第四百二十六幕 物事の解決
『「…………!」』
「おやおや……」
少し離れた場所で炎の大爆発を確認した。残っていたのはボルカちゃんと始末屋だけだから、勝負に決着が付いたんだ。
相手はプロ。ボルカちゃんが心配だけど、此処を離れる訳にはいかない。
「リルさん。向こうを頼みます……!」
『心得た。距離にして数百メートル。私ならば数秒で到達出来る。此処は任せたぞ。ティーナ・ロスト・ルミナス』
「はい……!」
まだリルさんの正体はバレてないから小声で話し合い、ボルカちゃんの方へ向かわせる。
ボスは小首を傾げていた。
「有利になったのにすぐに消える……まあ、向こうの確認に行っただけだね。それじゃあ、私達は戦いを続けるとしよう」
「そろそろ終わらせたいところですけどね……!」
急加速からの拳が打ち付けられ、それを植物でガードする。
緩急自在の攻撃に転じたね。筋肉だけの速度から上昇した。その瞬間には魔力の気配を感じる。つまりこの急加速は魔導からなるもの。
魔力の気配を追えば緩急に振り回される事は無いかな……!
「“反撃樹槍”!」
「おっとっと……」
ガードからそのまま攻撃へ以降。相手はそれを受けながらも力を込め、また魔力の気配が動いた。
そこに合わせて仕掛ければ……!
「ほーらっ!」
「今、此処から……!」
「おおっ?」
拳を紙一重で躱し、懐に入り込んで至近距離で植物を打ち付ける。
それによって相手を吹き飛ばし、次の瞬間に頭上から植物を生やして地面に叩き付けた。
全方位に植物は連なっているからね。どんな死角からも嗾ける事が出来る。そして地面も既に植物。さっきはこの山の方が相手より柔らかいからクッションのような役割になっちゃったけど、これなら確実なダメージになる!
「効くね……」
「“貫通樹木”!」
「感想くらい言わせてくれよ……!」
まだ意識には届かない。本当に頑丈な体。だから声が聞こえた瞬間に貫通力の高い樹を突き、別の大木に激突させた。
一点特化の貫通力。力が集まるからあの硬い体にも確かな傷が付けられる!
「怒濤だね。これは中々……」
「“圧縮樹林”!」
「また感想を……」
硬い体から初めて出血を見せた。でも取り乱したりしていない。強靭な肉体を持ち、それに絶対的な自信がある人は取り乱しそうなものだけど、本当に修羅場は潜っているみたい。平常心を保ち続けてるね。
多分この人、戦闘に不利になるような怒りや悲しみと言った感情は持ち合わせていない。常に笑顔、もしくは無。怒りで思考が短絡的になったり悲しみでブレたりしないように、自分を律しているんだ。
「骨が折れちゃったよ。酷い事するね。悪い子だ。複雑骨折……には達してないか。骨は肉から飛び出していない。単なる粉砕骨折。痛覚を遮断していて良かったよ」
「そんな事も……」
これがその証拠。痛覚すら感じていない。そうなるようにしているとの事。口振りからしてずっと前からかな。
元々高い耐久力に、物理的に怯ませる以外に痛みとかで止まる事はない体。意識を奪う以外に止まらないのがこのボス。
「取り敢えず、君の手足の骨を折ってから考えよう。それで人質にでもすれば残りも降伏するだろう」
「させない……! そうはならない!」
踏み込み魔力の流れを感知。次の瞬間に折れた腕を用いて嗾けた。
それについては植物でガード。痛みを感じない以上、まだ形を保っているなら構わず仕掛けてくる。だったら物理的に奪えば良い。
「“守護圧縮”!」
「おおっと」
植物にぶつかった腕を植物で包み込み、ミンチのように押し潰す。
皮膚は硬くても中の骨や筋肉は比較的柔らかい。なので切り離したりは出来ずとも、完全に擂り潰す事で皮一枚とさせた。
「これで片腕は使えない……!」
「また酷い事をする。でもね、皮が残っていれば膨らませる事も出来るんだ」
「……!」
相手の体内で魔力の巡りを感じ、次の瞬間には擂り潰した片腕が膨らんだ。
「これは……風魔導……!」
「お、一目見ただけで何をしたか分かったようだね。流石だよ」
分厚く頑丈な皮膚。なので内部の骨肉が粉々になったとして、風を送り込めば風船みたいに膨らませる事も出来る。
あくまで風なので質量に変化は無いけど、見た目だけなら元に戻ったね。それに、魔力からなる風。相応の働きは見せると思う。
「フフ、ただ見栄えを良くしただけとは考えていないね。正解。今までの加速もこんな感じだったんだよ」
「……!」
膨らんだ片手から風を放出し、加速して私の眼前に迫り来る。
体感のバランス調整も兼ね、それに留まらず戦闘のサポートも担っているんだ。
「防いでも意味が無いなら……」
「……!」
さっきみたいに植物の壁を展開。それでもう片方の手を擂り潰す事も出来るけど、それが抑止力にはならない。そうしても次は足。その次は全身。身体中の骨が粉々になっても無理矢理戦うと思う。流石にそこまでは出来ない。
だから今回の方法は……!
「“包容樹木”!」
「手が飲み込まれて……」
硬い守護壁ではなく柔軟に。相手の腕を飲み込んで拘束するように。
似たような事は何度かしているけど、やっぱり無力化には動きを止めるのが一番だよね。
「成る程。それじゃあ私も行動しよう」
「……!」
口をモゴモゴさせ、舌で歯から何か錠剤のような物を取り出した。一瞬チラッと見えただけのそれ。気付いた時には噛み砕いており、ゴクンと飲み込んだ後だった。
多分、ドーピングの類い……!
「この薬は開発中でね……試作品を誰かで試そうと思ったが……いよいよマズイ状況になってきた。だから私が実験を兼ねて遂行し、後々売り出すとしよう。一般的なクスリと違って強い執着性や幻覚作用、極限までのリラックス効果は無いけど……身体能力を一時的に数倍に引き上げる。デメリットは後日襲う苦痛……痛覚を消してる私は帳消しに出来るから問題無い。それに、苦痛については忘れるように改良してある。何度でも顧客が購入出来るようにね。丁寧な仕事だろう?」
「……っ」
体が更に肥大化し、より力が上がったのを理解した。
それと同時にジャイアントゴーレムで拳を打ち付け、一瞬にして消し去られた。
「フム、実験は成功。君の植物を破壊出来るまでのレベルになれた」
ゴーレムの片腕をそのまま砕き、ドーピング効果を実感している。
確かにダクさん並みには到達したかもしれない破壊力。これは一撃受けるだけで致命的。多分耐久力も相応になっていると思う……。
「さあ、終わらせよう。この一撃で!」
「…………」
……嗚呼、良かった。
これで手加減しなくて済む。
私の眼前に迫る音に近い速度の巨腕。そう、あくまでも音速未満。
肉体の強度がより高まったなら、それなりの攻撃を打ち込んでも良いという事。私が一番嫌だったのは、理由があるとしても必要以上に傷付ける行為。最悪の場合、命まで奪ってしまうかもしれない。
そうならないようになってくれたこの人なら、遠慮無く打ち倒せる。
「“連撃樹林”」
「……!」
迫る巨腕を弾き飛ばし、そのままボスの体を吹き飛ばす。
だけどそれだけに留めない。背後からもっと頑丈な植物を生やし、相手の意識が無くなるまで無数の植物連撃を叩き込む。
ただひたすらに、ただ一筋に。相手の意識を奪う為、それだけの為に。
「……っ……これは……」
「…………」
感情は消し去る。痛みを感じないから悲鳴とかが無いのも精神衛生上の影響が軽くなる。
無情にはなれないから、今はお人形でバトルごっこをしているような……ダメだね。バトルごっこは暴走時以外でしてなかったや。
そんな事を考えて気を紛らわせつつ、数分植物を間打ち込み続けた。そしてボスはズルリと落ちる。
「……流石に、終わったかな」
「……───」
意識の喪失を確認。即座に高い強度の植物で拘束する。痛覚が無いから自分のダメージを把握出来ないと思うけど、重傷だもんね。応急処置もしておき、植物で周りの人達も全員捕まえた。
『此方も終わったか。ティーナ』
「流石だぜ」
「リルさんとボルカちゃん! って、ボルカちゃんの傷……!?」
「ハハ、ダメージの九割は相手を巻き添えにした自傷攻撃だから大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃないよ!?」
戦いが終わった後、ボルカちゃんとリルさんもやって来た。だけど自爆技みたいなのをしたらしく、ボルカちゃんは凄まじくボロボロ……。こっちも早く応急処置しなくちゃ!
「折角の旅行なのに、これじゃあキャンプどころじゃないよね……」
「だな~。いや、アタシのダメージは割と何とかなりそうだし、コイツらも上手く誤魔化して路地裏に置いておけば自動的に捕まるんじゃないか? そしたらキャンプは続行出来るぜ」
「うーん……キャンプはいいとして、誤魔化しはどうだろう……昨日と違って私の正体はバレちゃってるから事情聴取は受けるかも……」
「そっか~……うーん、はてさて一体どうするか」
諸々の事情から私は見つかっちゃう可能性が生じ、ちょっと大変になるのは変わらない。
それについて考えていると、ボスの人が目覚めた。……って、え!?
「此処は……私は何を……確かいつも通り取り引きで……」
「……!」
私達は咄嗟に顔を隠す。応急処置の効果が高過ぎたのかも……万が一の可能性を考えてちゃんと治療したもんね……。
ボスは自分が拘束されている事に気付き、私達の方を見た。
「君達は……何故私は拘束されているんだ? 警団の者か?」
「……あれ?」
すると、なんだか様子がおかしい。まるで前後の出来事が分からなくなっているような……そして、一つの可能性に気付いた。
「そっか、薬の副作用……」
「クスリ?」
小首を傾げるボルカちゃん。念の為に私は声の届かない場所に移動し、事情を説明した。
「実はかくかくしかじかで、最終的に見るからにヤバそうなドラッグでドーピングしてたの……記憶の云々は副作用に入れてなかったけど、お客さんを常連にさせる為に苦痛を忘れる的な事は言ってたからもしかして……」
「成る程な。それなら合点がいく」
憶測でしかないけど、多分それで間違いないかな。それならまだ誤魔化しが利くかもしれない。
「遠くでコソコソと何を話しているんだい? 私は読唇術も出来るが、こうも暗くては読めないんだ」
「そうですか。アナタ達は同士討ちをし、こうなったのです」
「同士討ち……成る程ね。そう言ったクスリの取り引きもあったと思うが……君達の答えにはなっていな──」
「眠りなさい」
「……! 睡眠の……花……」
今の状態ならすぐに起こさず拘束出来る。ボス格の人を眠らせ、始末屋を含めて全員を警団近くの路地裏に運ぶ。もちろん通行人から見易い位置に置いたよ。
これで事情聴取されても曖昧に、同士討ちしたと言う情報だけが伝わる筈。これで解決……で良いのかな。深入りするところじゃないもんね。
それだけ済ませ、私達はあの山に戻る。離れた直後彼らを見つけた通行人が近くの警団に向かう様を確認。これなら安心かな。
『では、私も拠点に帰ろう。君達もまたあの様な輩が来るか分からないから気を付けてくれよ』
「はい。ありがとうございました。リルさん!」
「助かりました~!」
そしてリルさんとは別れ、私達は改めてテントを設置。焚き火を着け、椅子に座って飲み物を含む。
「まあ、何だかんだあったけど、やっと落ち着けるな」
「そうだねぇ。まさか二泊三日の旅行でドラッグ組織を一つ壊滅させる事になるなんて」
「ハハ、体験留学の時もそうだったし、アタシ達は巻き込まれ体質なのかもな~」
「アハハ……それは間違いないね」
体験留学の世界の危機や組織の壊滅。本当に色々あったけど、事が終わったら後は楽に出来る。私達がそう言う体質なのも今は笑い話だね。
私達の長期休暇、二泊三日旅行。ようやく本筋に戻れるのだった。




