第四百三十二幕 二転三転
無効化を付与した警棒を構えるムツメちゃん。対するディーネちゃんは一定の距離を開けたまま出方を窺う。
触れられていなければ身体能力でムツメちゃんに上回れる事はない。けど攻撃を仕掛けるにしてもさっきみたいな瓦礫を用いたやり方が主体にならざるを得ない。
彼女の選んだ方法は、
「“空間掌握・斬”!」
「……!」
ムツメちゃんの足元に狙いを定め、足場を切り裂いて粉砕。船その物が真っ二つになる。
船は崩壊して傾き、ディーネちゃんはそのまま空中へ。ムツメちゃんは崩れる床にしがみついて堪える。
「動きが難しいもんな~。身体能力強化を使えるなら傾いたくらいすぐに安全な場所に行けるけど、素の身体能力じゃ藻掻くのが関の山だ」
「予兆も前兆も無いもんね~。空間魔術。魔力の気配を掴めるなら魔力の歪みからどの辺りが壊されるのか分かるけど、向こうに気配を読まれない代わりに自分も魔力の気配は読めない無効化はちょっと難しいかも」
魔導師や魔法使い、魔術師。更には忍者とか侍とか妖怪や錬金術師etc.
とにかく大抵の術者は突如自分の足場が切り崩されたら各々の方法で抜け出す事が出来る。まあ忍者や侍も本人の身体能力依存だけど、私の知る人達がそうだから加えた。
そんな術を使えないムツメちゃんにとって足場が自由じゃなくなるのは大変かもしれないね。鍛えていても、どうしても強化の魔力を使えるのと使えないのじゃ差が生まれる。特にムツメちゃんは今年からのプレイヤーだもんね。
「……っ。やっ!」
対し、当人は警棒を崩れる船に差し込む。一瞬だけ落下を防ぎ、それと同時に滑り込むよう切断された船内、下部にある貨物室へ飛び込んだ。
船は内部にも空間があるからね。咄嗟の判断が出来ればそれも可能。落下は避け、ディーネちゃんは後を追うように貨物室へ入った。
「ふぅ……此処に逃げ込んでも、ムツメちゃんの投擲には限りがあるから対抗する手段が限られるよね。どう出るのかな」
「…………」
口先では軽んじているけど、一切の油断はせずに向き直る。
ムツメちゃんの実力はディーネちゃんもよく知ってるからね。身体能力が魔力無しの常人並みとして、その上で油断出来ない相手なのは変わらない。それに、ディーネちゃんにはちょっぴり疲れの色が見える。ダメージや疲労の蓄積は確実にしているね。
「私のやり方はこう! “空間掌握・操”!」
「荷物を……!」
広範囲の空間を掌握し、ディーネちゃんを中心に貨物室の荷物や瓦礫を操る。
様々な物が置かれているこの部屋。既にそうなっていた物を除いたとして、切り崩さなくても使える物は多い。それらを次々と投擲し、降下。荷物や瓦礫の壁が造られ、ムツメちゃんは辛うじて躱していく。
「“空間掌握・離”!」
「……!」
そしてそれはディーネちゃんによる誘導。逃げ場を徐々に狭め、確実な一撃を放つ為の布石。
ムツメちゃんの足場は空間ごと引き離され、真下には海が広がっていた。
そこで彼女は懐からまた何かを取り出す。
「それ!」
「用意周到だね」
それは先端に重しの付いた長い紐。
その紐に無効化を付与し、空間を突き抜けて出っ張りに巻き付く。それを用いて飛び越えた。
少なくともムツメちゃんの体重を支える事が出来るくらいの物みたいだね。魔力からなる紐だったら無効化が付与された時点で消えちゃうから。
「結構色んな技を磨いているんだね~」
「へへ、まあな~。何故ならそれもアタシ仕込みなんだぜ!」
「そうだったんだ!」
誇らしそうに胸を張り、親指で自分を指し示すボルカちゃん。彼女は言葉を続ける。
「ああ、魔力が無いのもあって、やれる事には限りがあるからな。その分他の技を磨いて生身ながらトリッキーな戦い方をさせたんだ」
「成る程ね~」
ムツメちゃんの基本的な指導はボルカちゃん。戦闘スタイルが肉弾戦主体であり、一番彼女に近いから。
得物の扱い方や緊急時の戦線離脱方法。その他にも間合いとか諸々。だからほんの数ヶ月で此処まで強くなったんだね。
「まあけど、それが必ず勝利に繋がるとは限らないんだけどな。互いに実力者同士なら尚更だ」
「うん。そうだね。間違いないや」
ディーネちゃんから離れたムツメちゃんは向き直り、空中に向けて紐を放つ。
「……!」
「捉えました!」
空気を伝い、ディーネちゃんを浮かせる魔力を再び無効化。落下させ、足を紐で掴んで引き寄せる。
「うーんしょ!」
「えーと……これなら逃れられるよ!」
「わっ……!」
……も、腕力はそんなに無いので少し足を動かすので関の山。ディーネちゃんは足を引いてムツメちゃんを逆に転ばせ、拘束を解いて飛び退く。
それと同時に周りの貨物を操り、今一度投擲した。
「わわ……!」
「まだまだ経験不足だね。練習は十分にしていると思うけど、私も厳しい鍛練をムツメちゃんより一年多く積んでるんだから!」
「練習の多さではなく、勝敗が決め手です!」
「それはそう! だからそれも私が決める!」
才能、努力、経験。その全てが高水準だとしても、三年生が一年生に負けるなんて事はザラにあるダイバース。
個人戦は単純戦闘が多くなるから最もそれらの差が出やすいけど、基本的にはどちらが勝利してもおかしくない。
今回もそう。だから二人は全力で取り組む。
「どうせ投げるなら……!」
「……! 成る程ね……!」
ムツメちゃんは小さな破片に無効化を付与し、投げ出される物に当てて直前で撃ち落とす。
手元から離れても一瞬よりほんのちょっと多い程度の時間は無効化が継続する。なので自分の方へ迫っているのが分かれば当てるだけで魔力効力を消し去って落とす事も可能。
その間にディーネちゃんとの距離を詰め寄り、中距離から仕掛けられる紐……もとい鞭を嗾ける。
「本当に巧みに操るね……!」
「武器の扱い方はボルカ先輩とケイちゃん、ルマちゃんから教わりましたので!」
ムツメちゃんの同期には武器を扱える人が二人居る。それもあって通常より上達が早いんだ。
ディーネちゃんは即座に鞭の射程範囲外に逃れ、空間魔術で投擲を繰り返す。膨大な魔力を有していても無効化の前には文字通り無力。必然的にこうなっちゃうから、戦略はかなり狭められているね。
斯く言う私もムツメちゃんと戦う機会があったらそうならざるを得ない。無効化の力、身体能力とか諸々の問題は生じるけど、その存在だけで抑制するのが強み。
「はあ!」
「……!」
投擲したその荷物に鞭を巻き付け、ムツメちゃん自身が空を舞う。井戸の水汲みと同じような原理だね。真ん中に別の物を挟み、反対側に自分の体重よりも重い物を置く。無効化よって生じた落下と同時にムツメちゃん自身が浮き上がる。
それによって空中のディーネちゃんと同じ目線となり、間髪入れずに鞭を放つ。腕に巻き付け、無効化の付与で再び降下させた。
「……っ」
「決めます!」
分かっていたとしても、突然空中浮遊が出来なくなったも同然なディーネちゃんは体勢が崩れて落ち、予め体勢を整えていたムツメちゃんは綺麗に落下。周りの瓦礫も落ちていく。
それにより、着地の際にムツメちゃんが一歩早く動き出す事が出来た。
「やあ!」
「……ッ!」
警棒を用いて力強く殴り付け、的確に顎下を狙う。
そこは脳に直接振動が行き、意識を遠退かせるには適切。けれどディーネちゃんは堪え、即座に治療する。触れたら魔力は無効化されるけど、すぐに離れれば問題無い。距離が開いたらムツメちゃんの攻撃もすぐに回復されちゃうね。
「まだまだ……!」
「……!」
なのでそこから踏み込み、今一度叩き込んだ。
治療中で魔力が切れた事によって傷が開き、それによって生じるダメージは大きくディーネちゃんを揺らめかせる。
万事休す。それは、どちらにとっての事か。
「……っ──“水包”!」
「……!」
起死回生の一撃になるか、ディーネちゃんはムツメちゃんの周りを水の塊で囲った。
本来なら触れるだけで無効化されるそれだけど、ムツメちゃうを覆う水はどういう訳か消えていなかった。
「これは……触れてません……!」
「そう……だよ……触れなければ無効化されない……これはムツメちゃんの動きと一緒に変化する水包。空気の変化で自動的に避けていくから、私の意識が残り続けるなら決して消されない……!」
「けどこれになんの意味が……!」
「内部のムツメちゃんは自由に動けるけど……外は違う。外界からの干渉は無く、窒息させて意識を奪う……!」
「…………!?」
成る程。考えたね。ボルカちゃんがラトマさん相手に使ったやり方と同じく、自分の周りだけを無効化するなら空気を奪って窒息させれば良い。
少なくとも人間である以上窒息には耐えられないもんね。だけどディーネちゃんもフラフラ。常に動く魔力を展開しているから自分の回復までは気が回らず、持久戦となっていた。
「後は……とことん追い詰める……!」
「荷物と瓦礫……」
そう、ムツメちゃんを囲うだけならそんなに神経は磨り減らない。これだけなら自分の回復も出来るけど、そうではなく空間魔術も併用して嗾けていた。
周りの微かな空気だけとしてもある程度は時間が掛かる。だからこそ短期決戦に持ち込んだんだ。
「はあ!」
「……!」
投擲される物に当たれば意識は飛ぶ。当たらないように避ければ酸素が薄くなる。
これにより、お互いにやれる事は相手が意識を失うまで耐え続けるという事。短期の持久戦という矛盾のような戦いが展開された。
「その前にトドメを……!」
「食らわないよ……!」
鞭を放ち、水包の破壊とディーネちゃんへの攻撃を両立させるけど水は鞭にも沿って伸びる。ムツメちゃんの持つ武器の範囲も計算した上での水の囲いなんだ。
けれど水魔術と空間魔術の併用でディーネちゃんは空中浮遊も出来ない状態。なのでムツメちゃんは警棒に切り替え、近接戦を仕掛ける。
「はあ!」
「……っ」
警棒を振り、それに沿って水も動く。ディーネちゃんは飛び退くように躱し、瓦礫を複数降下。ムツメちゃんは転がるように避け、また距離を詰めた。
床とムツメちゃんに挟まれて水が彼女に触れちゃうかもしれないけど、それもちゃんと考えて用いたみたいだね。床が既にボロボロでデコボコだから水がムツメちゃんに触れるよりも前に隙間に逃れるんだ。最低限の空気は保ったままだから水の中の酸素は減る一方。呼吸も荒くなってきていた。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……苦しそうだね……後輩にこんな思いをさせるのは胸が痛いけど……ムツメちゃんの実力があるから仕方無いんだよ……!」
「まだ……まだです……! 先輩も途切れ途切れじゃないですか……!」
「まあね……!」
鬩ぎ合い、躱し合い、逃げ惑う。
そんな攻防が続き、その時は突然訪れた。
「……っかはっ……!」
酸素が尽き、呼吸が出来なくなる。既に減っていたのもあって倒れ伏せ、此方もフラフラのディーネちゃんは膝を着く。
「決着……みたいだね……」
「そう……ですね……!」
「……!」
誰が見ても勝負は明白。ムツメちゃんの意識は遠退き、ディーネちゃんの勝利が決まるかと思われた直後、ムツメちゃんは最後の力を振り絞って腕を振り上げた。
「これは……鞭……いつの間に……!」
「長い鞭ですから……! 準備は怠ってません……!」
それは鞭。ディーネちゃんを囲うように落としていたらしく、瓦礫に紛れて気付かせないように工夫していたみたい。
ムツメちゃんは紐を動かして体に触れさせる。同時にディーネちゃんを覆う魔力の効果は消え去り、水包が消滅した。
「ぷはぁ! やっと呼吸が出来ます……」
「……っ」
疲弊はしているけど、ムツメちゃんが解放された。既にディーネちゃんは動けない状態。これにより、勝負は決する事になる。
「本当にそうだね……」
「終わらせましょう……!」
「うん。スゴく疲れたよ……」
駆け出し、警棒を振り上げる。ディーネちゃんは顔を上げ、言葉を発した。
「──船の半分を持ち上げ続けるのは……」
「…………!?」
頭上から──真っ二つにした船の片割れが降ってきた。
「これは……!?」
スゴいね。ディーネちゃんの魔力量にしては空中浮遊も出来ないくらいになるには足りないような気がしていたけど、貨物室に入った瞬間からもう片方の巨大船を持ち上げていたんだ。断面からは瓦礫で壁を造って気付かせないようにしていたみたい。
無効化のムツメちゃん相手にやれる事は限られる。だからこそ追い詰め、確実な射程距離に入る所で降下させる。
何度か触れられた時に魔術が解除されて船は落ち掛けたと思うけど、バレないよう高所に持っていたから着弾前に立て直す事も出来たみたい。
「これで……終わり……!」
「……っ」
ムツメちゃんの居る場所に船が落ち、そのまま光の粒子となって消え去る。
その後にディーネちゃんも仰向けになり、疲弊し切った状態で会場に戻ってきた。
《──勝者!! ディーネ・スパシオ選手ゥゥゥ━━ッ!!!》
「「「わああああぁぁぁぁぁっ!!!」」」
これにより“魔専アステリア女学院”同士の対決はディーネちゃんが制するのだった。




