第五十六幕 都市大会決勝戦・決着
「“攻勢樹林”!」
「なんて数……!」
無数の木々を打ち込み、エメちゃんは風とレイピアで斬り伏せながら躱す。
その隙間を縫ってボルカちゃんも迫り、炎の剣と風纏のレイピアがぶつかる。それによって焔が揺らぎ、風のように懐へ入り込んで魔力を込めていた。
「はあ!」
「……ッ!」
「ボルカちゃん!」
風が吹き抜けるように衝撃波がボルカちゃんの腹部を突き抜け、その体を吹き飛ばした。
エメちゃんが動いた瞬間に植物魔法で守りを固めようとしたけど、それでも間に合わなかった。なんて速さなんだろう。
これがエルフの身体能力……。
「トドメ……!」
「はさせないよ!」
「……っ。なんて植物の成長速度……!」
飛び掛かり、仕掛けようとした瞬間、次は間に合った。
ボルカちゃんの体を植物で包み込み、無数に巻き付けてレイピアの長さ以上として射程外へ。
だけどボルカちゃんもそろそろ限界かも……。
「ボルカちゃん……」
「……そうだな。一旦離脱するか」
私はまだ戦えるけど、動きっぱなしのボルカちゃんには傷も相まり疲れが見えていた。
なので一時的にこの場から離れ、回復するように──
「逃がしません!」
「……!」
行動しようとした瞬間、エメちゃんが貫く。刹那には転移の光が瞬き、ボルカちゃんは控え室に移動した。
「これで1vs……」
「──2なのは変わりませんわ!」
「え!?」
植物の中から聖なる光が放たれ、光球にてエメちゃんの体を吹き飛ばす。
咄嗟に風で守りを固め、直撃は避けて向き直る。
「此処からは私の出番ですわね!」
「えーと……金髪縦ロールの人……!」
「それは失礼ではなくて!? 本当に私の印象って髪型だけですの!? 私はルーチェと言います! “魔専アステリア女学院”の控えメンバーですわ!」
「……! そうか。今の転移の光は控えと入れ替わった証明だったんだ……!」
そう、ボルカちゃんは一時的に控え室で休憩。残っているメンバーとなら入れ替え自由だからね。
だからルーチェちゃんと交代して代わったの。
因みにルールの補足と言うか、当たり前の事なんだけど既に倒れているメンバーの治療が終わっていても一度負けたら戻る事は出来ないようになっている。ウラノちゃん達も治ったと思うけど、だからと言って交代は出来ないよ。
更に付け加えると控え室で休憩中のボルカちゃんの治療もダメ。止血くらいは良いけど、回復魔法とかがダメなの。試合が終わらなくなっちゃうもんね。
そんな感じでルーチェちゃんと入れ替わった。戦闘は続行!
「けど、流石にさっきの子よりは動けない筈……!」
「そうですわね。私の役目はサポートですわ!」
風を纏い、踏み込んで加速。
ルーチェちゃんは光の柱を天から下ろし、爆撃のようにエメちゃんを狙う。
彼女はそれを見切って躱し、更に加速してルーチェちゃんの眼前へ。そこにあるのはママの植物魔法!
「しまっ……!」
足元から蔦が伸び、エメちゃんの手足を拘束する。
ルーチェちゃんの光の柱は罠を張った方へ誘導する為のもの。本命は彼女の素早い動きを止める事!
「やあ!」
「……!」
植物を拳の形とし、エメちゃんへ打ち込む。
彼女は風を放出して植物の方向を逸らし、そのまま魔力の形を変化させて手足に巻き付いた蔦を切る。
「魔力でそんな事も出来たんだ……」
「体から離れている魔力の形を変えるなんて……高レベルな芸当ですわ」
「危ない……不用意に近付くと文字通り足元が掬われちゃいます……!」
エメちゃんの得意分野が近距離戦闘という事は既に理解し、それについての算段を立てたけど、すぐに気付かれちゃったね。
でもお陰であの脅威的な速度で近付いて仕掛けて来る頻度は減ったかな。私達の中だとボルカちゃんくらいしか対処出来ないから。
「なるべく中距離をキープして……はあ!」
「「………!」」
瞬間、風の弾丸が撃ち込まれて私達は植物魔法の中へ。
風魔法でもこんな感じで仕掛けてくるんだね。もっと刃とかそっち方面だと思ってたけど、吹き飛ばしが付与されているから適任ではあるかも。
植物に着弾すると同時に破裂し、爆発的な風が舞い上がった。けど私達にダメージは無し。植物を解き、エメちゃんへ仕掛ける。
「はあ!」
「ですわ!」
「遠距離が得意な二人……ちょっと相性悪いかも……!」
全方位から植物を押し込み、光球が迫り来る。エメちゃんは風魔法を周囲に張って防御。下方にも風を放出して爆発を引き起こし、薙ぎ払うように攻撃を吹き飛ばした。
風魔法の特徴は風圧による速度アップ。周りを吹き飛ばす防御性にそれらによって上乗せされる攻撃力。そして風による遠距離攻撃。
どの魔法でも言える事だけど、応用次第では基本的に全てを兼ね備えるよね。私達で何処までやれるか。
エメちゃんは更に魔力を込めた。
「風があまり効果無いなら……!」
「……え? 稲光……!?」
電流が迸り、ピカッと光る。それによって体に痺れが及び、遅れてゴロゴロと言う雷音が轟いた。
「雷魔法……!?」
「貴女達にはまだ見せてませんでしたからね!」
風から派生される雷魔法。それも使えるレベルの相手だったんだ。
俗に言う隠し球。速度が更に向上し、貫通力が上がって稲妻を散らしながら移動する。次の瞬間には私達の体は痺れ、自由が取り辛くなっていた。
「周りの木に一部が吸われたみたいですね。けど、暫くは自由に動けない筈です!」
「それはどうでしょう? ──“聖なる光”!」
「あ、痺れが取れてく……」
「元々これが私の役割ですわ!」
「ええっ!?」
ルーチェちゃんの聖魔法。それは状態の回復が本質。
元々よく使う光魔法はあくまで対抗手段だもんね。本来は回復と防御が主体。
痺れが落ち着き、私はママに魔力を込めた。
「一気に畳み掛けるよ!」
「……!」
無数の植物を操り、エメちゃんの元へ。
彼女は縫うように木々や植物の隙間を抜け、雷を付与して焼き払う。
避けながら矢を射って牽制。植物達に穴が空き、次々と破壊されていく。
だけどその為にフォレストゴーレムを運んできた。予備の植物を操り、質と量で共に嗾け、次第にエメちゃんの動きが鈍くなっていく。
彼女は単体でかなりの上澄みに位置しているけど、最初から雷魔法を使わないのはそれなりに体力の消耗もあるって事。だったら質量で押し切ればチャンスに繋がる!
「“光球”!」
「更に追撃……!」
ママの植物魔法が包囲し、隙間は光魔法からなる弾で埋める。
連鎖するような爆発が巻き起こって消え去り、エメちゃんは完全に植物の中に沈んでいった。
「これでどうだろう……」
「一気に押し切りましたものね……意識を失っていれば転移される筈ですけれど……」
転移の光はまだ見えない。仮に見えたとして、控えの誰かと代わる可能性もあるので油断はしない。
その時、埋め尽くした大樹の内部が光った。
「これくらいで……押し切られません……!」
「物理的に突破してきましたわ!」
「常に体に電気を纏って焼き切ったんだ……!」
飛び出すエメちゃんは帯電しており、バリバリと破裂音が響いている。
覆い尽くされたならその側から破壊し、穴を掘るように突破したって事だね。貫通力が高い風と雷だからこそやれる手法。そのままの勢いで私達の方へと迫り、レイピアで体が切られた。……痛い……。雷で切断力も上がってるから尚更……。
分かっていた事だけど、ウラノちゃんと先輩達を一人で倒す程の難敵。そう簡単にはやらせて貰えないね。
「はあ……はあ……まだまだです……!」
「そうみたいだね……!」
「此方としても大変ですわ……」
ルーチェちゃんの聖魔法で傷口は治療。相手も風魔法からなる回復魔法で自身の傷を癒していた。
向こうに控えと入れ替わる気は無いみたい。全部一人でやろうって気概が伝わってくる……そして、多分今居る都市大会のメンバーではエメちゃんが最強。だからこそ入れ替わるより一人で戦った方が良いって判断をしているんだきっと。
「やはり確実に一撃で仕留めなければ回復されてしまう……ならばそうします!」
「それは此方のセリフ! 風魔法でも回復出来るんだね……!」
「はい。寧ろ専門的な力ですよ。風と水は傷を癒すのに最適です」
風魔法と水魔法。それは魔力の質的に他より大きく治療する事が可能なモノ。
炎魔法でも焼き固めたりで回復は出来るけど、“ヒール”的な初級回復魔法は風や水と合わせた方が良いんだね。
回復魔法自体はどの系統にも属さないけど、組み合わせによって効果が変化する。水は傷口を治す役割があって、風は主に疲労方面。火や土も少し荒療治になるけど傷口は塞げる。
エメちゃんは風の派生で火と水の系統も少し混ざっている“雷魔法”を使えるから疲労と傷口の両方を治せるって訳だね。それに加えてエルフの血筋からなる魔力が大きく作用しているみたい。
厄介なのはお互い様。
「やあ!」
「“光球”!」
「同じ手は食いません!」
植物を伸ばして複数の光球が撃ち出され、エメちゃんはその隙間を通り抜けて突破。
改めて私達に手傷を与え、背後に移動したかと思えば横におり、咄嗟にガードしたけど刻まれた。痛い……避けたのが逆にダメージになったのかな。避けなかったら意識を失ってたしまだマシな方!
「ティーナさん!」
「うん! ルーチェちゃん!」
この速度に私達では付いて行けない。なのでお互いに顔を見合わせ、私は全方位に植物を張り巡らせて迎撃態勢へ。
ルーチェちゃんは今の傷を癒し、同じく全方位に光を放って周りの物を吹き飛ばした。
「自分達で張った植物を自分達で……? 一体何が狙いなの……」
何も見えなくなる程の目映い光と共に張り巡らせた物は全てが吹き飛ぶ。
そんな一連の行動に疑問符を浮かべるエメちゃんだけど、次の瞬間には私達の狙いを理解する事になる。
「たっだいまー!」
「……! ボルカ……さん……!?」
光の瞬きに紛れてルーチェちゃんが控え室に転移し、それによって生じた軌跡は誤魔化せる。
結果的にボルカちゃんによる意識外からの攻撃を高速で叩き込む事に成功した。
「くっ……狙いは……私に追い付く貴女……!」
「本当にアタシで良いのか?」
「……!」
向こうからしても自分の速度に唯一付いてこれる存在。なのでボルカちゃんを無下にする事は出来ない。
そしてそれが、相手の敗因。私達の勝利の切っ掛けになる。
「やって! “フォレストゴーレム”!」
『オオオオオォォォォォッッッ!!!』
「……!? そう言えば……ずっと近くにあった……体の植物だけを操っていたから完全に抜け落ちていた……ティーナちゃんのゴー──」
超巨腕が至近距離で振り下ろされ、流石のエメちゃんも逃れる事は敵わない。
本来なら見てからも簡単に避けられちゃう。だから私はゴーレムから降りたんだけど、ルーチェちゃんの光で目眩ましをし、ボルカちゃんが意識外から攻める。二つの囮によって一瞬だけ抜け落ちていた隙を突き、既に整っていた準備を遂行した。
巨腕はエメちゃんとボルカちゃんを巻き込み、街ステージが大きく揺れて建物が粉砕。瓦礫が降り注ぎ、二つの光が控え室へと転移する。
「……もう、ボルカちゃんったら……無茶し過ぎだよ……自分ごと相手を押し潰すって作戦は……」
呟くように言い、この場に残ったのは私とママとティナだけ。次の瞬間に天上からアナウンスの声が響き渡った。
《勝者! “魔専アステリア女学院”ンンンッッッ!!!》
「はあ……はあ……」
緊張が解れ、疲れがドッと溢れる。
傷も疲労もルーチェちゃんが治してくれたけど、それとはまた別の疲れ。
何はともあれ、私達はエルフ族と人間の混血であるエメちゃんを倒し、都市大会の決勝戦も勝ち進むのだった。




