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ロスト・ハート・マリオネット ~魔法学院の人形使い~  作者: 天空海濶
“魔専アステリア女学院”中等部三年生
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第四百四十五幕 職場体験・やる気ない冒険者ギルド

 ──“職場体験・冒険者ギルド”。


「しゃーッス! 今日はよろしくッス!」


 アタシの体験先、“冒険者ギルド”。立派な建造物に広い敷地を前にアタシは胸を踊らせていた。

 のだが、


「あー、職場体験だっけ。それじゃここにサインと学校名を記入して」

「わざわざご苦労だね~」


「……成る程な~」


 思った以上にだらけきっていた。

 一応学院側で話を通しているのだが、どうやら出身校を知らない様子。伝えられてないのかも知れねぇ。

 取り敢えず紙とペンを渡されたんで書こうとする。しかしまた問題が。


「すんませーん。インク切れてるんですけど」

「え? あー、ここ数年使ってないからね。日向に置いておけばいずれ溶けて使えるようになるよ」


 この体たらく。予想以上にギルドってのは衰退しているらしい。

 しかも乾いて固まったであろうインクを日光で溶かすって……。原始人でももう少し頭を使うぞこれ。

 取り敢えずインクを溶かすのは賛成として、炎を調整して使えるようにした。


「それじゃこれッス」

「あれ? もう書けたんだ。ども~」


 本当に興味関心が無いな。仕事が無いとは言え、探す気力すらって感じだ。

 ギルドメンバーは書いた紙を確認もせず気だるげに奥の部屋へ行く。あそこがギルドマスターの部屋か。別に忙しい訳じゃないだろうに団員にだけ任せて自分は部屋で待っている。ダメダメだな~。アタシでも呆れるぞ。

 それから少し景観を眺めながら待機していると、奥の部屋からギルドマスターがやって来た。


「やあやあ。よく来たね。まさかこんな場所にあの“魔専アステリア女学院”から職場体験に来てくれるとは物好きな。将来はよく考えた方が良いぞ!」

「第一声がそれッスか」


 なんだこの人。此処に来るのは間違ってるとでも言いたげな立ち振舞いで来やがった。

 まあ確かに一理ある。まだ数分しか居ないけど、その言葉の意味はよく分かった。

 そんなギルドマスターの言葉に他のメンバーも反応を示す。


「え? “魔専アステリア女学院”? なんでこんな所に来ちゃったのさ」

「仮想世界のゲームとかのイメージを持ってるならやめとけやめとけ。ここはそんな華のある場所じゃないんだ」

「あの世界的名門校からね~。へ~」


 誰一人としてアタシが“魔専アステリア女学院”という事を知らなかった様子。ま、薄々気付いていたけどな。

 やる気は全然感じられないけど、ギルドマスターはまだ理解しているだけマシってどんなレベルの低さだよ。

 そんなこんなでギルドマスターは説明する。


「それじゃ仕事内容を説明しよう。かつては隣国への遠征とかモンスター討伐とか人々の憧れの存在だった冒険者ギルド。今じゃ見る影もないのは見ての通り」

「自分で言うんスね」

「そんなギルドだけど、ちゃんと今でも人々の役には立っているんだ……多少はね」

「付け加えた」

「主な仕事はペット探しから草むしり、ゴミ拾いにお手伝いと多種多様。仕事は尽きないぞ!」

「そうッスか」


 そうは言うものの、ギルド内を見るだけでも至るところにゴミが落ちており散らかっている。

 しかも受付にお客さんの姿は一つも無し。こりゃ苦労しそうだな。

 そこでギルドマスターはアタシにバケツと雑巾を手渡した。


「それじゃ、まずは雑用からだ! ギルド内外の清掃を頼む!」

「私の部屋もお願いね~」

「その後でゴミ出ししてきてくれ」

「料理とか作れるならご飯もお願いね~。あと洗濯も」


「は、はあ~!?」


 なんだコイツら。雑用は良いとして、家事全般をアタシに押し付けて来やがった。

 このくらいの人数ならすぐに終わるけど、それにしても自分でやろうとすらしないのはどうかと思う。

 学院生にもお手伝いさんとかを雇っている人は居るが、それは家政婦さんの仕事になる。面倒事を全部押し付けるだけ押し付けて自分は何もしないというのが組織として終わってる。何度も言うが、これが忙しいとかなら分かるけど、全くそんな様子は無く小型魔道具の端末を弄ったり菓子を食べたり各々(おのおの)で暇潰しを始めやがった。


「こりゃ、アタシがギルドを叩き直さなくちゃならないかもな」


 今の冒険者ギルド。それが世界的に廃業寸前なのは分かっているが、多分ここまでのレベルの低さは類を見ないタイプ。

 中等部三年生でまだまだガキのアタシだが、行動で示すしか無いようだ。


(まずはゴミの位置確認)


「おーい、何をうろちょろしてるんだ? 掃除は手を進めなきゃ終わらないぞ」

「早くしてね~。この後洗濯とご飯作りと部屋掃除も残ってるんだから」


 地味に小言も腹が立つ。アタシも面倒臭がり屋ではあるが、流石にこのレベルは無い。

 でも取り敢えず無視し、ゴミの位置は全て把握した。一気に終わらせる。


「“フレイムロード”!」

「炎!?」

「ちょっ……これ……!」

「全部燃やす奴があるかァ!?」

「何やってんだお前ェ!?」


 張り巡らせた炎で辺りを焼き払い、ギルドメンバー達が慌てふためく。

 ちょっとスッとしたぜ。パチパチと火花が散り、風に巻かれてゴミは焼失した。アタシは他のメンバー達を見やる。困惑や怒りと言った表情。そりゃそうか。

 んでも、アタシはそんなに仕事が雑じゃないんだぜ。


「なにカリカリしてるんスか。見てくださいよ。全部終わったでしょう?」

「……!」

「そ、そう言えば……」

「ゴミだけが綺麗さっぱり……」

「周りの物には焦げ痕一つ付いてねぇ……」


 ちゃんと調整し、ゴミだけを的確に燃やした。この手の人達だし、これはゴミじゃないって言われないように一見ゴミのように見えて配置的に違うであろう物も巻き込まずにな。

 アタシは次の場所に向かう。


「次は部屋掃除ッスね。任せてください。一つ残らず灰にしますから!」

「ま、待って! やっぱり部屋掃除は自分でするから洗濯……ううん、ご飯とかお願い!」

「分かりましたー!」


 無事とは分かっても炎を間近で見たら警戒はする。燃やされる可能性を植え付け、部屋掃除と洗濯は回避した。

 後は環境が悪いな。多分手抜き料理が蔓延してるだろうし、美味い飯を食わせて少しでもやる気を高めさせるか。


「材料は……成る程な」


 食材を見、アタシはまた肩を落とす。

 新鮮さに欠ける野菜や果実。パサパサの肉。硬いパン。

 買い貯めだけし、後は放置してロクに料理もせず食べてたのが窺える食材の数々。

 これらをどう料理してあの面々の説得をするか。取り敢えず美味いもん食えば話は聞いてくれるだろうしな。


「新鮮さは無くなってるけど、腐ったりカビてる訳じゃない。旨味も多少は残ってんな。そしたらそれを引き立てる方向だ」


 買ってから時間が経っている食材の調理には、ちょっとばかし自信がある。

 家じゃ割とそんな感じだし、趣味のキャンプとかも食材を厳選したりせず安さ重視で買ってるから慣れてるんだ。

 例えばこのパン。噛むと歯が折れるんじゃないかってくらいに硬いが、ふやかせば丁度良い硬度になる。

 何でふやかすのかと言えば、丁度野菜スープを作るつもりだったしポタージュ的な感じにすれば万事解決よ。

 新鮮じゃない野菜も工夫次第で味が引き立つ。それを上手く利用して、あるだけあって使われてない調味料や自身の魔力で仕込む。賞味期限の無い物もあるし、素材本来の味で旨味を出す事も可能だ。


「一丁上がり。後はこれを人数分だな。元々販売されてただけあって下処理のされていない野草よりよっぽど楽だ」


 一人言を呟き、料理を完成させる。

 売りに出されているという事は品種改良が施され、味わい深くなっている代物。下処理されてない野草は安全な種類であっても苦みや渋みが強すぎて食えないって事もあるからな。新鮮さが無くなった程度の野菜は容易い。農家さんの努力の賜物だな。


「おまちどおさまでェース。完成しましたァ!」

「この短時間でこの量……!?」

「しかもなんだこの香ばしい匂いは……!?」

「新しく買ってきたのか!?」

「ギルドにあった残り物ッスよ~。腐ってないやつッスね」

「そんなバカな……!?」


 あの食材でこの料理を作った事に驚きを隠せない様子。アタシは持ってる知恵を使っただけ。同じようにすれば誰でも出来る事なんだけどな。

 テーブルも既に掃除を終えてるのでズラッと並べ、アタシ達は料理を食す。


「へ……へっ、所詮は余り物。味なんてお粗末な物に決まって……」


 口に含み、数回噛む。食したメンバーは目を見開いた。


「う……美味い……! 口に入れた瞬間野菜のフレーバーが広がり鼻を通り抜けていく! 硬かったパンを浸す事で程好い柔らかさとし、敢えて芯を残す事でサクサクとした食感でも楽しませるような工夫! スープとパンと野菜! そう! どれか一つではなくスープとパンと野菜がそれぞれ絶妙に調和し、互いに互いを引き出し合っている! さながら長年競い合ってきたライバル同士のように己を高め合い、気付いた時には周りに敵はなく自分達の世界だけが広がっていたような感覚ッ! 父親のように事の目標となりうる深い味わいの中にはまるで母親のような温かさが含まれており、一家団欒が口内を迸る! 口に運ぶスプーンが止まらない! 噛み終えるよりも、食し終えるよりも前に次の味を運びたくなるような焦燥に駆られる! 味わいのパレード! これこそが理想の料理! 美味ァい!!」


 すげェ勢いで食レポしてら。

 途中から例えが多くて何を言いたいのか分からなくなってきたけど、まあ好評のようで良かった。

 その反応で他のメンバーも食べ始め、その中の一人が怪訝な表情でアタシの方を見た。


「ま、まあ……美味いよ。美味い。けど、腐った食材を使わずに捨てるなんてな~。今はまだ平和だけど、いつ食べ物が尽きるか分からないこの世界。例えダメになっていてもすぐ捨てるって発想は頂けない」


「そこで準備したのが此方。周りの食べ物の影響で程好く発酵してたんでそのまま別の料理にしておきましたよ。食材を粗末にするのは本末転倒ですから」


「んなっ!?」


 絶賛されたのが気に食わないのか、屁理屈みたいに捏ねてたけど、その辺も抜かりない。この料理に使ってないってだけで捨てたとは言ってないしな。

 世には発酵食品やカビを食べる習慣もあるんだ。ま、それは限られた物で全部の食材がそうって訳じゃないけど、今回の代物はたまたまそちら方面に使われている品。アクセントにお一つどうぞって感じだ。


「さ、流石に腐った物を出すなんて……」

「おい、言ってる事が変わってるぞ。完敗だ。彼女、ボルカ・フレムは我々の中でも随一の実力者だ」

「勝負なんて最初からしてないんスけど」


 何か知らんが勝った。本当になんでだ?

 実力以前にただ掃除して料理を作っただけでこの評価。どんだけ最底辺のギルドだったんだよ此処は。

 ギルドマスターは頭を下げる。


「数々の非礼、詫びよう。見ての通りの有り様で、食うや食わず、サボり癖が根を張ってしまってな。今居るのがこのギルドの全メンバー。諸々で卑屈になってしまっていた。斯く言う私も現状で満足している訳じゃないが、妥協してしまってな。向上心を完全に忘れていた」

「ごめんなさい。あの“魔専アステリア女学院”から来たって事で嫉妬しちゃった……。中等部相手に良い年した大人が情けないね」

「悪かった」

「すまん……!」


「いや、いいッスよ。ぶっちゃけ気持ちは分からなくも無いですから」


 仕事が減り、思うような成果も出ない。かつて程の栄光が無くなったギルドとは言え、上位組織では今でも国の首相や重役の護衛などと言った大きな仕事も入るんだけど、そんな事が微塵も起こらない此処の人達の気が滅入るのもなんとなく分かる。次第に何かをしようって気も無くなり、生きていけるならそれで良いと妥協しちまう事もあるからな。

 生きる上での充実感を最優先とするアタシからしたら我慢ならない事だ。

 それにつき、食事を続けつつ今後の方針について話す。


「そこで、折角キミのように優秀な人材が数日間だけとは言え職場体験で来てくれた。少しさっぱりした今、このギルドを立て直すのに力を貸してくれないか? 中等部であるキミにそれを聞くのは酷な事だが……」


「別に良いッスよ。そう言った社会経験をする為の職場体験ですから」


「おお、それは助かる」


 流石に今回のギルドは特例なんだろうけど、今後何かをするに当たってこう言った壁にぶつかる可能性はある。これもまた経験だな。

 取り敢えず外観とかを見てパッと思い付いた事を話すか。


「まずは外観ッスね。見た目は悪くないんですけど、全体的に老朽化でガタが来たりボロボロになってます。外に散ってるゴミも問題。まずは……修理費用とかは無理でしょうし、手の届く範囲を綺麗にしたらどうですか?」


「成る程。確かにゴミの日に忘れて以降そのままになってしまっている。それを野生動物や浮浪者が荒らしてより散らかり、片付けるのも面倒な程だ」


 古くからあるであろうこのギルド。建物の老朽化は仕方無いにせよ、誰でも出来るような事から手をつけるのが一番大事。

 そんな感じで食事の後、アタシ達は外観周りの清掃を開始した。


「そんじゃ、掃除で大事なのは……まずやるのは当然として、如何に楽するかです。面倒だとそれだけ億劫になるんで、楽に的確に終わらせる。それが一番ですよ」


「確かにそれはそうかも~。面倒臭い作業をしてキレイにしても、またどうせすぐ汚れちゃうんだからって放置しちゃうんだよね~」


「その発想が出てくるという事は……キミも割と面倒臭がり屋なんだね」

「そうッスね~。どちらかと言えば楽しくない事はあんまりしたくない感じッス」

「ふふ、気に入ったよ。ボルカちゃん。ただの完璧超人だと気が引けるけど、一気に親近感湧いちゃった!」


 ぐうたらな女性ギルドメンバーに気に入られた。アタシにも通ずる事があるから波長が合うのかもしれない。

 そんな感じで、アタシの職場体験はまず掃除から始まる。ティーナは馴染みの雑貨屋だから大丈夫として、他の面々はどうなってるか気になるな。

 アタシの方は上手くやれそうだ。

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