第四百二十七幕 旅行の最終日へ
──“テント”。
「見た目より広いよね~。このテント」
「ああ、奮発したからな~。庶民思考だから節約はするけど、趣味にはいつも全力投球だぜ!」
「ボルカちゃんらしいね」
騒動が終わり、リルさんと別れた後、ボルカちゃんの持ってきたテントを改めて見る。
それは一つのテントとは思えない広さを有しており、趣味に全力を注ぐボルカちゃんの良さが出ていた。
家具類もしっかりと並んでおり、快適な空間が形成されている。もはやキャンプ以外にも色々と使えそうな物だね。
時間も時間なのでライトを点けてもすぐに消し、就寝体勢に入る。天井からは星が見えるようになっているから、綺麗な星空を見ながら眠れるよ。
「色々あったけど、どうだった。ティーナ。楽しめたか?」
「うん。とても楽しかったよ~。まさか旅行ついでに裏組織を壊滅させるなんて夢にも思わなかったけど、楽しい一日なのは変わらないね」
「ハハ、言えてる!」
感想を言うなら、とても楽しかった。
まだ明日も残っているけど寝泊まりは今日まで。長期休暇も終わるので今度旅行に行くとしたら何ヵ月後になる事やら。特に箒での旅行は滅多に無さそうだもんね~。
この二泊三日。ちょっとした騒動もあったけど、スゴく良い思い出になったよ。
「楽しんでくれたなら良かったぜ。……いやな、前の大会からティーナが少し塞ぎ込んでいるように思えてな。何が理由かは分かるけど、多分一人で寝るのもしんどいんじゃないかって思ってさ。自宅だから使用人さん達が居ると思うけど、それでも常にティーナの周りに居る訳じゃない。自室とかじゃ一人でモヤモヤしちまいそうだし、どんどんマイナス方向に考え込んじゃうんじゃないかって杞憂があったんだ」
「そうだったんだ……。うん、確かにそうかも。現実を受け入れるのはツラい事。でも、私も薄々気付いていたの。だってその時の記憶は鮮明に残り続けているから。それをただ奥底に封じ込めていただけ。ママはもう居なくて、私がただ独り言をお人形に吹き込んでいただけなのも……多分知ってた」
ボルカちゃんが私を誘ってくれた理由。それはママ……人形魔法についての事。
もう既にママが居ない事や、ずっと独り言を話していたのは分かっていると思う。だけど、自室でも私がただ独りでお人形と話していただけなのは知らなかったよね。
その上で私が塞ぎ込んでいると推測し、息抜きを兼ねて誘ってくれた。本当に優しい友達……親友。
実際残りの長期休暇、私は自室で誰とも会わずに過ごそうとしていた。使用人さん達に心配掛けないように人前では気丈に振る舞い、心情を悟られないようにしていたけど、ボルカちゃんには通じなかったね。
私の本心を聞いたボルカちゃんは星空を見ながら言葉を綴る。
「……落ち込む事は誰にでもある。アタシだってそうさ。アタシの場合は一人でもやれる趣味に没頭したりさっさと寝て解決するけど、そうじゃない、それが出来ない人も大勢居るんだ。ティーナもその一人。アタシにやれる事は限られているけど、親友としてその範囲で全力の励ましをしたかったんだ。大切な人にはもう二度と会えないかもしれないし、アタシにもいつかきっとそう言う日が来る。だけど、自分は一人じゃない。アタシ達みたいな友人、先輩に後輩、他にも沢山の人が支えているって思って欲しくてな。……それはティーナだけじゃなく、思い当たる人物が居ない人に対しても。偽善的だけど、アタシは大勢の味方でありたいんだ。我が儘かもしれないけどな」
「ううん。私もそうだし、ボルカちゃんがそう思ってくれるだけで救われる人もきっと居るよ。ありがとね。ボルカちゃん。素敵な旅行に誘ってくれて!」
ボルカちゃんの考えている事。それは色んな人の味方になってあげたい。
とても難しい事であり、誰でも出来るものじゃない。さっきの裏組織の人達みたいに味方をしてはいけない人も居る。
けどボルカちゃんは、一人でも、一匹でも多くの味方になりたいみたい。それは正義感とかじゃなく、彼女の性格からなる本質。お陰でとても充実した日々を過ごせたよ。
「おう! ティーナが喜んでくれて何よりだ! 明日は最終日。まあ、数日経ったらまた学校で会う事になるんだけど、目一杯楽しもうぜ!」
「うん! ボルカちゃん!」
薄暗いテントの中。今にも降り出しそうな星空と綺麗な月の下で私達は笑い合う。
周りに人影は無い。だからこそ周りを気にせず大きく笑えた。
私達の旅行。二日目は賑やかに終わりを迎えるのだった。
*****
──“旅行・三日目”。
「今日は何処行こっか!」
「そうだな~。何だかんだ人間の国内しか行ってないし、幻獣・魔物・魔族の国の何れかにするか?」
「そうだね~」
三日目の朝、鳥の囀ずりと共に目覚めた私達は身支度を終え、朝食を摂りながら今日行く場所について話していた。
昨日一昨日と私達が行ったのは人間の国。なので趣旨を変えて他国に行ってみようかという方向になりつつある。
「となると何処か……っても、アタシとティーナは体験留学でそれぞれ魔族の国と魔物の国に行ってるし、そんなに行った事がない幻獣の国にすっか」
「それが良さそうだね。昨日はリルさんにも会ったし……まあ今日もアルバイトで居ないかもしれないけど、幻獣の国に行ってみるのは良いかも!」
私達の留学先ではなかった幻獣の国。ルーチェちゃんとウラノちゃんはそこだったけど、私達が違うからね~。
昨日リルさんに会ったのも何かの縁。本人が居なくても旅行に行くのは良さそう。
「そんじゃ決まりだな。国外に出るのも許可が必要だし、早速向かうか!」
「うん!」
最終日の目的地は幻獣の国に決定。私達は朝食を終え、身嗜みを整えたところで箒に跨がる。
もう警戒する必要もないから綺麗な水にしたよ。また少しゴミを片付けて此処は発つの。日の下の慣用句で立つ鳥跡を濁さずってあるけど、私達は来る前の状態より綺麗にしちゃうんだから。
そしてそのまま幻獣の国へと向かうのだった。
──“幻獣の国”。
「到着~!」
「来たね~。幻獣の国!」
手続きを終え、私達は幻獣の国に入った。
海外旅行もした事がない訳じゃないけど、こんな風に来るのは初めてかもね。特に自分の箒に乗って来るなんて。
「幻獣の国では何があるのかな?」
「見た感じだと自然豊かな景色が広がってんな~」
「だね~」
幻獣の国を見た感想は、それは大層自然豊かなものだった。
見渡す限りの深緑。自然が多いのは魔物の国もそうだったけど、枯れ木も多くあった魔物の国と比べて植物には実りがあったり小動物達が集まっていたりと穏やかな風景が広がっている。国の位置も気候に影響しているかもね~。
観光客も多く、みんなが自然を感じながら堪能していた。
「アタシ達も行くか。まずは近場にエルフの街があるから、基本的な行動はそこ拠点になりそうだな」
「オーケー。他国と繋がる玄関口はエルフの街なんだね」
幻獣の中でも有数の知能を持ち、能力が高いエルフ。一番他の国と交流が多くなりそうな場所に配置するのは納得だね~。
多分ルーチェちゃんとウラノちゃんが対応したのもその街で、そこから各々の留学先に向かったのかな。
エルフは気難しい種族と思われがちだけど、それは昔の話。魔族や魔物が昔より落ち着いたように、長い時間の流れで考え方も変わるんだね。この世界に置いてはかつての英雄達が残した影響も多いかな。
私達以外の観光客も最初はエルフの街に行く人が多く、ちょっとした行列になっていた。
「この時期だけあって賑わってんな~」
「本当に……そう……だね……」
「わー!? ティーナが飲まれてる!」
人や動物達の荒波に揉まれ、私は危うくボルカちゃんと離れ掛ける。
街に入るまでも大変だね。なんとかお互いの手を握り、はぐれないように気を付けてエルフの街に入る。中にはすぐに街を発って幻獣の国観光に向かう人も多いね。
何はともあれ、私達もそこへ到着した。
──“エルフ街”。
「此処がエルフの街か~」
「観光客は多いけど、やっぱり特徴的な耳の人達が沢山居るね~。そして全員が美男美女……!」
「人間や魔族みたいに容姿の近い面々からしたら人気の移住先でもあるからな~。その人気故に倍率は高いけど、裕福で美男美女が多くて整っていて言うことなしだ」
エルフの街には他国からの上流層も多く住んでいる。理由はボルカちゃんが述べた通り。
エルフの人間や魔族より高い知能で発展した街。設備もかなり上位のレベルだよ。元々入れる人や動物にも制限があるので治安も良いんだって~。
私達は普通に入れたけど、素行が悪かったりするとダメなんだろうね。昔より緩和したとは言え、特有の厳しさはあるや。そうしなくちゃ荒れちゃうから仕方無いけどね。
「そんじゃ、早速観光するか。名スポットは人が多いから、穴場とか探してみようぜ」
「うん、そうだね」
人気の観光スポットは当然ある。図書館のような建造物とか飲食店とか。
だけど長期休暇のこの時期は人や動物達が大勢居る。なので私達は穴場スポット巡りをする事にした。
その後はエルフの街以外も見て回る感じかな。初めて来る場所だからそれだけで楽しいもんね。
「お、此処とか良さそうじゃないか? 大通りから離れているからこそ人は少ない建造物がある場所」
「ホントだ。魔道具店かな?」
人や動物の居る様子が無い魔道具の店。
知っての通りエルフは魔導にも長けているのでこの様な場所にも面白そうな物があるかもしれない。
「お邪魔しまーす!」
「レトロモダンな感じだね~」
「おや珍しい。観光客が此処に来るとは。いらっしゃい」
お店の中に居たのはエルフのお婆さんだけ。その口振りから滅多に他国からのお客さんは来ないみたいだね。
「此処では主に何を取り扱っているんですか~?」
「見ての通り魔道具や薬草、そして杖とかだねぇ」
売られている物は通常の魔道具店とあまり変わらない品。だけど年季が入っており、古風な感じの物が多かった。
見た目に反せずお店の雰囲気に合った物だね~。
私達はしばらく物色し、その中で私は本棚の方に目がいった。
「あ、薬草とかの扱い方について書かれた本。見た事無い用途の物ばかり……これ良いかも……」
「おや、お目が高い……なんてね。それは長い事売れてない書物だ。買うなら安くしておくよ」
「……!」
本のページをパラパラ捲っているといつの間にかお婆さんに背後を取られていた。流石の熟練者……なんちゃって。
だけど長寿のエルフでこの見た目。エルマさん並みの年齢でもおかしくないよね。
それは兎も角、確かにこの本は良いかも。薬草だけじゃなくて他の植物についても書かれているし、色々と参考になりそう。
「それじゃあこれください。おいくらですか?」
「そうさねぇ。金も悪くないが、あまり使う機会は無い。ほんの少し魔力を分けてくれ」
「分かりました」
料金は魔力。貨幣の代わりに魔力を用いた施設もあるから別に不思議じゃないね。
私は魔力を込め、ほんの少しお婆さんに受け渡した。
「それではお気持ち程度に……」
「……!? なんてこったい……こんな魔力の持ち主が人間に……!」
「え?」
ほんの少しだけ。それこそ少しご飯を食べたら回復する程度の魔力量しか分けなかったけど、お婆さんの反応はとても大きなものだった。
まるで大量に譲渡されたような、そんな感じ。
「フフッ、ありがとうねぇ。これでまたしばらくは達者で暮らせそうだよ。人間は寿命が短い代わりに成長率が高いらしいけど、これ程までの持ち主とは思わなかった。良い収穫だったよ」
「は、はあ……そうですか。それなら良かったです」
取り敢えず役に立てたなら良かったかな? 本も買えたし、魔力ももう戻りつつあるから私のプラスにしかなってないや。
そのやり取りを終えた後、ボルカちゃんが気になった置物を持ってきた。
「エルフのお婆さーん。これいくらッスかー?」
「ボルカちゃんそれ……」
「ハッハッハッ! お友達も抜群のセンスを持ち合わせているようだ!」
見るからに……な置物。だけどボルカちゃんはとても嬉しそうにそれを持っている。確かに普通のセンスじゃ選ばない品物かもね。
お婆さんは高笑いのまま言葉を返す。
「タダで構わないよ。そこのお嬢ちゃんに大量の魔力を分けて貰ったからね」
「マジすか!? あざーす! ティーナ様々だぜ!」
「ふふ、それは良かった~」
そして私の魔力により、ボルカちゃんは無料でその置物を入手する事が出来た。
ボルカちゃんの役に立てたなら嬉しいな~。本当にずっと助けられてばっかりだもんね。少しは返せたかな?
「お邪魔しました~」
「それでは」
「毎度あり~」
そしてそのお店から出る。良い所だったね。まだ今日は始まったばかり。旅行の最終日、もっともっと楽しむよ~!




