第四百五十二幕 緊急クエスト
──“クエスト”。
「よしっ。これで五つ目の依頼も塾しましたね」
「はぁ……はぁ……そうだな……」
「疲れた~」
「一日にこんなにしたのは初めてだよ~」
アタシ効果で集まった依頼。それを順調に終え、今日一日に終了の目処が立った。
内容は大きな物ではなく、物探しやさっきのようなペット探しと小さなもの。けれどその人にとっては大事な依頼。しっかりと塾してやったぜ!
「まだ案外時間に余裕ありますね。更にいくつか行きますか?」
「無尽蔵の体力……」
「少し前に中等部の部活動を終えたとは言え、現役だった学生のダイバース選手。ずっとサボってた自分達じゃとても追い付けないな……」
そんなに大した依頼は塾してないけど、やっぱり体力不足だな。理由は本人達が言っている通りサボり癖からの運動や練習や諸々の不足。
それでも一般人よりかはそこそこまあまあ体力があるかもな。一日中動き回る事は出来たし。
少ないなりに最低限の生活出来る程度の収入は入っているみたいだから、一日中寝ているよりは体力があるようだ。
「それじゃ終えますかぁ。この同一っぽい依頼ならまだやれそうでしたけど」
「“作物を荒らす犯人を見つけて”……か。確かに同じ犯行っぽいのが複数件あるな。罠には引っ掛からず、人間の可能性が極めて高いみたいだ」
「犯人探し~? それって仮に見つけたら一晩で終わらない可能性もあるよ~」
「疲れてるし、こんな状態でそれは大変過ぎるよ……」
一理あるっちゃある。
犯人が次に何処に現れるか、仮に見つけたらどうやって捕らえるか。田畑が多い近辺でそれらの特定は骨が折れるし、複数犯だったり手が付けられないくらい狂暴だったら全員で掛からなきゃ到底捕まえられない。
今の体力じゃちょっと厳しいな。
負傷者とかの報告は無いけど、作物荒らされるってのは軽く見られている割に死活問題と思うんだよな。
でもまあ、それでこのギルドメンバーが復帰出来ない程の怪我を負ったら元も子も無いか。
「帰りますか。それを決めるのはギルドマスターですし」
「そうするよ。急ぎの物は無さそうだし、残りの依頼は後日に少しずつ進めても終わらせられる。今は休養を第一としよう」
これによりアタシの職場体験、ギルドでの一日は終わりを──
「──た、大変だ! 村の方にモンスターが……!」
「……!」
その直後、向こうから人が走ってきた。
どうやらこの先にある村の住人で、避難勧告を兼ねて人々に知らせているらしい。
それを聞いた周りはザワめき、各々が行動を始めた。
詳しく聞いてみるか。
「どうしたんですか。村にモンスターって。襲われたとか暴れてるとか」
「あ、ボルカ・フレム選手! それと今日話題のギルドの皆さん」
「話題になってたのか……!」
「喜んでる場合じゃないッスよ」
ギルドが話題に上がっていて生じた綻びは兎も角、村人は言葉を続ける。
「実は農作業を終わらせようとしていたところに、急に巨大な動物がやって来て……作業していた皆を吹き飛ばし作物を食べ始めたのです。負傷者も何人か出ていて……あれはモンスターに違いない!」
「ちょ、これって……!」
「ああ。依頼の犯人……!」
「動物の犯行って訳ですか。だとしたらかなり賢い動物ッスね」
複数の依頼があり、痕跡を残さず罠にも引っ掛かっていない事から人間の犯行と思われたけど、まさか動物とはな。
それがモンスターって言葉を信じるなら幻獣や魔物の仕業って可能性もあるけど、取り敢えず今回の星が近場に居るのは間違いない。
「そろそろ引き上げると言っていましたが、どうします。ギルドマスター」
「……そうだな。目星が近くに居るなら確かめてみる価値はある」
「折角私達を知ってくれてる人だもんね~」
「一丁やってみますか」
「ああ、緊急クエスト開始だ!」
知名度が皆無に等しかったのもあり、知られているというだけで少し気分が良くなっているメンバー。お陰で疲労が残り帰りたいと話していたにも関わらずやる気に満ちていた。
その意を汲むのは当然の礼儀。アタシは魔力を込める。
「そんじゃ、“フレイムヒール”」
「……! 疲れが……」
「取れてく……」
「炎の応急処置魔術ッスよ。熱で疲労回復を図るんです」
「そんな事を出来るなら最初から使って欲しかったような気もするけどね」
「医者や聖職者ならともかく、本業じゃないアタシの魔導は半ば無理やり細胞を活性化させて自己治癒力を上げるだけですし、専門家がいないなら自然回復に越した事はないですよ」
「それはそうか」
ルーチェの聖魔法とからならまだしも、本職じゃないアタシの回復術は対象者にそれなりに負担もある。数回なら良いけど、使い過ぎると後日に響くとかな。
そんなこんなで村の方へ。クエストが終わったばかりだったからこの近くであり、数分のうちに到着した。
「あれが」
「モンスター……?」
「ただのデカい鹿ですね」
『…………』
作物を荒らしていた事から察せたが、別に肉食獣ではなかった。
まあ鹿は肉を食べられない事もないんで限りなく草食に近い雑食だけどね。それでも肉食獣やモンスターよりはまだマシ。あの大きさで危険なのは変わりないけどな。
「あの角で一突きされれば一溜まりもない。負傷者の避難優先、後は何とか抑えるか」
「そッスね。んじゃ、アタシは避難の方に行きます。炎魔導しか使えないんで作物や周りの植物に引火したら大変ですから」
「そうか。確かにそうだな。見るからに危険な鹿。君の力を借りられないのは懸念があるが、人命優先だ」
以上の理由からアタシは後方へ回る。引火物の多い場所でも草原とかレンガ造りが多い街ならまだやれるけど、畑に森がある村。火事になったら鹿……巨鹿より遥かに被害が出ちまう。
なので避難優先。後は頼れる……ようになる努力中の先輩達に任せるか。凶暴とは言え、魔力を使えず幻獣でも魔物でもない野生動物。止めるくらいなら先輩達でも──
『……!』
「なにっ!?」
「なんて速さだ!」
「……あらら」
巨鹿は踏み込み、畑の土を巻き上げながら突撃する。
鹿は時速70㎞くらいだけど、あの巨鹿は倍以上の速度を出しているな。あのメンバーじゃ避けるのが精一杯か。
「くっ……想定外……体力を回復してなかったらやられてた……!」
「ただの野生動物とは思わない方が良いかもね……!」
「人の仕業って思われるくらいの知能の持ち主だからな……!」
ギリギリで回避成功。ギルドマスターは臨戦態勢に入って剣を取り出す。
今の時代、銃や剣。他者を傷付ける可能性のある物は使用が制限されている。魔導と同じだな。
なのでギルドという立場かつ、やむを得ない事態の時に限って武器を使用することが出来る。
「はあ!」
『……』
ギルドマスターが剣を振り下ろし、巨鹿は己のツノで受け止めた。それによって火花が散る。
今の時期の鹿角は一年で最も硬いとされている。そして神経や血管が少ないから一番強いとも言える。それに加えてあの大きさ。ギルマスの剣と拮抗し、その体を弾くように吹き飛ばした。
「くっ……!」
「だったら魔法で遠距離攻撃!」
『……』
メンバーの一人が見兼ねて杖から魔弾を放出。巨鹿は頭でそれを受け止め、少し後退るも弾き返して反射させた。
「うそ!?」
返された魔弾はメンバーに直撃。自分の魔力でダメージを受ける。
思った以上に手強いな。一気に二人やられた。ティーナが居りゃ植物で拘束出来るんだけど、この面子じゃちと厳しいか。
ある程度避難させたらアタシも加勢するとしよう。
「この……!」
そしてもう一人が巨鹿へ攻撃。また簡単に振り払われてしまう。
これでギルドの全メンバーは撃沈。改めて全メンバー三人っておそろしく少ないな。実力もちょっと足りないし、燻っていた理由がよく分かる。
とは言えこの巨鹿。ちょっとした幻獣や魔物、モンスター以上の実力だな。
『……』
「……?」
よく見りゃアイツ……片方のツノが極端に短い。さしずめ縄張り争いで敗れたか、勝利したものの折れたか、密猟者にでもやられたか。
何れにせよ暴走にも近い興奮状態。アタシ達が来た時点で暴れてたしな。メンバー達は早めに手助けしよう。
「これで一通り避難させたか……他の人達は目印にした火の元へ向かってくれ! アタシは巨鹿を止めてくる!」
「わ、分かりました!」
「任せます! ボルカ・フレム選手!」
炎による道標。それで安全圏へ向かわせ、炎の探知機で逃げ遅れた人の姿を確認。引火しない程度の火の網を張り、万全の状態で巨鹿へ飛び掛かる。
『……!』
「炎で攻撃しなくても、やり方はあるんでな!」
炎で加速し、巨鹿の顔に蹴りを噛ました。
言葉は通じてないんだろうけど、取り敢えず叫んどけば威嚇の意味合いくらい込められるっしょ。
これで逃げれば良し……じゃないけどこの場は収まる。反撃するなら捕縛か討伐が濃厚か。既に作物の被害は多大。群れや家族の様子も無く、原因は分からないけど角が折れた事によって我を忘れて暴走している。やれる事は限られてる。
『……』
「やっぱ強いな」
アタシの加速した蹴りを受けても倒れず、踏ん張って頭を振るう。それによってアタシの体は弾かれ、そのまま地面に足を擦って着地。直後、そこ目掛けて突進してくる。
間髪入れない追撃。やるな。
「けど、これくらいならダイバースで何度も受けてる。それどころかアンタ以上の攻撃は沢山されて来たぜ!」
『……!』
時速は百キロ越え。けど音速やそれ以上の相手とダイバースで渡り合って来たんだ。遅過ぎるって事はないけど、アタシにとっちゃ力不足。
目掛けて来る巨鹿の下部に入り込み、その下顎に蹴りを打ち付け仰け反らせた。
「上なら引火の心配は無い!」
『……!』
掌から火炎を放出。巨鹿の頭を焼き払う。
普通ならこれで終わり。致命傷を免れても野生動物なら逃げ出す筈だけど、
『……!』
「……!」
思いっきり頭を下げ、燃え盛るツノをアタシに叩き付けた。
大したタフネスだ。怯みはしたもののしかと立ち、反撃までしてきやがった。
「逃げないってことは、最後まで戦うって事だな!」
『………』
ツノは躱し、頬へ蹴りを打ち込み離脱。距離を置き、アタシと巨鹿は一定の間合いで向き直った。
『……』
「まだまだやれますよってか」
ザッザッと前足で地面を擦り、体を振るわせる。それによって炎も消えた。
振るわせて奮い立たせてんな。一連の行動から単なる野生動物じゃないのは流石にもう理解してるぜ。
「まさか一日終了間際のチルタイムにこんな相手と会えるとはな。ちょっとしたモンスター討伐よりも難易度が高そうだ」
『…………』
因みに全部独り言のようなもの。だって動物の言葉は分からないしな。意志疎通出来る幻獣や魔物なら通訳も出来るかもしれないけど、今のアタシからしたら作物を荒らす害獣退治。元々そう言うクエストだ。
一日の終了間近、骨のある巨鹿が入り込んで来た。




