第四百三十六幕 演目・お姫様と騎士王子
──“お姫様と騎士王子”。
ブザーが鳴り響き、辺りの照明が暗くなる。幕が上がり、魔道具によるスポットライトが数人を照らした。
「このままではジリ貧。いや、何れ我が国は敗れてしまう」
「如何せん向こうの軍隊は凄まじい。何か弱点さえ見つけられれば……」
《時は戦乱の世。常に戦争が行われており、各国同士で領地や資源の奪い合いが行われていた》
ナレーション(役:ウラノちゃん)進行の元行われる会議の最中、一人の男性(役:ボルカちゃん)が挙手した。
「それでは、私が敵国の視察に行きましょう」
「まさか、王子様が自ら……!」
「問答無用で処刑は無いにせよ危険過ぎます!」
《国を収める王子様。その言葉に家臣達は驚嘆し、それについての議論が行われるも承諾する事となるのでした》
物語だから本筋以外のシーンはナレーションで進む。演出の魔法と共に場面が切り替わり、周りの景観は暗い森の脇にある崖のような場所になった。
そのまま敵国への侵入シーンへと移行する。
「この道は細く、危険。しかし警備も薄い場所です」
「此処を抜ければ敵国となります。それでは御武運を……!」
「ああ。国の事は頼んだ」
《敵国の近くにやって来た王子様は愛馬に乗り、念入りに調べた警備の薄い場所から侵入することにしました。しかし、護衛兵達と離れた直後、その悲劇は起こります》
「待ちな。高そうな馬と衣服だ。身ぐるみ置いていけ」
「此処から先は通行料が発生するんだよ!」
《王子様は、相手方の兵士とは関係無い森から飛び出してきた盗賊に囲まれてしまいました》
盗賊役のみんなが森の置物から飛び出してボルカちゃんを囲む。
武器類は全部レプリカだけどとてもクオリティが高いよ。
ボルカちゃんは馬から降りて言葉を続ける。
「悪いが通してくれ。私にはこの先でやらなきゃいけない事があるんだ」
「だから荷物を置いていけと言ってるだろう」
「そうすれば通してやるってんだ」
《交渉を試みるも失敗。衣服はともかく、潜入用の着替えや愛馬、護身用の剣を渡す訳にはいきません。王子様は剣を抜きました》
「それでは仕方無い。押し通りましょう」
「やっちまえ!」
「「「ヒッヒイーッ!(演技とは言え、こんな声……)」」」
《賊長の命令で部下達は飛び掛かります。しかし王子は強く、バッタバッタと薙ぎ倒していきます》
盗賊役のみんなが鎌や斧で仕掛け、ボルカちゃんは剣で打ち倒していく。
斧の柄を斬り伏せ先端部分の背が盗賊に落下し、鎌を躱して剣の石突きで腹部を叩く。
殺陣には力を入れているからね。お客さん達の盛り上がりも増していく。飽きさせないように序盤から臨場感のある戦闘場面を入れるのがコツなんだって。
「くっ、強い……!」
「ええーい! たった一人に何してる!」
《一騎当千の強さで盗賊達を滅ぼしていく王子様。しかし、その時は急に訪れました》
「……!」
無双するボルカちゃん。そこに文字通り横槍が飛んできた。
「これは……!」
「戦争の余波だ!」
「貰った!」
「……!?」
《なんという不幸でしょう。未だに戦争中の国。数キロ離れた先から攻撃が飛んで来てしまい、隙を突かれた王子様はバランスが崩れ、崖の底に落下してしまいます》
『ヒヒーン!』
「あ、オイ! 待ちやがれ!」
「馬なんざほっとけ!」
《王子を見兼ねた愛馬は比較的安全な場所から崖の下へ。王子も転がり落ちて行きます》
「獲物を取り損ねたか」
「この高さからじゃ助かるまい」
「あの者は短命だったな」
「俺達の所為だけどな!」
「「「ヒャハハハハハ!」」」
《落ちる王子様と嗤う盗賊達。果たして王子様はどうなってしまうのか──》
そこからまた大々的な移動。舞台を暗くして迅速に配置を変えていく。
基本的に魔法で変えているからそんなに時間も掛からない。まだ暗くて見えないけど場面は草原に変わった。
あ、私の出番だ。
「もし……もし……殿方……」
「ん……うぅ……」
《崖から転落した王子様。そんな彼に一つの声が掛かります》
私が声掛けをし、次第に明るくなって草原の景色が明らかになる。
草原は私の植物魔法で再現してるから本物と違わないよ。
「此処は……」
「あぁ、良かった。目が覚めたのですね。このお馬さんが運んでくれてこの草原に貴方が居たんです」
「草原……そうか。川に落ちて……運んでくれてありがとう」
『ヒヒーン!』
《目覚めた王子様は女の子の案内の元、小さな草原の小屋に運ばれます》
因みにお馬さんはウラノちゃんの本魔法からなる存在。だから此方も本物と変わらない。
草原から小屋のセットに代わり、看病シーンから始まる。
《その小屋で王子様は女の子に治療を施されます。盗賊に襲われたのでまた狙われるかもしれないと、外部に情報を漏らさない約束を女の子と交わし、警備隊に見つかる事無く侵入することが出来ました。幸いにして王子様は鍛えていたのもあって大事には至らず、順調に回復していきました》
場面が変わり、数日後となる。王子様の包帯を取る素振りを見せ、ボルカちゃんは立ち上がる。
「ありがとう。お陰で治ったよ」
「それは良かったです。はい、これは貴方の御召し物ですね」
「ああ、僕の衣服だ」
手渡すのは変装用の衣装。既に王族の服は隠した体。
互いに微笑み、無事を心の底から喜ぶ。そこからはナレーションで進行する。
《それから二人はこの草原を中心に国を見て回ります。都市だけではなく海や山、共に行動する事で親睦を深めていきました》
ナレーションと共に街や自然が映り変わる。街は私がジオラマと併用して作ったミニチュアを土魔導で加工して大きく見せた物。海は水魔導による流水。山は私の植物魔法。
《時には共に出掛け、時には剣技を教え、二人は更に仲良くなっていきました》
「やはりセンスが良いですね。魔導師なのにもうこの剣術を扱えるようになるとは」
「貴方の教えが上手いからですよ」
特訓したり、デートしたり。星空を見上げて二人で笑い合う。
ボルカちゃんと私は舞台の上で足踏みし、流れ行く景色によって歩いているように見せる。
「それにしても、君は街に行く時も長居はせず、基本的に自然と共に過ごしているね。夕方には家に帰ったり規則は厳しいようだけど、他の人と共に居る姿は見た事がない。下世話かもしれないが一体普段どういう生活をしているのか」
「……。ふふ、普通ですよ。人付き合いが苦手なだけです。ほら、街中でも厚着でしょう? 顔を見せるのも恥ずかしいのです」
「僕には普通に明かしているけれど、それは何故だい?」
「さて、何故でしょう?」
「質問しているのは僕なんだけれど、まあいいか」
調弄すような振る舞いを見せ、また場面が転換する。
ステージが暗くなり、周りは夜の街並みへ。
《何か秘密がありそうな女の子。しかしそれは王子様も同じく、今宵も女の子が帰った後にローブを羽織り、夜の街を調べていました》
街灯が点るようにスポットライトがボルカちゃんに当たり、口を開いてセリフを発する。
「戦況は相変わらず悪い。この国での生活は存外悪くないけど、少しでも情報を得なければ。早く、早く情報を……!」
情報の収集。原作じゃ各出入口や地の利を得る為にそれをしていたと書かれているけど、一から十まで全部説明すると演劇のテンポが悪くなる。
なので省略し、何かを画策している様を映す事でテンポを良くしているの。
そしてその演技力から自国のピンチに焦っている様は上手く表現され、それによって生じる問題の予測も難しくなかった。
「動くな。怪しい奴」
「……!」
「この季節に厚着のローブとは……敵国の調査員か何かか? ゆっくりと顔を上げて此方を見ろ」
武器を突き付けられ、国の兵士に囲まれた。此処から物語は急転直下。
ボルカちゃんは一先ずその兵士達を振り払ってこの場を脱出するもそれによって国中に怪しい存在の情報は広まり、場面はまた小屋に戻る。
「聞きましたか? 最近巷で怪しい人物が目撃されているらしいです」
「ああ、その様だね。僕も念の為に小屋からあまり出ないようにしているけど、それでもその話は耳にするよ」
「そうでしたか。戦争も続いておりますし、物騒な世の中ですね」
他愛無い会話。戦争をしているのはあくまでも現地の人達。直接関わらないならそんな感じだと思う。
此処からが大事なセリフ。私は言葉を紡いだ。
「……そう言えば、少しばかり内装が変わりましたね。昼間に比べて」
「そうかな? まあ確かにちょっと物を動かしたりしたかな。僕の愛馬もお家に帰したよ」
「そうですか。あまり使っていない場所ですものね。けど私に内緒で色々買っちゃって。お金は持ってたんですね」
「ああ。衣服の中に隠していたから盗賊達にも見つからなかったんだ。ラッキーだね。君にも会えたし、僕は幸運だ」
「それは良かったです。貴方が此処に来てから数週間……人柄の良さは分かり、それだけの時間で……私の貴方への好感度は上がっています。お付き合いしている方や配偶者が居ないのであれば……私がそうなりたいと思えるようになってしまいました」
「……嬉しい事を言ってくれるね。僕としても君の品のある立ち振舞い、楽しそうに笑う顔。どこの馬の骨かも分からない僕に対しての親切心。……後半部分は同意見だよ。本当に」
今現在、作中の時間帯はいつも女の子が帰る筈の夜。暗い照明の中で私達は会話を続け、互いに見つめ合う。
「最後に一つ、よろしいでしょうか」
「僕からも一つ。そうとしか思えない事象がある」
「奇遇ですね。私もそうなんです。本当に貴方とは気が合います。もし当てが外れたのなら、正式に……なんてね」
「それは良い。僕としてもそれを望みます」
私達は口を開いた。
「「貴方が敵国のスパイですね?」」
二人の言葉と同時に魔力が爆発し、小屋が吹き飛んだ。
ボルカちゃんは剣を取り、私は杖を取り出す。物語は一気に佳境へと差し迫る。
「その剣……どこか感じる高貴な印象からも思いましたが……もしや……」
「……そうだね。君も身分を明かしたんだ。此方も返すのが礼儀。僕は……私は王子だ」
「……っ」
《互いに正体を明かした二人。王子様とお姫様の周りには国の兵士達が囲み、トップによる戦争が勃発しました》
「まさか……アナタが敵国の王族だったなんて……! 信頼していましたのに……! 信用していましたのに……!」
「残念です。心の底から。私が来た時からこうなる運命だったとは言え、最愛の姫君を自らで手をかける事になるとは」
迫真の演技力を見せ、魔力と剣技が鬩ぎ合う。
照明係のルーチェちゃんが私達の動きに合わせて迫力のある光を当て、夜の景色に合わせた動きで戦闘が巻き起こる。
「私はやられませんよ」
「君は美しく、強い。良い姫様だ。けど、私にとっては好都合。非常に残念だが、貴女を倒す事で戦争は収束を迎える」
王子様の表情に変化を入れる。互いに親睦、愛情を深めたのは事実。その上で互いに相手を討ち仕留める為だけに戦う。
「せめて我が手で……!」
「王族がただふんぞり返る時代は終わりました。見せて差し上げましょう、私の力を!」
剣に力を込めるボルカちゃんと植物魔法を生成する私。植物を斬り伏せながら迫っては突き、紙一重で躱して打ち込む。それらをいなし、距離を置いた。
戦闘シーンには力を入れているけど、お客さん達は巻き込まないように気を付けているよ。
距離を置くと同時に魔力を込め、詠唱を発する。
「世界を創りし我が血筋、かつて敵対せし暴龍よ。今此処に顕現し、その力を我の為に知らしめよ! “多頭龍”!」
『『『ゴギャアアアァァァァッ!!!』』』
植物で龍を生成し、一気に嗾ける。ボルカちゃんはセリフを続けた。
「皮肉な物だな。かつて世界を創った偉大な血筋が世界を荒らした龍を召喚するとは。“邪”に魂を売る悪しき大国の姫よ。我が剣にて沈め」
『『『ゴギャアアアァァァァッ!!!』』』
複数の頭を次々に切り伏せていき、時には首を駆け抜けてお姫様の近くに迫る。私は強く魔力を込めた。
「魔法に長けた者の身体能力が低いと言うのは古の知識。見せて差し上げましょう。アナタと共に育んだ剣技を……!」
「敵国の姫に教えてしまうとは、私もまだまだ青いですね……!」
「青き果実を摘まむのは胸が痛みます」
魔力で剣を生成し、お姫様と王子様が同じ剣術で鬩ぎ合う。
そう、流派は同じ。何故ならそれを教えたのが王子様だから。
剣と剣がぶつかり合い、龍が攻め入って蹴散らす。周りの兵士達は既に動けず、二人だけの空間が生まれていた。そこから白い光と共にまた別の演技に入る。
「──貴方は何故盗賊に?」
「盗賊が人を襲う理由なんて金品か欲求の二択ですよ」
「ふふ、そうですね♪」
出会い、
「この国は私の生まれ育った国です。今は言えませんが……私の立場上自由は少ないですけど、離れ難く、心の底から好きなんです」
「そうなんですか。僕も自分の国は好きです。今は少し大変な状況ですけど、きっといつか終わらせます」
「ふふ、そしたらいつか貴方の国に行ってみたいですね」
「歓迎しますよ。それがやれるくらい平和になったら」
談笑し、
「綺麗な自然ですね。空気が美味しい」
「街の方は発展して色々な問題がありますけど……此処だけはそうならないようにしているんです。わた……上の方々が」
自然に癒され、
「そこで差し込み、切り返す」
「こうですか?」
「うん。とても才能があります!」
鍛え合い、
「貴方とは本当に気が合いますね」
「うん、僕も驚いたよ。こんなに気が合う人が居るなんて」
「時が来なければ……いっその事このまま……」
深め合い、
「「…………」」
…………今に至る。
白い照明で回想を行い、暗転して次に映るのは互いの胸元に突き付けられた剣。背後に倒れる多頭龍。
戦闘によって場所は変わり、お姫様が王子様を見つけた小川。互いに見つめ合い、剣尖を打ち込んだ。
「「…………ッ」」
二つの剣は互いの胸元を貫き、鮮血が双方の手首を流れる。
そう、これがこの物語、“お姫様と騎士王子”の結末。国の要二人は人知れず命が絶たれる。赤い滴がポツポツ零れ、両者は膝を着いて互いに向けて倒れ伏せる。お姫様と王子様の顔は自分達の胸に流れる血でまみれた。
「……もし……出会い方が……違ければ……また別の結末に……なれたのかもしれないね……」
「そう……ですね……けれど……互いの人生が終わる今……天国か地獄か……あの世でならまた……」
「その時は……今度こそ……君と……」
倒れ伏せ、暗転。薄灰色の照明が灯り、私達は向き合う。
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──
───
「──国が心配だな。私達がこうなり、果たしてどう転ぶのか」
「全ての元凶は戦争。私達の親による……醜い権力、土地や資源の争い。私達の事が露見すれば……少しは考え直してくれるかもしれません。その逆も然り。激化する可能性もあります。世の顛末は刑罰を受けながら見届けましょう」
「……そうだね。世を憂いても既にどうする事も出来ない……私は……何処か心の底で……こうなる事を望んでいたのかもしれない」
「もし来世があるのなら、その時また会いましょう。人であっても、人以外であっても……人とそれ以外であっても。それまでの長い年月は、ずっと一緒です」
「ああ、行こうか。今から私が貴女の騎士になるよ」
「ふふ、それは頼もしいです♪」
手を繋ぎ、光の中へと消えていく。
二人は満足し、残った世界は人々に委ねる。ビターエンド。
《世界の行く末、世の顛末。それを知るのは残された人達。女の子と王子様……お姫様と騎士王子は世界から消え去る。数年後、国の戦争は収まるのでした》
照明が消え、幕が降りる。ブザーの音が鳴り響き、お客さんからは拍手が鳴り響く。
“お姫様と騎士王子”。私達の演劇は成功を収めるのだった。




