第六十三幕 ピンチとチャンス
フォレストゴーレムを操り、風を纏った巨腕を振り下ろす。
それによって川の水が氾濫し、周りの建物は次々と飲み込まれて倒壊していく。
そんなゴーレムの懐にはレモンさんが。
「ハッ!」
「……!」
木刀の一撃により、フォレストゴーレムは両断された。
今回は腹部分を斬られたけど、この切れ味を前にしたら護りがあまり意味を成さないかも……。
でもだからと言って降りたらテンさんやタマモさんに狙われる。一先ず今は切断部分を再生させて態勢を立て直す。この際レモンさんは無視し、テンさんかタマモさんのどちらかを倒した方が良いかも……!
メリア先輩やウラノちゃんもただ黙って見ているだけじゃない。迎撃態勢には入っている。
「“ウィンドキャノン”!」
「物語──“大砲”」
風と鉛。二つの大砲が下方へ撃ち出されて爆発が起こる。
まさに要塞と言った感じ。攻め込まれている真っ最中だけど、先に二人を倒せれば戦況は一気に傾く。それは逆も然り。
「先ずはその要塞を落とした方が良さそうよの」
「主が居ればそれも時間の問題よ」
「では隙を作り出すとしようか」
相手の狙いもゴーレムに絞られたみたい。私達を引き摺り出したら勝負が決まるのはすぐに分かるよね。私達はずっとゴーレムの中に籠っているもん。
外に出たら一網打尽が関の山。安全圏から一方的に攻撃出来る状況を手放したくはない。
そうなると勝負を決めるのはゴーレムが決壊してからになるかも。
それまで仕掛け続けて少しでも相手を削っていかなきゃね……!
「“ミニゴーレム軍団”!」
「……! 周りの建物の残骸が……!」
「遠隔で操り、事象を引き起こす植物魔法……先程妾もやられた事よ」
「この体力で再生するゴーレムを相手取るのは少々骨が折れるな……!」
周りには倒壊した無数の建物が。ゴーレムの足元から一定の範囲に魔力を届かせ、木材を操ってミニゴーレムの軍団とする。
これなら相手の注意も逸れ、集中狙いは出来なくなる。
そこから更にウラノちゃん達も仕掛けた。
「数で押して質量で攻め立てる……悪くない案だわ。物語──“ゴブリン”!」
『『『ゲギャギャギャ!』』』
「そう言う魔法は私は使えないから、単純に量の多い魔法で! “ウィンドカッター”!」
ウラノちゃんが魔導書からゴブリンの軍団を召喚し、メリア先輩は無数の刃をレモンさん達へ仕掛ける。
依然として暴れるミニゴーレム達。それらによって場は乱れて混沌とし、一気に賑やかな空間になった。
ふふ、まるでお祭りみたい。
「小物共が煩わしいの……! “狐火”」
『『『ゲギャア!』』』
『『『…………!』』』
「妖術──“天風”!」
『『『グギャア!』』』
『『『…………』』』
「やはり先にゴーレムを討ち仕留める……!」
『『『ギギャッ……!』』』
『『『…………』』』
ミニゴーレム達とゴブリン達は一掃される。疲れている二人でもそれを倒すのは簡単なんだ……。これが地力の差……。
私達もいよいよピンチかも……!
「ウラノちゃん。メリア先輩。おそらくもうこのゴーレムは破壊されます。なので合図と同時に降りて下さい……! 下で落ち合いましょう……!」
「リスクはあるけど、それしかないわね。多分次の一撃でこの場所まで破壊されるもの」
「それじゃ私は箒で行くよ……!」
次にどんな運命が待ち受けているのか。想像に難しくはない。
だったらそれを受け入れ、乗り切るだけ……!
既にレモンさんはゴーレムの顔付近にまで迫り来ていた。
「切り捨てる!」
「今です!」
「「……!」」
ゴーレムの頭に木刀が突き刺さった瞬間、一気に魔力を込めて発散。フォレストゴーレムを爆発させた。
その衝撃と爆風は辺りを飲み込み、周囲を更地と化す。爆発魔法とかじゃなく、単純な魔力の一斉放出。それによって私達はこの場を切り抜けた。
「うひゃあ。スゴい爆発……後輩ちゃん達は無事かな~?」
「……」
「あ、君。丁度良かったよー。私の後輩なんだけど……あれ?」
爆風によって辺りの視界は悪い。ティナの感覚共有でも限度があるので私自身の目で探す。
すると近くに人影が。あれが敵の可能性もあるし、警戒して近付く。
「……! ティーナさん……!」
「……! ウラノちゃ……モガッ!?」
「大声禁止。見つかっちゃうでしょ」
「そ、そうでした」
人影の正体はウラノちゃん。それは良かったけど、上空に逃げたメリア先輩とも合流したいところ。
今の状態で単独になるとやられるリスクが一気に上がるから……!
なので先輩の姿を──
「……!? ウラノちゃん……あれ……!」
「転移の光……! 誰かが退場したって事……!?」
爆発に巻き込まれてか、それとも別の要因か。
転移の光が控え室の方へと飛ばされ、この中の誰かがやられたという事が窺える。
そしてそれはすぐに明らかになった。
「万事休すだな。ティーナ・ロスト・ルミナス。そしてウラノ・ビブロスよ」
「空へ逃れた者は既に消えたからのぅ」
「流石にこの状況では私達の方に分があろう」
「……っ」
「やられたのはメリア先輩……!」
近くを囲う三人。レモンさんにタマモさん。そしてテンさん。
各々は順に話、妖力を込めて私達へ向き直った。これはホントのホントに大ピンチ……。この状況を打開するには……!
「“樹海生成”!」
取り敢えず広範囲の植物魔法!
これで視界は悪くなる筈。一度逃げて……どうなるんだろう。どちらにしても見つかるのがオチ。
だったら戦う……けど勝てる保証は何処にもない……。あれ……終わったかも……。
「まだ諦めちゃダメよ。ティーナさん」
「……! ウラノちゃん……」
半ば諦めた辺りでウラノちゃんが私を制する。
でも目の前には三人の相手が。とても私達の実力じゃ勝てる見込みが無い……ウラノちゃんは言葉を続ける。
「此処こそ囮作戦が大事……森の方に行けば貴女の手札が増える。それを利用すれば勝てる見込みが少しは出てくるでしょ?」
「……! そうだ。森の中なら植物が沢山ある……!」
「幸い此処からそう離れてはいないし、やってみる価値はあるわ。私の存在自体が囮役には適任だもの」
相手には聞こえないくらいの小声で作戦会議を行う。時間が無いから手短に。余裕の表れからか私達をすぐ倒そうとはして来ないのも幸い。
ウラノちゃんはリタイアしてしまうかもしれないけど、森に行けば私でも……。
そこへ木々を薙ぎ払って突破したテンさんが口を開いた。
「ウラノ・ビブロスが囮となり、ティーナ・ロスト・ルミナスを自身のフィールドである森の中へ送ろうとしているようだ」
「……!? 作戦が……!?」
「しまった……! “他心智證通”……! 心を読まれるのを忘れてた……!」
「心を……!?」
テンさんは相手の心が読めるみたい。
なので作戦は丸見え。失敗の可能性がグンと引き上がる。
森の中に行けたらママの植物魔法で勝てるかもしれなかったのに……!
「……ママ? その植物魔法は相伝の物だったか」
「……! また心を……!」
「行って。ティーナさん! この場は私が……!」
心を読まれ、精神が乱される。集中しなきゃ。ウラノちゃんはそれでも作戦を遂行する為にパラパラと魔導書を開いた……その時、目の前には謎の人影が。
「させないよ。君達はもう終わりだ」
「……!」
全く意識をしていなかった……意識の外から掛かった声。そして振り上げられた木刀。
「ウラノちゃ──」
「……ッ!」
瞬間、ウラノちゃんへ一撃が叩き込まれる。それによってグラつき、魔導書は地面へ。それと同時に転移の光と共にワープした。
これ……やられちゃったの……?
「やっと動いたか。“ヌラ”よ。いや、先に上空の者を倒したのだったな。気付かなかった」
「それが僕の在り方……ぬらりくらりと行動してトドメだけを刺すのさ。その名が示すようにね。名は体を表すと言うだろう」
「……っ」
現れた人、男性か女性か分からない中性的な顔立ちのヌラさんとやら。
気付かなかった……本当に……存在自体が曖昧な人。何なら今ですら目の前に居るのに実感が湧かない……。
なんなの……この人……。
「だが、お陰で相手を殆ど倒せた。後はティーナ・ロスト・ルミナスを倒せば我々の勝利だ」
「そう。良かった。こんな僕でも役に立てて。トドメは麗衛門さんに任せるよ」
「近いのはテンの方なのだが、せめてもの温情として主将が引導を渡す……それも悪くない」
テンさんが話、ヌラさんが続き、レモンさんに託される。
彼女は木刀を振り上げ、成す術無い私はこのまま──
「──させるかよ!」
「……!」
「……!? ボルカちゃん!?」
倒される直前、控え室に居た筈のボルカちゃんが来た。
けどそんな筈は無い。ウラノちゃんが気絶して転移したならリタイア扱いとなる筈。控えメンバーと入れ替える事は適わない。
それを相手も思ったのか、ボルカちゃんを払い除けて疑問をぶつける。
「何故主が此処に居る……ボルカ・フレム。既にウラノ・ビブロスは……!」
「単純な話だ! ビブリーは意識を失う直前に控えメンバーのアタシを入れ替わった! まだ転移した時点では意識があったのさ!」
「なんと……朦朧とする意識の中でそれ程の行動を……!」
「私も読めなかったぞ……!」
「読めないのは当たり前だろ。テンセンパイとやら。朦朧としてたんだからな。そしてレモンさん。ビブリーを侮って貰っちゃ困るぜ。アイツは根性あるんだ!」
ボルカちゃんが来れた理由は、ウラノちゃんが意識を失う前に入れ替わったから。
スゴい胆力……普通そんなに思考も体も動く筈がないのに……。だって意識を失う直前って──
【──……おやすみなさい……ティーナ……また明日……】
──あれ? 私は何を考えているんだろう。またあの記憶……また? またっていつの……?
ううん。ダメダメ……今はウラノちゃんのお陰でボルカちゃんが来てくれた事に感謝して集中しなきゃ……。
「そうか。だが主もかなり疲弊しておろう。酒呑を相手取ったのだからな。手間が少し増えたに過ぎん……!」
「その一手間が大事なんだよ。試合も料理もな……!」
「うん……!」
集中しなきゃ。集中しなきゃ。集中しなきゃ。
私の記憶は関係無い……心情風景も関係無い……ママからの相伝も……。
誰も失っていない。私はただ、目の前に集中するだけ。
私達の試合。事態が好転した訳じゃないけど、ウラノちゃんとボルカちゃんのお陰で一抹の希望は見出だせた。後はそれをなるべく生かし……生かす……生きて……違う違う違う!
戦いに集中して続けるだけ!




