第四十七幕 地区大会決勝戦スタート
レーンに並び、カウントダウンと共に自分達の乗り物。もしくは移動手段へ。
このレース前の緊張感。うー、ドキドキしてきた……。
2...1とモニターの数字が切り替わり、自然と汗が流れる。全員が緊張した面持ちでその数字を見つめ、開始のタイミングに合わせて全神経を研ぎ澄ました。
川の流れと風の音。木々のざわめき。一瞬のそれらが長く感じる程の集中力を持ち、
《スタァァァトォォォッ!!!》
──数字が0を示し、司会者さんの声と共に爆発的な速度でレースが開始された。
「……! 相手は二人……!」
「作戦的には同じようね……!」
「向こうも二人の子か!」
「インドア派が相手なら余裕よ!」
一気に前進するボルカちゃん達と相手チームの人達。
開始と同時に私達は横方向に飛び退いて向き直り、向こうの妨害役もこちらに狙いを定めていた。
勝負は一瞬。先手必勝が大事。詠唱時間も勿体無いから無詠唱で……!
「やあ!」
「出たわね。巨大樹木……!」
「一回戦から見ていたけど、とんでもない魔力出力だ!」
先に魔法が決まったのは私。ママに込めた魔力で正面に木々が勢いよく伸び迫り、向こうの妨害役二人を絡め取るように足止めした。
「ウラノちゃん!」
「分かってるよ。──本、指定、場所。登録──投下!」」
ストーリーを展開するには少し時間が掛かる。なのでウラノちゃんは手っ取り早く仕掛けられる本の設置魔法を使い、ママの植物魔法を囲むように魔力の本で壁を作った。
そこから更なる大樹を巻き付け、相手側の動きを完全に封じ込める。
「ボルカちゃん達の方に!」
「ええ!」
ほうきの練習はそんなにしていない。なので移動手段は植物の成長速度に乗る事。
大きな蛇のようにうねる木々に乗り、先行したゴール組みの後を追う。
「準備は!」
「出来てるわよ! 物語──“粘着スライム”!」
「……! ナァイス! ティーナ&ビブリー!」
「なにっ!?」
「アイツらはやられたのか!?」
「いや、早すぎる! 足止めを食らったみたいだ!」
魔導書をパラパラと開き、粘着性が高いベタつくスライムを先行組みの足元に。
予想通りあの人達は生身で走って向かっている。魔力強化で速度とか力が上がっているとしても、そう簡単にあれは取れない!
このまま妨害が上手く行けば私達の勝利は確実!
ボルカちゃん達は更に加速して突き進み──
「させるかァーッ!!」
「……!? え!? もう来たの!?」
「あの防壁を……!」
──順調かと思いきや、背後からやって来た二人に私達は殴り飛ばされる。
咄嗟に木と分厚い本でガードしたけどその拳は重く、バキバキと両脇の森の中に突っ込んでしまった。
「あんなもの、いつも筋トレで砕いている鉄壁に比べたら軽い! 筋肉is正義!」
「中等部一年の女の子に乱暴するのは悪いけど、これも試合だからね!」
「大丈夫です。バロンさんの拳の方が重かったので……!」
「私はそれを受けてないけどね……!」
痛いは痛いけど、骨へ直に伝わってミシミシと軋むような痛みじゃない。
これならバロンさんの方が何十倍も重い。だってあれ、直撃してないで今よりも多い幾つもの防御を重ねてるのに意識が飛びそうになるもん!
戦闘続行はまだまだ可能だよ!
「フッ、そうか。確かにバロン様には遠く及ばぬ。だが、仲間達は抜け出したぞ!」
「筋肉でね!」
「……っ」
「かなり強力な粘着力だったんだけどね……!」
吹き飛ばされた先のここからじゃ見えないけど、あれはもう突破されたみたい。
一瞬でも時間が稼げたなら上々かな。ボルカちゃん達なら早くにゴールしてくれるって信じてる!
「では、君達の意識も奪うとしよう」
「案ずるな。気絶すれば自動的に控え室に転移される。此処に居る魔物達に襲われずとも済むぞ」
「魔物……」
「やっぱり仕掛けられているみたいね」
ギミック的な役割として放たれている魔物。それでもボルカちゃん達なら大丈夫だと思うけど、強い魔物に襲われたら時間が掛かっちゃうかも。
なるべく早く妨害工作に戻るのは変わらないかな。
「あの者達なら問題無いと思うが、万が一がある。君達を倒し、妨害へ戻らせて貰う!」
「同じ事考えちゃった……」
「と言うか、真っ直ぐなアナタ達的に妨害は正々堂々のうちに入っているんだね」
「そう言うルールだからな。ならばそれに従うのみ。それを含めたチーム戦。ルールで禁止されているなら絶対にしないが、正々堂々、ルールに従って完全なる勝利を収める!」
返答と同時に踏み込み、一瞬にして私達の眼前へ。
けど既に準備は整っている。ママに魔力を込め、何重にも編み込ませた蔦を放ち、植物のネットにこの人達を引っ掻ける。
「小癪な!」
「蔦なんぞ、即座に切れる!」
ブチィッ! 無理矢理突っ切り、私の眼前に拳を。
そう、此処までが作戦の一つ!
「“開花”!」
「「……!」」
足元に大きなお花を咲かせ、その威力で上へと押し上げる。
既に存在する植物だけじゃなく、オリジナルの植物も顕現可能なこの魔法。石畳も砕く植物の力があれば、人二人を空中に舞い上げる事も難しくない!
「物語──“雷獣”!」
『ゴロシャア!』
「「……!」」
雷鳴と共に動物が現れ、刹那の瞬きと共に空中の二人を感電させる。
雷獣。雷を司る幻獣の一つだね。幻獣と普通の動物の二種類がこの世界には居るの。
数ボルトあれば人は気絶する。これで二人は再起不──
「筋肉があれば……!」
「痺れても気絶しない!」
「ええ!?」
「どんな理屈よ!」
一瞬だけ項垂れ、即座に復活して雷獣を払うように消し去る。
地面に降り立ち、肩で息をしながらマッスルポーズを取った。
「今のは良い連携だった。完全にネットに気を取られていたからな」
「けど残念……鍛え上げられた筋肉は強いのよ!」
「理由になってない……」
「鍛えただけで耐えるのは非現実的。……理論を当てはめるなら魔力で常に全身を覆っているから物理防御も魔法耐性も高まっている……かな」
「成る程……」
確かにあの身体能力からして常に魔力強化しているのは明白。それもあって自然に免疫力が高まっているんだ。
さっきから魔法では仕掛けて来ないし、全神経全魔力を肉体強化に使っているんだね。
「次こそはこちらの番だ!」
「覚悟!」
「「……!」」
大地を踏み砕いて加速し、私達の体を今一度殴り飛ばす。
防御は間に合い、木々を貫いて飛びながらも地面を擦るように停止し、顔を上げた瞬間に追撃の拳が迫っていた。
あ、これ間に合わ──
「マッスル!」
「パワー!」
「……ッ!」
重い衝撃が伝わり、上下が反転したかのような感覚に陥る。口の中が切れたのか鉄の味もする。
歯とかも抜けてそうだけど……それについては問題無いみたい。だけどスゴく痛い……。頬は腫れて涙も出てきた。
「ティーナさん!」
「君もさ!」
「覚悟なさい!」
「……!」
そしてウラノちゃんも殴り飛ばされ、また二人との距離が空く。
痛みと目眩。意識が飛びそうで集中出来ないけど、距離が空いた今は利用しないと。
私の意識が飛んでもママなら大丈夫な筈……!
「やああ!」
『はあ!』
沢山の魔力を込め、無数の大木を正面へ。追撃されたら気絶しちゃう。なんとか寄せ付けないようにしないと……!
「なんだこの魔力出力……!」
「本当に中等部の一年生……!?」
大木の波に流され、相手の二人は押し出される。
自慢の筋肉で途中まで耐えていたけど、足場ごと──この山ごと押し出しちゃえば意味がないよね。
「ウラノちゃん!」
「スゴく痛いのに……って、ティーナさんの方がダメージは大きいかしら……物語──“龍”!」
『グギャアアアア!!!』
「「……!」」
魔導書から顕現される龍。
強固な鱗で全身を覆い、天雷を落とし、嵐を呼び込み口から灼熱の光線を放出した。
「まさか彼女、召喚師!?」
「いや、今までの記録から確実に本魔法……だが、これ程まで本物に近い龍を出すとは──」
『ガギャア!!!』
「「──見事!」」
最後に言い残し、相手の妨害役二人は灼熱の轟炎に包まれて落下。ボチャンと水に落ちた。
えーと……なんか最後に称賛されたけど……勝ったんだよね……? あの勢い、今すぐに這い出てきてもおかしくない凄味があった……。
「休んでいる暇はないね。ウラノちゃん。早く向こうに……!」
「……ごめん、私ムリかも……顎を殴られちゃって意識が……」
「え!? ウラノちゃん!?」
振り向き、そこに居たのは力無く倒れ伏せるウラノちゃん。
そっか……私はバロンさんとの戦いで少し慣れていたけど、初めてのウラノちゃんは耐え切れなかったみたい。
次の瞬間には転移され、川の中からも転移の光を確認。これで三人がリタイアしちゃったみたい。今のところレースっぽい事は全然してない……。私も早く合流しなくちゃ!
レースゲームの妨害役である私達は、ほぼ相討ちの形となって私だけが残った。
ボルカちゃん達……大きな心配はしていないけど……大丈夫かな……。




