第四百四十七幕 職場体験・いつものアステリア女学院
──“職場体験・魔専アステリア女学院”。
自分の学校にて職場体験を行う私。教員という職業は間近で見る機会の多いものだけれど、実際にやってみると勝手が変わっていくわね。
受け持ったクラスは初等部の四年生。一年や二年生だとまだ学院に慣れ切ってないから変な緊張を生み出す可能性があったり、五年生や六年生は慣れ切っているので私の勉強にならないから。
受け持つと言ってもお手伝いくらいで私自身が授業をする訳じゃないけど、それでも苦労はする。
ある程度落ち着きを見せる年頃だけど、まだまだ未熟な所は目立つものね。
「ウラノ先生。この方程式について教えてください」
「ウラノ先生ここ……」
「ええ、順番にね。此処は……」
素直で良い子達揃いではある。だけども幾分歳が近いのもあり、担任じゃなくて私に質問する子が多い。
初等部の質問になら全てに答えられるけど、担任の立場を奪っているようで気が引けるわ。
「礼!」
授業が終わり、休み時間になる。だけど教師に休み時間は無く、次の授業の準備や資料を纏めたり進行を考えたりと忙しない。
「ウラノさん。次の授業で使う資料ですけど──」
「ええ、分かりました」
初等部の教師陣も職場体験の私を一教師として扱ってくれる。
そもそも“魔専アステリア女学院”の教師という存在も下手な大手より遥かに狭い門。職場体験という形であれど、一度はしてみたいと言う人は引く手数多でしょう。
そんな場所での現在、手は抜けないわ。
「次の授業は……」
時間割は来る前に確認済み。資料もそれに伴った物であり、最終確認を終えて教室へ。
質問はされるけれど授業自体は既に学んだ事。前述したように分からないという部分は無いわね。問題は座学じゃなく実技の方。私の魔導は特殊だものね。教えられる事があるかどうか。魔導の知識はあっても行える事は少ない。一番厄介ね。
「そして地上は生成され、同時に生き物が広まったのです」
学問は理科。生命の誕生について行っている。
一説では微生物から進化したと言うものがあるけれど、私達の世界ではある日を境に今の姿で突如として生き物が生まれたという説もある。
その説を否定するような化石とかも発見されてるのだけれど、それは形が何処かおかしく私達や他の動物達と当てはまらない箇所があるとか。
とは言えそれは初等部や中等部、ましてや高等部でもやらない事。古生物学や考古学の専門的な話ね。
この教科も問題無く終わり、次の授業……個人的には一番問題のある“実技”へと移行する。
「それでは基礎魔力の操作を行ってください。何か分からない事があれば私やウラノ先生に聞く事」
「「「はい!」」」
まずは準備体操のようなもので魔力操作から。初等部は基本的に六年間基礎を学ぶ。なので基本が出来ていれば問題は無いのだけれど、エレメントの扱い方を教える事が出来ないのが少し問題ね。
仮に将来、本当に教師になるのなら実技は担当しないと思うけど、職場体験の現在はそうもいかないって訳。
まあ基礎の魔力操作は出来るから今日は大丈夫そう。
「準備体操が終わったら実践開始です。今日は的当て、身体能力強化で行いましょう」
生徒達が魔弾で的当てを行っていく。
初等部だけど“魔専アステリア女学院”だけあって難易度はそれなり。担任が魔力で的を作り、動くそれらにぶつけるのと身体能力を強化して様々競技に臨むのが魔力操作の実技。
まだ属性への移行は少ないわね。初級魔法は既に授業で行っているけど、慣れていない状態で使うと想定外の被害が起こる可能性もあるもの。最大限の安全は確保するのだけどね。
「ウラノ先生! まだ授業ではあまり使えないエレメントの基本ですけど、なにか扱うにあたってのコツとかありますか!?」
「そうね……」
そして危惧していた質問がされた。
本魔法でどうやって説明しようかしら。私じゃなくても良いかもしれないわ。
「私は特殊な魔法の使い手でね、四大元素は扱えないの。その代わり私よりも相応しい先生を紹介するわ」
「え?」
パラパラと“魔導書”を開き、指定ページを捲る。
魔法の物語はありふれている。教えるのが上手な人が出てくる話は多いわ。
「物語──“魔法学校”」
「……!」
“魔導書”から魔法学校の先生を召喚。
魔法学校の先生なら“魔専アステリア女学院”の教師陣もそうだけど、フィクションの先生はまた勝手が違う。
要するに現実より都合は良いわね。全肯定という訳じゃないけど、教えるのは何の問題も無い筈よ。
「それでは皆さん! この魔法の使い方は──」
これで私の問題は解決。先程も思ったように仮に将来教師になるとして、本魔法だけの私は少し難しいかもしれない。それを補える術は持っておく。
そんな感じで授業終了まで誤魔化せた。
午前中の日程も終え、お昼休み。私はいつも通り、厳密に言えばティーナさん達と一緒に過ごしてなかった頃のように一人でゆっくりと昼食を摂る。
彼女達のように気の許せる友人と食事をするのは悪くないけど、基本的には一人の方が気が楽ね。周りに気を使う必要は無いし、自分のペースで食べられる。
“魔専アステリア女学院”は環境も良いから景色を眺めながらの静かな食事も至福の時となるわ。
「……?」
すると向こうから声が聞こえた。
此処は山の方じゃないけど人のいない場所。穴場スポットだったのに誰か来るなんて。
それも初等部の校舎近く。私が初等部の頃から使っていたけど誰か来た事なんて無かったというのに。
ツイてないと思いつつ、この場を離れようか思案する。
「はあ……」
そうしているとその声はため息となる。何か悩み事かしら。なるべく面倒事には関わりたくないわね。この場を離れようかしら。
けれど自然と足はそちらに向かう。ティーナさん達に影響されてしまったかしら。こんな非合理的で面倒な事に自ら足を踏み入れるなんて。
厄介事に関わらず、平穏に安定して過ごすのが私の目標なのだけれど。
「どうかしたのかしら? ため息なんか吐いて」
「あ、ウラノせん……先生」
「何その含み……ああ、先輩と先生で言い悩んだのね。どちらでもいいわ。呼びやすい方で」
「それではウラノ先生で」
「結局そちらなのね」
悩んでいたのは私の担当するクラスの生徒。大人しくて自分から発言をしないタイプの子ね。
職場体験に当たって受け持つ学年の子の名前と特徴は全員覚えているわ。その方が教師をするなら楽だもの。単語を覚えるのとそう変わらないから簡単よ。
さて、そんな事より悩みがあるならと訊ねる。女の子は少し俯き、陰鬱そうに口を開いた。
「実は……些細なことで友だちとケンカしてしまいまして……それで……」
「謝りたいけど謝れないという事ね。謝れば良いじゃない」
「そんな簡単なことじゃありませんよ……」
「ごめんなさいの一言で済むのに? 簡単じゃない」
「それはそうなんですけど……」
「その勇気が出ないと言った所ね。私には分からない感情だけれど、結局は貴女自身の問題じゃないかしら」
「それもそうなんですよね……」
理由もやり方も分かっている。なのに行動に移せない矛盾。行動出来ない理由を探した方が良いのかしら。
私達は友人間での喧嘩とかは無いものね。たまにティーナさんが暴走するけれど、それについても彼女を止めれば自然と謝罪する。ティーナさんが純粋で素直と言うのもあるけど、この子が素直じゃない……って訳でもなさそう。要するに感情論の問題ね。
感情に対する対処法は寄り添い、区切りを付けさせる。催眠魔導でも使えないと他人をコントロールするのは難し過ぎるわね。
「イマイチ曖昧な返答。謝りたくない理由で考えられるのは恥ずかしいとか負けを認めたくないとかそんな稚拙なものよ?」
「まだ初等部ですもん……」
「それもそうね。なら寧ろ謝るのは簡単のような気もするけど。大人みたいに必要無いプライドを持ち合わせていないのだから」
「ひつようないプライド……?」
「少し難しかったかしら……取り敢えず、仲良くなりたくないとか優位に立ちたいとか相手を見下してるなら謝らなくても良いんじゃないかしら」
「そ、そんなことありませんよ! あの子とは昔からのお友達で……今もずっと仲良しなんですから!」
「なら何の問題も無いでしょう。そうね。お昼休みのうちに仲直りしちゃいましょうか」
「え!? そんないきなり……!」
「仲直りしたいの? したくないの?」
「したいです……」
「なら決定。貴女がそう思っているように向こうもそう思っている筈だわ。喧嘩の内容が本当に些細な事なら、それくらい許せない相手とは縁を切るのもいいわね」
「それはゼッタイにダメです!」
「フフ、そう」
ハッキリと言い切れるなら大丈夫そうね。なるべく他人の問題には関わりたくないけど、今の私は教師。先を生きる者として道を示さなくちゃならない立場。
私には無いけど、幼い頃の後悔が後の人生に影響を及ぼすなんてザラにある。そんな遺恨は残させないようにしなくちゃね。
「最後に一つ、私の同行はいるかしら?」
「ウラノ先生の……」
自分だけで解決するか、私に頼って解決するか。どう転んでも悪くない。彼女に“選択させた”という結果が大事なの。
ただ私に言われて謝っただけじゃ心の底で残るモノがあるかもしれない。なるべく自分の意思に委ねさせる事で自分で道を切り開くという事を覚える。
「それでは……」
そして私達はその場所へ向かった。
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「その……あの時はヒドイこと言ってごめんなさい! 私、これからも仲良くしたいから……!」
「わ、私だって……仲良くしたい……私こそごめん! 意地張っちゃって……先にあやまりたかったけど……アナタの方が大人だったみたい……」
謝罪は無事に成功。初等部で取り返しのつかない事態にはそうそうならないものね。「ゴメンね」「いいよ」で済むならそれが一番。
因みにあの子の選択は私が付いていくものだけど、視界に入らないように見守る事だった。
それについても正解。これが最も適切な選択かもしれないわね。
私が近くに行けば、向こうは私に言われて仕方無く謝ったと誤解する可能性もある。だからといってあの様子から一人では中々謝る勇気が出ず言い淀んでしまうかもしれない。
私が近くに居る安心感と自分自身が振り絞れる勇気。それが合わされば今後の自信にも繋がる。
「良かったじゃない」
一人言を呟き、私はその場を後にする。
仲直りしたのならあの子達に任せれば良いだけ。これ以上口出しする理由も無いもの。
お昼休みもそろそろ終了。午後に差し掛かる。私の方は問題無いけど、ティーナさん達、不馴れな場所で大丈夫かしら。ボルカさんは心配要らないと思うけどね。




