上の盛り上がりを見せているんだと思う。
「そして対するはァァァ!!! “魔専アステリア女学院”の大会連覇阻止なるかァァァ!!?? それは挑戦者!!? いやいやいやいや、こちらも明確な強豪、名門、古豪!!! 母なる海の支配者!! “ネプティナス海洋専門高等学院”ンンンッッ!!!」
「「「わああああああああああああああああああ!!!」」」
「「「うわあああああああああああああああああ!!!」」」
「「「おわあああああああああああああああああ!!!」」」
ルミエル先輩達の相手は“ネプティナス海洋専門高等学院”。
名前からしてオリュンポス十二神のネプチューン、またはポセイドンが由来なのかな? 海を専門的に学ぶ学校みたい。
《この!! 選ばれし人間の国代表とも言える二校!!! 既に白熱し──》
その後、変わらずハイテンションで進み、ネプティナス学院の選手紹介が終わる。そして数分の時間を経た後、ルミエル先輩達はステージに転移された。
そう言えばステージの全体図を客観的に見るなんてなかったね。見ていた試合の時は勉強中で流し見って感じだったし、こう言う風に見るのも新鮮。
映像伝達の魔道具にはステージの様子が映し出された。それと同時に司会者さんは叫ぶように口を開く。
《ステージ! “海底都市”!! 薄暗く浮力があり、視界の範囲が狭い此処でどの様な戦いを見せてくれるのかァーッ!!? 皆様の動きに期待が掛かります!!!》
ステージは海底……そんな場所じゃ呼吸の方が持たなくなりそうだけど、その後に説明として海の環境を魔力で再現したので呼吸とかの心配は無いって言われた。
ちゃんとその辺も配慮してるんだ。と言うか、今後私達の大会でも別空間を再現した場所とかが出てくると適応するのが大変かも。それについての練習もしないといけないね。
《それでは代表決定戦、決勝戦!! スタアアアァァァァァトオオオォォォォォッッッ!!!!》
「「「ドワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッ!!!!!」」」
最後に一際大きなアナウンスと歓声と共に試合が始まる。
ダイバース、高等部大会。代表決定戦。決勝。ルミエル先輩達の試合が開始された。




