第六十幕 血筋
「はっ!」
「図体の割に速いな……!」
「バロンさんと同等、全身が筋肉だからかな……!」
シュテンさんが金棒を振り下ろし、白い砂利が敷き詰められた庭の土が舞い上がる。
私達は躱したけどこの威力、当たったら一堪りも無い……!
「リーチを見謝っているぞ!」
「……っ!」
「ボルカちゃん!」
避けた先にシュテンさんの蹴りが差し込まれ、ボルカちゃんは池の方に吹き飛んで水を巻き上げる。
今回はガードが間に合わなかったけど、金棒じゃなくて蹴りだから大丈夫だよね……ボルカちゃん……。
「痛てて……よく吹っ飛ばされんな~。アタシ」
「ボルカちゃん……」
一先ず意識は失ってなかったようで安堵。
あの体躯にこの速度。そして一撃の重さ。私とボルカちゃんで相手取っているのもあってバロンさんを彷彿とさせる。
でも単純な体格ならあの人より良い……ホントに同じ人間なのかな……。
「安心している暇は与えぬぞ!」
「ですよね!」
「今度は間に合わせます!」
一歩踏み込み、金棒を横薙ぎに。
私はママの植物魔法で自分達を覆ってガードを固め、直撃と同時にそれは粉砕される。
今度は間に合い、ボルカちゃんは魔力を込めて正面に炎を放出した。
「“ファイア”!」
「……ッ!」
「魔力を形作る時間は無かったけど、ダメージは与えられたッスかね!」
炎の剣を作る時間は無し。なので単純な魔力の放出。
そのまま体勢を立て直して炎の剣を作り出し、炎で怯んだシュテンさんに打ち込──
「悪くない攻撃だが、威力が足りぬぞ!」
「……っ。マジすか!」
火炎の中から少し焼けた程度の状態で飛び出し、金棒を持っていない方の手で拳を打ち込みボルカちゃんの体がまた吹き飛ばされる。
池が割れて水飛沫が散り、そのまま塀にぶつかって土煙を上げた。
「まだ金棒は食らっていない……だったら大丈夫! “樹木突刺”!」
「無数の樹で我の体を突き刺すか。凄まじい魔力出力だが、強靭なこの肉体には通じぬぞ!」
「硬い……!」
沢山の樹を打ち込むけど意に介さず突っ切り、金棒が振り上げられる。
次の瞬間に火炎が通り過ぎ、頭から血を流したボルカちゃんがシュテンさんの頬に拳を打ち込んだ。
同時に炎の剣を作り出し、斬撃を一回。両手に魔力を込めて炎魔術を放ちそのままの勢いで怯ませる。
間髪入れず私は正面へ木々を放出して屋敷の方へ叩き付けた。
「大丈夫なの!? ボルカちゃん! 血出てるけど……」
「問題無い。月一くらいでもっと血が出る時もあるし、この程度の出血は大した事無い。問題点は頭がズキズキしてクラクラ目眩が……」
「全然大丈夫じゃない!?」
金棒を直接食らってないとは言え、シュテンさんの脚力と腕力を諸に受けたボルカちゃん。流石にキツイらしく、かなりフラフラしていた。
植物魔法にまだ薬草を作り出せる程の熟練度は無いしどうしよう……。
取り敢えず椅子でも作って休ませた方が良いかな……。
「やるな。我の体を吹き飛ばすなど、久方振りだ」
「……っ。あんまり効いてない……」
「頑丈な体してんな~」
土埃を払い、ドン! と金棒を降ろして地響きが起こる。目立った外傷は無く、軽く肩を回して首を鳴らしていた。
……と言うか、髪が少し乱れた事で見えた頭のあれ……。
「ツノ……?」
「ツノだな」
ツノと思しき物がチラッと見えた。
そう言うオシャレなのかな……でも基本的に髪の毛で隠してるからそうじゃないっぽい。
そうなるとあれは本物の……。
「ん? なんだ貴様ら。角が気になっているのか。確かに普通の人間からしたら疑問が浮かぶかもな。我は鬼との混血。このツノは遺伝だ」
「お、鬼……!?」
「それってオーガの一種ッスか……!」
「そうだな。“神妖百鬼学園”にはそう言った魔物……我らの国では“妖怪”と呼ばれる物の怪の混血が割と居る。無論、英雄達が平和にした世にて両者合意の元で生まれた血縁だ」
「妖怪……」
聞いた事はある。本にもその伝承は記述されていたから。
今はめっきり姿を見せなくなったって聞くけど、こんな感じで子孫が残っているんだ。
「まあ血縁から得た腕力などちとズルいが、血もそんなに濃くは残っていないからな。それに我らの主将を努める麗衛門殿は人間の純血。責めないで頂きたい」
「あ、それについてはしませんよ。だってルミエル先輩も魔族の混血ですし……種族間の差別なんて何百年も前に終わってますし……」
「そうか。では遠慮無く戦わせて貰う。今まで通りな……!」
「はい……!」
混血ってだけで苦労も色々あったのかな。生物学上は人間の国の大会にも魔物の国の大会にも出られるんだろうけど、やっぱり大変なのかも。
今時珍しい事でもない。なので構わず戦闘は続行。今話しているうちにボルカちゃんも少しは休めたかな……。
「再び参る!」
「“多重樹術”!」
踏み込み、渡り廊下を粉砕して庭の方へ。
今回は多少距離も広がり、無数の樹木を張り巡らせる余裕があった。
あまり威力は弱められないけど、若干は緩む。その間に蔦で編み込み、ネットとしてその動きを止めた。
バロンさんの時にやった方法だね。
「フッ、この程度の網……食ろうてくれるわ!」
「ホントに噛んでる!?」
大きく口を開け、鬼の遺伝子からなる牙でネットを食い破る。
でも時間は稼げた。ボルカちゃんは炎魔法で簡易的な治療を終え、シュテンさんへ杖を振るう。
「“ファイアボール・連弾”!」
「初級魔法を一定間隔のうちに複数回放つか……映像で確認した魔法と魔術の二刀流……! 魔力消費の少ない魔法では連打を中心的に行っているようだ……!」
「全然余裕で話してるッスね……!」
火球が連続してシュテンさんの体へぶつかり、怯みは見せるけど推測と分析をし、話す余裕があるレベル。
一瞬でも隙があったら私も仕掛けないと永遠に終わらない……!
「“樹木連撃”!」
「挟み撃ちか……! それも悪くない……!」
木々を嗾け、更に圧力を押し付ける。
連打と連打の合わせ技にシュテンさんの体は押し込まれ、ボルカちゃんの攻撃には防御を止め、植物魔法のみをガードしながら金棒を振り回した。
それによって爆発的な暴風が吹き荒れ、私達の体勢を崩して無理矢理攻撃を止めた。
「そして、一気に嗾ける!」
「ですよね……!」
「どっちだ……!」
金棒を叩き付け、砂塵を巻き上げる。
それによってシュテンさんの姿が眩み、私とボルカちゃんは警戒する。
けど狙われるとしたら弱っているボルカちゃんの方かも。なので魔力を込めて多重の植物で私達の全身を覆う。
護りは固めた。ボルカちゃんは少し厚めにね。次の瞬間には砂塵が晴れる勢いで踏み込み、私の方に金棒が……ううん。金棒だけが……!
「これって……!」
「両方狙いか……!」
植物越しに放られた金棒が激突し、私の体は重みに負けてその場から押し出される。
ボルカちゃんの眼前には木刀が迫る。シュテンさん自体はそちらに向かったって事だよね……!
「はあ!」
「……ッ!」
植物魔法による多重の護りを意に介さず、木刀が叩き込まれてミシミシと軋む。同時に松の木がある方へと飛ばされて木を粉砕した。
そのまま屋敷内に押し込まれ、ガッシャーン! と色々と壊れる音が聞こえた。
「ボルカちゃん!」
「フム、金棒を放っただけでは耐えられるか。二兎を追うものは一兎も得ずと言う諺がある。狙いは弱っているボルカ・フレムに定めるか」
「……!」
一瞬だけ私の方に来、金棒を取り去ってついでに蹴り飛ばされる。
私の扱い……! 軽い一撃なのに重い……! けど、ダメージの多いボルカちゃんの方には行かせない!
「させません……!」
「此方も放置すると厄介だな。だが、気を取られている暇もない」
蔦を伸ばし、体に絡み付けて束縛。手足を拘束したけど直ぐに引き千切られ、屋敷の方へと向かう。
考え方によっては狙われていないなら好都合。死角……なんてほぼ無いけど、死角から攻め立てれば一方的な妨害は出来る。
でも単純なやり方じゃさっきみたいに軽くあしらわれるのは必至。なのでこの短い時間で策を練って攻める。
「さて、覚悟せよ。ボルカ・フレム」
「もう来ましたか。ティーナは無視したみたいッスね」
「既に倒されたとは考えないのか?」
「無いッスね。ティーナはそんなに柔じゃない」
「高い信頼関係だ」
「そう言うものなんで。アイツは無事だから、すぐに手助けに入って来ますよ……!」
「……!」
──無数の植物で屋敷を打ち破り、シュテンさんを一気に捕らえる。
薙ぎ払うように植物は破壊されていくけど更に畳み掛けて屋敷を突き抜け上空へと舞い上げた。
空中にてシュテンさんは拘束から抜け出し、蔦伝いに駆け寄るミニゴーレム達。
「三、四メートル級のゴーレムで足止めか。容易い!」
『『『…………』』』
植物の腕でシュテンさんへ殴り掛かり、金棒を振り回してそれを打破。しかし即座に再生し、ゴーレム以外の植物で全方位を覆い尽くして取り囲む。
「自由の効かぬ空でこれか。厄介な質量だ」
囲まれても全く動じず、正面から全てを破壊する。でもこれでいい。私の役目は囮と陽動。
既に私達の存在はずっと認知されているけど、こんなに大量の植物とゴーレムに囲まれたら気は散る筈!
「三メートル先。その上空だよ。ボルカちゃん!」
「へっ。任せとけ。体は痛いけど、一撃の分には問題無い!」
ティナを上空の監視に回し、常に植物で仕掛けてシュテンさんの位置をコントロール。
その指定ポイントにボルカちゃんを寄越し、彼女は天上へ手を翳した。
「“フレイムブレーザー”!」
「……!? 熱……!?」
轟炎を上空目掛けて放ち、一気に焼き払う。
屋敷を中心に火柱が立ち、辺り一帯は灼熱の炎に包まれた。
一通り放ち切り、私とボルカちゃんは植物を伸ばして燃え盛る屋敷から脱出する。
「ま、本物のブレーザーには程遠いけど、見た目が似てるしな。結構全力の炎魔術だ」
「どうだろう……倒せたかな……」
伸びた植物が焼き消え、空から金棒を持ち焼けてボロボロになったシュテンさんが落ちてくる。
流石にこれを受けたら意識くらいは失うよね……?
「……クク……やるではないか。ティーナ・ロスト・ルミナスにボルカ・フレムよ。意識が今にも飛びそうだ……!」
「まだあんのかよ……」
「スゴいタフ……」
肌は焼け焦げ、衣服はボロボロ。プスプスと黒煙も上がっているのに、それでもなお立ち上がり臨戦態勢に入る。この人の耐久力ってどれだけ……。
でも今の言葉、体力は限界が近い筈。もう一押し……!
「我は鬼の血筋……お前達を倒して少し休めば体力は回復する!」
「化け物ッスか!?」
「伝承では大体そうだな。そして我はそれを誇りに思っている。悪事は働かぬから安心しろ!」
「この力を持ってる人が常識人で良かったです……!」
踏み込み、加速。金棒を振り下ろして大地を割り、避けた先へ木刀を打ち付ける。
当然魔力か何かで武器はガードしていたみたい。だから衣服も完全には燃え尽きてないし体もこんなに動くんだ。
「“ファイアボール・連弾”!」
「“樹木連撃”!」
「正面から相手して我を止められるか!」
私達の攻撃を受けても構わず攻め立て、金棒と木刀で吹き飛ばされる。
植物を張り巡らせて威力は弱めて激突は避け、一先ず動き回って翻弄。
相手も大分疲れている。後大きな一撃を与えられれば……!
「ボルカちゃん。残りの魔力量は……」
「まだ五割ってところだけど、次の戦いを考えたらあまり使えないな。何とか最小限で高火力の攻撃をぶつけたい」
「高火力……」
高火力。炎……少量の炎を肥大化させる事が出来れば……。……そうだ!
「ボルカちゃん。今から準備するから、絶対に避けられない速度で一撃でも与えるようにしてみて……!」
「OK。時間はどれくらい掛かる?」
「一分も要らない……!」
「よし来た」
思い付いた。早速それを実行に移し、ボルカちゃんもすぐに受け入れてくれる。
信頼してくれる仲間って良いね。単純に燃えやすくすれば良いんだ……!
ママに魔力を込め、その流れを早くする。多少は休みたいであろうシュテンさん。だったらバレなければ準備が整う!
「はあ!」
「……! 我の周りへ植物を?」
思い付いた植物を張り巡らせる。さっきから植物での攻撃は急成長させての打撃。なので彼女は警戒を高め、何処から来るかを見極めている。それと同時に近い物は破壊し、木の実の果汁がシュテンさんの体へ。
そこまで含めた準備。畳み掛けた攻撃のお陰もあって完了する。
「今だよ! ボルカちゃん!」
「そら!」
「……ッ! 炎の剣による浅い斬撃……植物は目眩ましか……!」
身体能力の強化と炎の加速によって高速化した体で炎剣を斬り込む。
シュテンさんは推測するけど、私の狙いはそれじゃない!
「……!? なにっ!? 少量の炎が燃え広がり……!」
「オリーブ! 植物魔法でオリーブの木を生やして、急成長。そのまま油にして囲みました! オリーブは加工の手間があまり必要無いので、微細な魔力調整のみで下処理は終えました!」
「……! そう言う事か……この周りの木々は全て油だったのか……! 我自身が墓穴を……! クク、やるな……ああ、ぐあああああっ……!!!」
火に油を注ぐのではなく、火で油を燃やす。それによって既に大きなダメージを負っていたシュテンさんの体は発火。
継続的に燃え盛る炎によって酸欠となり、意識を失って転移。多分火は控え室ですぐに消されると思うから、後遺症も何も残らないと思う。
辺りは静まり返り、私とボルカちゃんは力が抜けるように座り込む。
「はあ……はあ……痛いし疲れた……」
「二人掛かりでこれ……相手の一人一人ってこのレベルなの……」
「しかもレモンさんとやらはそれ以上……先が思いやられんな~」
ドッと疲労が募り、これから先の戦闘を見据えて気が滅入る。シュテンさんはその性格的に正面から挑んで来てくれたから何とか勝てたけど、一時的にでも回復されたら勝ち目が無かった。
これが全国レベルの相手。私達はまだまだだ……。
けど今回は作戦もあって私達は勝利した。やっぱり炎をより激しく出来る私とボルカちゃんはタッグとして相性も良いね。
私達の一回戦。取り敢えず辛うじて一人を倒す事に成功した。




