第四百四十四幕 職場体験・馴染みの雑貨屋さん
──“数週間後”。
体育祭が終わり、そろそろ二学期の長期休暇も見えてきた頃合い。二学期最後のイベントと言える職場体験が近付いていた。
一先ず私の研修地は馴染みの雑貨屋さん。薬品や植物も扱い、私の性に合っている場所。
クラスでも職場体験の話で持ちきりだった。
「何処に行くか決めましたか?」
「私はお父様の経営する貿易会社に行きますわ」
「私は見聞を広める為に敢えて一般的な企業へ向かいますわ」
「私は他国から許可を得たのでそちらへ」
世界的な有名企業からそこまでの大きさを誇らない中小企業。他国にまでと範囲は幅広い。
私達のグループもそれについて話していた。
「結局ティーナはいつもの雑貨屋にするんだろ?」
「うん。ボルカちゃんは何処に決めたの?」
「今時流行ってないけど、アタシの性に合ってるかもしれないから“冒険者ギルド”にしたぜ。この世界じゃまだまだ未知の場所は多いから意外と密かに活動してるんだと」
「ボルカさんらしい行動力の高さですわね。因みに私は外交を主体とした場所ですの。手っ取り早く多くの種族と交流出来ますものね」
「ルーチェちゃんらしいね~。ウラノちゃんはやっぱり図書館?」
「いえ、考えが変わって“魔専アステリア女学院”の教員にしたわ。初等部の子達になら中等部の私でも教えられるからね」
「「へえ~!」」
前に話した通りの場所。やっと決めた場所。前の話から変わった場所。私達の中でも色々。
でもまさかウラノちゃんが教員の体験を選ぶなんてね~。確かに似合ってるかも。
「となると全員バラバラだな~。職場体験中に会う機会は無さそうだ」
「そうだねぇ~。可能性があるなら一定の場所に留まらないで世界中を見て回るボルカちゃんくらいかな? 馴染みの雑貨屋さんにもポーションとかの回復アイテムは売ってるから、もしかしたら寄る機会があるかも」
「私も外交ですので海外に向かう方とは会うかもしれませんが、このメンバーではボルカさんくらいとしか会わなそうですわね。他のクラスメイトは何人かおりますが」
「此処に留まる私は誰とも会わないわね。強いて言えば備品の調達があるティーナさんくらいかしら」
当然の事ながら行き先はバラバラ。職場体験中は他のみんなと会えなさそうだからちょっぴり寂しい。
でも将来的にはお仕事でそう言う機会の方が多くなるんだし、今のうちに経験しておかないとね。
「皆さん。授業を始めますよ」
「あ、そろそろ授業開始か」
「じゃあ席に着こっか」
「それではまた後程~」
「じゃ」
先生もそのタイミングでやって来たので私達は席に着く。
授業はいつも通り進行し、今日も終わる。また数日が経過後、職場体験の日となった。
──“職場体験当日”。
「それでは、今日から職場体験が始まります。今日は学校に集まりますが、それ以降は現地で集合してそのまま一日を過ごす形になります。終わった後、また学校に戻り解散とし──」
職場体験の詳細が担任の先生から話される。
集合は学院だけど、それからは現地で行動を起こす。そして学院に戻り、それぞれの寮に帰る感じ。部活動はもうないからね~。
基本的には現地集合が主となる。学院に集まるのは今日くらいかな。
私達は正門に向かう。
「そんじゃ、暫くお別れだ」
「半日後には寮で会えるんじゃないかな? あ、でも場所次第じゃそこで一日過ごしたりするのかも」
「そうですわね。ボルカさんの向かう冒険者ギルドは外交や貿易とはまた違う観点から世界を回る職業。任務によっては一日中帰れないなんてザラだそうですの」
「そのキツさから冒険者になる人は極端に減り、今じゃ衰退の一途を辿っているそうよ」
みんなの説明に「へえ~」と頷く。
確かに内容の厳しさや諸々の観点から人が減るのも分かる職業。今は世界的に平和だからかつては冒険者の華とされていたモンスター退治なんて滅多に無いし、純粋に力を振るいたいならダイバースがある。
更に詳しく聞いてみると迷いペット探しとかが主体になっていて、そもそも仕事が無い日の方が多いとか。
仕事は少なく、あったとしたら数日は拘束される過酷な環境。そんな所に行くなんてスゴいね。ボルカちゃんは自分に合ってると言うけど、割とのんびりでアウトドア系が多くなる所がそうなのかな。
「ま、仕事が無いなら無いで良いし、人や動物探しも気配が読めるアタシにピッタリ。んで、たまに秘境やダンジョンでも見つかれば誰よりも早く未知を探索出来るらしいしアタシ好みって訳だ」
「そう言う意味なら確かに適任だね~」
そんな感じで職場体験前の雑談をしつつ、それぞれの場所に向かう。
私の場所は近場。ウラノちゃんは学院。ルーチェちゃんが人間の国と他国を繋ぐ場所。ボルカちゃんが何処かのギルド。見事に近場と遠方で別れたね。
私は馴染みの雑貨屋さんへ赴くのだった。
*****
──“職場体験・雑貨屋”。
「おはようございます」
「お、来たね。本当に此処で良かったの? “魔専アステリア女学院”生がこんな街の雑貨屋で」
「はい。私、結構人見知りするタイプなので店主さんからお客さんまで顔見知りの多い此処の方が落ち着くんです。まだ将来的にやりたい事も決まってませんから」
「そうか。まあ学生……それも中等部なんだから将来が不明瞭なのは当然だよ。周りは決まっていても焦らず自分のペースで進むのが一番さ。ま、限度はあるけどね」
「ふふ、そうですね」
“魔専アステリア女学院”では、中等部どころか初等部から将来が決められている生徒が多く、その人達もその将来のレールから外れないように勤しんでいる。
私やボルカちゃん、ウラノちゃんのように中等部の三年生でも将来就く職業が決まっていない方が例外なの。
その中でもボルカちゃんとウラノちゃんは臨機応変に対応すると思うけど、私が本当に大変かな~。
そろそろ決めなきゃならないかな。でも分からないんだから仕方無い。一先ず今は目の前の事に集中しなきゃね。いつもと違って単なるお手伝いじゃないお勉強だから。
「客も昼間はそんなに来ない。気楽に行こう」
「分かりました!」
何はともあれ営業開始。お部屋だけどやる事自体はいつもと変わらない。商品を出したり並べたり、たまに来るお客さんの対応。
「それじゃ、指定した薬草を倉庫から取ってきて」
「了解です!」
そして薬の調合。
店主さんは薬剤師の資格も持っており、薬草の調合を行う事が出来るの。
傷治療の薬草と病気治療の薬草を組み合わせ、より効果的な物を作り出す。
薬草達に含まれる成分は止血作用のあるタンニンや咳止めとなるサポニン。物によっては麻酔や沈痛作用のあるアルカロイドも使われている。
全部をテキトーにごちゃ混ぜにするのではなく、適切な物を適量だけ入れて慎重に混ぜていく。薬は配合次第で毒にもなるからね。命を預かる身として手を抜いた仕事は出来ない。
「あ、しまった。薬に必要な材料が足りない。買い出しに行かなければ」
すると、店主さんが話す。うっかり材料の一つを忘れちゃったみたい。似たような薬草は多いから揃えるのも大変だよね。
けどそんな時は私の力が役に立つ。
「それなら店主さん! その薬草を教えて下さい! 私が出しますから!」
「そうか。君の植物魔法……うん、頼むよ。欲しいのは──」
「任せてください!」
足りない薬草を教わり、魔力でイメージしてそれを生み出す。
植物の特徴が分かればそれを作り出し、永続的な魔法へと昇格させれば薬の材料に早変わり。
種類が分かれば再現出来る。植物の本は読み込んでいるからね。ちゃんと成分もその通りだよ。
いくつか作り出し、それを店主さんに渡した。
「これで大丈夫ですよ!」
「ありがとう。助かったよ。お客さんは少ないから買い出しに行っても良かったけど、必ずあるとは限らないからね」
店主さんに褒められて気分が良い。そこから薬を調合し、売りに出す漢方薬やポーションが作られた。
此処の雑貨屋さんは小さいなりに品揃えが豊富で本当に色々ある。街の人からも愛されてるんだ~。
「それにしても、君の植物魔法は本当にスゴいね。薬草の変化からして本物と遜色無い。医療の世界じゃかなり重宝される魔法だよ」
「そんな……そこまでじゃないですよ。植物魔法の前列が他より少ないだけで……」
「いや、そこまでの力だよ。確かに植物魔法使いは珍しいとは言え、居ない訳じゃない。しかし決まった植物を永続化させる魔力出力と精密さを扱える人はその中でも更に限られている。君の魔法なら食べ物や薬、様々な道具を生み出せるからね。人々の暮らしをより豊かにし、他の動物やこの星を潤す事も可能な力なんだ」
「そうですかね……」
植物魔法の影響力。それは私が思っているよりも凄まじいのかもしれない。
イマイチピンと来ないけど、店主さんはそうお墨付きをくれた。そして更に言葉を続ける。
「ふふ、将来的にやる事が決まってないのなら、医学の世界か環境保護の世界に行くのも良いかもしれない。何れも高い能力と優しさを重視される。君にピッタリだよ」
「医療と環境……」
その言葉で、私の新しい道が示された気がする。
ミニチュア製作とか、このままダイバースとか。選択肢が無かった訳じゃない。ただ将来的にその職業に就いてどうなるのか不明瞭だっただけ。
ミニチュアはアイデア。ダイバースは高水準の能力を要求されるからね。最初の数年から十数年は良いかもしれないけど、アイデアが尽きたり体力が衰えたら引退せざるを得ない。
その点医療や環境保護は、勿論体力や高い能力は必要だけど、肉体的に衰えても培った知識で補える。その分経験も増えるから、デメリットを帳消しにも出来るんだよね。
そう考えると確かにその道に行くのは良いかもしれない。長く険しい道になるのは間違いないけど、努力だけでなる事は出来る。
「まあ、私から出来るのはただのアドバイス。現時点の私は雑貨屋の店主でしかないからね。上から物は言えないよ。そう言う道がある。それだけ覚えてくれれば将来的に行けるかもしれない。決めるのは君自身だ」
「……はい。ありがとうございます」
思わず空返事になっちゃったけど、確かに光が見えた気がする。店主さんは作業に戻り、私も手伝いを続行。
中等部三年生で始まった職場体験。それにより、私は将来の道筋が少し増えた気がする。
そう言えば、ボルカちゃん達も頑張ってるかな?




