第六十四幕 私の友達
「一先ずは囲まれた状態から脱するぞ! ティーナ!」
「う……うん……!」
変な感覚。嬉しいのに、何かを見落としているような。そんな感覚。その見落としているモノは試合に関係無い……もっと根本的な、私の中の何か。
でもダメ。さっきから何度も思ってるのに一向に集中出来ない。
もういいや。全て終わってからゆっくり考えよう……!
ボルカちゃんは炎の剣を顕現させて振るい、レモンさん、テンさん、ヌラさんが距離を置く。そのまま私の手を掴み、下方に炎魔術を放出した。
「人為的ロケットだ!」
「わ、わわ……!」
炎の勢いで上昇し、その場から離れる。
相手もすぐに追ってくる筈。特にテンさん。だから私もママ? に魔力を込め、崩れた建物の木材を用いて妨害する。
だけどそれらはタマモさんに焼き払われ、問答無用でテンさんが飛び掛かった。
「やっぱ速ぇな!」
「互いに体調が悪いんだ。無理せず終わろうぞ」
「無理ッス!」
空中で錫杖……って物が振るわれ、片手から炎を放出して方向転換。
私もママ? の植物魔法で応戦し、下方から樹を伸ばす。それは錫杖を振るい回して破壊された。
「……先程から気になっていたが、ママ。即ち主の母親。何故相伝の魔法へ対して疑問符を浮かべている?」
「ぇ……疑問……」
疑問符……疑問? なんの事? なんの疑問? 何について言っているのこの人は……。視界が暗がり、思考がグルグル回る。ホントに……本当になんの事?
ボルカちゃんはテンさんへ突進する。
「すみませんセンパイ! その質問NGッス!」
「……! 何か、その少女についての根本的な物か」
「……」
私の根本。ボルカちゃんは何か知ってるんだっけ……確か前に迷宮脱出ゲームのチームメイト同士の練習試合で何かがあった。何かは話した。何かは知った。何かは……。
空中で二人は鬩ぎ合い、炎と風が衝突して降下。そのまま移動し、私達は山間部へやって来た。
「はぁ……はぁ……此処ならティーナの本領が発揮出来る……」
「ボルカちゃん……大丈夫……?」
「ノープロブレム。問題無い。ちょっと疲れただけだ」
「……ありがと……ボルカちゃん……」
降りた先は森の中。まだモヤモヤは晴れないけど、それより一大事なのはボルカちゃんの体。
シュテンさんとの戦闘で酷使したもん。数分控え室で休んだとして、大丈夫な筈は絶対無い。それなのに無理して笑ってくれている。
大丈夫じゃないのに無理して笑う……また、私の中に心当たりがある。“大丈夫”という言葉自体、信憑性に欠ける。
……だって……。
【──大丈夫! それも嘘じゃないわ! もうすぐ元気になるから!】
【──大丈夫大丈夫! 安心しなさい!】
【──大丈夫だから。私が治るまで……私が居なくなっても、いつまでも明るい貴女で居て頂戴】
このフラッシュバックする、ママとの記憶。嘘だ……違う。ママは私の隣に今も……。
【主の心は……失われている……】
【……先程から気になっていたが、ママ。即ち主の母親。何故相伝の魔法へ対して疑問符を浮かべている?】
今さっきの記憶も何故か蘇る。まだ数分も経っていないのに、思い出す度に心を抉られるような、そんな記憶。あれ……私に心は無いんだったっけ……。視界に闇が掛かる。
「──取り敢えず、絶対勝とうな! ティーナ! この場所ならやれる!」
「……! う、うん!」
そして、横に居るボルカちゃんの声で視界が明るくなり、意識が元の場所に戻った。
そう、今は試合の真っ只中。余計な事を考えて集中力を切らす訳にはいかない。ボルカちゃんと話しているとなんだか安心する……【不安があったら聞いてくれ! 君は基本的に塞ぎ込んでるし、何かあったらアタシが助けてやる!】
今回も、前にも助けてくれた。ボルカちゃんは嘘を吐かないから。ボルカちゃんが居てくれるなら私は──
「──悪いが、勝利するのは僕達だ」
「「……!?」」
次の瞬間、いつの間にかヌラさんが近くに来ていた。
存在感が薄いとか、そう言う次元じゃない。もちろん瞬間移動をした訳でもない。もしかしてこれがヌラさんの……!
「ティーナ!」
「……! ボルカちゃ……!」
ボルカちゃんが私を押し退け、ヌラさんの前へ。
私は尻餅を着き、目の前では反応が遅れたボルカちゃん。既に得物を振りかざしていたヌラさんが──
「トドメだ」
「……っ。マズイな……」
バキッ! と木刀が振るわれ、近くの木に頭を打つ。既にボロボロだった彼女は抗う間もなく意識が遠退き、転移の光と共に控え室へと飛ばされた。
残るは……私一人……。ママとティナも居る……けど……私一人……。
「残りは一人か」
「今回のMVPは主じゃの。ヌラよ」
「お手柄だ」
「いや、MVPは此処まで追い詰めた皆だよ。僕一人では限りがあるからね」
他のメンバーも揃った。相手は四人。私は一人……。一人ぼっち……。独り。
今回もボルカちゃんは私を守ってくれた。けどその所為でリタイアしてしまった。
此処に運んでくれたのも私の為。全部私の所為……。
「何やら精神的に参っているようだ。今、楽にしてやろう」
「楽に……」
孤独。違う……ママとティナも残ってる……一人。ずっと一人。私は一人ぼっち……隣に居る二人には意思が……じゃあなんで話さないの……?
違う。絶対そんな訳が無い。私を置いて、あの優しいママが居なくなる訳が無い……!
『……ええ、そうよ。私は貴女を絶対一人ぼっちにはしないもの』
「うん……そうだよね……ママ」
その声はとても近く、無機質な物。私の声にスゴく似ている。でも親子だもんね。似ているのはおかしくないよね。
百鬼学園の皆さんは私達から一歩後退り、冷や汗を掻いて見ていた。
唖然とし、眉を顰めたレモンさんが口を開く。
「……君は……一体何を言っているんだ……? 一人で……何を話している?」
「一人……じゃないよ。私にはママとティナ……友達が居るんだもん♪」
「……!」
瞬間、魔力の高まりが感じ取れた。
そう、私は一人じゃない。さっきまではボルカちゃんが居てくれた。そして今も、近くにボルカちゃんが居てくれている。
「ね♪ ボルカちゃん!」
『……ああ、そうだな。ティーナ!』
「私の大切なお友達♪」
「新たな人形を“無”から……!?」
「しかもその姿、赤毛に赤目……ボルカ・フレムにそっくりではないか……!」
「やはりこの子の心は既に……!」
「……っ」
ママとティナとボルカちゃん。三人居れば怖いものなし。
皆が居てくれる。私はずっと、永遠に……一人ぼっちにはならない!
「“フォレストゴーレム”+“フレイムコーティング”!」
『ォォォオオオオ……オオオオォォォッッッ!!!』
「植物魔法と炎魔法の合わせ技……!」
「全ての系統を、この瞬間に使えるようになったのか……!?」
「此処に居るのはマズイの……!」
「一旦距離を置こう」
山岳地帯全ての森をゴーレムとし、山よりも巨大な存在と化した。
その身には魔力からなる特殊な炎を纏い、自分は燃えず自分以外の全てを一方的に焼き払う形態。
これなら四人が相手でも勝てるかも!
「みんな、消えちゃえー……!」
「炎の山が降って来るぞ……!」
超巨腕を振り下ろし、世界を焼き尽くす。焔は山岳地帯から降下して城下町を焼き払い、辺り一帯を火の海へと変えた。
木造建築物は燃え上がり、川の水は蒸発する。その材料をもゴーレムが取り込み、更に巨大化。一挙一動で町を蹂躙する。
怪獣ごっこはあまり趣味じゃないかな。お人形さん遊びが一番好き!
「この……!」
下方から妖力の塊が。十メートルくらいのゴーレムはこれで貫通したけど、今のこの子にとっては大した威力でもない。
構わず超巨腕を開いて下ろし、タマモさんの逃走圏内より遥かな広範囲を押し潰した。
「やはりあの時……早く倒せていれば……!」
焼け、意識が消え去り転移。
これで残り三人。ボルカちゃん達の仇は討つよ! あれれ? でもボルカちゃんは此処に居るよね……あ、そっか。依代にして意識をお人形さんに移しているんだ。
ボルカちゃんはまだ体があるから、この戦いが終わったら元通り! ママも早く戻らないかな~。
「今の一撃……意識を失っていなければ転移が間に合わず、確実にタマモは死していた……」
「……っ。一体彼女の身に何が……数言しか交わしていないが、ティーナ・ロスト・ルミナスは良い奴だったぞ……!」
「良い人なのは変わらないと思う。でもタマモさんが言っていたように、心が壊れて拠り所が無くなったんだろう。一種の暴走状態だ」
小さな皆が何かを話している。此処までは聞こえない。もう、ひそひそ話なんてズルいな~。
私も混ぜてよ!
「私もお話したーい!」
「……!」
「ステージ全ての植物が……!」
「いや、この量……おそらく会場にまで被害が及んでいる……!」
半径数百キロの植物全てを操り、ステージの全方位を大樹大輪で覆い尽くす。
その植物を壁とし、百鬼学園の皆さんを押し潰す! 完膚無く、徹底的にね!
「な……なんだ……この量は……!」
「一国サイズの植物。その全てが私達を襲えば、只では済まぬな」
「全部ボルカ・フレムを倒した僕の所為ですごめんなさい帰りたい……」
「気をしっかり持て、ヌラ」
大量の植物を差し向け、三人を狙う。
三人は木刀や錫杖を構え、己の身に降り掛かる植物を破壊しながら私の近くへ迫り来る。
「一先ず、ティーナ・ロスト・ルミナスを倒してからだ。そうすれば植物の進撃は止まる筈……!」
「希望的観測以外の何者でも無かろう……!」
「希望にでも縋りたいのが現在の状況よ……!」
「一理あるね」
「確かにそうだが……」
流石は全国区、中々しぶといね! けど一気に押し潰して終わらせる!
「……っ。無数の植物が……!」
「さっきからだろ……!」
「僕の気配とか認識とか最早関係無──」
全方位から押し潰し、二つの転移を確認。メキメキと植物が天上へと昇る。
後一人! 残るは相手の主将、ルーナ=アマラール・麗衛門さん!
一番の強敵。容赦なく攻め立てなきゃ絶対に勝てない相手!
「“大炎上”!」
「……っ。大量の植物が発火……!」
更にママとボルカちゃんに魔力を込め、ティナで視界を確保。
数百メートルの高さはあり、燃え盛る植物を折り畳むようにレモンさんの元へ落とす。これで終わり! 終わらせる!
「……使わざるを得ないか。この植物が相手なら。ルール上“鞘”だけなら持ち込み可能だ」
「……?」
中心のレモンさんは魔力……妖力かな? を込める。何かを企んでいるのは明白。だったら更に追加して完全に制圧するだけ……!
炎に包まれた巨大樹を一気に降下させる。レモンさんは言葉を続けた。
「──“神器・天叢雲剣(鞘)”……!」
「……?」
取り出したのは短い刀。その鞘。
あれで何が出来るのかは分からない。だけど私も負ける訳にはいかない……!
「威力は刀身の半分以下だが……!」
「……!」
それを振り下ろし、正面の植物が断たれた。
斬撃が飛んだの……!? レモンさんは踏み込み、一気に加速。私は植物で防御を固め、レモンさんは今一度鞘を振るい、突破した。
「そんな……!」
「正面の草木を払い除けるくらいは可能だ……!」
次の瞬間、木刀が私へ振り下ろされる。
でも……まだ時間はある……刹那にも満たない間隔で私がやれる事は……!
「……!」
「……!」
木刀に打たれ、私の意識が遠退く。目の前のレモンさんには無数の植物が覆っており、その体を押し潰した。
後は気力の勝負……どっちが先に意識を失うか……!
「「───」」
──その瞬間、私達の意識は世界から消失した。




