第四百五十九幕 王宮
──“シャラ王国、王宮”。
私達の体験学習二日目、最後の外交場所。そこは大きなお城。
今の時代、役職としての王族は少なくなっておりますが地位は変わらず継続している所もありますの。直接的な行動が少なくなったというだけで位は高いですわ。
ここの国名は“シャラ王国”。“シャラン・ウェーテル共和国”の王族達が移り建国した姉妹国ですの。ここでは王様が健在ですわ。
そんな王族達の住まい。天を突くような高さの塔に広がる庭。そこに到達するまでの道のりには川があり、大きな橋が架かっておりますの。
これは単なる見映えではなく、かつて戦争が絶えなかった時代、地上からの攻めに対して守りを固め、敵の侵入を阻む為に施された物ですわ。
しかし眼前には手入れの行き届いた鮮やかな緑の庭が広がっておりますの。遥か彼方まで続く花壇、それらに水を撒いているのが庭師達でしょう。この庭だけで一体何人の庭師が動いているのか、とても数え切れるものではありませんわね。私の自宅よりも多いですわ。
一人一人の職人技が光、見事に整っておりますの。
「最後は王宮ですわね。確かに外交の場としては文字通り王道ですの」
「今の世はあまり王様の活躍は聞きませんが、権威としては継続しておりますからね。特に顔が広く、他国への交渉をする為のパイプとして円滑に進める為の役割が前時代より増しましたものね」
王様が居たとしても、王の一存で全てが決まるという事は今の時代にはありませんの。
しかし前時代の影響力は残っており、他への橋渡しとして大きな役目を担っている。
大企業の重役や他国の首相や指導者等々。数多くの組織が頼りにしてますわ。
「ルーチェさん。此処に来た事は?」
「残念ながらありませんの。お父様は何度かお呼ばれしてますけれどね」
「私もそんな感じですわ。体験学習とは言え此処に来れるとは光栄ですね」
雑談をしつつ王宮内へ。
当然の如く内部も整っており、きらびやかな装飾に幾何学模様のような絨毯。外よりも遥かに明るいシャンデリアが吊り下がり、遮光カーテンが風に靡いている。
そろそろ窓も閉める時間帯ですものね。そもそもで寒くなってきた近頃。あくまでも換気という名目で比較的暖かい昼間に開けていたのでしょう。
内装は御綺麗ですが、私の自宅とそこまでの大差は無いですわね。似たり寄ったりな景観になってしまうのでしょうか? まあ家具の配置や色合いなど違いはありますけれど。
この王宮は金色を主体とした彩り。今ではなく、かつての王様が己が権力を誇示する為にそうしていたのでしょう。
「それでは皆様。此処からは王様と会う事になりますので装い、態度、言葉遣いに細心の注意を払い、決して失礼のないようにお願いします」
王様に会うに当たり、改めての確認がされる。
外交慣れしている他の皆様は既に理解している筈ですので、体験学習中の私達に対する注意事項でしょう。
無論その様な事は理解しておりますの。伊達に令嬢は努めてませんものね。
それの後、私達は他の外交官の方々と共に王様の居る謁見の間へと入った。
──“謁見の間”。
その部屋は渡り廊下に負けず劣らず豪華絢爛な装い……という訳ではなく。逆にかなりシンプルな物だった。
置かれている椅子やテーブルは間違いなくお高いのでしょうが、派手な装飾などは着けておらず本当に話し合いをするだけという雰囲気。そこに権力の差は無く、力を誇示するような物も置かれてない。皆が対等であると言わしめるような面持ち。
しかしながら確かに神聖な雰囲気がある、そんな装いだった。
今までとは明らかに違う。一目見ただけでそれが分かりますわね。そこに派手な装飾が無くともこの場で粗相はご法度と言うのが伝わりますの。
「それでは題材ですが──」
「我が国が執り行う支援活動への──」
「あらゆる種族が今以上に距離を縮め、共存するような世界を──」
「それでは宛のある場所に通しておきましょう」
場所はシンプルかつ得も言えぬ荘厳さですけれど、内容は大きく変わらない。そこに王様がおり、皆様の意見に耳を貸す。大臣等を通して時折アドバイスをしつつ話し合いを円滑に進める。
私達にする事はありませんが、周りの方々のやり取りをしかと目に焼き付け、参考になるものならば吸収し、物にしましょうか。
しかしながら流石に一学生へ国家内の重要事項は明かされないので議論が白熱するに連れて比較的静かな場所へと案内されますの。聞いたところで私達の今ある権力ではどうしようもないので賢明ですわね。
とは言え少々退屈になりましたわ。今聞こえてくる内容で参考になる物はありませんし、王宮でも見て回る事にしましょう。
「改めて、造形が素晴らしいですわね。隅々まで手入れが行き届いておりますの」
「そうですわね。埃一つ落ちていない。美しい場所ですわ」
王宮内は、無論の事豪華絢爛。然れど前述したように私のご自宅と大きな差違はないので興味深く見る物でもありませんわね。意外と簡素だったりもするので一目見て感想を述べて終わりと言った感覚。
たまに他の方ともお話し、入って良いとされる場所は一通り見終えてこれからどうしましょうと皆様と雑談する。
するとそこに、見覚えのある方がいらっしゃりました。
「あら、昨日の侍女長さんではありませんか」
「おや、ルーチェ・ゴルド・シルヴィアさんとそのご友人方ではありませんか。昨日はお世話になりました」
「いえ、それより今回もお呼ばれしたのですわね。内容にも寄りますが、基本的には複数人で回して一日で入れ替わる事も多いイメージでしたの」
「ええ、本来はそう言った方が多いですね。皆様一日一日が多忙ですから」
昨日お会いした女の子の使用人であらせられる侍女長さん。
今日もいらっしゃったとは。外交官ならば同じ方が勤め、それ以外の重役は一日で別の仕事に移る方も多い。この方はどちら側なのでしょうという小さな疑問が浮かんだ。
「私の場合は──」
その様な事を考える中、向こうは言葉を紡ぐように口を開いた。
「──この王宮に勤めておりますから」
「……!」
その言葉と同時に奥の扉が開き、昨日の女の子が姿を現す。
「あ、おねえちゃんたち!」
「昨日の……いえ、侍女長さんの御話を聞くなら……!」
着飾った女の子は駆け出し、私達に抱き付き、彼女の頭を撫でる私を横に侍女長さんは締めるように言葉を続けた。
「お嬢様はこの“シャラ王国”を治める王の孫娘である“シュトラー・ネレ”様で御座います」
王様の娘、即ち王女。
孫娘にもそう言う表現を用いますが、その様な事よりもっと重要な事態ですわ。
まさか昨日接していた女の子が王女様だったとは。高貴な印象は見受けられましたが、これ程の方でしたの。
「そうでしたの。あまり丁寧な態度を取れず、申し訳ありませんでしたわ」
「お気になさらず。お嬢様が求めていたのは貴女方のような対等に接してくれる方でしたから。誰かと会う度に跪かれては頭を下げられ、身分を隠せば雑に扱われ……その様な事が一度や二度ならずほぼ毎回そうでしたから。少々不信気味になっていました」
「そうだったんですの。しかし身分を明かした時はともかく、平時で雑な扱いとは……」
「お嬢様の行く場所が行く場所ですから。お父様、即ち王の付き添いなので出会う相手は相応の地位と立場を有する者。皆様がそうではないと本人も理解していますが、中にはプライドが高く地位と名誉にしか興味の無い者も居りまして。その印象が幼きお嬢様の心には強く残ってしまうのです」
「…………」
思い当たる節はある。身分を明かさない場合、不相応の子供がこの様な会場に居る事となる。
誰かの子供をそんな無下に扱うような事は、普通は誰もしませんが侍女長さんの言うような方はライバル企業も多く自分達以外信じない場合も。半ば八つ当たり気味に接される事もあるのでしょう。
そして俗に言う七光りの方々はよりその傾向が強くなる。私達が昨日見た光景でもありましたもの。
その様な、幼い子にとっては些細ではない事の積み重ねによって人間のみならず“他者”という存在に不信気味となり今に至る……全て説明出来てしまうのが世知辛いですわね。
「どうか貴女方は今までのように接してくださらないでしょうか。それによって将来、お嬢様が一部の主導権を握る暁には必ずや何かしらの恩恵を……」
「侍女長さん。恩恵は要りませんの。私達は言われなくとも普通に接しますわ。貴女の方こそ、ネレちゃんが心配のあまり、権威に縋ってお友達を作ろうとしておりませんか?」
「はっ……わ、私とした事が……」
「気持ちは分かりますの。引っ込み思案で内気なネレちゃん。見返りが無いと酷く扱われる可能性もありますものね。しかし、私達はその様な事を絶対にしませんわ!」
「無論ですの!」「当然ですわ」「それが淑女の在り方ですもの!」
「皆様……」
ネレちゃんと仲良くする。それには全面的に同意ですが、将来的にその権威や権力、様々な力を利用しようと言う気はありませんの。
どちらかが一方的にはならず、互いに必要な箇所を埋め合い、持ちつ持たれつの関係になる事には賛成ですけれどね。
侍女長さんは心配し過ぎるが故にこの様な提案を持ち掛けてしまったのでしょう。愛故の行動。それを攻めはしませんが、その認識を少しでも変えて差し上げたいですわね。
「思えば、お嬢様との最初の出会いが他の方に無下な扱いを受けている時に助け出してくれた事……らしいですものね……。私もやや不信気味になっていたのかもしれません。貴女方は何も知らない時から手を差し伸べていたというのに……お恥ずかしい。お嬢様がたった一日で此処まで懐く……その時点で人柄は保証されていたようなものでしたね」
「そう落ち込まないでくださいまし。ネレちゃんを思っての行動なのは理解しておりますから」
肩を落とし、少し落ち込む侍女長さん。
それについてフォローをしつつ、私達はキョトンとしているネレちゃんの方に視線を向け、しゃがみ込んで目線を合わせた。
「こんにちはですの。ネレちゃん。さて、約束通り今日も遊びましょうか」
「うん!」
頭を撫でると弾けるような笑顔でニッコリと笑う。
この様に可愛く純粋無垢な子を無下に扱う人の気が知れませんの。天使や国宝を前に唾を吐くような愚行。今更ながら腹が立ってきましたわ。
しかし落ち着きましょう。怒りは行動に出てしまう。小さな子供こそその様な変化に敏感ですからね。
「それじゃあ、おうちをあんないする!」
「ふふ、それは楽しみですわね♪」
「行きましょうか♪」
ネレちゃんに手を引かれ王宮の更に奥へ。
私達の二日目、それは王宮の案内で終わりそうですわね。




