第四百五十四幕 職場体験・二日目
──“雑貨屋”。
「おはようございまーす!」
「やあ、おはよう」
二日目の職場体験。私は雑貨屋さんに顔を出した。
朝から夕方までお仕事。それによって学んだ事はレポートに記す。職場体験は体験学習。今学期の成績にも大きく影響する。
だけど単純にお仕事も楽しくあり、此処に来るのが楽しみになっていた。
「今日もそんなに人は来ないと思うから、折角だし薬の調合を見てみるかい? 何だか興味がありそうだったからね」
「えっ、いいんですか?」
私が興味深く見ていたのもあり、店主さんに訊ねられた。
実際私は薬の取り扱いに興味がある。植物魔法を用いるに当たり、こう言った役職に就くのも悪くないと思っているから。最終的にどうなるかは分からないけどね。
なので断る理由も無く、ある程度お客さんの対応を終え誰も来なくなった後私は店主さんの動きを観察する。
「君は“魔専アステリア女学院”。授業で薬品についての知識は持っているだろう。だけどそれだけじゃなく、微細な調整や配合によって効果が──」
説明をしつつ、手慣れた動きで薬草を混ぜていく。
混ぜる度に色が変わり、粉末が散り、また混ざり合う。見る見るうちに変化し、気付いたら液体となり、ビンに仕舞われ新たな薬となっていた。
「これは最も基本的なポーション。効力は主に外傷……とまあそれくらいは知っているか。常識だからな」
「はい。粉末が液体になる過程を見るのは初めてですけど」
「魔法とは違い化学変化が起きて液体になるんだ。この薬草同士を混ぜるとな。一概にポーションとは言え、他の方法があったりもするんだ。しかしやり方は様々。道筋は一つじゃないが、最終的な到達点は一緒。何事もそう言うものだ」
「へえ~」
「ふふ、洒落た言い回しは出来ないな」
「でも何となく分かります。確かにそうだなぁと思いますよ。ダイバースとかまさにそうですし」
やり方を変えても同じ場所に辿り着く。それは多様の戦術からなるダイバースでも同じ。だから通じる物があると理解出来る。
そんな感じで他にも色々な薬の調合を見やり、一通りを終えた。
「薬学に興味があるみたいだけど、将来的には何をやるか具体的には決まっていないんだっけ?」
「はい。今のところ医療関係に興味がありますが、イマイチ見据えられなくて。ダイバースでも悪くない成績を残しているので興味があり、他にもお人形やミニチュアを作るのも楽しくて、何もかも定まらないんですよねぇ」
「フム、やりたい事が沢山あるのは良い事だよ。私の専門外なダイバースやミニチュア制作はともかく、医療については前みたいに中等部だから早いと言えばそうだが……医療関係の職に就くなら寧ろ今のうちに勉強しなくてはならないかもしれない。単純な知力は足りてると思うけど、より専門的な知識が必要になる。現時点で取れる資格は無いが、着手しておくに越した事はないかな」
「はい! なので最近は医療系の本も読んでるんです!」
専門知識は必要不可欠。何故ならそれが無くちゃ救える人も救えなくなるから。
店主さんの言葉に賛同し、向こうはフッと小さく笑った。
「それなら、この本を君にあげようか」
「この本は?」
棚の方へ行き、分厚い本が手渡される。
私の言葉に店主さんは返した。
「私が昔、医学薬学の知識を身に付ける為に使った本さ。丁寧に保管していたから傷は無く、新品……とまではいかないがそれなりに綺麗だろう。医療の知識。そしてダイバースにも使えそうな情報が書かれている。どちらになるとしても有用な筈だよ。……残念ながら人形やミニチュア制作については書かれてないけどね。まあ、接着剤的な方面なら色々。物作りにも役立つかもしれない」
「そんな悪いですよ。確かにあったら嬉しいですけど、大切な本じゃ無いんですか?」
「最近はすっかり読んでないんだ。その本に書かれた資格と情報は既に持っているからな。年齢的にバイト代を渡せないから、私に提供出来るのは昼食のまかないくらい。それも上流階級の君には不足と思ってね。だから代わりにこの本を授けようと考えたんだ」
「そんな……店主さんの料理は美味しいですし、不足だなんて思ってませんよ」
「そうか。それは嬉しいね。ま、単純に役に立つと思ったから君に渡したいんだ。受け取ってくれ」
店主さんは色々と考えその上で私に本をくれるみたい。
だったら断る方が失礼だよね。
「分かりました。この本を有り難く頂戴致します」
「ああ。そうしてくれ。私もその方が嬉しいんだ」
店主さんはニッと笑い、私は手渡された本を受け取る。
医療系。それは今後の参考にもなる。植物の本と併用すれば更なる幅が広がるかもね。
そんな感じのやり取りを経て再び作業に取り掛かる。今日も職場体験。頑張るぞー!
*****
──“魔専アステリア女学院”。
「皆さん、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
体験学習の二日目、今日も初等部の授業に参加する。
やる事は同じ。教師というのは代わり映えしないわね。いいえ、授業内容は変わるから変化は多い方かもね。これによって学ぶ事は……子供達の扱いかしら。と言っても四、五年くらいしか変わらないけれど、ほんの数年の差で随分と年齢が離れてるように思える。成長の時期だものね。
そんな事を考えつつ朝のホームルームを終え、一限目に取り掛かる。座学は担任が殆ど行うので私がする事も少ないから比較的楽ね。
──“算数”。
「図形の面積はこの様な方程式を用いて──」
数学……ではなく算数。名門校と言っても内容は普通の学校と同じ。ただ進行速度が早く、半年の内容を数週間で行ったりする。今は時期が時期だから二学期の総纏めと言ったところね。
尚更私の出番は無いわね。
──“歴史”。
「英雄より遥か昔。何れ世界を恐怖に包み込む魔王の祖ともされる存在は、異界からの剣士によって両断されました。その際に世界は四つの地域に分かれたとされます」
歴史。初等部では地理や世界史と一つに纏められている。それらを細かく学ぶのは中等部になってからだものね。
どうせなら中等部でも全て一つにしてその中で更に細かく分ければ良いと思うけれど、流石に大変なのかもしれないわね。
内容はこの国や世界であった事件について。明確な記録が残っており、神々が本当に居たとされるこの世界。その証は全部揃っているけど、目の当たりにした訳じゃないから今でも議論されている。
まあ、私個人の感想なら居た方が面白そうだから賛成派ね。
──“語学”。
「それにより、闇に包まれた青年は目的を果たし、光の女神様と末永く幸せに暮らしました」
語学の時間。基本的には小説や文学の読み方や物語の本筋を推測し、そこに出てくる言葉の意味などを理解するというもの。
歴史と違ってフィクション部分が多かったりする。だけど事実を元にした話もあるからその辺を間違わないようにしないとね。
──“魔導実技”。
「“魔弾”!」
「“身体強化”!」
四限目は実技。昼食前に程よく体を動かす感じ。
エレメントに派生しない基礎の基礎を執り行い、魔力に体を慣らしていく。慣れていなければ自身の魔力に蝕まれて体を壊す事もあるから大事なことよ。
──“昼食”。
「ウラノ先生! 一緒にお昼食べましょう!」
「食べましょう!」
「私は一人で……いえ、そうね。そうしましょうか」
昨日仲直りした二人が私を誘う。
すっかり仲良しで何よりね。私は一人で食べるつもりだったけど、こう言った交流も体験学習の一環。しっかりと勤めを果たしましょうか。
──“薬草学”。
「これがポーションの材料となる物であり、それによく似た此方はハイポーションとなります」
薬草学。
中等部では薬学だけど、あくまで薬草を中心に行うのが初等部。
安全な物から危険な物。ハイリスクハイリターンだからこそ重宝される物。一重に薬草と言っても様々。あくまで種類を覚えるのが初等部の在り方ね。
調合とかは中等部に入ってから。理由は危険だから。中等部や高等部であっても、専門的な部分には踏み込まない。あくまで素人でも応用が利く範囲に絞られているわ。
──“魔導座学”。
「組み合わせによるエレメントの変化は以前にやりましたね。今回はそこから更なる派生について行っていきます。例えば土魔導。それは性質変化によって様々な鉱石に姿を変えます。実践は中等部になってからですが、現段階で行える簡単な変化として──」
最後の授業は魔導の座学。
単一のエレメント変化や組み合わせによる派生。担任が言うように実践は中等部からだけど、知識は入れておく。
火ならプラズマとなり、水なら氷。風なら雷。土なら他の鉱物。それを完璧に扱えるのは大人でも殆どおらず、難易度が高いもの。なので知識としてしか取り込めない……というのが本音ね。
私のお友達になら基本が性質変化とエレメント同士の組み合わせからなる植物魔法を扱えるティーナさんが居るけど、彼女は代わりに通常のエレメントをあまり上手く使えないという制約もある。一長一短、完全に扱えるのは知り合いだとルミエル先輩くらいかしら。
そんな感じで今日の授業も終了。昨日のようなちょっとしたトラブルも無く無事に終われたわね。
教師の体験学習は基本的にこれの繰り返し。ティーナさん達の日々は変化し続けるのかしら? 一日の経過時間も、時間で言えば変わらないけれど体感が長く感じているかもしれないわね。
何はともあれ、私の二日目はこれで終了するのだった。
あくまで私の二日目はだけれどね。




