第六十二幕 心情風景
「そろそろ大丈夫? ボルカちゃん」
「ああ。動けるようにはなった。けど、回復も兼ねて早めにルーチェと会いたいな」
「作戦の為に分断したもんね」
燃え去った屋敷の前にて、少しの休憩とそこそこの応急処置をしながら私とボルカちゃんは体力を回復させていた。
シュテンさんとの戦闘による影響は大きなもの。なのでようやく動けるようになったくらい。
遠方で雨雲が発生したのが見えたし、戦闘は始まっている筈。疲れていても動かなきゃダメだよね。
「確かこの辺りに樹が……」
「あれ? メリア先輩」
すると空にメリア先輩が。
辺りをキョロキョロと見渡し、私達を見つけて慌てるように降下した。
「居たー! 大変大変! 二人とも! ルーチェちゃんとリタル先輩がやられちゃったよー!」
「「……!?」」
その報告は私達のやろうとしていた事を全て無にするものだった。
ルーチェちゃんとリタル先輩。という事はウラノちゃんとはリタル先輩が入れ替わったんだ。
けどその二人がやられたという報告は事の重大さを表していた。
「二人がやられたって……一体誰が……」
「それがよく分からないの。私達はテンって言う人間と天狗……って妖怪の混血と戦っていたんだけど、追い詰めた辺りで相手の仲間が来て意識を奪って行ったの!」
「そんな事が……」
ルーチェちゃん達がやられた相手は正体不明の誰か。
流石のルーチェちゃん達は相手を追い詰めたらしいけど、思わぬ刺客が入ってきてやられた。それは戦力の大きな低下。
私達も体力的には中々厳しい状況。ルーチェちゃんの回復魔法に頼れないって事を思えばかなりのピンチかも。
戦力的にも相手は暫定一人しか倒せていない……。このままじゃ……!
「フフ、此方側がかなり有利なようじゃな。残りの主力も此処に揃っておる。まとめて始末してくれようぞ」
「「「…………!」」」
そこへ一つの声が掛かる。相手に見つかった……! 髪の長い色白で綺麗な女性。つり目気味な人で、得物とかは見当たらない。魔術師かな。
何にしても見つかったのは少し大変かも……!
「はあ……ちょっとマズイぜ。アタシ全然動けないし、控えメンバーと交代した方が良いかも」
「それはありかもね。メリア先輩。今の控えはウラノちゃんですけど、体力の程はどれくらいか分かりますか?」
「遠目でよくは見てないけど、ルーチェちゃんが回復させてたから少し休めば大丈夫な範囲だと思うよ」
あまり攻撃を受けていない……と言うより狙われてなかった私はまだ余力があるけど、ボルカちゃんはかなり疲弊している。
ウラノちゃんが動けるなら代わった方が良いのは確かな事。
「そんじゃ、そうするわ」
「離脱でもするのか? させぬぞ」
「私がそれを阻止します!」
女性は火球を放ち、私はママの植物魔法で防御。樹は意外と燃えにくい……って言うのは前に思ったよね。炎の範囲にもよるけど、乾いたりしてなければ基本的には燃えない。
樹の防壁に包まれ、転移の光と共にボルカちゃんは一時戦線離脱。私達はバラけるように相手を囲んだ。
「はあ!」
「これが噂の植物魔法。とてつもない範囲じゃな」
相手は樹で囲み、自由を無くす。そして高速で思考を回す。
今やる最優先事項について。
一、相手を先に倒して突破。
疲弊はするだろうけど、敵戦力が減らせてメリットは大きい。相手の実力がまだよく分からず、此方側が一方的に削られる可能性を思えば一長一短。
二、逃走して態勢を立て直す。
人数が少ないから改めて見直す必要がある。でも他の選手に見つかる可能性は高いし、今の状況でバラバラになるのは不利。単純な実力じゃ個々に劣るから勝てる見込みがほぼ皆無。
実質一択だね。他の人達に見つかるよりも前にこの人を倒す。近場に居るテンさんって人や気配は既に知られているレモンさんにはすぐにでも見つかりそうだけど、少しでもダメージを稼がなきゃ!
火力方面ならボルカちゃんと。護りながら戦うという方面ならこの二人と私は相性が良い!
「“フォレストゴーレム”!」
『ウオオオォォォッ……!!』
周りに森エリアが無いから大きさは精々十メートルだけど、私達の魔力だけで召喚する事は可能。数の差も他のミニゴーレム達が居れば埋められる!
この中で作戦を立てながら戦うのが一番!
「ウラノちゃん! メリア先輩! 乗って!」
「確かに今回はこれが最適解ね」
「OK! ついでに風でコーティングしておくよ!」
「ありがとうございます!」
両腕を伸ばし、二人の体を回収。コックピット的な私の位置へ乗り込ませる。まあ操縦席とかは無いんだけどね。
メリア先輩が風魔法で覆ってくれたお陰で遠距離攻撃への耐性も高まった。風が吹き飛ばしてくれるからね!
その風はそのまま攻撃にも利用出来る!
「“風魔法+ゴーレムパンチ”!」
「ネーミング……」
「けどスゴい威力だねー!」
「これで中等部の一年か。全然弱ってないではないか!」
風魔法によって威力が上乗せされた拳を振り下ろし、着弾と同時に暴風が巻き起こり屋敷の瓦礫ごと相手を吹き飛ばす。
相手はフワリと舞って高台へ。そのまま魔力か妖力か、どちらかを込めて火球を撃ち出した。
でもそれは風魔法によって掻き消される。スゴいやメリア先輩!
「この姿では相手をするのが難しいの。仕方無い。では力を高めようぞ!」
「……!」
女性に妖しい気配が漂い、その姿形を変化させる。
耳のような物と牙のような物、ヒゲのような物や尻尾が生え、力が高まるのを確認した。
女性は言葉を続ける。
「妾は“玉藻”。人間と妖狐のハーフじゃ……!」
「狐さん……!」
「半人半獣。所謂獣人って感じね」
「モフモフ出来る感じではないねー」
その名をタマモさん。
やっぱり日の下の選手って妖怪とのハーフが多いんだ。
だからこその力。一人一人がとてつもない……!
込められた魔力は属性に変換され、タマモさんはそれを放出する。
「──狐火!」
「……!」
先程よりも大きな火球が迫り、風で覆われたフォレストゴーレムを揺らす。
内部には衝撃しか届いてないし、私の魔力がある限りは再生もするけど、壊れるのも時間の問題かも。
その隣でウラノちゃんがパラパラと魔導書を開き、物語を展開する。
「物語──“陰陽師”!」
「はっ!」
「陰陽師の者か。妖退治が本業だが、妾はその程度ではやられぬぞ!」
陰陽師ってキャラクターが生み出され、先端に丸い輪が付いた杖を振るう。それによって周囲に火、土、金、水、木の何かが展開してタマモさんとぶつかる。
私もこの機には乗じなきゃ……!
「所詮は本魔法からなる偽りの陰陽師。妾の相手にはならぬが、巨大ゴーレムの相手はちと厄介じゃの」
陰陽師さんは尾で払われて消され、ゴーレムの巨腕に向き直る。
妖力の壁を展開して和らげ、そのまま腕を弾き飛ばした。
「弾かれた……!」
「まだ仕掛けなさい。私も仕掛けるわ」
「私もー!」
ウラノちゃんに言われ、今一度振り下ろす。周りには巨大な本と風が吹き荒れ、タマモさんはまた妖力で覆った。
だったら■角をを狙えば良いだけ……!
「“遠隔樹”!」
「……! 屋敷の木材が……!?」
この町にあるのは木造建築物。だから壊れても魔力で操る事が可能。
繋ぎ合わせて縄とし、タマモさんの尻尾を掴んだ。
「狐の尾を掴むとは無礼な。祟られても知らんぞ」
「祟り!? ごごご、ごめんなさい!」
「そう言いながら振り回すでない!」
放り、遠方へと投げ飛ばす。
複数の建物が粉砕して粉塵が舞い、風の力で速度を上げて追い付き、無数の本と風で追撃。
祟りは怖いけど、それもこれも私達が勝つ為。仕方無いよ。
「成る程の。シュテンがやられたのも頷ける強さじゃ。しかし、妾は彼奴程真っ直ぐな性格ではないぞ! “幻影”!」
「……!」
その瞬間、世界が暗転した。
これはなんだろう……。なんだかとても嫌な気分……。隣に居たウラノちゃんとメリア先輩は……?
「なんだ……此処は……」
「……! タマモさん……!?」
すると、誰も居なくなった空間にタマモさんの姿が。
という事は彼女の術……妖術的なやつかな。
でも変なのは当のタマモさんが何やら驚愕の表情を浮かべている事。ホントに何なの……?
「此処は術に掛けた者の心情風景を映し出す空間。妾の妖力が魔力等と共鳴し、妾の意思のみが到達する事が出来る……!」
「……? なんの事ですか……」
何を言っているのか全く分からない。心情風景……って、何の事だろう。この真っ暗で何もない空間が私の? そんな事は無いよね。術が失敗したのかな。
「主の心は……失われている……何が原因かは存ぜぬが、主に催眠などの類いは通じぬ……核となる心が無いのだから……!」
「失礼ですよ! 私、ちゃんとみんなの事大好きですし、本を読んで感動して泣く事もあります!」
「そうではない……もっと深く、真髄に……くっ、この空間では妾の意思が持たぬ……!」
───
──
─
「……!」
「どうかした? ティーナさん」
「え? いや……何だったんだろう。何かの術が掛けられたんだけどよく分からなかった」
気付いた時、隣にはキョトンとした表情のウラノちゃんが。
私の体に異常は無い。ホントに何だったんだろうね。あの空間。結局分からないままだったよ。
私の返答にウラノちゃんは言葉を返す。
「そう。まだ仕掛けてから十秒も経過していないわよ」
「タマモさんとはそこそこ話したと思うけど、まだその程度だったんだ……」
「あの人と……そう言う術だったみたいね。何処か違和感とか無い?」
「うん。ないよ!」
「だったら良かった。魔力で覆われたゴーレムに更なる風魔法の魔力で包んでいるから上手く発動しなかったのかしら」
最終的な答え合わせは、よく分からない。
変な空間みたいな所には移ったけど何もなかったし、構わず仕掛けちゃって良いよね。タマモさんも何故か呆然としているし!
「まさか……この世にあんな子が……!」
ゴーレムで踏みつけ、大地が沈んで大きな土煙が舞い上がる。
タマモさんはその中から飛び出し、片手に妖力を込めて弾丸のように撃ち出した。
それを弾き、全身の植物を伸ばして拘束を試みるけど、すぐに距離を置かれてしまった。
「この戦い……長引かせたらマズイの。妾らもそうだが、より大きな被害が及ぶ可能性すらあり得る……!」
「何をブツブツと言ってるんですかー!」
「主らをさっさと倒し、この試合を終わらせるという事じゃ……! もう遊んでいる暇も無い!」
妖力が込められ、巨大な塊が放たれゴーレムの体を撃ち抜く。
さっきまでとは比にならない破壊力の妖弾。本気を出したって事だね!
「負けません!」
「物語──“業火”!」
「“ウィンドキャノン”!」
再生と同時に植物を伸ばしてタマモさんを囲み、そこへ風の砲弾が撃ち込まれる。
魔導書からは灼熱の業火が放たれ、それが植物に引火。風で煽られ、燃え盛る火柱としてタマモさんを飲み込んだ。
「……ッ! 決着を急げば妾がやられる……しかし、そうせねば如何様な事柄となりうるか……!」
炎から逃れるように飛び出すタマモさん、その位置はティナで確認済み。
的確に見抜き、ゴーレムの巨腕を横から打ち付けた。
「……っ。焦らずとも……単純に実力でやられ兼ねん……!」
振り抜き、タマモさんは降下して川に着水。大きな水飛沫を巻き上げる。
そこから妖力の弾が放たれるけどメリア先輩の風の防壁に加えてウラノちゃんの本がゴーレムを護り、川全体を植物で覆い尽くして締め付けた。
「ぐあああ……!」
「やった! 勝てるかも!」
タマモさんの姿を確認。トドメの一撃を放つ為、更に植物を込めて巨腕を──
「そこまで。やらせぬぞ。ティーナ・ロスト・ルミナスよ」
「……!? レモンさん!」
放った瞬間、巨腕は木刀によって切り落とされた。……魔力強化されているとは言え、ママの植物が木刀に……。
何処まで強いの……レモンさんは……!
「大丈夫か? 玉藻よ」
「ぬぅ……助かったぞ。麗衛門。しかし、彼奴だけは早急に倒さねばならぬ……!」
「フム……私達のパーティ内でも特に自信家の主がそう申すか。真なのだろうな」
タマモさんを覆っていた植物も木刀で切り伏せ、拘束から抜け出された。
レモンさんが来ちゃったのは大変……彼女に嗾けた分は倒されちゃったって訳だから。散らしたミニゴーレムも集めなきゃ。
次の瞬間には暴風が横から殴り付け、フォレストゴーレムは揺らいで膝を着く。眼前には空を飛ぶ人が……!
「はあ……はあ……まだ回復はし切っておらぬが……休める訳も無い。私も居るぞ。お三方……!」
「……っ。テン……!」
「あれが二人の言ってた……かなりボロボロだけど、ルーチェちゃん達が彼処まで追い詰めたんだよね……」
「そうだよ。だけどトドメまでら至らなかったし、少しは休みを与えちゃったしでちょっとピンチかも」
この場に集った主力メンバー。人数的には“神妖百鬼学園”の選手は他にも一人が何処かに潜んでいる筈。でもそこに気を回す程の余裕はない。
レモンさんにタマモさん、そしてテンさん。一人一人でもかなりの実力者で苦労するのに全員が集まっちゃったなんて……!
タマモさん相手に時間を掛け過ぎたかな……!
「これで全員。“魔専アステリア女学院”よ。主らを打ち倒してしんぜよう!」
「全員……私達の人数の事かな。負けませんよ! レモンさん!」
弱っているタマモさんとテンさんに余裕のあるレモンさん。
人数的には同じで、一人一人の実力では劣っている。けれど相手の二人はもう一押しで倒せそうな状態。
私達としてもピンチばかりじゃなく、チャンスでもある。それはお互い様かな。
“魔専アステリア女学院”と“神妖百鬼学園”。ダイバース代表決定戦、波乱の一回戦はお互いに拮抗した状態で主力メンバーが集うのだった。




