第五十九幕 波乱の幕開け
──“古都ステージ”。
「此処が今回のステージ……」
「“日の下”みたいな景観だな」
「良いステージじゃない♪」
私達が転移したステージは、前に見たヒノモトのような場所。
木造の低い建築物に整備された土の道。向こうでは川が流れており、丸みを帯びた橋が架かっていた。
異国って感じのステージを前にウラノちゃんはテンションが上がっていた。やっぱりこう言うのが好きなんだね。
そんな感じで転移してきたステージ。この辺りに植物は少ないけど、やる事はいつもと同じ。牽制と相手の居場所を見つける為に早速植物魔法を──
「いざ尋常に、勝負!」
「……!? え!?」
「はっや!?」
使おうとした瞬間、レモンさんがもうやって来た。
木刀を振り下ろし、私達はそれを躱す。剣尖が当たった大地は拉げるように割れて沈み、盛り上がった地面を踏み込んで私の方へ突き出す。
既に魔力自体は込めていた。私はママの植物魔法で木刀の刺突を防御する。
「そんな……もう気付かれるなんて……!」
「フッ、一つの技術だ。その場の空気や流れから相手の気配を掴んで仕掛けたに過ぎない」
「気配を……でもそんなに近距離に居た訳じゃ無いんじゃ……」
「そうだが、人の居る場所は例え数キロ離れていても何となく気配が掴めるのだ。私はそれを遂行しただけよ」
「だけって……それに随分と丁寧に教えてくれますね……」
「侍足る者、正々堂々と戦わねばならぬからな。元より知られた所で対処のしようは無かろう」
「それは……そうです……」
レモンさんは私達の気配を掴んで此処まで来たらしい。
遠方の気配を掴む技術のスゴさは大前提として、その上でとんでもない速度。最低で数百メートル。最長なら数キロは離れていると思う。
なのにその距離を物の数分で詰め寄ったって事……。気配を辿ったとは言え、それとレモンさんの速度はまた別物だよ……。
彼女の死角にはボルカちゃんが回り込み、炎の剣を振り抜いていた。レモンさんはそれを避け、互いに距離を置く。
「会話に横槍入れるんは恐縮ッスけど、やらせて貰いますよ!」
「構わぬ。今回は一対一の立ち合いではないからな。元よりそう言ったルールの下で成り立っている」
「寛容ッスね!」
身体能力を強化し、レモンさんの眼前へと迫る。炎剣と魔力強化された木刀がぶつかり合って鬩ぎ合い、剣が弾かれボルカちゃんの懐に木刀が差し迫る。
突き刺され、彼女はそのまま複数の木造建築物を粉砕して吹き飛んだ。
「ほう? サポートにも長けているようだな。その植物魔法。意識を奪うつもりだったが、倒せておらぬ」
「……っ」
ママの植物魔法でガードは間に合ったけど、それでも勢いを■し切れなかった。
大丈夫だよね……ボルカちゃん。
そんなレモンさんには他のみんなも仕掛けている。
「物語──“忍者”!」
「行くで御座る!」
「忍の者か。相手にとって不足無し」
ウラノちゃんがニンジャ……という戦士を出し、ニンジャさんは黒く小さな刃を用いて嗾け、木刀とそれで剣戟を繰り広げる。
更には星形の刃を放り投げ、レモンさんが弾いて懐へ迫りニンジャを消し去った。そこには丸太が……って、え? 丸太!?
「変わり身の術か」
「……!」
消えたニンジャはレモンさんの死角に回っていたけど、気配を読める彼女の前では意味を成さず背面突きで霧散させる。
そこには二つの光球が。
「今回は最初から出番がありますもの! 張り切って参りますわよ!」
「良い連携だ」
ルーチェちゃんが放った光球。
着弾と同時に爆発を引き起こして周りを吹き飛ばし、目映い光に包み込まれる。
その間にママへ魔力を込めて植物魔法を使用。レモンさんの居た場所から半径二十メートル程を囲んで封鎖した。
「今のうちに!」
「痛てて……ま、しゃーねえか!」
「この連携でも無傷だものね。このままこの狭い場所で全員で相手取っても瓦解するのが見えているわ」
「他の皆様が何処に潜んでいるかも分かりませんものね」
「逃っげろー!」
レモンさんを相手にしていたら私達の方が先にやられるのは目に見えている。全員で挑めば勝てる可能性はあるけど、他の選手達も残っているからね。
なるべく減らした後、ルーチェちゃんの魔法で回復してから挑むのが得策かな。
気配が読まれてすぐに追い付かれたとしても、分断していれば誰かが残る筈。私だけが残ったなら巨大ゴーレムを作って戦えば良いもんね。
「逃げられたか。そして……置き土産はしていったようだな」
『『『…………』』』
遠方で植物魔法の檻が切り裂かれたのを確認。でもミニゴーレムを置いていったから多少は時間を稼げるかも。
ティナを先行させ、他の人達を探す。人数はママとティナを除けば五対五。レモンさんは足止め中だから実質五対四。
強そうな人に人員を裂きたいね。理想を言えば一対五で一人ずつ各個撃破だけど、前述したように纏まって行動したらレモンさんにあっさり見つかっちゃうからちゃんと分断する。
一先ずの形として私とボルカちゃん。メリア先輩とルーチェちゃんにウラノちゃんのチーム分けとした。
「ティーナ。どうだ? 他の選手達の姿は」
「今のところ見つからないけど、多分探すのはそんなに難しくないよ。この辺りの建物は低いから、遮蔽になる物も少ないし空から探せばすぐに見つかると思う」
「そうか。頼りにしてるぞ」
「うん!」
このステージを空からザッと見たところ、おそらく此処は俗に言う居住区。だから建物が立ち並んでいるみたい。向こうにある唯一高い建物は前に日の下で見たお城だね。
そしてステージの範囲から推測して遠方の山や川沿い。海岸など広さは中々ある。
どの辺りに転移したのかもあるけど、高層建造物は見当たらないから人が居たら目立つと思う。ミニゴーレム達も各所に散らして探してるから、そんなに苦じゃないね。
「ボルカちゃんの方は大丈夫? 傷口とか」
「心配すんな。分かれる途中でルーチェに治療を施されたしな。痛みは無いし、ティーナがガードしてくれたお陰でダメージも少なく済んださ」
「そっか……良かったぁ!」
「安堵し過ぎ。アタシはそんなに脆くないぞー?」
「アハハ……だよね。バロンさんの攻撃を何回か受けても立ち上がれたし」
「あのセンパイはマジでヤバかった」
ボルカちゃんの様子は大丈夫そう。これで安心して相手の捜索が出来るね。
するとティナの視界に人影が映り込んだ。あれって……!
「居たよ。ボルカちゃん。他の建物より広い建物……お屋敷の方に人影が……!」
「屋敷か。OK。付いて来れるか? ティーナ」
「勿論!」
見つけたのは高くはないけど広い建物。
お城の次くらいの階級の人が住んでたのかな。それこそ貴族とか。
と言ってもこのステージ自体が何処かの再現。多分昔はこの島に誰も住んでなかったよね。
何はともあれ私とボルカちゃんは相手を発見。遠目でよく見えないけど、間違いない。
私達はそちらに向け、魔力で身体能力を強化して突き進んだ。
───
──
─
「……フム、来たのは主らか。どうやら我は当たりを引いたようだ」
「うわ~自分家みたいに寛いでる……」
「でも何だか絵になるね……馴染んでる……」
降り立ったお屋敷の中に居たのは、背丈の大きな女性。胡座を掻いてるけど大っきいのは分かる。
黒の長髪に鋭い目付き。頭の方には髪で隠れてるけど出っぱりのような物が……なんだろう?
彼女はレモンさんと同じように木刀を携えており、横脇には金棒も置いていた。この時点で情報が錯綜するんだけど……。二つの得物を使うのかな?
因みに私達の居場所の庭には白い砂利が敷き詰められており、小さな池もある。目の前の建物では障子というドアが大開きになっていて、その奥に女性が居る感じ。バロンさんにも負けず劣らずの体格だね。女の子なのに。
その女性は赤い大きな器の白い水を飲み干して(と言うか試合中に何飲んでるの……)立ち上がり、言葉を発した。
「我が名は“酒呑”。“神妖百鬼学園”で一、二の腕力を持ち合わせていると自負している。いざ尋常に勝負!」
「シュテンさん……と言うかこの学園の人達って全員こんな話し方なんだ……」
「ヒノモト特有の訛りなのかもなー。けど、手強そうだぜ。ティーナ」
「うん、そうだね。ボルカちゃん……!」
色々と大きな女性、シュテンさん。ホントに中等部だよね……体格とかサイズとか大人でもこんな人居ないと思うけど。
でもこの体格から振り下ろされる金棒。威力はバロンさんの比にならないかも。一度イェラ先輩とバロンさんとシュテンさんで力比べとかしてくれないかなー。
って、現実逃避してる場合じゃないね。ちゃんと向き直らなきゃ……あれ? なんだろう。何故か“現実逃避”と“向き直る”という言葉にズキンと胸が痛くなり、思わず隣に居るママとティナの方を見てしまった。自分でも不可解な行動。
ダメ……これ以上はダメな気がする。私はお人ぎょ……ママに魔力を込め、植物を展開。
「行くぞ。ティーナ・ロスト・ルミナス。及びボルカ・フレム!」
「私達の名前知ってるんだ……」
「ま、それなりに有名になったしな~」
金棒が振り下ろされ、植物の壁を粉砕。私とボルカちゃんは距離を置き、挟み撃ちの形としてシュテンさんを囲んだ。
レモンさんから離れた私達の試合。それが今始まる。
*****
「それで、私達の相手は貴女なの。翼が生えた変わった子」
「箒が無くても飛べそうだね~」
「そんな事を仰有っている場合ではありません事よ!」
「フム、私の相手は貴女達か。華奢な体つき。もう少し鍛えてやろう」
「余計なお世話」
私達の前へ降り立つように現れた女性。
片手には八手の団扇を持ち、越しには木刀。まあ、ルール上真剣は使えないものね。
それにアンバランスな一本歯の下駄と頭に被っている頭襟。その姿、まるで天狗じゃない。
「そうだな。私が天狗と言うのは強ち間違ってはおらん。厳密に言えば天狗と人間の混血だ」
「……!」
「……? 急に何を言い出すのー?」
「さあ、分かりませんわ。けど混血ですの……!」
思考が読まれた……これって神通力の一つ、“他心智證通”じゃない……!
それに天狗との混血。全国の強豪ともなると混血が居るのは当たり前になってきているわね。ルミエル先輩もそうだもの。
「随分と知識が豊富なようだ。知識はあるだけで武器となる。それは誇ると良い。まだまだ成長する余地があるという事だ」
「……伝承通り、若者を見ると教えを説きたくなるみたいね。天狗さん」
「いや、私は中等部の三年。齢も十五。まだまだ他者へ説ける程の知量も実力も無い。学ぶ側の人間だ。神通力もまだ全種を身に付けた訳ではないからな。何れ子を産む時、我が子は厳しく育成すると思うがな」
「その口振りからしてそうは見えないけどね。そもそも、もう出産の事を考えているなんて……達観し過ぎているような気もするわ」
「直ぐであろう。婚姻自体は来年にも結べる。まだ想い人は見つからぬが、十年もすれば私も二人くらいは産んでいる筈だ」
「そう。それは何より」
淡々と後続育成の事を考えているこの人が私と二歳しか違わないなんて思えないわね。
それも天狗の血筋なのかしら。どちらにせよ、心を読める相手と戦うのは作戦も考え難いし大変ね。
「出産とかまだまだ分からないけど、今はまだ目の前の試合に集中しなきゃだよ!」
「そうですわ。正直言って話に付いて行けませんの!」
「それもそうだな。悪かった。では参ろう。我が名は“テン”。主らを打ち倒す!」
謝罪と自己紹介をし、八手の団扇を振るう。それによって暴風が巻き起こり、メリア先輩が自身の風魔法で相殺した。
そこからルーチェさんが光球を放ち、光の爆発に飲み込まれる。
「笑止。メリア殿の風魔法は凄まじいが、やはり一年生の主はまだまだよ」
「失礼ですわね……!」
「挑発よ。乗っちゃダメ」
「分かってます事よ。ウラノさん。ボルカさん達にしょっちゅう揶揄われていますもの。慣れてますわ!」
「ぬ、主も苦労しているのだな。今の言葉は取り消しておこう」
「同情しないでくださいまし!」
あら、思ったより常識あるみたい。達観しているだけで普通の人という事ね。
何はともあれ、レモンさんから距離を置いた先で出会った相手。人間と天狗のハーフ、テンさん。
私達の戦いも始まった。




