第四百五十三幕 ギルドと外交・一日目の終了
『……』
「来たか」
踏み込み加速。今度は向こうから突進してくる。
風を切り突き抜けて来る速度は相変わらず。けれど反応自体は余裕で出来る。
周囲に引火しない程度の調整で移動し、巨鹿の側面に回し蹴りを打ち込んだ。
『……!』
「やるな」
やはり倒れたり揺らいだりもしない。素の攻撃ならまだしも魔導による加速付与の攻撃でこれ。普通にスゴいな。ダイバースの地区予選くらいなら気絶まで持ち込めるくらいの威力だってのに。
感心はさておきそのまま空中へ移動し、最高点への到達と同時に頭上から降下して踵落としを食らわせた。
巨鹿の頭は下がるが四肢で踏ん張り、巻き上がった砂が落ちるよりも前にアタシは追撃するよう蹴り抜いて飛び退く。
『……』
「そんな芸当も出来るのか!」
巨鹿は地面にツノを突き立て、土塊を飛ばして牽制。瞬時に踏み込み、土を目眩ましとして突進してきた。
基本的な攻撃手段は近接。魔導を使えば遠距離から一方的な攻撃は出来るが、ヤワな力では弾かれてしまう。となるとあのツノを折ったのは中々の強者。もしくは今居るメンバー以上の多勢に無勢だったのかもな。
何にせよ穏やかな事じゃない。折られてる時点で穏やかも何もないけど。
『……』
「けどま」
感想を思いつつ突進は空へ回避。先程と同様、一直線に突き進んでくるから避けるのは難しくない。
そのまま炎で浮遊し、相手が見上げると同時に火球を放出した。
火球ってもこれまた周りに引火しない程度。だからかな。いつもより簡単に弾かれているのは。
『……』
「うおっと、なんて跳躍力」
後ろ足に力を込めて跳躍。アタシの眼前に迫る。普通にジャンプ力もあるし、空中も完全な安全地帯じゃないな。
正面に炎を放って小規模な爆発。防御するように弾き、空中で行われた一瞬の攻防の末互いに着地した。
『……』
「そら!」
地面に着いた瞬間に突進。アタシも突撃し、ぶつかってきた頭を足で抑える。
しかし魔力を使わない単純な力比べだと押される。なのでそのまま巨鹿の頭をクッションとし、バク転のような形で離れる際に小さな火球を連続してぶつけた。
「ちょっと大きめにぶつけるか」
『……!』
小さな火球で怯んだ後、少し大きな物をぶつけて爆発させる。熱と衝撃波にやられ、巨鹿は動きが鈍くなる。
流石にダメージになったみたいだ。ホントにただの野生動物かってくらい頑丈な相手だけど、捕獲する事は叶うかもな。まあこの場で仕留めなくとも行く末は肉料理とかになるんだろうけど。出ている被害が被害だしな。
「人間のエゴと言やエゴ。人間を自然の摂理に組み込むとしたら生存競争と言えば生存競争。食うか食われるかだ」
『…………』
大きめの爆発でダメージは負っている。けれどまだまだ動ける様子。アタシも体力には余裕がある。互いに戦闘は続行可能。
間髪入れずに炎の爆発力で加速。そこから微調整して引火しないよう飛び交い翻弄。上下左右と高速移動で錯乱させる。巨鹿はアタシを追うので精一杯。隙はある。
「今までの傾向からするに、至近距離の一撃なら的確にダメージが入るみたいだな」
『……!』
掌に炎を込め、巨鹿の体に触れると同時に発火。火柱と共にその肉体を燃え上がらせる。
熱に押されて藻掻き、周りの酸素は減っていく。止まったところで炎で加速させた回し蹴りをまた側面に叩き込む。数センチ離れ、回転からそのまま姿勢を整え両手から炎を放出した。
「“ツインフレイム”!」
『……ッ!』
「動物は基本的に炎が嫌いだもんな!」
初の呪文を交えた威力高めの炎を受け、巨鹿は更に苦痛で暴れ回る。
このまま行けばじわじわと削って倒せる……と思いきや案外冷静であり、おそらく呼吸を一瞬止めて近くの川に飛び込み鎮火させた。
畑は水場も近いからな。冷静なら火を消す事は可能。普通の動物は熱さと息苦しさでそこまで頭が回らないと思うけど、この巨鹿は本当に賢いな。
その直後、巨鹿は踏み込み駆け出した。
『……!』
「あ!」
──森の方へ。
「待て!」
っても待つ訳無いか。明確なダメージを受けて逃げ出したみたいだ。
追い掛ける事も出来たけど、村人やギルドメンバーの安否確認もしなきゃな。今は一先ず保留。こんなに手痛くやられたら暫く人里には降りて来ないだろうしな。
あの巨鹿の件はこの期間のうちに解決するとしようか。
他のクエストも塾すとして、アタシは巨鹿の捕獲or討伐を今回の目的に据えた。骨のある相手だったぜ。手加減せざるを得ないとは言え、明確に取り逃がした訳だからな。暫く来なくなってもいつかはまた降りてくる筈だ。
何はともあれアタシ達の一日、それは終わりを迎えるのだった。
*****
──“港町・大通り”。
お昼を終えて数時間、私達は大通りの方へとやって来た。
建物の数が多くなり、人通りもかなり増えましたが相変わらず潮の香りも漂っていますの。女の子を楽しませる為にこの数時間色々と遊び回りましたわ。
「たのしかった……」
「ふふ、それは何よりですわ!」
単純にして一番嬉しい感想。この子が楽しんで貰えたなら私冥利に突きますの。
行った遊びと言えば屋台に出されてた魔的とか本物のお魚を使っていない釣りなど単純な物。景品もいくつか入手しましたの。お堅い人にならご令嬢がする事じゃないと言われてしまいそうなものですわ。
しかしそれによって笑顔になったのならばそれが何よりですの。
「さて、そろそろ日も暮れてしまいますわね。貴女のお母様かお父様はいつまでお仕事を?」
「……わかんない」
聞いてみましたが存ぜぬとの事。娘とは言え、親のお仕事を全て把握している人もあまり居ませんわよね。当然ですわ。
ともすれば既に終わっている可能性もある。許可は取っていますので誘拐などの騒ぎにはならないと思いますが、念の為に一度戻りますか。
「それでは一度帰りましょうか。まだまだ見て回る場所はありますが、時間も時間ですものね」
「……うん」
ちょっと名残惜しそうでしたが、立場を理解しているので承諾する。
それについての教養もしかとあるのですわね。令嬢なら尚更必要な事柄。感心しつつ彼女の手を引き、私達は外交場に戻った。
「行って戻るだけで結構時間が掛かりましたわね」
「既に規定時間に達してますわ」
夕暮れ。クラスメイトの言う通り体験学習にも時間制限はありますので私達もそろそろお帰りの時間ですわ。
数時間で進んだ道のりは数キロにも及ばない。それだけでこんなに時が経過するのですわね。楽しい一時は一瞬ですの。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「うん」
「あら、ずっとお待ちしておりましたの」
「ええ、貴女方なら万が一の危険も無いとは思っていましたが、専属の侍女として見守るのが務めですから」
「お勤めご苦労様ですわ」
「少々気になる言い回しですが……まあいいでしょう」
おそらくですが、私達が町を見て回っている間にも監視の目はあったのでしょう。
魔道具にせよ魔導にせよ人その物にせよ、この様な幼い女の子を放っておく訳にはいきませんものね。特にお偉方の娘さんとお見受け出来ますし。
「如何でしたか。お嬢様」
「たのしかった!」
「それは良かったです」
屈託の無い笑顔でそう告げられ、侍女長の方もニコやかに笑った。
今さっきの堅い表情とは真逆ですわね。これが素なのか、それとも……。詮索は止しましょう。双方の立場と言うものもありますものね。
「ではお二方、そろそろ私達は此処から立ち去りますわ。一応体験学習の一環ですので今日のレポートを纏めないといけませんの」
「楽しかったですわ!」
「明日も来ますので、また会えると良いですね」
「うん、バイバイ」
「……」
女の子は小さく手を振り、侍女長は深々と丁寧に頭を下げる。
体験学習は数日に渡って行われる。今日は午前中だけ会談等に参加しましたが、午後は女の子と一緒に町の様子を窺うという理由で歩き回りましたからね。
楽しかったのでそれは問題無いとして、主体は大人方の話を聞く事。それについて得られる物は少ないですが、外交という名目はちゃんと守りましょう。
「それではごきげんよう」
最後に挨拶を交わし、私達は帰路に着く。
あの子が明日も此処に来るかは分かりませんが、思い出になっていてくれたら良いですわね。
私達の体験学習。一日目が終わりを迎えましたの。




