第四百四十八幕 雑貨屋・配達のお仕事
──“雑貨屋”。
お昼休憩を経て、私は午後のお仕事に取り掛かっていた。
お客さんの数は程々。閑古鳥が鳴くレベルではないけどゆったりした落ち着く空気が流れていた。
厳密に言えば店主さんだけで事足りるくらい。なので私は減ってない品物を並べたり意味の無い事を繰り返す始末。うーん、結構退屈。
「あまり来ないですねぇ」
「まあ、平日の昼間だからね。漢方や薬草を取りに来るお客さんはご老人ばかりで、月の始めには一ヶ月分を取り揃えているのが大半だから今の時期は必然的に暇になるんだ」
との事。
確かに毎日飲むお薬なら数日分を纏めて出すのが当たり前。傷薬とかを毎日使うのは余程やんちゃじゃない限りは無いし、理由としては至極当然の事だった。
雑貨屋なのでお菓子とかご飯とかもあるけど、前述された通り今は平日の昼間。込み合うのは夕方時になりそうだし、そもそもで専門のお店は至る所にあるから常連さん以外はそんなに来ないよね。
そこで店主さんは思い付いたように話す。
「そうだ。ティーナ、君はもう箒に乗れるんだよね?」
「……? はい。乗れますよ。十五歳になりましたので」
「それじゃあ配達をお願い出来ないかな」
「配達ですか?」
それは配達の申し出。
店主さんは頷いて返す。
「ああ。客層には中々買いに来れない人もそれなりに居るんだ。足腰の悪いお客さんや、忙しくてそんな暇が無いお客さんとか色々。そろそろ月末も近付いてきているからね。私は来月の分の薬を早めに調合しておく必要があるんだ。一人で経営しているから中々手が回らずいつもギリギリになってしまうんだが……君が代わりに配達に行ってくれれば薬の調合も余裕を持って終わらせる事が出来る。そして君自身が他のお客さんにも知って貰える機会があるという訳だ」
店主さんは個人経営であり、お客さんが少なくても決して暇じゃない。特に次の月の発注がある月末は。
箒や絨毯のような乗り物があるとしても配達に時間は掛かってしまう。なので私と分断する事で円滑に進めようという魂胆。的確だね。
私としても暇を持て余していた頃合いだし、今日はずっと室内だから丁度良いや。
「分かりましたー! それじゃあひとっ飛びしてきまーす!」
「任せたよ。住所と受取人、他の詳細は名簿に書かれているからそれを見ながら行ってきてくれ」
「了解です!」
箒は持ってきてないので店主さんから借り、名簿を見て行き先を確認。
名簿もお薬も落とさないようにしっかりと固定し、二度三度の調整をして私は飛び立った。
「この風を切る感じ、悪くないよね~」
箒に乗るのは数週間振り。普段の光景は地上からの物だけど、空から見るとまた一風変わってくる。
強固なレンガ造りの建物に歩廊。立ち並ぶ衣替えし始めた街路樹や道行く人々、動物達。人間・魔族・幻獣・魔物のみんながこの季節の装いとなって歩いていた。
もちろん空を行く人達もおり、箒や絨毯、翼や能力と様々な手段で舞い進んでいる。空にもちゃんと交通ルールはあるから守らないとダメだよ。
見慣れた景色の見慣れぬ位置から進み、最初のお家に辿り着いた。
「こんにちはー! 雑貨屋でーす! お薬を届けに参りましたー!」
「おや、可愛いお客さんだねぇ。バイトの学生さんかい?」
「はい! 職場体験であの雑貨屋さんのお手伝いをしています!」
出てきたのは優しそうなお婆さん。しかし魔力で動く椅子の魔道具に座っており、足腰が不自由なのは見て取れた。
その上でお薬を飲んでいるんだね。元気そうだけど、結構大変なのかも。
「折角だからお茶でもどうだい?」
「いえ。まだ他の場所にも配達がありますので遠慮しておきます! お婆さんみたいに待っている人達が居ますから!」
「ふふ、優しいお嬢さんだねぇ。気を付けてね~」
「はい! ありがとうございます!」
お薬を渡して挨拶のみを交わし、また箒に股がる。手を振りながら飛び立ち、次のお客さんの元へ向かった。
「高い所からだと海と山が一望出来るね~」
空から見てみると別の発見もある。
私達の国、この街。そこは海と山に囲まれた自然豊かな場所だった。
確かに“魔専アステリア女学院”からも見えるもんね。それなりに大きな都市だけど、自然と共存して此処にあるというのが改めて分かった。
そんな景色を眺めつつ、次やそのまた次のお客さんのお家へ飛び行く。
「あら初めてのお嬢さんねぇ」
「はい! 職場体験で──」
「お待たせしました!」
「やあ待ってたよ。ここの漢方薬は効くんだ」
「あら貴女、ティーナ・ロスト・ルミナスじゃないかい。有名人が薬を届けてくれるなんてあたしゃ運が良いよ」
「アハハ……ありがとうございます」
みんな穏やかでいつもの店主さんじゃない初対面の私にも優しく対応してくれる。
配達のお仕事は分かりやすい名簿のお陰もあってサクサク進み、最後の配達場所にやって来た。
「此処が最後の……」
その場所は、医療施設。
こう言った場所で雑貨屋さんから取り寄せる必要は無いようにも思えるけど、大量発注されている。
病院ともまた少し違う雰囲気の場所だけど、もっと専門的な場所から取り寄せたりしないのかな? そんな疑問を思いながら私は施設内に入った。
「……」
閑散とした空気。しかしちゃんと人の気配はある。しかも少なくない。
こんなに大人数の……患者さん? が居るなら尚更専門的な場所から薬を入手した方が良さそうだけど、それをしないってことは何かしらの事情があるって事だよね。
一先ず受付の方へと向かう。
「すみませーん。雑貨屋ですけど……」
今までみたいに大きな声では呼べない。場所が場所だからね。その辺はちゃんと弁えているよ。
すると奥の方から年配の女性が出てきた。
「あらあら、お待ちしておりました。それでは此方へ」
「お邪魔します」
静かな雰囲気の女性。私は会釈して受付内に入り、お薬とかが置かれている部屋に案内された。
一目見て分かるように数は少なく、かなりカツカツの様子。苦労しているのは一目瞭然だった。
「初対面で失礼ですが……なんだか大変みたいですね。建物もかなり年季が入ってるみたいですけど……」
「ふふ。ええ、そうですね。この施設は……」
女性が口を開いた瞬間、周りから声が聞こえてきた。
それは明らかに幼く、年端もいかないような……私が感じた沢山の気配ってもしかして……。
「せんせー。この人だれー?」
「おきゃくさーんー?」
「いつもの人じゃないー?」
「こ、子供達……それもスゴく幼い……」
「ええ。此処は……家族に不幸があった孤児達の施設なんです」
「み……孤児……」
両親に不幸があった。子供達の前である以上、なるべくオブラートに包んで話しているけど、この子達に家族は居ないという事。
何だか胸が痛む。私にはまだパパが居るけど、その気持ちは痛い程よく分かっているから。そしてこの子達にはどちらも居ない。私は息を飲んだ。
「この子達を貴女だけで?」
「あながち間違っていないけれど、少し違うかしら。此処は元々、私と夫の二人で経営していてね。収入が少なくても、子供の居なかった私達にとって可愛い子達と過ごせるのは天職だったのだけれど……最近は夫の体調が優れない日が続いてねぇ。私も昔より動けなくなって大変なのよ」
「そうなんですか……」
この仕事に対して誇りは持っているみたいだけど、体がその心意気に追い付けなくなっちゃったみたい。
何とかしてあげたいけど、一学生の私じゃどうにも出来ない。パパに援助を頼む……とは言え、こう言った場所は一つじゃない。一つだけ特別扱いにするのも色々と亀裂を生むかもしれない。難しいところだね。
せめて私だけで何かやれるような事があれば……。
「おや……今日はあの店員さんじゃないんだな」
「……っ」
「アナタ……! 動いて大丈夫なの!?」
「ああ、今日はいつもより調子が良いんだ」
すると子供達の奥から旦那さんの方もやって来た。しかし私はその姿を見て絶句してしまう。
肉がほぼ無く、骨が見える程に痩せ細った体。足腰も不自由であり、子供達に魔道具の椅子を支えて貰いながらやって来る。
酷い状態……調子が悪いとは言っていたけれど……これ程なんて……。
「おっと……」
「あ……!」
「じっちゃん!」
「だ、大丈夫ですか!?」
立ち上がろうとして蹌踉めき、子供達が更に集まって支える。それと同時に私も植物を扱い、旦那さんの体を支えた。
「あまり無理はせず、これで休んでください……」
「ありがとう。しかしこれは……植物魔法か。フムフム……人形を媒体にした……かなり高度な魔法じゃな」
「そんな状態で観察を……」
「主人は昔から魔導研究気質でね。万病に効く魔導とか他人を幸せにする魔導とか色々研究してましたの。結果、作れた魔法はこれくらいですけど……」
「「「おはなー!」」」
そう言い、奥さんは指先から花を咲かせる。ヒラヒラと散り、子供達はそれを見て笑顔になっていた。
「何をう……。これでも昔は植物魔法を詳しく調べての……女の子に教えた事もあるんじゃぞ。その子は見る見るうちにメキメキ上達してのぅ」
「はいはい。私は才能がありませんでしたよ」
「そうは言って無いじゃろう。その子が凄かっただけじゃ」
旦那さんは昔魔法を教えたりもしてたとの事。奥さんはムスッとし、それを見兼ねて透かさずフォローをする。
夫婦仲は良さそうだね。調子が悪く、かなり弱っている状態でも軽口を叩き合える関係性なんだ。今日は調子が良いと言っていたし、こう言うのも久々のやり取りなのかも……。
それならせめて……。
「……“アロマテラピー”」
「……!」
植物を咲かせ、そこから体を癒す香りを放った。
病気には対処が難しいけれど、精神を安らげ苦痛を緩和する効能のある魔法。治せなくても、少しでも楽にしてあげたい。
「どうでしょう。少しは楽になりましたか……?」
「おお、これはスゴい……見る見るうちに力が漲って来たぞ」
「まあ……! 一人で立つなんて何ヶ月振りかしら……」
植物の力を得、旦那さんは自分の力で立ち上がった。
それに対して驚きの表情を隠せない奥さん。本当に何ヶ月もこんな状態が続いていたんだ……。
「これなら出稼ぎに……」
「出来ませんよ。フラフラじゃないですか。少しでも楽にして下さったのだから、甘んじて安静にしなさい」
「おおっと……」
此処以外でも何かしらのお仕事はしていたみたいだね。だけど当然それは制される。
あくまで応急処置。効力も持って数時間。少しでも長く旦那さんと一緒に居たいのが奥さんの心境なんだね。
「ありがとうね。主人がこんなに元気になるなんて……」
「すまないのぅ。若いの……む? よく見れば……主、ティーナ・ロスト・ルミナスか! ダイバースの!」
「私を知ってるんですか?」
「ああ。寝たきりでやれる事なんざ魔道具で映像を見たり音を聞くぐらい。ダイバースの大会は漏れ無く視聴しておるよ」
体が不自由な為、やれる事は少ない。だからこそ私の事も知ってるみたい。
少しは有名になった私だけど、それによって誰かの元気になっているならそれは良い事かな。
「そうかそうか。そうじゃ主、今は時間とかあるか?」
「え? うーんと……此処が最後の配達場所なので少しは……」
「そうかそうか! それならこの子達と遊んでやってくれ! ワシも妻も見ての通り老いぼれ。子供達の元気には付いて行けないからの」
「それくらいならお安いご用です!」
子供は好き。だからちょっと職場体験をサボる事になっちゃうけど、子供達と遊ぶくらいの時間はある。
このご夫婦は自分の身より相手や子供達の方が大事という崇高な人間性をしている。その力になれるなら私に断る理由は無かった。
「ふふ、本当にありがとうねぇ」
「おねえちゃんがあそんでくれるのー?」
「わーい!」
「うん。何して遊ぼっか!」
そして時間の許す限り子供達の相手をする。確かに元気もりもりで大変。中等部かつ部活動で鍛えている私も追い付けない気力がそこにはあった。
それから数十分程度だけ相手をし、医療施設を後にする。医療施設なのはガワだけで、実態は孤児院の役割を担っているんだね。いや、ある意味子供達の心を治療しているのかな。
「それでは、私は雑貨屋に帰ります」
「かえっちゃうのー?」
「もっとあそびたいー!」
「こーら、お姉ちゃんは忙しいの。ワガママ言わない!」
「ほっほっほ。ワシに掛けられた魔法の効力は数時間と言ったところ。その間ワシが遊んでやろう!」
「ホント!?」
「わーい! ひさしぶりのおじいちゃん!」
旦那さん、本当に魔導の専門家だったんだ。時間は言ってなかったのに既に効力まで把握してるや。多分昔はスゴかったんだね。
そんな感じで配達を終え、私は再び箒に乗って雑貨屋さんに戻る。次に来るのはまた一月後だから私はもう来る機会が無いけど……職場体験の後もプライベートで来てみよっかな。
そんな事を思い、小さくも明るい医療施設を後にするのだった。




