第六十一幕 潜伏
「そーれ! “ウィンド”!」
「やはり二年生は勢いがあるな」
メリア先輩が風魔法を放ち、テンさんが八手団扇で風を放って相殺。
辺りに砂塵が舞い上がり、ルーチェさんが今度は三つの光球を撃ち込んで爆発を巻き起こす。
「数を増やしたとて無意味だ。もう少し鍛えねばな」
「それは承知の上ですわ!」
そう、ルーチェさんの光魔法はテンさんに通じない。だからこそ彼女が行うのはあくまで目眩まし。
お陰で私の魔法の準備は終わった。
「物語──“侍”」
「いざ参る!」
「ほう。これが本魔法か。物語から様々な存在を出現させる奇っ怪な魔法。能力は物語通りだが、作中の活躍よりかは幾分劣るようだな」
天狗を相手なら侍が良さそうなので“百妖物語”から主人公の侍を召喚する。
作中で様々な妖を斬り伏せて来た英雄だけど、テンさんの言うように本来の力よりは遥かに劣る。
その理由は簡単。本魔法を使うのが私だから。
特殊な魔法で使える人は世界でも限られている。これがもしルミエル先輩並みの実力者とか、ティーナさんなら持ち前の魔力出力でかなりの成果を期待出来るんだけど、私はまだまだ熟練者ではないからね。最終的な到達点は分からないけど、少なくとも今の私ではそんなに強い存在は召喚出来ない。出来たとしてもスゴく疲れて数分で消えちゃう。
「はあ!」
「刀か。ルール上武器の使用は禁止だが、本魔法からなる侍の刀。扱いで言えば魔力の刃と同義。問題無く扱えよう」
侍は刀を振るい、テンさんは錫杖で対応。
一瞬にして侍を弾き、魔力……いいえ、妖怪とのハーフなら妖力ね。
込めた妖力を弾丸のように撃ち出して消し去った。
「“ウィンドブラスト”!」
「間髪入れずに仕掛ける判断力。冷静だな」
侍が消えた瞬間にメリア先輩は風魔法を。それをまた風で相殺し、私は魔力を込めた。
「本……降下!」
「本にて物理的に仕掛けてくるか」
既にこの辺りへのマーキングは終えている。なので魔力からなる大きな本を落として押し潰す。
質量も強度も中々だけど天狗の血筋からなる天賦の才が相手だと少しの間封じ込める事しか出来ないわね。
そこから更に本を降ろして囲み、ルーチェさんが魔力を込める。
「こう言う事ですわね。ウラノさん! “光球連弾”!」
「フム、逃げ場は上部の一点のみ。そこから無数の光を放つ事で逃げ場を無くしながらの連射を可能にしたか」
唯一の出入口から光球が撃ち込まれ、囲んだ本魔法の中で連続した光の爆発が巻き起こる。
一撃一撃の威力がテンさんにとっては低くとも、光が発する熱と衝撃は募る事で威力が増す。
魔法的な観点で考えても単純に魔力が上乗せされるので威力が上がるの。
そしてこの考えを読めなかった反応からして、本人が未熟というだけあって意識しなきゃ神通力も使えないみたい。
全ての思考を読まれたら成す術無いけど、これならまだまだ付け入る隙はあるわね。
「フム、気付かれたか。洞察力も高いな」
「色んな本を読んでるもの。様々な知識は入っているわ」
妖力を放出して本を消し去り、行き場が作られた光も霧散する。
ダメージはそこそこ。熱にやられた軽傷は負っているわね。
「追撃ー!」
「地味に厄介なのが高い機動力を有し、それなりの威力の風魔法を安全圏から放ってくるメリア・ブリーズの存在だな。当人の性格から似付かぬ冷静さも厄介だ」
ダウンバーストのような暴風がテンさんの上から降り注ぎ、急激に体温を奪って辺りの温度を下げる。
同時に左右から仕掛け、テンさんは妖力を周囲に解放。吹き飛ばされ、この中で私は魔導書をパラパラと開く。
「物語──“騎士”!」
「………」
正面に騎士を放ち、馬に乗って槍を突く。
テンさんは錫杖で迎え撃ち、一瞬にして騎士を消し去ってしまった。
隙を突いても簡単に消されてしまうわね。もっと上手い方法は無い物かしら。
いいえ、あったらこんなに苦労しないわね。それを模索して皆が戦っているんだもの。
「“ウィンドスラッシュ”!」
「風の刃か」
「わわわ……!」
背後からメリア先輩が暴風を放って仕掛け、テンさんは八手団扇で風をぶつけて箒を揺らす。
バランスが崩れた先輩はフラフラしながら風の外へと行き、眼前にはルーチェさんが迫って光球を片手に込める。
「超至近距離ですわ!」
「フム、近ければ威力は増すか?」
光が破裂し、熱と衝撃でそのまま飲み込む。
確かに威力は上がったかもしれないわね。妖力で全身を包んで護っているから効果は薄いけど、着実にダメージは蓄積している筈。
「本、直進」
「……!」
光に包まれた所で魔力からなる本を顕現。高速で投擲し、テンさんの体を吹き飛ばした。
複数の木造建築物を破壊しながら進み、遠方で土煙が上がる。別に爆発はしてないわ。
でも勿体無い気分。こんな良い町のステージを戦闘の余波で壊すなんて。本物ではないけど、もう少し町中を探索したかった。
「ルーチェさん。メリア先輩。追撃お願い」
「任せなさーい!」
「分かりましたわ!」
息継く間もなく正面へ吹き抜ける暴風と光球が撃ち込まれ、町の一角が爆発。
光魔法は威力が低いと言われたけれど、広範囲を狙えるみたいね。周囲に魔力が発散されるから、相手が一人だと効果自体が薄くなるのはそうかも。火薬でも範囲の外側は威力が低くなるものね。
「畳み掛ける連撃。悪くはないが、私の奥底には届かぬぞ」
「でしょうね」
「やっぱり魔法無しで飛べるのズルい~!」
「幻獣や魔物が相手でもこうなります事よ。メリア先輩!」
そう、翼のある存在とは代表戦まで勝ち上がれば戦う事になる。
そこまで行けるかは分からないけれど、テンさんみたいな混血とか練習試合でもなんでも、これから戦う可能性はある。今後の対策にもなるわね。
それにズルいと言いながら、メリア先輩もやる気満々みたいだしね。
「空中戦で私が負ける訳にはいかないよ!」
「サポートはしておくわ。物語──“龍”!」
『ゴギャアアアァァァァッ!!!』
「雷に暴風雨を呼び込む龍……地区予選の決勝で使っていたものか。しかし変だな。龍だけは君の力を遥かに上回っているように思えるが」
「そうね。どうせ今は思考を読んでいるでしょうし答えておくけど、かなり体力を使うのよ。だからこれで貴女とは決着を付けるつもり」
「それも良かろう」
正面から戦っても勝ち目が無いのは目に見えている。なので此処でケリを付けてみる。その為、龍を召喚して迎え撃つ。
この町並みに龍。とても似合うじゃない。
魔力自体はまだ残っているけど、私のレベルを上回る存在には大きく使うものね。しばらくは戦力外だわ。
「龍と箒使い。絵になるな。相手にとって不足無し。参る」
「“ウィンドブラスト”!」
『ガギャアアア!!』
八手団扇を仰ぎ、メリア先輩と龍は正面へ暴風を吹き荒らす。
私の体力はルーチェさんが回復させてくれたけど、他の魔法を使うにはもう少し掛かりそうね。此処は私だけ撤退した方が良さそう。
「ではルーチェさん。後は頼んだわ。龍は継続するから」
「分かりました。少しお休みくだはいまし!」
撤退と言ってもこの場から逃げる訳ではない。と言う問題ではないわね。逃げる逃げないはプライドの問題。私にそんなものはない。
厳密に言えばステージに留まらないって事ね。
転移し、私はリタル先輩と入れ替わった。
*****
目の前に顕現した龍。霆が降り注ぎ、暴風雨が吹き荒れる。
私はルーチェ・ゴルド・シルヴィア。金髪縦ロールとか色々言われてますけれど、歴としたお嬢様なんですの。
そんな私の前にはウラノさんと入れ替わったリタル先輩が。
「えーとぉ~……今は空中戦ですので私達の出番はほぼありませんよねぇ~」
「そうですわね。光球による遠隔サポートくらいしか出来ませんわ……けど今まで控え室で見ましたなら通じないのが分かりますわよね……」
「そうですねぇ~。では、バフを掛けましょうか~? 私の魔法なら可能ですよぉ~」
「……! そうでしたわ! リタル先輩。お願いします!」
「良いですよぉ~。私も力になりたいですもの~」
今現在、空中にて行われる激しい戦い。雷鳴轟き、建物が風雨に晒されて崩壊していく。
改めてウラノさんもかなりの実力者ですわね。天才のボルカさんや驚異的な魔力を有するティーナさんに隠れてますけど、彼女もかなりの強者……って、もしかしてアステリア学院一年生の最弱って私ですの!?
確かに私はサポート主体で……ではなく、足手纏いにならぬよう、皆様の力にならなければ……!
「それじゃ行きますよ~。“魔強香”~!」
「良い匂い……」
心地好い香りと共に魔力の質が上がった感覚が訪れる。
まるで自分の魔力に直接触れているような、核心を掴む……まではいきませんけど上乗せされた気配は漂っています。
『ギャアアア!』
「“トルネードブラスト”!」
「厄介だな……」
龍さんが火炎を吐き、メリア先輩が風魔法で上乗せして強化。
テンさんが正面から葉っぱの団扇で仰いで弱め、熱に包み込まれながらも妖力からなる炎で迎撃。雨雲が晴れた。それは龍が力を使い果たして消滅したから。かれこれ五分間は戦っていましたわ。これ程の存在を継続させるのに必要な力を思えばウラノさんの実力の高さが頷けますわね。
そして私の魔力も準備完了ですわ!
「リタル先輩によって上乗せされた……二倍の威力になった……! “光球”!」
「……! これは……!」
龍が消えても消えぬ炎とメリア先輩の風。そちらに集中力が削がれ、私の光球へ対する反応は遅れた。
それでも妖力とやらで体は覆われているでしょう。しかし、更なる追撃のようにメリア先輩は風魔法をぶつけた。
「……っ」
それによって集中力がまた削がれる。これ即ち、光球に対する防御が少しばかり緩むという事。
倍になった魔法に緩んだガード。二つの要素が見事に噛み合い、先程よりも遥かに大きな爆発に飲み込まれましたわ!
「やりましたねぇ~」
「やるじゃん」
「はい! リタル先輩と……え?」
──次の瞬間、リタル先輩達とお話し、──によって意識が遠退く。
一体……何がありましたの……?
揺らぐ視界の中、上空のメリア先輩へ視線を。先輩は私達を一瞥し、一瞬止まりましたが即座に箒で移動。
流石ですわ。その場の的確な判断が出来ておりますの。
今回の状況を伝えるには高速で飛べるメリア先輩が適任。爆風に包まれたままなのでテンさんの意識の有無は分からずとも、正体不明の攻撃によってやられてしまった私達。それを無事であろうティーナさん達へ伝えられるのは先輩だけ……。
「ダメ……ですわ……意識……が……」
視界が暗くなり、脳震盪が起こったのでしょう。思考も魔力も何もかもが回らない。
私達とテンさんの戦闘。それは“神妖百鬼学園”の潜んでいた何者かによって不本意な決着という形となってしまいましたわ。




