第四百四十幕 塔倒し
「次はアタシらの出番だな!」
「負けませんわ!」
私達の次の試合はボルカちゃん達vsルーチェちゃん&カザミさん。実力者が三人おり、その上で他のみんなも勿論強い。
カザミさんのダイバース経験は私達よりは下だけど、それでも匹敵する実力者。実質主力が二人な相手にどうやって勝負するのか。楽しみだね。
と言っても試合内容は既に決まってるけどね!
《それでは次の試合、“棒倒し”を始めます》
“魔専アステリア女学院”とは言え、規模が普通より大きいだけで学校の範疇は越えない。準備出来る物にも限りがあるって事。
試合内容は“棒倒し”。それはボルカちゃん達だけじゃなく、他の学年も行う。二回に分ける感じだね。さっきが私達と他の学年で今回はボルカちゃん達と残りの学年。
ダイバースじゃなくクラス対抗としてやった事はあるね。ルールは簡単、相手の棒を倒すだけ。だけどダイバースレベルになっている今、棒じゃなくてもはや塔。言うなら“塔倒し”。
だけど魔導を扱えば倒せるから特段難しい訳じゃない。
何はともあれ、試合が始まった。
──“学院の山”。
今回の舞台はこの学院にある山。学年対抗っても残ってるのは中等部三年生とか計十二チームの六組。別の場所にも塔が建ってるから他の場所を邪魔せず執り行えるってもんよ。
アタシ達のフィールドは学院の裏山。距離で言えば一、二キロくらいだけど、高低差やらで見た目よりずっと遠い。
まあ飛行手段はあるから問題無いとして、一番の問題点はルーチェとカザミが相手って事だ。他の連中もやるのは分かってっけど、バランス調整の為にアタシ達は分けられた訳だからな。それなりの実力差はあるだろうぜ。
「ボルカさん、どうしますか」
「ボルカ様!」
「うーん、そうだな。取り敢えずルーチェとカザミを抑えなくちゃ始まらないな。んで、向こうもアタシを抑える事を先決とする筈だ」
まあそれが妥当な考え。アタシがルーチェとカザミを警戒しているように、向こうもアタシを警戒しているのは間違いない。それによって生じる向こうの作戦はどれになるか。
一人が真正面からアタシに立ち向かって足止めをし、もう一人がチームメイトを率いて仕掛けてくるか、二人掛かりでアタシを止めに入るか。それか二人がフリーとなり、他のチームメイトでアタシを囲むか。
他にも考え出したらキリがない。主力一人と他のメンバーで攻めて来る可能性もあるからな。一つだけ確実なのはアタシを無視して塔には来ないだろうなって事くらいだ。
「取り敢えずアタシが早い段階で二人の気配を突き止める。そして二人を抑え込む。その間にみんなに棒倒しを任せる。丸投げ作戦だけど、乗ってくれるか?」
「そう言うことなら!」
「御安い御用ですわ!」
「ボルカさんがお二人を抑えてくれるのなら人数的にも私達有利。頼もしいですわ!」
作戦と言う程に複雑なものじゃない。主力のアタシが向こうの主力を足止めするというだけ。最も単純と言えるやり方だろう。
けどそれが一番。アタシが直ぐ様棒に向かって仕掛けてもいいけど、そうしても今回の形になるのは間違いないだろうしな。
寧ろルーチェ達相手に一人で全部攻略するのは難しいし、上手く分担するに越した事はない。
「じゃ、後の事は任せるぜ!」
「「「お任せあれ!」」」
クラスメイトに後は任せる。アタシはルーチェとカザミの相手だ。
気配を読み、強そうな存在を確認。二人はまだ一緒に行動中だな。どんなやり方で仕掛けるのかは分からないけど、真っ直ぐ直進正面突破だ。
「……! 来ましたわ……!」
「予想通り……!」
「ハッ、流石にアタシが来るのは理解済みか!」
つまり二人の狙いはアタシvsルーチェ&カザミ。何よりアタシを抑える事を先決にしたみたいだ。
て事はそれについての対策も当然施されている筈。どんな方法かお手並み拝見だぜ!
「“水球”!」
「“光球”!」
「……! 目眩まし……」
大きめの水球が作られ、その中に光球を差し込む。それによって光が大きく反射してアタシの目を眩ませた。
水の中に光を入れるとその光が拡散してより広範囲を照らすからな。視界が白く染まっちまったけど、気配は追えている。
アタシの場合は魔力の気配じゃなくて生き物の気配だから魔力を用いた不意討ちとかには対処し切れない事もあるが、目眩ましとか視界を奪われるのには強い。
(先に狙いを付けるなら……火を消されやすいカザミ……けど爆風でも火は消されるし……って、あの二人が相手で考える時間は勿体ないな。すぐに行動に移るか)
何を目論んでいるのか。その思考時間のうちに目論見通りに進んでしまう可能性は高い。何も考えずに攻めてる訳じゃなく、一瞬の思考が命取りになるから考える余裕が無いって訳だ。
もう既に次の行動は始まっている。
(空気の揺らぎ……て事は……)
空気が震えているのを感じた。
つまり光球とかのような力が迫っている証拠。それに対してのアタシの行動は決まっている。
「“ファイアドーム”!」
回避ではなく迎撃。そうじゃなくちゃ避けた先に置き攻撃があるとかありがちだからな。
周りに炎の防壁を貼って隙をなるべく無くす。牽制くらいの水や光じゃ破れない炎の壁。それと同時に気配を追って嗾ける。
「“追尾炎”!」
狙いは気配。気配の偽造は出来ないと思われるけど、その可能性も考慮して気持ち多めに放つ。
既に目眩ましの効力は切れてるけど、全方位を囲む炎を使ってるからな。結局は気配頼りだ。
「……(中々当たらないな。て事はつまり……)」
追尾の炎は威力控えめ。ちょっとした防御魔法が使えれば簡単に防がれてしまう。
まあ要するに……。
「目眩ましも攻撃の素振りも全部がブラフ……始めからこれが狙いだったって訳か」
炎のドームを解くと、アタシの周りは水になっていた。器用な事してんな。
抜け穴を作るべく試しに炎を正面に放出してみる。それによって水は蒸発し、狙い通りトンネルは作れたけど即座に周りの水が埋め尽くす。
こりゃ一気に全部を消し去らなきゃいけないやつだ。
「魔力の気配が分からないアタシは気付けなかったな」
生き物の気配は読めても魔力の気配は分からない。なのでこう言った罠にも掛かっちまう。
軽率な行動はそこが命取りだけど、なんやかんやで正面突破が一番手っ取り早いしな。この水の牢も消せるし、感心は後回しにして抜け出す……脱獄すっか。
「“フレイムバーン”!」
炎を周囲に放出。水の牢屋を蒸発させて外に出──
「……成る程。多重牢獄か。何層になってんだこりゃあ」
一つの牢を突破したらまた別の牢。上級魔導なら複数はまとめて消し去れるけど、それを見越した上で更に上回る数の水牢を張ったようだ。
カザミ一人でこの魔力量は無いし、チームメイト全員で込めた力をルーチェのサポートで更に強靭に……ってところだろ。
まずは向こうの作戦勝ち。考えたな、あの二人。
─
──
───
──“少し前”。
「今回、ボルカさんと正面から挑むのは止めましょう」
「彼女を野放しにするという事?」
「そうではありませんわ。ボルカさんを野放しにしては一瞬で敗れてしまいますもの」
今回の作戦会議。それはボルカさんと本格的な戦闘は行わないという事。
それについて今しがた訊ねたカザミさんも含めて疑問が浮かんでいる様子。時間もありませんし、概要を説明してしまいましょうか。
「挑まないということは、封じ込めるという事ですわ!」
「封じ込める?」
「ええ。ボルカさん相手に1vs1では……悔しいですけれどおそらく勝てませんわ。足止めするにも棒を倒し切る時間が足りなくなるでしょう。私とカザミさんでもギリギリ勝てる可能性があるかどうか。だとしても自チームの人数が相手より減ってしまう為に不利。ならばボルカさんを封じ込めて無力化し、彼女が脱出するまでに攻め込み攻略するという案ですわ」
ボルカさんに正攻法では勝てない。それが今まで間近で見ていた彼女と私達の実力差。
だからこそ今回は勝利を掴む為に戦う事を諦め、彼女の進行を妨げるのみに精進するというもの。無論、私達の自由を確保しつつ。
私の説明を聞いたカザミさん、及びチームメイトの皆さんは言葉を続ける。
「そうだね。確かに実力差は明白。その案に乗ろう」
「私達もそうますわ!」
「実際、一番勝つ確率が高いのはそれでしょう。乗りましたわ」
納得してくれましたの。
ボルカさんの強さは分かり切っている。私達では勝つのが難しく、正々堂々はしていませんが一番可能性のある方を選びましたの。
そこから更に作戦を練り上げ、私達は体育祭に望む。
───
──
─
──“現在”。
「……上手く行くと、思ってましたのですがね」
「ああ、正直してやられたと思ったぜ。けど、アタシ自身が炎になりゃ良いだけだったんだ」
「それで運動用の衣服が焦げてますの」
多重に紡がれた水の牢。それについてアタシは、自らを炎で包み込んで加速し脱出した。
前にもやった事あるかもな。アタシの魔導で貫く事が出来るならその炎を纏えば脱獄も可能。
「後はルーチェ達を倒すだけだぜ」
「結局こうなってしまいますの!」
「“水槍”!」
アタシとルーチェの掛け合いの横でカザミが水からなる槍を穿った。
そうはいかないぜ。さっきの水牢の事があるから常に警戒はしている。それに加え、アタシ達の作戦も既に進行中だ。
「“フレイムアロー”!」
「矢で槍を……!」
「“光球”!」
無数の矢を放ち、正面と上部、四方八方に撃ち込む。
それに対してルーチェは光球で迎撃と防御を行い、アタシは火球をぶつけて相殺した。
「“水弾”!」
「小さな水くらいなら蒸発すっぞ!」
水からなる弾丸が放たれ、炎の壁で蒸発させて防ぐ。同時にそこから火を伸ばし、カザミの体を掠めた。そのまま炎の包囲網とし、相手はたじろぐ。
「何人かは取り逃がしたけど、これでルーチェチームの大半は足止めしたな」
「流石ですわね……!」
今回の種目は棒倒し。なのでアタシの仲間達がルーチェ達の棒を倒せばクリア。それまでに全員の足止めをすれば良いだけ。
因みにアタシ達の塔だけど、既に傾いていた。もう少し脱出が遅れたら戦う間も無く負けてたな。危ない危ない。流石のルーチェ達だ。
「一気に終わらせるぜ!」
「させませんわ!」
「同じく!」
火球を放ち、それを二人は魔導で受け止める。火球と光と水は鬩ぎ合い、爆発を起こして周りを吹き飛ばした。
何人かはこれでK.O。二人を筆頭に何人かは変わらず嗾ける。
「はあ!」
「やあ!」
一般的な家屋サイズの魔導が撃ち込まれた。
流石は“魔専アステリア女学院”。一般生徒でさえこれくらいは可能か。
「んでも……」
「「……!」」
この魔力はただデカいだけ。その分アタシに触れる部分は薄まり、容易く崩壊させる事が可能。
これはある意味魔導の罠だよな。デカければ良いという訳じゃなく、小型化させて魔力を一転集中した方が純粋な威力は高まる。水鉄砲とかだって細めた方が遠くまで飛ぶしな。
ま、ルミエル先輩みたいに圧縮させた威力そのまま魔力も変わらず範囲だけを大きくさせるデタラメな神業を行える人も居るけど。
「負けませんわ!」
「ああ!」
「アタシだって!」
周りの人達は倒した。残すはルーチェとカザミだけ。二人を相手取るのは難しいけど、やらなきゃ勝てない何事も。
互いに魔力を込め、次の瞬間に勝敗は決した。
《試合終了! 塔を倒した事により、Ⅲ-Ⅰが勝利を収めました!》
「「「…………!」」」
アタシのクラスメイトが塔を倒壊させた事によって。
自分で言ってたな。塔を倒したら終わり。後は足止めするだけだって。結果的に戦闘での決着は付かなかったけど、アタシ達は勝ち上がる事が出来た。
「わ、私負けましたわ……」
「ボルカさんとの決着も付かず……不完全燃焼が否めない」
「ま、こんな事もあるわな。元々アタシ達のクラスである此処。全員が魔導の授業をアタシ達としてるんだ。ルーチェ達が直々に相手じゃなけりゃ負ける要素はほぼ無い」
アタシ達の勝利。クラスメイトも実力者揃い。アタシ達と日々高めあってるような物だからな。強さはお墨付きだ。
そしてまあ、必要無かったかもしれないけどさっき放った炎の矢。それは上から雨のように降り注いだ。よってアタシが取り逃がしたルーチェ達のチームメイトを止める事も出来たという訳。最初からそれが狙いだったけど、私情で戦いたい気持ちもあったから短期決戦での勝負を仕掛けたんだ。決戦は付かなかったけどな。
何はともあれ、学年対抗ダイバース。ティーナ達に続いてアタシ達が勝利を収めた。次はそのティーナ達が相手だな。




