第四百六十一幕 雑貨屋の最終日・大切なもの
──“最終日・雑貨屋”。
「おはようございまーす!」
「やあ、おはよう。ティーナ」
職場体験の最終日、私はいつも通り雑貨屋さんへとやって来た。
まあそのいつも通りも今日までなんだけどね~。明日からは一人のお客さんと店主さんの関係に戻るだけだね。
そんな感じで挨拶を交わして準備をし、また接客業へと移る。
「いらっしゃいませー」
変わらない日。穏やかな時が流れ、お客さん達も笑顔で去っていく。
肌寒くなったこの時期。お店には暖の魔道具が使われ、外との温度差でガラスが曇る。
灰色の空は薄暗く、街路樹の枝はすっかり葉を落とし、手を翳すように寒空へと伸びている。道行く人は白い息を吐きながら足早に進んでいく。今日の天気は雪が降りそうだね。
お店の中は暖かいけど、冬特有の寂しさみたいな物が外の景色から伝わってくる。変わらない日なのに不思議だね。
「おっと……ティーナ。メッセージが。数分店を頼む」
「あ、はい」
静かな冬の景色を見ていると、お店の備え付けられた通話の魔道具が音を鳴らした。
店主さんはそれを取り、私に一時的な店番を任せてお店の奥へ。予約制だったり、結構連絡が来る機会は多いもんね。お客さんが少なくても大変だ。
「…………」
ボーッと外を眺める。一昨日は子供達がおじいさん、おばあさんと一緒に来たから賑やかだったもんね~。だからこそ静けさが伝わるのかも。
少し暇な時間だし、お店の商品棚を整理しながら一昨日の事を思い返してみる。
─
──
───
【おじいさんたら体調が良くないのに顔を出すって聞かないんですから。子供みたいに駄々をこねちゃって】
【まあまあ、堅い事言うでない。老い先短い年寄りの頼みと聞いてくれ】
【私とそう変わらないじゃないですか】
【アハハ……】
【相変わらずで何よりです】
【ハッハッハ! まだまだ若いもんには負けんぞ! ゲホッ!】
【声を張り上げないで下さい。肺も弱ってるんだから】
【でしたらまた治癒の植物魔法を使いますか?】
【そうじゃなあ……いや、今回は遠慮しとくぞ。負けんと言った手前、力を借りず己で立つのじゃー!】
【まあ、おじいさんったら】
【た、立ちましたね……! 2秒程……】
【フフ、まだまだお元気そうで】
【おじいちゃんが立ったー】
【たー】
【ほっほっ、また来るぞ~】
【あまり無理しないでねぇ】
【バイバーイ!】
─
──
───
「ふふ……」
思わずクスッと笑ってしまう。
本当に仲の良い人達だよね。体調は悪いらしいけど、そんな素振りは全く見せていなかったもん。
まるで昔のお母さんみたいに元気なように振……とそこまで考えて思考を止める。
縁起でも無い事を思うものじゃないよね。今頃はいつもみたいに子供達と笑い合っている筈だもん。
するとお店の奥から、暗い表情の店主さんが戻ってきた。
「──施設のじいさん、亡くなったらしい。君には一応教えておくよ」
「……ぇ?」
突然の訃報は、灰色の空から除く、冬特有の微かな強い日差しを切り裂くようにしてやってきた。
店長とも何かと繋がりがあったおじいさん。今日はお店を閉め、私達は店長の案内の元であの医療施設の託児所にやって来た。
「……静か……」
「ああ、そうだな」
外観は無骨な物。しかしいつもなら、その中に入れば子供達の楽しそうな声が聞こえてくる場所。だけど今日ばかりは重たい静寂に沈んでいた。
施設に入ると涙の跡が残るおばあさんに案内され、おじいさんの元にやって来る。
「……っ」
その様子を見、私は息が詰まる。おそらく人生で二度目のその光景。
つい先日まで元気なように動いていた体。子供達と触れ合っていた手は、今は胸の上で静かに組まれている。
記憶に蘇る、私の歯車が狂ったあの日。
───
──
─
静かな音。私が吐き捨ててしまった、最低の言葉。
【ママの嘘つき……】
─
──
───
「……あの時は……」
今のおじいさんは、まるで静かに眠っているよう。
いつもみたいに威勢の良い表情はせず、ただ静かに閉じられた瞼。けれど私が会ったのはこの体験期間中だけなんだけどね……と自分との繋がりの浅さを実感する。
「おじいちゃん、おきないの?」
「おきてよ……」
スンスンと小さな音が響く。全員がそれを理解している訳ではなく、本当に幼い子にはおじいさんは眠っているようにしか見えないよね。
けれど豪快な返事はもうしない。子供達に聞かれ、「なんじゃ?」と声も発さない。体が日に日に弱っていく中、おじいさんは空元気で問題無いように振る舞っていた。今思えば、一昨日に治癒の植物魔法を断った理由って、そうなるって分かってたからなのかな。
「またいっしょにお花そだてようよ……」
「お話きかせてよ……」
お爺さんはもう答えない。
けれど、教えられ、与えられた優しさは子供達の中に残っていく。お花にお話、それが子供達のおじいさんとの記憶。
私のママも、そうだったのかな。
「………」
誰かの死。親族でなくとも、接点が少なくても、それは悲しいもの。
何より悲しいと思うのは、胸が痛くなるのは、その人を大切に思っていた人達が涙を流す事。
「ふふ、こんなに囲まれちゃって。頑固で融通の利かない人だったけど、晩年は子供達に見送られて、幸せな人生だったんじゃないかしら」
「は……い。そうですね。うん、私もそう思います」
人生の締めくくり。それはまだ不明瞭で、自分には分からない。けれど亡くなった人の意思は受け継がれ、次世代へと繋がっていく。
私も、まだ割り切れていない事もある。前のように暴走する事は……多分もう無いと思うけど、まだ、十年近く前に亡くなったママの事を引き摺っている私。その意思は受け継いでいるのか、意思がなんなのかも分からない。
「………」
だけど一つだけ分かる。ママは、確かに私を愛してくれていた。パパも私を愛してくれている。
おじいさんが子供達にそうだったように、おばあさんが子供達にそうであるように。
静かに安らかに眠るおじいさんの満足そうな表情を見、理解した。
その横で店主さんが訊ねる。
「不謹慎ですが、葬儀は……」
「ええ、然るべき時ですもの。しかしうちに貯えはありません。身内だけで、この施設内で静かに終わらせます」
お葬式。故人との明確な別れを告げる為に、必要な儀式。
それにも費用は掛かり、行えない人も居る。最期のお別れなのに、そんなのって……。
「あの……費用でしたら……私の実家は俗に言う上流階級ですので……必要とあらば……!」
申し出ようとした時、おばあさんは微笑んで制止した。
「気持ちは嬉しいですけど、私達だけが特別という訳にもいきませんもの。その気持ちだけ受け取っておきます。貴女の家の財産は、貴女の身内が貴女の為に残してくれているのでしょうから」
「……っ」
断られるのは、薄々気付いていた。
多分おじいさんが今すぐ目覚め、お葬式の相談をするとしてもハッキリと断られる確信がある。あの性格だもんね。
「……分かり……ました。では、せめてもの安らぎとして……」
お人形……ママに魔力を込める。おじいさんの周りには植物が覆い、色鮮やかな花を咲かせた。
造花などは用意出来ない。多分野山のお花を飾ると思う。だからせめて、永続的な花を咲かせて送り届けてあげるの。
「キレイ……ふふ、これくらいならあの人も許してくれるかもしれないわね」
また涙を浮かべ、私に向けて微笑む。
子供達の表情も少し柔らかくなり、眠るおじいさんを見届ける。
これが今の私に出来る精一杯。やっぱり私、少しでも大切な人同士が一緒に居られるように、お医者さんになろうかな。
でも子供達に笑顔を届けるお人形の職人さんもみんなを幸せに出来るかも……。やっぱりまだ決まらないかな。
「ふふ、華やかな最期となりましたね。これで良いんです。きっと、あの人は天国でやっと自由になれたと羽を伸ばしていますよ」
「ええ、文字通り……ですね」
「はい……」
「おじいちゃん。お花!」
「ティーナおねえちゃんがつくってくれたよ!」
「だから、げんきでね!」
お花に囲まれ、安らかに眠るおじいさん。
子供達も涙を堪え、植物からお花を取って静かに添える。お葬式は身内だけで行う小さな物になるらしい。もうすぐ冬の長期休暇。せめて、知人や友人のような立場で参加したいかも。
私の職場体験最終日、それは大切な人達の別れと共に幕を降ろすのだった。




