第四百五十八幕 巨鹿討伐・始動
──“森のキャンプ”。
巨鹿の討伐依頼を本格的に見据え、生息域の近くにキャンプを張ってアタシ達は会議をしていた。
見つけ出してすぐに戦闘開始……って簡単に出来たら苦労しないしな。集めた情報から行動パターンを推測して確実に討つ。それが最適だと思う。
「まずは情報を纏めよう。あの巨鹿の目撃地点は……」
「この辺とこの辺りとこの近くによく出没してますね」
近場の地図をメンバーで見やり、巨鹿の出現地点を絞る。
証言は村人達から。それによって大きく分けると三つのポイントに出てくるのが分かった。
何れも村の近く。奥の方に山があるから山越えはせずにこの近くに巣があると考えて良さそうだな。
「三つの場所が分かるなら、自ずと棲み処も絞れますね。この三ヶ所の中心地点に巣があるって考えて良さそうです」
「うむ。移動範囲もこの中心から考えれば均等だ。となると棲み処に仕掛けるか?」
「それじゃ逃げられる危険性もありますね。地の利は向こうにあるんですから」
「あの鹿スゴく賢いもんね~。逆に罠とか張られる可能性もあるかも」
「まさかそんな訳……無いとは言い切れないな」
そう、あの巨鹿はとにかく賢い。言葉を発さないだけで幻獣や魔物にも比毛を取らないくらいだ。
だからこそ警戒しなくちゃ此方が痛手を受ける可能性がある。なので計画は慎重に練らなくちゃな。
職場体験二日目の午後、アタシ達の対巨鹿作戦は始動した。
──“村”。
更に調べてみると、巨鹿が出現する場所には規則性がある事が分かった。
昨日はアタシ達が立ち寄った村に現れ、少し前は別の村に現れたらしい。この場所に来たのは更に前と……それだけならよくある事だが、一定の間隔で出現ポイントの近辺に来ているのが分かったんだ。
それも単純に日程で同じ場所へ現れるのではなく、一定の出現ルーティンを終えたらまた別のルーティンを行い、それを複数回繰り返しているらしい。
野生動物が縄張りを離れないのはよくある事だが、その範囲内でしかと物事を考えながら行動している。中々捕まらない訳だよ。
そんな感じでアタシ達が此処に居る事に気付いているのかいないのか、いる上で現れるのか現れないのか。全てが不確定って感じだ。
「取り敢えずこんなものでいいか。素直に掛かってくれるとは思えないが、無いよりはマシだろう」
「あからさまな罠ですからねぇ。あの巨鹿の知能はそれくらいすぐに見抜けるでしょうし」
仕掛けたのはシンプルな物。餌で釣ってガシャーン! と閉じ込めたりする感じ。
ま、それくらいは巨鹿なら見抜けると言うのがアタシ達の見解。だからこそそれを見越した上で二重トラップにしている。
それすら見抜く可能性は……まあ分からないしその時はその時だ。そもそもで此処に来ない可能性すらある訳だからな。
ある程度策は練るが基本的には脳筋で行かせて貰うぜ。
「“フレイムサーチ”」
準備を兼ね、炎の探知機にて巨鹿の気配を探る。少し眩しいかもしれないけど、今の時間帯的にはギリギリだな。午後、夕方の少し前くらいでそんなに暗くはない範疇。
黄昏時辺りなら太陽光と良い感じに混ざり合ってカモフラージュになるんだが、どのみち時間の問題か。今の季節は日も短いし。取り敢えず今は巨鹿がやって来るのを祈るしかない。
叢に隠れて息を潜め、巨鹿が現れるのを静かに待つ。
「そう言えば、先輩達の得意分野ってなんなんですか? アタシは見ての通り炎魔導で、ギルドマスターは剣とか使ってましたよね」
「ん?」
待機中、時間潰しを兼ねて先輩方に訊ねてみる。勿論小声でな。
巨鹿を討伐するに当たり、先輩達の得意分野を知っておく事で有利に運べるかもしれないからだ。
「ああそうか。確かに言っていなかったな。まあ一般的な魔導師と何ら変わらない。基本的なエレメント……は平均以下で全種類使える訳でもない。実践レベルで考えれば一人一つの魔導を扱うのが関の山だ。それも他の場所よりは遥かに劣る」
「成る程ッスねぇ~」
なんとなく予想は付いていた事ではあったな。基本的に平均以下であり、一芸はあるけど一芸がトップクラスという訳でもない。本当に平均以下のギルドって感じみたいだ。
それを踏まえた上で具体的な能力の説明に入る。
「自分は剣術とちょっとした強化程度に炎魔法を使える」
「私は魔力の付与かな~。他の人に魔力を与えて回復させんの。ま、一回使うと疲れるから連続使用は出来ないんだけどね~」
「拘束魔法。とは言え強度はそこそこ。精々麦や藁を縛っておくくらいだな」
成る程。確かに実践には不向き極まりない感じ。同じような魔導を使える、中等部の一、二年生であるアタシの後輩達にも遥かに劣る様子。
それでも要素だけ述べるなら剣と炎。魔力の回復。拘束術と応用性は高いけど、本人達の説明通り動物どころか素の子供すら止められないだろう。剣と炎は普通に危険だから除外するとしてな。
何はともあれそれを利用して巨鹿とどう戦うか。来ない事には始まらないが、作戦を練っておけば後に使える。更に経験を詰めばより良くなり、今後のギルド活動にも好影響を与えるだろうしな。
「取り敢えずそれに合った戦法を……と言うかアタシが参謀やっても良いんスか? まだ研修どころか職場体験って段階スけど」
「今更だろう。それに、ダイバースにて優勝に導いた実績もあり、そこの主将を努めているんだ。我らよりも優れているのは明白だしな」
「プライドにかまけて被害が増えたらその方が問題だもんねぇ~」
「そうだね。元より堕落していたのは自覚している。少しは立て直したという事だ」
「それは何よりッスね」
何はともあれ参謀役にはアタシがなった。
後は各々の能力を考慮して策略を練る必要がある。今一度言うけど、単純な分別は攻撃と回復と拘束。巨鹿が罠に掛かったとしてそこからの組み立て方が重要だ。
ま、何度も言うように巨鹿が現れるかどうか──
『──…………』
「……!」
炎の探知機に反応があった。
来ない可能性の方ばかりを考えていたけど、まさかまさかでこんなに早くやって来たか。
これは予想外……いや、元より相手する予定だったから現れる早さが予想外ってだけで想定内の範疇だ。作戦は戦いながら考えるとしよう。
巨鹿の動きを観察し、罠である檻に入るか確認。スンスンと鼻を動かし、餌の方へと近付いた。
アタシ達はゴクリと生唾を飲み込み──
「………」
『………』
ガシャーン! と閉じた音がした。
それと同時に飛び出し、檻の中に巨鹿が入っているのを確認。透かさず──
「……!」
「まさか……!」
「なぜ巨鹿が……!」
「外に出ているんだ!?」
仕掛けようとした瞬間、巨鹿は檻の外に出ており、アタシ達の方へ構えていた。
罠はちゃんと発動した。奥の方に行かなきゃ動かない仕組みだから外に出ている筈が無いってのにどうなってんだ?
「……! 成る程な」
巨鹿の足元を確認。理解する。
入った瞬間に片足を出しており、突っ張り棒として完全に閉め切らないようにしていたみたいだ。
当然体躯じゃ、奥からは巨鹿と言えど届かない。だから太めの木を後ろ足に仕込んでいたらしい。叢に隠れてるから足元までは見えなかったな。
アタシ達が逆に誘い出されたって訳か。まあこの程度の檻、元より破られる想定。二重トラップはあるって言ったしな。
「そらよっと!」
『……!』
巨鹿の足元に周りへ被害が及ばない程度の火球を撃ち付ける。
それによって檻の周りに仕掛けていた罠が作動。爆竹が引火して破裂し、大きな音と共に巨鹿の耳を劈く。
草食動物は物音に敏感だったりするからな。至近距離でこの音は堪ったもんじゃないだろ。
それだけじゃなく、引火と同時に煙を吹き出す道具付き。聴覚と視覚を同時に奪う魂胆だ。
(そして巨鹿の居場所はボルカ・フレムの探知機で分かる。一方的な攻撃が出来るって訳だ!)
ギルドマスターが飛び出し、炎を加えた剣で斬り掛かる。
煙は別にガスという訳じゃないから炎に触れても爆発したりしない。的確に急所へ……とは程遠いが、取り敢えず巨鹿の体に打ち当てる事は成功した。
『…………』
「なっ……!?」
その瞬間、ギルドマスターの体は蹴り飛ばされた。
切り口が浅く、奥まで到達していなかったか。巨鹿の剛毛は付与された炎で焼き消して肉体のみを斬れる剣だけど、単純にギルドマスターの実力不足だ。
そんなに量の無い煙も少しずつ晴れ、互いに視界は確保された。
『……』
「相変わらずセオリー通り仕掛ける鹿さんだ。投擲から入るのは理に適ってる」
晴れ切る前にツノで地面を抉り、土塊を放り出す。それに対しては普通に粉砕して防ぎ、相手は同時に駆け出した。
狙いは勿論アタシ……ではなく、
「こっち来た~!?」
「くっ……!」
他のギルドメンバー達。
こう言うのも失礼だけど、弱者を狙って数を減らすのは戦闘の基本。野生動物は互いの強者同士で縄張り争いしたりするけど、そう言ったルールは巨鹿にゃ適応されないみたいだ。
「ま、当然阻止するけど」
『……!』
周囲の植物に引火しない程度の炎を放出して加速。巨鹿を捉えて蹴り飛ばす。
それなりの重さはあるが、まあ吹き飛ばすくらい訳無い。木に激突して怯みを見せ、そこへ追撃するように嗾ける。
『……!』
そのまま二撃目もヒット。別方向へ吹き飛ばすも、巨鹿は体勢を立て直して衝撃を緩和。再び土塊をツノで抉って放り投げ、今度はそれと一緒に向かってきた。
弱者狙いは止めたようだな。アタシが居たらそれも成立しない事に気付いたみたいだ。
正面から向かい、アタシは属性無付与の魔力で強化して受け止める。
「悪くない一撃だ……!」
『…………』
魔力強化すれば生身が貧弱な人間でも強靭になれる。それもまた当たり前の事。
ツノと両手でグググと押し合い、互いに力を入れて弾き飛ばした。
少しの距離が空き、透かさず周囲へ影響の及ばない火球を放出。巨鹿の体を撃つ。
『…………』
「このくらいじゃ屁でもないってか」
ちょっとした幻獣や魔物以上の耐久力を有する巨鹿。これも当然か。
次のやり方を組み立てようと思案し、出方を窺う最中。巨鹿はピクリと何かに反応を示し、突如として翻るように森の方へと帰った。
「ありゃ?」
戦闘が始まってから数分。たったそれだけで帰るなんて一体……? 正直なところ拍子抜けだ。
「……まあ、いいか」
腑に落ちないところはあるが、一旦はこれでお開きって訳だ。
今日は此処に現れるまで巨鹿の情報も無かったし、昨日の傷が痛むとかが最も考えられる理由。そうじゃないなら或いは……と、当て無しで深読みしても仕方無いか。
「大丈夫ッスか? ギルドマスター」
「ああ、大丈夫だ。魔力で強化しているからちょっとした衝撃なら耐えられる」
今回の被害は初手で吹き飛ばされたギルドマスターの軽傷くらい。一重に魔力強化っても、その魔力の質や熟練度で強化の幅は変わる。アタシが受け止めた巨鹿の攻撃も、戦闘慣れしていないギルドマスターはこの有り様だ。
何はともあれこれで二日目は終了。職場体験も期間があるし、それまでに依頼人の意向を尊重して巨鹿を討伐するか。
アタシの職場体験二日目、巨鹿以外にそれなりの依頼も塾した後、終わりを迎えるのだった。




