第四百二十八幕 夕日と共に旅行は終わる
──“喫茶店”。
穴場スポット巡りから少し。私達は近くのカフェ……喫茶店で寛いでいた。
エルフはあまりお肉などを食べない種族。その代わり野菜や果実、茶葉作成に長けており、目に入ったお店に入るだけでちょっとした高級店よりも美味しいお茶が飲めるの。
そんな場所で一息。店内の雰囲気は良く、店員さんの趣味で奏でられる音楽がより心を落ち着かせる。
「良い場所だね~」
「だなぁ~。此処でずっとのんびりするのも良いけど、他にもお客さんは居るしそう言う訳にはいかないか~」
「取り敢えず何処に行くかだけでも話しておこっか」
「そうすっか」
穏やかな雰囲気でのんびり過ごしたいけど、私達には時間が無い。何故なら楽し過ぎてまだまだ足りないから。
「基本的にはエルフの街だけで完結するけど、折角だし他の場所にも行きたいよな~」
「幻獣の国だもんね~。今日一日でやれる事に限りはあるから、今回は転移の魔道具も活用して行こうか」
「そうだな。となると目ぼしい場所は……」
なのでブレンドティーなどのお茶を嗜み、お茶菓子も食べつつ話し合う。
それで十数分、時間にしては短いけどたっぷり寛ぎ、エルフの喫茶店を後にして次の場所に向かう事にした。
──“森林都市”。
「ここも観光スポットなんだねぇ~」
「英雄よりも更に前の時代の古代都市かぁ。ロマンがあんな~」
「自然と共に朽ち果てるのが幻獣の国の方針みたいだから、何れはこの遺跡も見れなくなっちゃうんだってね」
「諸行無常だぜ。ま、とっくに崩壊はしていたらしいけど。植物が絡まって建物の崩壊を止めてるらしいな。ちょっとした延命処置だ」
「自然の力ってスゴいね~」
次にやって来たのは植物に絡まれた崩壊直線の古代都市跡地。
上記の説明通りで、英雄よりも前の時代からある産物。この植物は私のではなく、遥か昔から伸びてきた大樹。何れ侵食するか建物が完全に埋まっちゃいそうだけど、その過程も含めての観光スポットなんだね。
──“竜の城”。
「此処にかつての幻獣の国の支配者が……」
「居たとか居ないとか。数千年前の話だから今現在を生きるアタシ達にとっては眉唾だよな~。生き承認のエルマさんは基本的に昔の事を話さないしな~」
「記録はあるからそれが本当って思うしかないよね~」
次に訪れたのは竜の城。
その名の通り、かつてドラゴンが居城としていた場所。英雄の時代はそれぞれの国に王が存在しており、英雄と戦ったり協力したりの関係性だったと教科書や本に書かれている。
今はもう観光地というだけで誰も住んでおらず、形も博物館にすると決めた日からそのまま残しているらしいけど、此処で幻獣の王様が生活していたなんて不思議だね。何だか神聖さまで感じるよ。
「幻獣の国らしい構造だな~。レンガ造りじゃなく自然の大樹をそのまま住居にしている所とかまさにそうだ」
「そうだねぇ。私も植物を調べているうちにどんどん好きになってきたし、此処のお城も好きな感じ~」
人間の国にも色々なお城はあるけど、この国のお城はまた違った感じ。人間の国には無い装いだね。
本当に大樹を刳り貫いた見た目。小部屋とかも見て周り、その度に植物の光景を楽しみつつ私達は竜の城を後にした。
「お昼ごはーん!」
「これが幻獣の国の料理か~」
「幻獣の国と言うよりはエルフの料理ね。人間さん」
別の場所にあるエルフの街に行き、そこで昼食を摂る事にした。
メニューは野菜中心の物であり、それしか使っていないにも関わらず多種多様でとても美味しかった。
サラダにスープ、主食と主菜。野菜だけでこんなに出来るんだね~。私としても参考になるかも。
「む? あれはティーナ・ロスト・ルミナスにボルカ・フレム」
「本物?」
「観光に来たのかな」
そしてエルフの街でも私達の事を知っている人達はチラホラ居た。
だけど気遣いの出来るエルフさん達。必要以上には近寄らず、軽く手を振ったり会釈する程度に留めているや。
「そろそろ今日も終わりだな~。最後に何処行く?」
「そうだねぇ。折角の幻獣の国だし……」
昼食を終え、少し街中を散策して体を軽くする。
珍品名品特産品。様々な物を見て回り、いくつかは購入したりして気付けばそろそろ帰るくらいの時間になりつつあった。
それにつき、私達は最後に何処へ行こうか考える。
「自然が豊富な幻獣の国だし、夕刻の森にでも赴くか?」
「確かに良いかもね~。危険が無い訳じゃないけど、幻獣の国は世界的に見ても治安が良いところだもんね。穏やかな種族が多いし、日が暮れるまでお散歩するのも悪くないや」
自然や森は好き。動物以外に危険な植物や虫とかも居るには居るけど、それら全ての影響を実質無効化する事も出来るからね。そう言った植物を使うの。
そんな感じで話はまとまり、まだ日は高いので日暮れまでお散歩する事になった。
私達は箒に乗り、幻獣の国の森の方へ向かう。
──“森”。
「静かで良い雰囲気だな~」
「落ち着くね~」
ザワザワと程好いそよ風が吹き抜け、緑の草花が風に靡き揺れる。この季節の風にしては涼しく、心地よいもの。
葉の隙間から木漏れ日が差し込み、私の体を光陽が照らす。ボルカちゃんの赤い髪の毛は光に反射してルビーのように輝き、深緑に対する深紅が絵になる面持ちだった。
「いやー、提案したのはアタシだけど、まさか旅行の終着点が森の中とはな。アタシ達らしいっちゃらしいぜ」
「ホントだね。普通私達くらいの女の子って森でお散歩したりしないよね~」
「ハハ、確かにな。登山とかキャンプとか、居ない訳じゃないと思うけど何処でも行ける二泊三日旅行の最後に森の中ってのはそうそう無いか~」
雑談しながら森を行く。
景色を堪能したりお話しするくらいしかお散歩中はやる事が無いけど、私達にとってはそれで十分楽しめた。
お花を見てそれについてお話したり、たまに会う幻獣さんに挨拶したり思い出の写真を撮ったり。
そんな事をしているうちに次第に日が傾き始め、木漏れ日の色も徐々に変化していった。
「もう日が暮れるな。楽しい時間はあっという間だ」
「そうだねぇ~。夕方の時間ってなんだか寂しさを感じちゃうよね」
「ノスタルジー的なあれだよな。けど、本当にそうだな~。一日が終わる事に対する名残惜しさ的な感情がそうさせるのかもしれないぜ。……ま、次の日が休みじゃないなら“頼む! この自由な時間よ終わらないでくれ~!”的な悲痛な叫びが気持ちに表れてる可能性もあるけど」
「アハハ……そう言う人も多いかもね~。というかボルカちゃんがそっちタイプ」
「まなー。特に長期休暇明けとか連休明けが迫るとより強く感じるぜ」
「ボルカちゃんらしいや!」
夕暮れが生み出す物寂しさ、切なさ。その理由は人それぞれ。だけどそうさせる作用があるのかもしれないね。
黄昏時には吹き抜けるそよ風も止み、なんだか急に周りが静かになったような錯覚が包み込む。
今日の終幕も刻一刻と迫る中、ボルカちゃんは私の手を引いた。
「そんじゃ、最後に箒でひとっ飛びするか。幻獣の国じゃ基本的に何処でも箒の運転は可能だし、夕暮れの森を見て飛ぼうぜ」
「うん、ボルカちゃん!」
その手を取り、私達は魔力を込めて箒に跨がる。同時に飛び立ち、そよ風が止まって静かになった森へ再び風が吹き込んでザワザワ揺れた。
私とボルカちゃんは一番高い大樹を見下ろすような位置に到達し、森の向こう側に沈む夕日を視界に収めた。
「キレイ……」
「ああ、例えるなら……いや、他の物で例えるのは無粋だな。取り敢えず良い夕日だ」
橙色に輝き、地平線の彼方に沈む夕日。
昼と夜が混じり合い、複雑な視覚効果を生み出して不思議な色合いとなる時間帯。
高所から見る夕日には、とても言葉で表せない美しさがあった。
箒に乗りながら沈み行く光景を見届け、気付いたら夜が後ろから迫っている。この気紛れも夕日の特徴かな。見惚れるくらいに綺麗なのに、見ていたら夜になっちゃうんだもんね。
「ボルカちゃん。旅行に誘ってくれてありがとう。その気持ちは嬉しかったし、心のモヤモヤが少し和らいだ気がするよ」
「そっか。そりゃ何よりだ。誘った甲斐があったぜ。別に自分を包み隠す必要は無い。どんなティーナでも、今此処に居るのが本当のティーナなのは変わらないからな。口先だけの励ましじゃなくて、ちゃんと実行出来て良かったよ。なんなら、普通にティーナとは二人で遊びたかったしな!」
「ふふ、本当にありがとね。ボルカちゃんのお陰で前を向けるよ」
「おう!」
沈む夕日とは裏腹に、私の心は澄み渡り、晴れ行くような感覚に包まれる。
それもこれもボルカちゃんのお陰。本当に感謝し切れないや。前にも思ったけど、いつかは気持ちを返せるのかな。
「取り敢えず、少しでも和らいだならそれで良しだ。最後に一回りして帰ろうぜ!」
「うん! ボルカちゃん!」
しんみりしちゃったけど、そうさせない空気が彼女から出ている。自然と私にも笑顔が宿った。
私達の二泊三日旅行。違法薬物を扱う裏組織を壊滅させたり色々あったけど、沈む夕日と共に終わりを迎えるのだった。
もうすぐ学校も始まるね。




